私は受診日に病気平癒御守をつけていく。
ALSが平癒しないのは承知だが、御守を授かった某神社までの長い道のりを歩いた想い出と、もう一度またあの道のりを歩けますようにとの願いを込めて身につける。
ところが主治医先生はこれがお気に召さないらしい。
診察室に入るたびに「あ、またその御守をつけてきたな!」とご指導が入る。
この神社は歴史ある有名神社なのだけど、歴史面で物議を醸しがちである。
私はこの神社に対して思想的なものは持っていない。
ただ自分の目で神社の歴史を見ておきたいと思い続けていたため、歩けるうちに参拝した。
主治医先生にはそう説明したものの「でもなあ……」と渋いご表情。
その次の受診時にはヘルプパークの後ろに隠し、主治医先生の目に入らないようにした。
診察室のドアを開けたとたん、「あ、またその御守!」と目ざとくご指導。
患者が「宗教的なもの」に拠ることを嫌がる医師がいると聞いたことがある。
とりわけ治療法のない厳しい疾患だと、患者はスピリチュアルに傾倒したり怪しげな民間療法にのめり込んだりし、標準治療を受け入れなくなることがあるのだそうだ。
日本の医師は無神論者が多いとも聞く。
エビデンスの世界に生きているからだろうか。
母が70代の頃にお世話になった某病院の先生(外科系)は、若い頃は無神論者と不可知論者の中間だったらしい。
けれども原因が解明できない疾患にぶつかるにつれ、「原因も治療法も神様にしか分からない」と発言するようになり、一部の患者から「治せないことを神様のせいにしている」と批判され始めた。
全国から患者が押し寄せる「神の手」の持ち主と言われる医師だった。
エビデンスだけを信じて人智を超えた存在(神様)を否定するお医者は、人として傲慢だと不信を買う。
人間の力ではどうにもできないものを「神様」の範疇と例えるお医者も不信を買う。
難しいな。
主治医先生の宗教的スタンスは分からないが、受診の際、「神様って本当にいるんだなあ」と絶句していたことはある。
私が告知を受けてほどなく、10年以上凍結されていた商品企画が急に動き始めたからだ。
私が携わっている業界ではこういうことは珍しくないものの、このタイミングで動き出したことには不思議さを感じている。
さて話を戻して、私の病気平癒御守のことだけど。
友人に話したところ「賛否両論ある神社の御守だから主治医先生が懸念したのかも」と指摘された。
病院には職員も患者も多数いるので、この神社の紋章を見て不快になる人がいないとも限らない。
不快になるだけならまだしも、暴力に訴えてくる人もいるかもしれない。
なるほどなあ……気がつかなかった。
だから主治医先生は遠回しに注意してきたわけか。
その次の受診後、主治医先生は私に待合室にいるように言って医局(休憩室)に行き、何かを手に戻ってきた。
「ほら」と見せられたのは私の御守と同じ神社の、形違いの御守だった。
(゚Д゚)ハァ?
散々ディスっておいて、何ですかそれ。
主治医先生は何事もなかったかのように、私の御守の初穂料(値段)を問うてきた。
戸惑いながらもお答えすると「なぜ同じ値段なのに私の御守は小さいのか」と苦々しい顔になった。
さらに「あなたの御守の色の方が綺麗だ。そっちにすれば良かった。どこに売っていたのか」とお尋ねに。
拝殿のそばの授与所にずらりと並んでいた御守なんだけどけれど、さては先生、真摯に拝殿まで歩かずに土産物屋で適当に買ったな。
これ以降は御守をつけて受診しても何も言われなくなった。
スピリチュアルに傾倒せず、真面目に治療の指示に従っているからかもしれない。
「飲酒は適量」の「適量」は私の裁量で決めているけどな!
ああ、そういえば先月の受診で「その御守のことだが」と蒸し返された。
何を指導されるのかと身構えたら「一般的に御守の外袋は白にした方がいいと思うのだが、あなたはどう考えるか」と切り出された。
質問の意図を図りかねていると「白だと汚れやすい。汚れやすいと参拝者は頻繁に買い直す。神社の売り上げが上がる」とのことだった。
……私はいったい、何科を受診しているんだ。
来月は主治医先生の目に飛び込むように、こういう御守をつけていこうかしら。

