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BoBokoとNekoとNY→メイン→ダラス?

前略 お元気ですか。 BoBokoは元気です。 Nekosも元気です。 BoBokoとKuroNekoの味のある(はずの)NY→メイン→ダラス生活のお話です。

 

皆さま、お元気にお過ごしでしょうか。BoBokoです。

ダラスはもう40度触ってます。

5月でこれということは、この夏は相当な暑さになること間違いなし。

ダラスをいつか嫌になるとしたら理由はこれかなぁ。

プールとかそんなに好きじゃなかった私ですが、

今はプールないと生きていけません。

美白とかどーでもいーです(もともと興味なかったけど)。

シミはチャームポイントです。

この夏も焦げるのでしょう。

 

さて、またまたお金のお話しか。

 

友人から良く言われ

気を付けないといけないなと思うのだが

 

私はお金の話が好き

 

今も昔もそうだ。

 

しかし、

 

今の「好き」

 

 

昔の「好き」

 

は違う。

 

昔はとにかく良くお金の話をしていた。

 

というか

本当はね、

好きとかじゃなく

 

お金のことばかり考えちゃうから

お金の話ばかりをついついしてしまい

 

「お金が好き」

 

とか思われたりして。

 

好きと言うか

好きじゃなかったんだよ。

 

なかったから

 

すごく欲しかったんだよ。

 

そう、私が出すお金の話題は

「お金がない」とか

「金が貯まらない」とか

「本っっっ当に金ない」とか

貧乏くさいお話がほとんどだったものだから

 

それでいて具体的な解決策があったわけでもなく

ただ金欲しいという生々しい感情を出していただけで

 

見ていて

聞いていて

見すぼらしかっただろうね。

 

というわけで懐が文字通り貧しかったのを

堂々と言葉にしていたから

言霊じゃないけど、

そのまま心も貧しくなっていて

変なところでケチになっていて

かと言ってお金の管理は上手ではなくて

 

だから百万を超えるカード返済に追われて

そこから抜け出す方法が

 

お金を使わない、貯める

 

しか思いつかなかったから

電気代を削減しようと部屋中の電気を消したり

冷蔵庫までコンセント抜いたり

ご飯はイモだけとか。

 

どんどん身も心も貧しくなっていたあの頃。

 

あれはあれで、何か可愛かったと

今は言えるけどね。

 

追われてたカード返済もさ、

散財していたからというわけではなく、

ほとんどが医療関連で

そこから更に車の修理とか

ペットの医療費とか

学費とか学会費とか

突然お金が必要になることが多くて

 

仕方がない理由から

 

返済に滞っていたものだから

本当にどうしていいのか分からなかったよね。

 

(実際はNYの文化をもっと心得ていたら

 膨大な請求とかは避けられたので、

 仕方がなかったとは言えないのだが、

 あの時の私の目線から言ったら

 自分の力ではどうしようもないことのように見えていた)

 

とてもとてもお金が欲しかったよね。あの頃。

仕事とお金のことしか毎日考えてなかったよね。

日頃の判断がお金で左右されてた。

どこかに行くのも「そんな金ない。」「それくらいだったら払える。」

 

日本人の学生が集まる会に参加すると、私は教員で一番年上だから

ジンジャエールしか飲まなくとも大目に払うのは当然と思われて

百ドル単位でお金が飛ぶから、絶対無理

 

マンハッタンに行くにはトンネル代や駐車場代が掛かる

電車でも20ドルは掛かるから

どうしても行かないと行けない限りは行かない。

 

友達とご飯食べに行くときは、

メニューでまず一番安そうなものを選んでいた。

 

タダにとにかく弱い。

タダならすぐに飛びつく。

 

要はあの頃の私は

 

お金にコントロールされていた。

 

お金が好きだったわけじゃない。

むしろ大分お金が憎かった。

生きる為にはお金がないと全然駄目なんだと気付いてしまったから。

豊かになりたかったわけじゃない。

 

ただ電気を付けて暮らしたかっただけ。

 

