お元気ですか。
ハロウィーンが過ぎるとNYは一気にクリスマスの雰囲気が漂います。ここからは時間の進みがやたらと速く感じるようになります。
いいぞいいぞ。早く冬休みにならないかな。
PAにいた頃、ハロウィーンは子供達が来た時のためにお菓子を沢山買って用意していたけれど、毎年全然来なくてがっかりしたので、NYに来てからも同じノリで油断して去年はなにも用意せずにアパートに帰った(一昨年ははパーティーに行ったので家に帰ってない)。
ハロウィーンは私も楽しい思い出が沢山ある。毎年うさぎ、バレリーナ、お姫様と女の子らしい仮装をしていたのを覚えている。
可愛い格好を堂々として学校にいったり街中を歩き回れたし、かぼちゃ一杯にもらうお菓子は本当に夢のように楽しくて、誕生日よりも好きだった。
でもある年だけ謎の年がる。あれが多分最後のハロウィーンの想い出。
ゴリラになった。
何を思ったのかゴリラになって私のハロウィーンは幕を閉じたのです。もっと謎なのは
写真がどこにもない。
想い出は確かに鮮明に覚えているのに写真が一枚もない。きっと楽しくなかったのでしょう。なーーんでゴリラになったのかなぁ。
そんなことはさておき、去年のハロウィーン。
アパートに戻ってものの5分もしないうちにうるさい呼び鈴が鳴った。
しまった!!!!!
ドアをソ~っと開けたら案の定小さい小さいかぼちゃさんとおばけ(?)さんが立っている。
あああああああああ。。。
毎年ちゃんと用意していたのに、唯一何も用意していない年に限って子供がワンサカ外をうろついている。
本当、なぁ~~んでこ~~うも今年はついていないんだ?!?!?!
と本厄大殺界の私は思ったものです。
ごめんね、ごめんね、と言いながら貴重なドラ焼きを2つあげた。
次の子供達にはお米のフワフワのお菓子(何ていうの?あれ。すごく美味しいの)。
そして最後の切り札は羊羹(本当あげたくなかった)。
それもあっという間に切れたので電気を消して居留守を使った。
しばらくして冷蔵庫に何ヶ月も寝ているハーシーのキスチョコを沢山発見。次鳴ったらこれをやってまえと思ってたけれど誰も来なかった。
それにしてもNYのハロウィーンは賑やか!小生意気な感じの子もいたけれど皆すごく楽しそうで可愛かった!!!何か面白いことしてキャーキャー言わせたかったなぁ。
変な和菓子、何だアイツって壁に投げつけられたのではないか。
私にしたらかなりの貴重品を精一杯の想いを込めて差し上げたつもりだが、アメリカの子供に和菓子の有難みを理解してもらうのは難しいかもしれない。
来年来てくれないかも。。。
と思っていた私。
さて、今年のハロウィーン。
いつもは土曜日にミッキーに会うのだが、先週は都合により金曜日(ハロウィーン当日)に。
洗濯を一緒にしようと言っていたので私の仕事が終わった5時頃に会いたがっていたミッキーだが、去年の名誉挽回がどうしてもしたくて8時に会うことに。
5時頃からしっかりとお菓子を袋に入れて待っていた。
待っていた。
待って
待って
待って
来たのは一人だけ。
やはり去年のドラ焼き、羊羹がいけなかったか?
でも窓から外をずっと覗いていたが本当に子供達が歩いている様子がなかった。
同じビルの向かいに住んでいるカップル、Lさん(彼女)とJさん(彼)も首を傾げていた。
Where did all the children go?
繰り返し繰り返し唱えるLさんは、小学校の先生をしているのでこの日をとても楽しみにしていたようだ。
偶然にも私の授業で"Where did all the children go "同じタイトルの記事を扱っているところ。物騒になった自分の生まれ育った土地を訪ね悲しんでいる作者の話である。
でもこの近所が一年の間に子供が出歩かなくなるほどそんなに物騒になったような気配もない。
「確か去年はお菓子が最後足りなくなるくらい子供が来たのにね。」
「ね。」って私は別の意味で足りなかったのだけど。
ヤキモキしたLさんと私は「中で待ってても仕方ない」と外で待ち構えて、遠くで見える子供に「おいでーーー!!!」と手招き。
それでもお菓子は山ほどあまった。。。
ションボリ
何とも言えず寂しいハロウィーンだった。
そんなわけで不発に終わった今年のハロウィーンだが、ここで一つとても悔しい話をひとつ。
夜、ミッキー宅へ洗濯ものを背負って向かったところ
「BoBoko大変だったよーーーー!!」
去年は全然子供が来なかったのに今年は何組かゾロゾロと現れたよう。
ミッキーが何も用意してなかったのを知っている。
で、何をあげたの?
「ピーナッツ」
いらねーーーーー。
サッサと5時にミッキーのところに行けば良かったんだ。
その子供達をピーナッツの刑から救えたのは私。
来年こそは!!
と思うのだが、どっちで待ち構えたらいいのかの判断が難しい。
