40キロ起伏走(キロ5:44)。↑708。はじめて泊の農免農道を走る。30キロあたりが一番しんどく、コンビニエイドでやりすごす。18度だったが、直射日光で暑かった。かえったあとは90分寝る。
10月1日
家族でスポーツテストに参加。僕だけ一番悪いC判定。握力は右48。立ち幅跳びが180しかとべず、長男に負けた。シャトルランは113回で満点。
2日
朝から小学校の立ち当番で交通関係の見守り。安定してできた。
4日
苦手な人と同じ空間になり、心苦しくなる。職員検診。下剤をのまされたので不安になる。
5日
新しい人を対応するが、まずまず。吃音はひどい。
7日
家族4人で5か月ぶりに山登りにいく。山ヶ上。
8日
張り詰めた中過ごしたので緊張感を過度に感じてからだに悪い。残業1時間20分。
12日
郵便局で「官製はがき」という言葉を言う。言えた。昼過ぎに父と稲干し。小学校の校長先生と電話リレーサービスで連絡。左胸の痛みがたまにでる。
15日
みこし担ぎの担当。アルプラゾラム半錠のんでいき、まあまあ余裕あった。が、かえったら一気に疲れ、寝てしまい、18時半に起きる。
17日
仕事前に気分が重たくなる。夜はドタバタ勤務でかなり疲弊した。そして、排泄関係でかなりしんどい業務。しばらくボーゼンとする。
18日
しんどくて仕事からかえってもまともに16時まで行動できず。
19日
背中と胸の虫刺されで皮膚科へ。色素沈着なので完治に3~6カ月かかるとのこと。市販薬と同じ薬がでる。昼は28度。
24日
地区の運動会。4年ぶり。3位になる。子供2人とも3種目でられて満足していた。リレーも3位。つなひきで決勝までいけたのに一番びっくり。14時から父母と妻と4人で稲寄せ。
25日
精神科へ。ここ1カ月でアルプラゾラム7錠のみでいい傾向。次回は6週間後になった。このクリニックにきて1カ月以外ははじめて。ただ、朝の憂うつはひどい。
26日
臨機応変が求められ、心理的に苦しめられる。
28日
立場が上の人にあれこれ言われ続けて精神的に苦しくなる。11時前まで職場に残る。午後はピアサポート講演会に参加。夜は体調ぐらぐらしてランできず。
4:30、15キロPR(キロ4:43)。
11時、26キロ起伏走(キロ6:12)をするが、かなり苦しめられる。↑710。馬の山から、いつもはほとんどいかない鉢伏山の北側の道路をあがっていくルートをつかってみる。坂道を少し上ったくらいで暑さもあり、すぐに歩いてしまう。胸の痛みもあり、無理はできないので歩く。不安障害のなんらかの症状がでていると思われる。
9月1日
朝はぐったりしており、ランできず。気が付いたら夕方。やるせない気持ちになる。
2日
梨選果場でイベントがあり、家族でいく。シンカンセンを袋買い。18個くらい。午後は自分ひとりで過ごす。夕方に父と2時間梨とり。13箱。汗だく。
3日
人間関係が難しい日だったが、うまくこなせた。雑談もできた。
4日
3か月ぶりに同僚が復帰。昼にアルプラゾラムのまずにいってみた。
5日
有休。電話リレーサービスを3回使う。子供2人と矯正歯科へ。
6日
知的障害援助専門員の書類がなくて、朝から大慌て。異性に強く言われて萎縮。こわい。夜ランはふわふわしており、うまく走れず。からだが震える感覚。
7日
鍼灸師さんとこ(腰ににぶい痛みがあるため)。25度。夕方、父母と3人で梨とり。これで最後らしい。夕方も涼しくなってきた。3日からマッコウで遭難していた男性が亡くなった。
8日
苦手意識がある人がさらに苦手になってきてつらい。夕方、レクサプロを飲み忘れる。
10日
疲れており、なかなか起きれず。15時くらいまで寝ていた。家族で卓球する。
11日
印刷会社に注文していた吃音啓発チラシを受け取りにいく。
13日
朝の憂うつ感は変わらず強い。仕事で外出するがまずまず安定してできた。が、仕事がたてこみ、落ち着かない日だった。
14日
有休だが、朝から気分が低い。
9/8
・14:25、死亡が確認された。
〇所感
不可解な点が多い遭難事故だと感じた。
①スマホとストックがなぜ落ちているのか。