年収4、5百万位貰っていてもそれが許されなかった。

そんな頃のお話し。

(税金やら、保険やら、色々抜かれて

 実際の手取りが60%くらいでビビりました。)

 

見すぼらしかったけど

私にとって大事な時期だったと思う。

抜けられたから言える話だけど。

 

だから先日、

「金銭感覚おかしい」人達の話をしたけれど、

一攫千金を本気で狙う話で盛り上がる人の気持ち

法に触れてまでお金を稼ぎたい人の気持ちは

分からないわけではない。

私にもそういうところあったから。

その知識と力量と度胸が私にあれば、

私も何かに手を出していたかもしれない。

 

そしてひょっとして私みたいな人が

イキナリ収入がドンと上がると、

心の貧しさが抜け切れず

ああいう人達のようなお金の使い方をするのかもしれないとも思う。

 

だから彼らの行動や発言にイライラさせられることはあったが

結構複雑なところから生じている

良い悪いだけでは説明できない金銭感覚なんだろうなということは

分かっていた。

 

私は人のことをそんなに言えない。

私があの状況を抜けられたのは、自分の力ではないから。

ミッキー(夫)のお陰なのである。

 

彼と出会ってから

私のお金に対する意識が変わっていきます。

好きは好きでも

昔の好きと今の好きは全然違うんだなというのが分かります。

やたらめったらお金の話はもうしなくなったしね。

 

 

 

2年前は、教員の数が足りないとかで

すごい勢いでフルタイムの先生を雇っていた我がプログラムだけど、

 

トランプさんの影響もあり、

ここ最近留学生の数がグンと減り

今度は教員の数が多すぎて

 

教えるクラスが足りないという状況になりつつあります。

 

この夏学期は、本当はレベル0(超初級クラス)を教える予定だったけれど

誰も申し込む学生が現れないのでキャンセルになり、

私教えるクラスなくなりました。

 

教えるクラスないと、

 

チューターしたり

ワークショップしたり、

教えることとは関係のない他の仕事が来たり

プロジェクトに携わったり

何か細々とした仕事が増えて

 

考えないといけないことが沢山増えて

とても面倒なので

 

教えることが好きな私にはちょっとツマラナイ夏学期になりそうです。

 

レベル0、教えたことなかったから是非教えたかった。

 

まずレベル0があることが何か嬉しかった。

 

本当に英語のレベルが0でも

アメリカに留学する人がいることが

まず驚きである。

 

その昔、私がアメリカ留学を決意した時、

私の父は「そんな英語で大学院何かに行っても通用しない。」

と思っていたらしいことを母伝いに聞いた。

 

そのそんな英語とは、既にそこそこ出来ていた私の英語力を指していて

TOEFLで言ったら624(ペーパーテストのスコア)と高得点の方で

あの当時はそれでも自分の英語にそんなに自信はなかったけれど

 

今考えたらそれぐらいなら十分の英語力だと断言できる。

(勿論、現実はとても大変だったけれど)

 

でも、父はアメリカ大学院留学はそんなものじゃない、と。

 

まぁ、父ほどではなかったけれど、

(じゃなかったら決意しなかった)

私も多少そう思っていたところはありました。

 

これってやはり多くの日本人が抱いている

アメリカ留学に対するイメージなのだろう。

 

ある程度の英語力がないと

アメリカの大学への留学はしてはいけない、と。

大学院だったら尚更。

 

実際のところ、

私が留学を決意をした時は大学院ではなく、4年生の学士をまず考えていたもの。

はっきりとは覚えてないのだが

誰かに、それも確かアメリカ人に、

「え?何で学士?何で修士目指さないの?」と

疑問を抱かれてから考え直したような記憶が薄っすらとある。

 

そしていざ、留学して見れば

 

うん、確かに大学院を選んで良かった、と思った。

先生やクラスメートの言っていることが分からないとか

やたらと本を読ませられて追いつかなくて大変とか

エッセー何をどう書いていいのか分からないとか

授業中に皆の前で泣いちゃったこともあるし

まぁ、留学生が良く口にするような苦労話を

ひと通り体験したけれど、

それでも大学院を選んだことに後悔をしたことはない。

 

