多くのスポーツにおいてスピードというファクターはハイパフォーマンスの前提条件として不可欠なものです。
これまで、一言でスピードといってもそこには構造があり、それをクリアにしておかないと”使えるスピード”にはならないことを指摘してきました。
*3本シリーズです
今回はそれとはまた違った視点から。
「絶対スピードと対人スピード」についてです。
引用:https://www.odt.co.nz/star-news/star-sport/star-rugby/size-v-speed-world-cup-battleground
引用:https://www.football-zone.net/archives/144514
絶対スピードとはいわゆるタイムなどで数値化できる種類のもの。
対人スピードとは「相手がどう感じるか」という部分に基準が置かれるものであり、「タイミングを支配するスピード」とも言えます。
スポーツにおいてはどちらも重要ですが、スポーツの種類によってその重要度は大きく異なります。
陸上100m走などでは絶対スピード(つまりタイム)が高まることで、それがそのままパフォーマンスとしては向上していると言えます。
しかし対人競技では、タイムの向上はそのままパフォーマンスが向上した、つまり試合で使えるパフォーマンスものだとは言えないのです。
*パフォーマンスの枠組み次第ではもちろん向上したと言える側面はあります
限りある時間の中で、何を高めるのかの優先順位の選択はパフォーマンス向上戦略において非常に重要なポイントです。
ある部分を鍛えてそこが強くなってもパフォーマンスが上がらなかった、などはこの戦略がズレていたことを意味します。
上述したスピードの構造、絶対スピードと対人スピードの違いについての知識は、このようなズレを未然に防ぐためにも有効に使ってもらえると思います。
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まず前提条件、競技特性の分類から。
対人スピードが必要なのは「対人競技」です。
ここでいう対人競技とは、陸上競技や体操競技など違う時間・空間において優劣を争うものとは異なり、同じ時間・空間レベルで影響を与え合いながら争う類のものです。
*陸上競技などは相手のタイムや点数などに影響を受けることもあるが、これは心理的・二次的なものであり空間および時間は共有していない
そこからさらに直接的対人か間接的対人かが分類されます。
直接的分類はサッカーやラグビー、バスケット、ボクシング(など格闘技)がこれにあたり、相手に対して直接的に妨害することがルール上許容されています。
引用:https://mainichi.jp/articles/20190928/k00/00m/050/297000c
間接的分類は野球やバレーボール、テニスや卓球などは、時間や空間は共有していますが、原則として直接的に妨害(つまり触れること)は許されていない競技群です。
イメージしやすくするためにここでは直接的対人に絞って進めていきます。
対人スピードとは、常に相手が基準です。
だから「速い」も相手次第で変わります。
Jリーグでの速いは、プレミアリーグやリーガエスパニョーラでは速くない、となり得るのが対人スピードです。
ただしこれは単に周りの絶対スピードが高いからという単純な対比という意味だけではありません(もちろんその要素もありますが)。
わかりやすい例でいうと、対人スピードが高い状態とは、絶対スピードが自分より高い相手に「速いと感じさせる」という意味です。
50m走では負けるけれど、試合では振り切れるという類のスピードを意味します。
そういう意味で絶対スピードは単純なフィジカルの差がそのまま影響を与えやすいけれど、対人スピードにはもっと複雑なファクターが関与するため、フィジカルの差があっても勝てる可能性を作り出しやすいとも言えます。
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対人スピードについて掘り下げてみましょう。
まずは対人スピードを構成する要因を分類します。
対人スピード要因>
1)予備動作の最小化
2)いつでも動き出せる
3)切り返しの”間”の最小化
4)トップスピードになるまでの時間
*ボール保持時にはこれらにボール操作のレベルも影響を与える
1)予備動作の最小化
予備動作とは、実際に身体が動き出すまでに必要な動作のことです。
武道では”起こり”と呼ばれて相手の動き出しを予測するために使われます。
いくら動き出しの絶対スピードが高くても、予備動作が大きい動き出しは相手に簡単に察知されるため、先に動かれたり走路に入られたりするなどの対応を受けます。
対人スピードを上げるには「動き出しの察知しにくさ」を追求する必要があります。
2)いつでも動き出せる
動こうと思ってから動き出すまでの時間の短さという意味では1)と近い意味合いですが、ここでいう「いつでも」とは、自分がどのような状態であっても動き出せるという能力を含みます。
一般的には大きく体重がかかった側の脚は動かすことが難しくなります。
体重がかかった側の脚では、大半の選手が踏ん張ってまたは地面を蹴って動こうとします。
