まただ。
また、スポーツクラブで指導者による暴力事件。
指導者は逮捕された。
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20190219-00000009-nnn-soci
あまりにも多い。
最近多いのではなく、ずっと続いている。
これだけ問題視され、これだけ報道されても、なくならない。
こういうニュースを見ないのか。
それとも、見ても「自分は違う」という解釈をしているのか。
日本ではスポーツの指導による暴力や暴言などが未だに問題にあがります。
なぜこのような事態が起こり続けるのでしょうか。
様々な原因追求がなされ、対策を講じても、続く現状。
被害者は、いつも子どもたちです。
「愛の鞭」
「厳しくすることが愛情」
「鉄拳制裁」
「自分もそうされて上手くなった」
その根底には権力を持つ側による、暴力や暴言に対する都合の良い自己解釈があります。
また、少年スポーツの保護者などによる、「ある程度は仕方ない」「愛情があるなら多少は受け入れる」といった慣例があることも、否定はできません。
*僕がイタリアで指導しているプロラグビーチームの下部組織。日本の育成とは全く違ったスタンスに出会った。
暴力や暴言を否定し、許容しないとする立場の方もたくさんいますし、教育学的な観点からも、発達の観点からも暴力や暴言は明確に無意味だと証明されています。
しかし、なくならない。
指導者の未熟さや理性コントロールの欠如を指摘するのは簡単です。
でも、実際問題として、そういった指導者たちが子どもたちにその競技をうまくさせたい、何かつかませたい、勝たせたい、とものすごく強く願っているという現実もあります。
それで勢い余って、、、という釈明もよく聞きますね。
でもある意味では本当なんだと思います。
チームを統制するのは恐怖が一番安易で簡単、、に思える側面もありますし。
(実際は全く違いますが)
両者の立場を簡単にまとめると。
暴力や暴言を一定の範囲で許容(賛成)する側>
選手たちの成長のためには仕方ない。
自分もそうやって育ってうまくいった。
ちゃんと話して聞くような相手ではない。
痛みや恐怖を与えた方が記憶に残ってその後の行動が改善する。
それがないと舐められる。
それがないとチームの統制が取れなくなる。
否定側>
どんな理由であれ暴力や暴言は許せない。
暴言は基本的人権の侵害になる。
パワハラだ。
その競技が好きじゃなくなる。
あってはならないこと。
大人が子どもに暴力を振るうのは暴行罪。
スポーツにふさわしくない。
両者の主張は、概ねこんな感じに集約されると思います。
見比べるとわかりますが、これじゃ全く噛み合ってません。
暴力・暴言を行う側も多くの場合、何かの問題を解決する手段として行なっています。
否定側の主張はそれを汲んだものではないので、許容側には響かない、という構図。
「そんな綺麗ごと言うなら、お前がやってみろ」
こういう構図を根本的に変えないと、無くなりません。
許容側が暴力・暴言を許容する理由は、実は育成年代のスポーツ全般に当てはまる問題。
それに対する明確な解決策が、日本のスポーツ文化として成立していないのが原因じゃなかろうか。
指導者にも、保護者にも、選手本人にも、メディアにも。
鍵を握るのは、否定・反対派。
反対派がもっと論理的に解決策を示さなければなりません。
お互いに経験的・感覚的・感情的になる議論は、解決策を生み出せません。
指導者の方が子どもたちのスポーツパフォーマンスを高めたい・自分の指導によって成長してほしいという思いがあるのは間違いないのだから、やはり議論の基軸はそこにおかないと受け入れは起こりません。
僕がこういった問題を解消していくために根本的に足りていないと考えるファクター。
いくつかありますが、そのうち3つを。
1)暴力や暴言がパフォーマンスに悪影響を与える論理的な事実
スポーツにおいては暴力や恫喝などによって恐怖心を与えることで大腰筋が過緊張を起こすことはトラウマの研究で証明されている。
大腰筋はあらゆるスポーツパフォーマンスにおいて非常に重要な役割を果たす筋肉の代表格。
指導によって”ビビらせる”ことで大腰筋が使えなくさせる指導は、いかがなものか。
また、行動心理学では、恐怖心は消極性を生み出すことも証明されている。
チャレンジしろ!と言いつつ、消極性を生み出している指導は、非効率的では?
2)信頼関係の構築の方法
信頼関係があれば大丈夫、と言いますが、そもそも信頼関係が作るまでの間に多くの問題が起こります。
じゃあどうやって信頼関係を築くのか、というところが今の少年スポーツではブラックボックス。
経験、時間、という抽象的なものに収束している。
信頼関係を構築するための考え方が不足している。
行動心理学分野や、海外での指導スキルにはそのテクニックがたくさん存在しています。
3)選手のキャラクターごとの関わり方の分類
反省を促したい場合でも、その選手のキャラクター(価値観や考え方)次第でその伝え方や関わり方を変える。
その分類方法とタイプごとの対応が明確に分類されていない。
参照▶︎褒めて伸ばすか、叱って伸ばすか。
https://ameblo.jp/bodysync/entry-12440070185.html
ファクターはわかるけど具体的な方法出せんのか。
実際問題、どうすりゃええねん。
手前味噌ですが、そういう問題を解決したくて指導スキルセミナーをやることにしたのです。
指導者の全ての言動が、選手のパフォーマンスアップにつなげられるように。
指導者として一生モノのスキルを身につけていただけるはずです。
論理性というモノサシを作ることで、指導の場で起こる様々なことに対して「判断基準」を持った対応ができるようになります。
あらゆる議論に論理性という解答を。
▶︎JARTA指導スキルセミナー
募集開始しました。*先着順
https://jarta.jp/j-seminar/teachingskill/
スポーツ界にはなかなかない方法で、指導の問題を解決していきます。
東京>
前半 2019年4月20日(土)|21日(日)
後半 2019年5月19日(日)
10:00~16:00(受付開始9:30~)
お読みいただきありがとうございました。
全てはパフォーマンスアップのために。
中野 崇
追伸
僕は暴力は言語道断という立場ですが、怒鳴ってはいけないとは思っていません。
問題は、その行為が選手たちに与える影響をちゃんと考えて、もっというと「狙って」やっているかどうか。
良い指導者は、間違いなくこれをやっています。
日本でも、海外でも同じです。
ということは、自分の言動がどのような影響を与えるかを知っていなければ狙えません。
怒鳴る結果としておこる影響が、必要と判断した場合は怒鳴ればいいです。
そして僕からの提案は、その影響が精神的には必要でも身体的にはネガティブなものである場合、それを最小限にするスキルを持つべきではないかということ。
指導スキルセミナーでは、当然その観点からのアプローチも習得していただきます。
JARTAのトレーニング指導をご希望の方は下記から。
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