そして、失礼な言い方かもしれないが、

へぇ、こんな英語力でも留学する人いるんだな。

と驚いたのを覚えている。

 

 

それは大学院でも4年制大学でも感じたこと。

 

 

日本人学生に関してはそう感じたことは少なく

(というか日本人はゼロだったような)

他所の国から訪れた留学生に対してそう思っていた。

 

結構英語力低くとも何とかなるんだな、と。

 

そして留学生向けの英語のクラス(つまりESL)を教えるようになってから

 

さらに驚いた。

 

本当にABCを全部言えない留学生がいることに。

 

移民でアメリカに来た学生のことではない。

自分の意志ではなく、親の都合で連れてこられた学生のことでもない。

 

F-1ビザで

それなりの目的を持った留学生として、

学士や修士や博士を目指しに

アメリカに訪れた学生のことである。

 

ニューヨークでESLを教えていた大学では、

ほとんどの学生が修士号を目指していたのだが

その英語のレベルの低かったことったら

本当に驚きであった。

 

その上、学習力も私の基準からしたら低めで

その上、

その根拠はいったいどこから生まれるのか良く理解できなかったが

やたらと度胸と自信はあったので

まぁ、色々とややこしかったの何のって。

 

度胸とか前向きさは持っていて欲しく、学習力が低いのも全く構わないのだが、

もう少し自分の英語力の低さを自覚して欲しいと思っていた。

本当に偉そうだったな奴ら。

 

でも

 

まぁ、それでも留学って出来るもの何だなということは良く分かった。

それでもいいよねとも思うようになった。

 

アメリカに来て、まず英語力伸ばして

アメリカやアメリカの大学の文化にある程度馴染んでから

大学や大学院の授業に参加するのは

 

お金と時間が許されるのなら大有りな話だと思う。

留学をそんな遠い話のように思う必要は全くないことだ、と。

例え、英語のレベルがゼロでも

受け入れてくれる場所は本当にあるのだから。

うちみたいなコミュニティーカレッジだったら学費も安いし。

 

ゼロって

本当にゼロに近いよ。

 

うちのゼロは、

留学生用のゼロ。

 

つまりアメリカで生活する為の英語ではなく、

いずれ大学に入学する為の英語を学ぶところだから

ほんのちょっとの英語は理解していないといけないのだが

 

例えば先日私がインタビューした学生などは

What is your name? 自分の名前を聞かれたら返事できて。

Where are you from? 出身も聞かれたら返事できたけど、

When did you arrive to the U.S.? いつアメリカに着たのかと聞かれて

5月は言えず8日も言えず、でも「8」は言えて、

20日前と言いたかったけれど「20」しか言えず。

Why did you come to the U.S.? 何でアメリカに来たのかという質問は

Whyの意味が分からなくて、全く応えられなかった。

 

そんな彼でも

レベル1になるみたいだから。

レベルゼロって極めてゼロに近いということになる。

 

私は未だかつて、

そんな低いレベルのクラスを教えたことがない(レベル1はある)。

教科書を見ると絵ばかりである。

辞書もそれ専用の絵ばかりである。

 

授業中先生も学生も沢山動き回るらしい。

ゲームを沢山するらしい。

声がでかくなるらしい。

大体そのレベルの学生は、皆意欲が高く

皆本当に同じような低いレベルだから、

「皆で頑張ろう!」という一体感が出てきて

(上のレベルになるとバラけりが出てくる)

仲が良くなるらしい。

 

結構体力勝負で大変だけど

とても楽しくてやりがいあるらしい。

長いこと初級レベルを教えている先生から

ボボコに向いていると思う

と言われたので

この夏教えるの楽しみだったのだが、

残念なことにクラスがキャンセルになった。


レベル0でもアメリカ留学ができるということ

もっと日本人にも分かって欲しいなと思う今日この頃。

 

レベル0から始めた学生を何人か見てきたが

本当にレベル3に上がる頃(1年以内)には、

見違えるように英語力が伸びている。

日本人学生は学習意欲の高い子が沢山いるから

最初の英語力低くとも、良いESL環境に恵まれれば

すぐに伸びるような気がする。

 

さて、主題の

There is now a level 0.