しかしトップ選手であれば体重がかかった状態からも足を浮かすことができ、つまり足の位置をずらすことができます。
この動きを獲得できると、自分が動けない時間を最小化できるため、相手が動きにくいタイミングで動き出せることが可能になります。
*後述
3)切り返しの”間”の最小化
切り返しとは動く向きが変わる動作のことです。
例えば右に進んでいたのにそこから急激に左に向きを変えることであり、相手を振り切るまたは相手についていくためには不可欠な運動です。
切り返しの時、すなわち動く方向を変える際には必ず”間”が生じます。
”間”とは、右移動から左に切り返す場合だと右足で踏ん張って地面を蹴る局面で動きが止まる瞬間を意味します。
本質的には2)と同じ構図です。
この間をどれだけ短くするかが対人スピードにおいては非常に重要な課題です。
4)トップスピードになるまでの時間
1)2)3)の直後に起こるフェーズでありそれらの影響を受けます。
同時にそれらが高いレベルでできているかどうかの指標でもあります。
なぜなら上記3点に共通して影響する下部構造は重心移動だからです。
動きの起点としての重心移動がスムーズであれば、必然的にトップスピードになるまでの時間は短くなります。
これを下部構造として付加的・直接的に影響を与えるのは脚の筋力と脚の回転数(腕振りのスピードも影響)です。
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これらの要因を叩き台として話を進めます。
対人スピードを高めるための基礎部分として、相手つまり人間の動きの原則や特性を知っておく必要があります。
話をシンプルにするために、ここではサッカーでDFとFWが対峙しているという場面を設定します。
まず、DFは必ず相手の動きを見てから動きます。
トップレベルの動きではまるで読まれたと感じるぐらい、FWの動きを察知するタイミングが早いですが、必ずFWの動きをベースとして動いています。
つまり対人スピードの鍵の一つは相手の視覚です。
人間の動きには視覚を起点とした情報処理から指令までのスピードが影響を与えます。
情報処理のスピードとは、例えば「間違いなく左に動く」と判断できる材料が揃うタイミングの早さに関連します。
例えば、あるDFはFWのわずかな重心移動+視線+腕の動きで「左に動く」と判断できるとします。
これらが揃えば間違いなく左だ、という指標を持っているという意味です。
その指標がずれたものであれば、ギャンブルに近くなり、フェイントにかかりやすくなります。
重心移動であれば、ここが動けば間違いなく左だ、というポイントを持っていることで判断つまり反応は早くなります。
*もちろん実際はもっと複雑な認知を使いつつ感覚的です。
*判断をギリギリまで遅らせる戦略を持つケースも存在します。DF自身の動き出しが早いことが前提です(武術では「後の先」と言います)。
*指令については「目の使い方」が関与します。ムービングアンフォーカスというトレーニングを使いますが、また別の機会に。
FW側の立場からこのことを考えると、この判断のタイミングを遅くさせるまたは間違わせる必要があります。
例えば判断を遅らせる動きとは、いわゆる察知されにくい動き、が該当します。
「察知されにくい動き」が重要になる状況は、大きく分けて2つに分類できます。
1)ニュートラル状態からの動き出し
引用:https://www.theworldmagazine.jp/20170325/01world/120543
例えばFWがボールを保持して立ち止まり、DFと向き合っている状態からの場面がわかりやすいと思います。
ニュートラルつまりDFから見てどちらにも動ける選択肢がある中での動き出しの場面です。
一般的にイメージされる「動き出し」にあたります。
ここでのポイントは、上述の通りどちらに動くかをDFに判断されるタイミングをいかに遅くできるか、または誤らせる(右に動くと思わせて左に動く)かです。
フェイントもこの構造に含まれます。
2)動きが限定されている状態からの動き出し
対人スピード要因の2)に該当します。
DFが、「もうこっちに動くしかないだろ」と感じる段階で違う方向に動ける、または「このタイミングでしか動けない」と感じるている状態でそれとは違う(遅いまたは早い)タイミングで動けることを指します。
具体的には右足に重心が移動して踏ん張った状態では右足で地面を蹴って動くと動くタイミングが絞られます(つまり予測しやすい)。
引用:https://www.golaco.club/articles/5576
しかしトップレベルでは踏ん張った足そのものを踏み替えて角度を作ることでそれとは違うタイミングで動き出すという身体操作スキルが使われています。
(僕はこの動きを「ヒットバック」と名付けて身体操作トレーニングの対象としています)
ヒットバックのトレーニングの一部。
視覚とも関与しますが、「注意」という特性についても踏まえておく必要があります。
人間は注意を向けたものの動きには敏感ですが、注意を向けていないものの動きや感覚には非常に鈍感になります。
例えばこれを読んでいる今、シャツの襟の感覚に注意を向けてみてください。
何らかの感覚に気づくと思います。
しかし注意を向ける前はどうだったでしょうか?
