前の記事を書いていて、やはりこの試合のことを思い出してしまいました。



この試合を振り返ることは、いつもいつも、自分の状態を教えてくれる気がします。

それは部屋に飾ってある絵画のように、城下町を歩く武士が腰に下げていた刀のように、そして、中学の階段の踊り場にあった、大きな鏡のように、、、

いつもそばに置いておきたいもの。
なにがあっても守り抜きたいもの。
誰が何と言おうと「これだけは譲れない」というもの。

そんなものが、自分を自分でいさせてくれる気がしています。

さて、先の試合の流れの中で、「まっすぐ」でいられなかったのは、誰だったのでしょう??

篠原選手も「まっすぐ」だった
ドゥイエ選手も「まっすぐ」だった

主審も「まっすぐ」だった
副審たちも「まっすぐ」だった

得点板係も「まっすぐ」だった
その得点板を見ている観客も「まっすぐ」だった

金メダルに沸くフランス陣営(監督・スタッフ)も「まっすぐ」だった
再審議を求める日本陣営(監督・スタッフ)も「まっすぐ」だった

NHKのアナウンサーたちも「まっすぐ」だった
解説の岡田さんも「まっすぐ」だった

国際柔道連盟も「まっすぐ」だった
国際オリンピック委員会も「まっすぐ」だった

きっとそうなんだと今は思っています。
というか、そう思わないと、ぼく自身が、前にも後ろにも進めなくなってしまう気がしています。

この試合で、「まっすぐ」でいられなかったのは、誰だったんでしょうか、、、

新緑にあふれた小さな枝から、弱々しくか細い幹へと、透明な水が降りてくるのを感じています。

下っ腹の内側あたりが、疼いてくるのを感じています。

なんだか、無性に走りだしたくなってきました。
西側らせんと東側のらせんが、2重らせんを描き始めてきている気がします。

米中戦略経済対話、ワシントンで開幕 オバマ米大統領が演説

小西克哉さんいわく、「(事実上の)G2というべきサミット」。

さてさて、、、

大雑把に、20世紀の状態からぐるっと半周して、逆向きから世界を見るようになったのが21世紀だとすれば、

今まで西側のらせんだと思っていたものが、東側のらせんに見えてきます。
今まで東側のらせんだと思っていたものが、西側のらせんに見えてきます。

つまり、今まで大西洋を表側としてヨーロッパとアメリカを中心に回っていた地球が、これからは太平洋を表側としてアメリカと中国(やインド)を中心に回っていくことになると捉えられるかもしれません。

すると、、、

北が南になり、南が北になる。
右が左に、左が右に、おなかが背中に、背中がおなかになる。
太陽が月になり、月が太陽になる。
グレーが、紫になり、紫がグレーになる。

今まで「鏡に反射して映し出された虚像」と思われていたことが、「眼で見ることができる実像」として存在しうる時代とも言えます。

でも、これって何も変わっていないと思うんです。

二重らせんが半分だけ回転したから、表だと思っていた大西洋が裏になって、裏だと思っていた太平洋が表になった、ただそれだけのことだと思うんです。

悲観する必要はまったくない!!
日本の歴史、東アジアの歴史、そして世界の歴史を振り返り、ただ「まっすぐな」国であればいい。

筋トレで腹筋を鍛える必要はない!!
「まっすぐな」歩みをすることで大腰筋を「使えるように」なればいい。

筋トレで大胸筋や三角筋を鍛える必要はない!!
「まっすぐな」走りをすることで腱板(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)を「使えるように」なればいい。

技を仕掛ける必要はない!!
「まっすぐに」相手と対することで返し技を極めればいい。

アクションを起こす必要はない!!
「まっすぐに」相手を見直すことでリアクションを極めればいい。

「内股すかしぃ!!!!」

「クロスカウンター!!!!」

「奈良県立歴史民俗博物館っ!!!!」



何度見ても、まっすぐで美しい「二重らせん」です。

「文武両道」


この言葉のとらえ方が、最近少し変わってきた気がします。


昔は、、、「勉強もスポーツもどっちもできるなんてすごいなぁ」、とか、「勉強だけではなくスポーツも頑張れるようになりましょう」、みたいな感覚でした。


今は、、、「勉強ができるmindがあるからスポーツができるbodyも存在できるし、「スポーツができるbodyがあるから勉強ができるmindも存在できる」、みたいな感覚。(どこかの企業の名前みたいですが・・・)


なおさらわかりにくくなるかもしれませんが、


「明るくて元気で笑顔がステキで、しかも足も速いなんてすごいなぁ」、という感覚ではなく、「明るくて元気で笑顔がステキだから足が速くて、 足が速いから明るくて元気で笑顔がステキなんだ」、というという感じ。


この感覚、、、「2→3」な感じ、、、さてはて、「+1」はなんなんでしょう??


「幻の世界新記録を打ち立てた背泳ぎの入江陵介選手がピアニストなみの演奏をすること」

「バン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝したピアニスト辻井伸行さんが全盲であること」


この最大公約数と最小公倍数を考えなおさない限り、日本で「オリンピック」と「パラリンピック」を開く意義はないと思っています。


「日本だから、できる。あたらいいオリンピック・パラリンピック!!」


東京の街中にあふれているポスターの向こう側に、こんなキャッチコピーを見ることができるような走りをしたいです。


走ることについて語るときにボブの語ること



ぼくの大切な人が苦労している。


ぼくの大切じゃない人が苦労している。


ぼくの大切じゃない人が幸せそうにしている。


ぼくの大切な人がが幸せそうにしている。




ぼくが愛している人が笑っている。


ぼくが憎んでいる人が笑っている。


ぼくが憎んでいる人が苦悩している。


ぼくが愛している人が苦悩している。




ぼくの前にいる人が迷っている。


ぼくの後ろにいる人が迷っている。


ぼくの後ろにいる人が走っている。


ぼくの前にいる人が走っている。




ぼくは何をするべきだろう。

"SUN☆WALK"

4→3→5・・・・・・・・4→3→5・・・・・・・・4→3→5・・・・・・・・

・・・・・・・・4→3→5・・・・・・・・4→3→5・・・・・・・・4→3→5


"MOON★WALK"

5→3→4・・・・・・・・5→3→4・・・・・・・・5→3→4・・・・・・・・

・・・・・・・・5→3→4・・・・・・・・5→3→4・・・・・・・・5→3→4


★☆★☆ Now you know, "3" is a MAGIC NUMBER ★☆★☆