これを分かってくれる人はどれくらいいるのかしら。

 

分からない人は

Kung Fu Panda

を英語で見ないといけまんせんね。

 

私の好きな映画トップ10に入るかもしれません。

何でこんなに好きなのかしらというくらい好きです。

 

 

 

皆さま、お元気にお過ごしでしょうか。ボボコです。

今日は金曜日、お仕事おサボり期間は、まぁ、今日で終わりかな。

でも来週もそんなに急激に忙しくはならなそうです。

 

さて、前回のお話の続きです。

何かこの話、これだけ引っ張って

くだらなくてすみません。

別段、悩んでいたというほどのことでもなく、

勿論、「信じられない!」という話ではなく、

「ちょっともう聞いてよー」という枠に入るのかすら微妙なところで

 

この程度のことをブログでネタにするくらい

 

私の職場環境は平和

 

ということです。

 

ニューヨークの頃の方が

もっと話題性のあるお話しや人が多かったよね。

 

一癖も二癖もある

(人のこと言えないのだろうけれど)

面白味のある

でも関わるととても面倒な人達

 

こっちでは本当にそんな人達との交流がない。

いいような、ちょっぴり寂しいような。

 

 

さて、

 

私の同僚のMさんね

 

前回の話では「事件」を2件あげたけれど、

他にもちょっとしたことで

「あれ?」と思うことはあり、

 

特に気になったのは

 

去年、何かで私が彼女のクラスを代わりに教えてあげた際、

 

「ボボコが来年の3月の学会でいない時、

 私が代わりにボボコのクラス教えるしね。」

 

突然そう彼女は言ってきて

さもそれが私が彼女に大きな貸しを作っているような言い方で

 

え?それで全てが相殺されるとでも?

 

と思ったのを覚えている。

そう彼女に言ったのも覚えてる。

私が冗談で言ったと思ったのか

彼女は大笑いをしていた。

 

その「来年の3月の学会」とは

つまり今年の3月のことなのだけど

実際は彼女が私の代わりに教えるクラスはたったの2日だけ。

でも私は一週間いない予定だったので

彼女の中ではなぜか一週間、

私のカバーをすると思い込んでいる節があり

それも何か気に入らなかったので

 

「2回カバーしてくれてありがとう。」

「2回」

「2回ね」

 

何て、学会前は良くその2回を強調してた私。

 

 

そんなこともあった上に

前回で話したような「事件」が2件起きた。

(だから事件じゃないってね)

 

2件目が起きたのはちょうど私が学会に行く2週間前の話だった。

 

試験監督の交代に彼女が2時半に来ると言って3時半に来た。

しかもその理由がお友達とお昼にお出かけしていた。

もともと彼女に不満を抱いていたところで起きたことだったので

怒りが爆発。

 

でも、正直、これはチャンスだとも思っていた。

今、言いたいことを言おう、と。

 

その日は私具合が悪かったので更に機嫌が悪く、

そのお陰で

普段だったらもっとオブラートに包んでいたかもしれないことを

単刀直入に彼女に伝えることが出来た。

 

その場では無視して去ったが

試験が終わって

オフィスに彼女がオロオロとしながら訪ねて来て

彼女と話し合った。

 

というか私が不満をぶちまけただけだけど。

 

甘えるのもいい加減にしろ、と。

利用されている気分で不愉快だと。

 

そんなようなことを言ったと思う。

 

いつも私ばかりが手伝っていて疲れた。

で、いざ私が助けを求めるとスムーズに引き受けてくれない。

 

え、でも、今度の学会では私が代わりに。。。

とまた学会のことを話してきたので

 

