皆さま、お元気にお過ごしでしょうか。BoBokoです。
ダラスはもう40度触ってます。
5月でこれということは、この夏は相当な暑さになること間違いなし。
ダラスをいつか嫌になるとしたら理由はこれかなぁ。
プールとかそんなに好きじゃなかった私ですが、
今はプールないと生きていけません。
美白とかどーでもいーです(もともと興味なかったけど)。
シミはチャームポイントです。
この夏も焦げるのでしょう。
さて、またまたお金のお話しか。
友人から良く言われ
気を付けないといけないなと思うのだが
私はお金の話が好き。
今も昔もそうだ。
しかし、
今の「好き」
と
昔の「好き」
は違う。
昔はとにかく良くお金の話をしていた。
というか
本当はね、
好きとかじゃなく
お金のことばかり考えちゃうから
お金の話ばかりをついついしてしまい
「お金が好き」
とか思われたりして。
好きと言うか
好きじゃなかったんだよ。
なかったから
すごく欲しかったんだよ。
そう、私が出すお金の話題は
「お金がない」とか
「金が貯まらない」とか
「本っっっ当に金ない」とか
貧乏くさいお話がほとんどだったものだから
それでいて具体的な解決策があったわけでもなく
ただ金欲しいという生々しい感情を出していただけで
見ていて
聞いていて
見すぼらしかっただろうね。
というわけで懐が文字通り貧しかったのを
堂々と言葉にしていたから
言霊じゃないけど、
そのまま心も貧しくなっていて
変なところでケチになっていて
かと言ってお金の管理は上手ではなくて
だから百万を超えるカード返済に追われて
そこから抜け出す方法が
お金を使わない、貯める
しか思いつかなかったから
電気代を削減しようと部屋中の電気を消したり
冷蔵庫までコンセント抜いたり
ご飯はイモだけとか。
どんどん身も心も貧しくなっていたあの頃。
あれはあれで、何か可愛かったと
今は言えるけどね。
追われてたカード返済もさ、
散財していたからというわけではなく、
ほとんどが医療関連で
そこから更に車の修理とか
ペットの医療費とか
学費とか学会費とか
突然お金が必要になることが多くて
仕方がない理由から
返済に滞っていたものだから
本当にどうしていいのか分からなかったよね。
(実際はNYの文化をもっと心得ていたら
膨大な請求とかは避けられたので、
仕方がなかったとは言えないのだが、
あの時の私の目線から言ったら
自分の力ではどうしようもないことのように見えていた)
とてもとてもお金が欲しかったよね。あの頃。
仕事とお金のことしか毎日考えてなかったよね。
日頃の判断がお金で左右されてた。
どこかに行くのも「そんな金ない。」「それくらいだったら払える。」
日本人の学生が集まる会に参加すると、私は教員で一番年上だから
ジンジャエールしか飲まなくとも大目に払うのは当然と思われて
百ドル単位でお金が飛ぶから、絶対無理。
マンハッタンに行くにはトンネル代や駐車場代が掛かる
電車でも20ドルは掛かるから
どうしても行かないと行けない限りは行かない。
友達とご飯食べに行くときは、
メニューでまず一番安そうなものを選んでいた。
タダにとにかく弱い。
タダならすぐに飛びつく。
要はあの頃の私は
お金にコントロールされていた。
お金が好きだったわけじゃない。
むしろ大分お金が憎かった。
生きる為にはお金がないと全然駄目なんだと気付いてしまったから。
豊かになりたかったわけじゃない。
ただ電気を付けて暮らしたかっただけ。
年収4、5百万位貰っていてもそれが許されなかった。
そんな頃のお話し。
(税金やら、保険やら、色々抜かれて
実際の手取りが60%くらいでビビりました。)
見すぼらしかったけど
私にとって大事な時期だったと思う。
抜けられたから言える話だけど。
だから先日、
「金銭感覚おかしい」人達の話をしたけれど、
一攫千金を本気で狙う話で盛り上がる人の気持ち
法に触れてまでお金を稼ぎたい人の気持ちは
分からないわけではない。
私にもそういうところあったから。
その知識と力量と度胸が私にあれば、
私も何かに手を出していたかもしれない。
そしてひょっとして私みたいな人が
イキナリ収入がドンと上がると、
心の貧しさが抜け切れず
ああいう人達のようなお金の使い方をするのかもしれないとも思う。
だから彼らの行動や発言にイライラさせられることはあったが
結構複雑なところから生じている
良い悪いだけでは説明できない金銭感覚なんだろうなということは
分かっていた。
私は人のことをそんなに言えない。
私があの状況を抜けられたのは、自分の力ではないから。
ミッキー(夫)のお陰なのである。
彼と出会ってから
私のお金に対する意識が変わっていきます。
好きは好きでも
昔の好きと今の好きは全然違うんだなというのが分かります。
やたらめったらお金の話はもうしなくなったしね。