スポーツを言語化する。
そんなコンセプトを持つALE14というイベントに登壇してきました。
今回で2回目です。
初登壇の前回は2017年。
その時は欧米式トレーニングを”そのまま”やっても十分に成果が得られにくい理由を論理性を持って解説する形で『前提条件理論』を発表しました。
とても緊張しましたが、食事中の参席者の皆さんの前で日本と欧米の文化や身体操作の違いをトイレ・ウォシュレットの違いを例にとって紹介しました。
トイレの話を中心に展開する食事しながらのイベントとしてはギリギリの内容でした笑
2回目である今回は、パラリンピックまで1年を切ったということもあり、僕が日本代表のフィジカルコーチを務めているブラインドサッカーの話、そして「体力」という抽象的な言葉の構造についてプレゼンをしました。
ブラインドサッカーについては、MCの中西哲生さんとの対談形式。
これまでこのブログで書いたようなことを具体的なエピソードを用いて紹介しました。
例えば、全盲である日本代表選手たちがどうやってピッチ上で情報を得るのかというと当然それは聴覚です。
しかし、聴覚に依存しすぎると人間は前かがみになっていきます。
つまりブラインドサッカーはしっかり聴こうとすればするほど姿勢が崩れる=パフォーマンスの阻害因子が生まれるという矛盾を内包した構造なんです。
そこで僕が彼らに求めたのが「自分の姿勢が感覚としてわかる」というセンサーの精度向上。
つまり聴くことよりも身体の感覚に重視させるという要求をしたのです。
その方法は、、などなど、そんな話をしました。
中西さんとはもう長い付き合い(というかお世話になりっぱなし)で、身体操作とサッカーの関係性など一緒に突き詰めてきたので、対談は僕自身がとても楽しく勉強している感覚でした。
体力のお話のパートは僕が一人でプレゼン。
体力というスポーツ界だけでなく一般的にも当たり前に使われている言葉ですが、とても抽象的。
「体力がない」、だから体力をつけよう、という一般的な対応にメスを入れました。
体力は、3つの要素で構成されると僕は考えています。
1)持久力など容量の要素。
2)持っている容量をどれだけ効率よく使えるかという省エネの要素。
3)いかに早く使ったものを回復できるかという回復力の要素。
これらどれが不足していても、外見的には「体力がない」と映ります。
だから体力をつけるためには、3つの要素のうちどれに課題があるのかをちゃんと確認してからでないと適切に「体力をつける」という戦略が成立しない。
そんな話をしました。
スポーツで起こる現象の多くは、まだ言語化されていません。
スポーツ界で使われる言葉の多くはまだ十分に定義されていません。
そしてそれらに起因した努力の方向性のズレ、すなわち努力と成果のギャップは、今でも起こり続けているかもしれません。
自分がスポーツトレーナーという他者に努力をさせる立場だからこそ、ここを突き詰め続けなければならないと思っています。
全てはパフォーマンスアップのために。
追伸
しばらくブログ記事おやすみしていましたが、この間にトルコ・イングランド・アメリカなど海外をかなりうろうろしていました。
どんなことしていたかまたシェアします。
中野 崇
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