手品やなどではこの特性を利用し、動きや視線を使って観客の注意を別の方向に向けさせ、気づかないうちにコインを移動させます。
注意を逸らされた観客はまるでコインが急に消えたり現れたりしたと感じます。
*スリの技術にも使われています。ぶつかってきたりするのはそちらに注意を向けさせるため。
つまり人間の認知には注意がベースにあり、見えているけど見ていない、触れているけど感じていない、という現象が起こるのです。
絶対スピードが低いのに対人スピードが高い、という選手は、これがうまい。
対人スピードにおいては「注意」を逸らすことは非常に重要なポイントになります。
例えば、1)の状況では、多くのDFはボールに注意を向けます。
しかし対人スピードに長けたFWの場合、例えば動き出す際にボールを最後に動かします。
*ここでの鍵は上半身。上半身を使って先に全身の傾きを生み出すことで先に”スタート”を切ることができます。
このケースではボールが動き出したときにはすでにFWはスピードを得ているので動き出しで置き去りにされてしまいます。
*僕は「リーニングクロス」というトレーニングでこの動きを指導しています。
引用:https://www.theworldmagazine.jp/20180816/01world/england/215995
裏を返せば反応が早いDFは注意を複数のベクトルに拡散させるのがうまいとも表現できます。
ボールを見ているけど相手の全身にも注意を向けている。もっというと周囲の状況にも注意を向けている。
この辺りは上述した目の使い方とものすごく深く関与します。
例えば格闘技や武道のトップレベルでは当たり前に使われている目の使い方(武道では「遠山の目付け」と言われる)がこれにあたります。
以上、対人スピードに認知機能を少し絡めながら進めてきました。
どうしても文章中心なので伝わりづらい部分はあると思います。。
何れにせよこういう視点を踏まえて、その選手がどうやって相手の注意を操作しているか、という視点で対人競技を見るのはかなりオススメです。
最後に。
対人競技における対人スピードについて記述してきましたが、絶対スピードが不要だという意味ではありません。
絶対スピードを上げるための取り組みもちろん不可欠です。
目指すべきは絶対スピードも対人スピードも高いというレベルであることはいうまでもありません。
全てはパフォーマンスアップのために。
中野 崇
追伸
大事なことなので繰り返します。
指導の時にもプロアマ共通して多くの選手が課題に挙げるスピードという要因ですが、これを考える上で欠落しがちなのが「対人」という要素です。
サッカーなど対人競技では、スピードは常に相対的なものです。
いくらタイムで表せるスピード(絶対値)が速くても、相手に対応されてはサッカーでは有効なスピードにはなりません。
絶対値スピードは、自分が速くなれば向上しますが、対人スピードは、常に相手というファクターを考慮しながらトレーニングしなければならないという違いがあります。
ダッシュをひたすら繰り返してタイムが上がっても、試合では通用しない可能性もあるのです。
いくら速くても相手のタイミング(予測・姿勢・バランス)が整っている状況で動き出しても対応されるのが対人競技の特徴だからです。
試合で本当に有効なスピードを獲得するためには、対人スピードを高める必要があります。
裏を返せば絶対値スピードが遅くとも対人スピードを高めることで試合では”速い選手”になることも可能です。
選手の成長戦略を考える上で少しでも参考になれば幸いです。
選手の努力のロスを最小限にするために。。
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