教室の後ろのドアから洩れる大きな泣き声に

村木 春と弟の村木 勝は驚いた。

村木春と勝は教室の横の事務所で

電子会計実務検定試験実施について熱く語っていた。

そして、村木 春は、簿記教室創業までの苦悩、悩みを回想していた。

それが、

突然の大きな声で雰囲気、村木 春の気持ちが一転した。

しかし、村木 春は動けない。

思わず、村木 勝は教室の後ろのドアから教室の中に入る。

教室には50人ぐらいの受講生がいて熱気があった。

高校生から60代までの

年齢層の幅の広い受講生がいた。

さきほどの大きな泣き声と正反対に教室は静まり返っていた。

教壇に村木 勝が眼を向けると、

次の瞬間、教室が静寂のなかに包まれた。

格闘技のK1やプライドのスポットライトの光に包まれるかのような

まぶしいくらいのオーラを感じた。

勝の眼には、長い髪の毛を振り乱しながら

精一杯語りかける百合枝が飛び込んできた。

村木 勝は、全身に電気が走る感覚がした。

背筋の伸びた姿勢のよい長身の女性がこちらに気づく。

村木 勝に軽く会釈した。

次の瞬間、大きな泣き声が勝の耳に飛び込んできた。

加古伊 優作が人目も気にせず、

大きな声で泣き叫ぶ声が教室に響いていた。

そして再び、教室の窓から観える彦根城に激しい雨が突き刺さっていた。

その瞬間、泣き叫ぶ、

加古伊優作の後ろの小太りの男が「がさがさ」し始めた

びわこ大学経済学部経営情報学科の同級生で加古伊優作と

一緒に卒業した登米 大吉が前掛けのほこりを払いながら

長い無精ひげを触りながら立ち上がった。

加古伊 優作が人目も気にせず泣き叫ぶ、声がピタット、止まった。

そして、登米 大吉は想い深げに語り始めた。

「大規模な駐車場と滋賀県一の店舗面積

を誇る一流企業のスーパーの出店。」

「彦根駅前には、この大型店のおかげで

30階建てマンションや都市銀行が進出してきた。」

「それに反し、アーケードのある旧商店街は毎年、

じり貧の売り上げ、お客さまの高齢化。」

「シャッータ街と皮肉られることもたびたびだった。」

「正直、勝てないと思った。」

「現に、彦根のお姫様どおりの老舗の寿司屋が、

東京から進出してきた回転寿司屋の

乱立でつぶれっていった。」

「借金を増やして、負ける前に。」

「五代続いた老舗の果物店を閉めようと思った。」

「一時期は、目先の利益を考え、中学、高校が近いにも関わらず

規制が緩くなった

タバコなどの種類の違う自販機を数台、店の前に置こうかと思った。」

「このような小手先のことも考えた。」

「しかし、びわこ大学で経営情報を学んだ意地もあった。」

「卒業後、果物屋の配達の合間に大企業で働く加古伊 優作たちの同級生に

負けないように経営情報の勉強を続けていた。」

「果物屋の店は私、そのものだった。」

「私にとっておいしそうなメロンやバナナなどの

果物を触るのは幸あわせそのものだった。」

「この店を守るために、経営者と情報技術の架け橋に

なりえる経済産業省の認定資格である

ITコーディネータの資格も猛勉強で合格し、取得した。」

ITコーディネータ登米 大吉はさらに考え深く語り始めた。

その語り方に教室の20人ほどの受講生も息を呑んで聞き入っていた。

百合枝も、静かに登米 大吉の話を聞き入った。

「一流企業と自分の店を比較して経営資源である

人、もの、金では完全に負けていると自覚したいた。」

ITコーディネータ登米 大吉は

「しかし、知恵を出せばどうにかなると信じていた。」

「第四の経営資源の情報で勝負を賭けたかった。」

「負けてたまるかという意地もあった。」

登米は、500年持続継続できるような企業戦略を考え抜いた。

情報技術であるコンピュータを駆使した戦略経営がスタートした。

まさに蟻が象を倒す、近江商人ITコーディネータの驚く戦略であった。

簿記は生きた経営活動を記録、計算、整理したものである。

紙の机上だけのものではない。

百合枝は大学で勉強できないまさに生きた経営学だと感じとった。

百合枝は、簿記のように登米の経営活動をノートに書きとめていた。