赤点がストック、緑色がケータイが落ちていた場所である。これを発見したのは、遭難してから2日後の9月5日。登山道から微妙にずれているのが気になる。男性が目印に置いていたとも考えられるが、ストックはいいとしておそらく一台しかもっていないケータイを目印代わりに置くとは考えにくい。
落としたと考えると、スマホから見て北西の沢を登った可能性がある。ただこの辺はかなりのヤブのようなので、三原山の山頂までたどり着けなかったと思われる(そもそもたどり着いていたら無事に帰還していただろう)。
②どうして往路を、または近い道を歩いたのにお夏の墓登山口に帰れなかったのか。
男性から見つかった場所からするに、彼は往路の登山道を下ったか、それに近い場所を通ったはずである。しかし彼は帰ることができなかった。なぜか。このとき彼はスマホを持っておらず、おそらく地図も持っていなかったかもしれない。マイナーな山域ゆえ、初めて訪れた可能性がある。そのため、一般ルートを歩けなかった。さらに、その前に台風7号がきており、登山道が不明瞭になっていた可能性もある。
③なぜ急斜面が多い難所の高谷(こうたに)に入ってしまったのか。
男性が見つかった沢は高谷と呼ばれており、ここは以前に山友達3人が入っている(参照)。この日いった3人とも山の経験、体力ともにあり、彼らだからこそいけた山だった。一般的なノーマルルートしかやらない人はまず踏み入れない沢である。
見つけたのは単独か、もしくは少人数の手慣れたハイカーだと思う。捜索隊もこの沢のことはなんとなく気になっていただろうが、候補としてはかなり下の方だったに違いない。
おそらく男性は登山をした3日のうちか、4日にこの沢に入ったような気がする。水がなくなり、沢の水を求めるがあまり、危険な山域に突入してしまった。
④男性はどういうルートで発見現場まで行ったのか。
これはかなり難しいところだが、個人的にはこんな赤線を辿って行ったような気がする。私はマッコウの山頂には立ったことがなく、鳥取県側の余戸谷を遡行し、三原台(P888)までいったことがある(参照)。西には一般ルートがあったが、はっきりしてなく草が茂っている。東には往路があったが、そちらには進まなかった。もしかしたら暗いうちにこの辺を下っていた可能性もある。
高谷はかなりの急斜面なので、源頭から飛び降りた可能性は薄い。ある程度尾根を下って、下りれるような斜面を探した。それでなんとか入渓したが、上り返すことができなくなってしまった。仕方なく下って行ったが、滝があり、どうすることもできなくなってしまった。
↑男性が見つかったと思われる滝(山友達の承諾あり)。
マッコウの北側の沢しかいったことがないが、2017年当時、僕は山アプリを使ってなく、山の先輩からガーミンを借りてこの山にいった。沢はよかったが、三原台は猛烈なブッシュで360度草ボーボーで不安にかられたのを覚えている。地図とコンパスがあっても無事に帰れるか不安でしょうがなかった。
レポートを見るに、山頂周辺や岡山側も見晴らしが悪いところが多い。男性は夏の茂った草をかき分けながら汗だくで進んだに違いない。
↑余戸谷から抜け出したはいいが、目の前に広がったブッシュに呆然とする(2017年)。
↑その後はしばらく草をかきわけるヤブコギ。汗だくだった。
↑東側に登山道が見えて安堵した。
25日、大量のアブにかまれて以来、15日経過したが、市販の軟こうをやっと塗った。これは長期戦になりそう。
26日、実家のソテツの花が咲いていたので見に行く。どうも10年に一度咲くらしい。めいっこもいたので、5人で天神川に川遊びにいった。昨年とはメンバーが違う。5年生で大人びてきたが、まだこういう遊びに付き合ってくれるのは嬉しい。
27日、朝からうつ状態に加えて、くらくらしてしんどかった。午後から少し改善してくる。
28日、昨晩はあまり眠れず。精神科へ通院。朝の抑うつ状態が顕著なのと、睡眠状態が悪いのをつげる。
29日、日勤だったが、昼にアルプラゾラムをのまずにやりすごすことにした。これは大きな挑戦。