2回ね、2回。

私は今まで何回カバーしてきたと思ってるの。

 

と。

 

でも実際の不満はそこではない。

カバーすることそのものは、

たまたまそういうパートナーに当たっただけだと思える。

仕方ないものとして納得してる。

 

問題は彼女がそのことを自覚している様子がなく、

感謝してくれないこと。

いざ私が助けが必要になるとスムーズにいかないこと。

この関係がどう見ても50:50じゃないこと。

 

だから、これから色々とやってもらうから。

 

と、最後は彼女にそう言って

 

私のリベンジが始まりました。

 

まずはリベンジ1

 

今学期は学生数が少なく、教える授業数が減ったので

いつもはライティングと文法のクラス両方を教えているが

今回はそのどちらかをMさんと私が

それぞれ教えることになった。

 

そのどっちを教えたいか選択を求められた時、

横にいたMさんに確認もせずに

 

「私、文法教えます。」

 

と真っ先に言った。

ライティングの授業の方が断然大変だから。

 

いつもなら2人で相談したり、ジャンケンのようなことして

お互い気を使いながら決めるのだが

今回はもう私チャンスとばかりに突っ走りました。

 

お陰で私は今学期は

リスニングスピーキングのクラスと文法のクラス2教科だけで

週末に仕事を持ち帰ることは

たったの一度もなく非常に楽だった。

 

Mさんはライティングの授業。大変そうでした。

それでもいつもの3教科よりも、2教科に減ったわけだから

そんなに大変なハズではないのに、

大変そうでした。

 

なぜなら

リベンジ2

3月の学会で2回私の授業をカバーした上に

さらに私、その2週間後に1回授業休んだから。

 

本当のサボりです。

体調悪かったのは確かだけど、

頑張れば行けることは行けたし

今までだったら絶対に授業に行っていた。

 

でも、何かリベンジしたかったんだよね。

彼女も何かこれくらいの体調で仕事休んでいるんだなということに

気付いたので、いいじゃないか、これくらい。

 

何か久しぶりのサボりにワクワクしました。

ニューヨーク以来よ。

 

でもこういうサボりは久々過ぎて慣れてなくて

翌日、元気ハツラツに登場して

Mさんにはバレタかもしれない。

 

でも「ありがとう」と言ったら

「いつも散々お世話になってるんだから、これくらい当たり前よ!」

と何とも気持ちのいいお返事が。

 

そして最後のリベンジ3

期末試験の試験監督を彼女1人でさせた。

やっぱこれでしょ。

 

と言ってもたった11人のクラスの試験監督。

何てことない。

「それくらいだったら、別に一人でもいいよね。」と問答無用。

彼女は一瞬えっとなったが

「トイレとか行きたくなったら、

携帯にメッセージくれればすぐに駆けつけるから。」

と言ったら納得したようだ。

 

というわけで、

これで何か気分が大分晴れました。

もう一つ良くなったことは、

彼女が私ばかりに頼みごとをしなくなったこと。

一番驚いたのは私に代理を頼まなかったこと。

 

まぁ、前学期から続いていた私の体調不良を

やっと彼女は気にしてくれたようで

ボボコは今あまり体調良くないから、と

まず他の先生に頼んでいたようだった。

どうしても駄目だったら私に頼もうと思っていたらしいが

うまく他の先生が見つかった。

時々そうしてくれると助かる。

 

前学期とは大違い。

 

やっぱり言いたいことは言わないとですね。

彼女のこと怒ってたけれど、

嫌いで言ったわけではないので、

それは伝わってたようで

今も仲良くしているので良かったです。

(いや、むしろ、こんなことブログに書いてごめんっていう程

非常に優しいことをしてくれたので、

いずれその話もしたいと思います。

彼女とても優しい人です。)

 

ここら辺が日本とアメリカの違いかもしれないです。

日本だと本当に仲良くしている友達にしか

ここまでぶつかっていけないような気がします。

でも私、昔は同僚に良くヘーコラしてたなぁ。。。成長したなぁ。。。