2009年2月末、派遣契約の終了が告げられました。

 

それは事実上、派遣社員生活の強制終了を意味していました。

 

このあたりの経緯については、ここここ

綴ったので、こちらでは割愛します。

 

 

 

さて、その派遣終了を告げられた日の夜、

そのタイミングで、年に一度の親睦会が行われました。

 

普段は中々話し合う機会のない人たちですが、

この日は大いに盛り上がってしまい、

親睦会が終わった後も、十数人で飲みに行く事にしました。

 

いつも会話する事は少ないけど、

だからって仲が悪いわけではありません。

 

そのほとんどは、気の良い人たちです。

 

私も、仕事が間もなく終わってしまうというショックはありながらも、

表面上はこの酒の席を楽しんでいました。

 

しかし、以前に某ソフトメーカーのコールセンターに派遣されていた時、

物凄く塩な感じで職場を去ってしまった反省もあるので、

ここは思い切ってカミングアウトしてしまった方がいいと思い、

飲み会の最後に挨拶させて欲しいと言いました。

 

「実はわたくし、3年とちょっとこちらで働いてきましたが、

派遣契約が間もなく終了する事となりました。

今までどうもありがとうございました。」

 

皆からは「ええっ!?」という驚きの声が上がり、

そしてその後、拍手が起こり、何故か握手攻めに合いました。

 

「辞める日には、送別会やりましょうよ!」

 

誰かが言ってくれました。

 

この、一見人間関係が希薄と思われるような職場で、

送別会を開催してくれるなんて、望外の喜びでした。

 

今思えば、派遣契約終了が告げられたのが、

親睦会前で良かったと思います。

 

親睦会の後だったら、皆には事前に

辞めるという事を告げられなかったでしょう。

 

 

 

本来であれば契約は3月いっぱいまでですが、

派遣先の温情で、4月いっぱいまでは在籍しても

良いとの事だったので、契約は4月の末までにしてもらいましたが、

有休を消化するので、4月中旬で職場を去る事にしました。

 

派遣先の人に、これからどうするのと聞かれたので、

社会福祉士になるために大学に行くと答えたら、

「え!?そういう人だったの!?」

と驚かれました。

 

実際には、この時点では「そういう人」ではなく、

「そういう人」になるために勉強するという事ですけどね。

 

送別会も盛り上がって、三次会位まで行い、

始発列車の時間まで続けてしまいました。

 

中には、その日も仕事がある人もいたというのに。

 

派遣先の締めくくりというだけではなく、

派遣社員生活の最後としても、

非常に印象に残る終わり方となりました。

 

送別会を企画してくれた人とは連絡先を交換したものの、

結局その後1回電話で話しただけでしたけどね。

 

バイトを長年続けてしまっている人が多かった職場でしたが、

皆元気にやっていてくれればいいなと思います。

 

 

 

この日はすぐに帰宅せず、ネカフェで仮眠をした後、

秋葉原に向かって、ノートパソコンを購入しました。

 

その模様は、当時ブログにも掲載しました(1)(2)。

 

「ネットブック」というのが懐かしいですね。

 

ここでノートパソコンを購入したのは、

当時は書いていませんでしたが、

通信制大学で学ぶのに必要だったからでした。

 

 

 

派遣社員を卒業して、今年で10年経ちました。

 

私が登録していた派遣会社の内、

東京の大手は健在ですが、

地元埼玉の会社は、社名を検索しても

ホームページが出てこないので、

もしかしたら廃業してしまったのかも知れません。

 

面倒を見ていただき、ご迷惑もお掛けしたので、

廃業したならば残念です。

 

その在り方が時折議論となる派遣社員ですが、

私にとっては9年もの間、生活の糧だった事実は

消しようがありません。

 

通ってきた道全てが、今の自分の人生に繋がっているので、

長く派遣生活を送ってしまった事を、後悔しても仕方ありません。

 

しかし、しかしです。

 

某ソフトメーカーのコールセンター最終日に、

「遊ばな~い?」と言ってきた女性と連絡先交換しなかった事は、

本当に未だに今でも心底後悔しています!

 

悔しいです!悔しいです

 

 

 

…16回にも亘って綴ったネタの最後がコレか!?アセアセ