しばらくブログから離れていました!

 

前回までのブログのテーマが

意外に長くなってしまい

 

自分の中で過去にフォーカスするのに

疲れて飽きてしまいました笑

 

あと、この人って

大変だった、不幸だったアピール

してない?

 

と気づき、自分で自分に冷めてしまいましたガーン

 

でも

ブログに書いたことで、

 

自分で思っていたよりも、

自分は過去のことを気にしていなかった

 

ということに気づけたような気がします照れ

やっぱりブログは役にたってる気がする。

 

*****

 

愚痴、不満、文句、、、

 

こういった発言は 

渦中にいる時は

「なんて自分は不幸なんだ、かわいそうなんだ」という

思考でいっぱいなのですが

 

こういう思考、発言をすることで

 

安心する

気持ちいい

守られている

 

そう感じていることに気づく出来事が

最近よく起きます

 

正確にいうと

 

安心する

気持ちいい

守られている

 

という感情のスケールの上の方の

感覚ではなく、

苦しいようなスケールの下の方の感情なので

 

安心したい

気持ちよくなりたい

守られたい

 

 

不安だ

気持ちが悪い

責められる気がして怖いガーン

 

という感情あせる

 

 

私の部下

 

彼女は現地採用の方で

約1年ほど前に

私のアシスタントとして入社してくれました

 

同業界経験者ということもあり

最初はうまくやってくれていたのですが

 

だんだん

雑なこと、ケアレスミスが多いことが目につき

 

彼女のミスにより実際に損額が出るケースも

何回か発生しました

 

日本で後輩を指導するという経験を積まずに

赴任してしまった私にとって

初めて指導し、責任を負う対象の人が

日本語の通じない外国人という状況あせる

 

下手に尊厳を傷つける言い方をすると

訴訟にもなりかねない

 

最初はできるだけソフトに、気を使いながら会話していた私も

一向に改善しない彼女に

いらだち、あきれの気持ちでいっぱいになりました

 

もっと厳しくせねばという気持ちから 

もっと直接的な言葉を使うように

 

そして

 

なんで自分はこういう言い方しかできないんだろう

私の対応を、彼女が人事部にクレームしたら

どうしよう(普通にある話)

 

と自己嫌悪になる日々

 

めちゃくちゃストレスフルでしたえーん

 

なんで私がこんなにストレス感じなきゃいけないんだ

 

企業に勤めている以上これから

マネジメントする部下の数も増えていくのに

 

たった一人の部下に手こずっていて大丈夫なのか

 

という感情に支配されてました

 

しかし何より私が気になっていた自分の感情は

 

この大変な状況を

自分の上司に分かってほしい

報告したい

 

という気持ち

 

もちろん

業務上、損害が出ているミスもしているし

スタッフの状況を報告するのは

業務上普通なんだけど

 

それ以外の感情がうごめいている気がして、、、

だって報告している時の私はとっても

彼女に対して攻撃的な感情が入っているからあせる

 

その感情というのは

 

私は出来の悪い部下を抱えています

 

彼女のフォローが必要なので

自分の仕事が遅れていても

責めないでください

 

彼女のミスをカバーできなくても

責めないでください

 

という感情ゲロー

 

この気持ちを見つめて感じたのは、、、

 

自分の仕事っぷりが上司に評価されているのかどうか

不安だ

自分には指導能力がないと思われているんじゃないかと

不安だ

自分はいい上司になれているのか不安だ

 

という

 

恐れ

 

の気持ちが見つかりました

 

少しでも自分の気持ちが楽になるような見方ってないかな?と

自分の中でこう書き換える

 

自分の仕事っぷりが上司に評価されているのかどうか

不安だ

→部下をこき下ろすことでしか自分のことを

 アピールできないなんて自分に失礼えーん

 上司に評価をしてほしいと思うのなら

 もっとポジティブな方法でアピールできないか?

 そもそも上司の評価って本当に必要?←笑

 

自分には指導能力がないと思われているんじゃないかと

不安だ

自分はいい上司になれているのか不安だ

→最初の部下が外国人なんて、結構ハードル高いよね!

 これまで日本式の指導を受けてきたけど、

 それはそのまま外国人部下に適用できないから

 どうしていいかよくわからないのは仕方ないよ!

 

 

 

彼女とはこう接したらいいのか!という

答えはまだ出ていないけど、

自分軸メソッドやコーチングなどのおかげで

 

どうしてこの出来事が起きたのかな?

どうしてこの感情を思わされているんだろう?

 

と客観視できたり、

自分の感情を

もう一段深堀りしてみようという気持ちになれることが

少しづつ増えてきました

 

これまでは

何かに怒りを感じたら、それで終わっていました。

感情に段階があるという意識もなかったし、

損させられた気分、で終わっていたのですが 

 

きっと自分のカケラが何か見つかるはず!という

気持ちで深堀できるように

 

どんな感情も怖くない

という境地にはまだ達せていないけど

 

今までの自分より

少し近づけていたらいいなーキョロキョロ

 

 

 

日本で働いているころ

PMS(月経前症候群)に悩まされていました

 

今は当時よりは楽になりました

当時は毎日帰宅が10時や11時の生活を送って

いたからだと思います

 

生理痛などはそこまでひどくなく

普通に会社にも行ける程度

 

何がひどかったかというと

 

イライラや悲しみなど

 

精神的に不安定になるのがきつかったですガーン

 

なんか最近むかつくな!!!

どいつもこいつも

本当にイライラすることばっかり

私にしてきやがって!!!ムキー

 

 

最近なんか嫌なこと減ったなキョロキョロ

 

 

生理きた真顔

 

ということを何回か経てようやく

 

自分のイライラがPMSだと気づけました

 

気づく前は

 

周りの人間にイラつかされている!!!

私はいつも通りで何も変わっていないのに!!!ムキー

 

と本気で思っていましたが

 

取引先

後輩

上司が

 

みんなで私の生理周期を把握して

それに合わせて円陣組んで

総攻撃かけてきているわけは

当然なく

 

周りは変わっていない

私の受け取り方が変化しているだけなんだ

 

ということにようやく気づけました

 

 

自分という一人の人間の中で

 

毎月毎月

見方が変わるという経験をさせられたので

 

ひとつの物事に対して複数の見方がある

 

怒りっぽい人、穏やかな人

 

前者には怒れるようなことがたくさん起きていて、

後者には優しい気持ちになれるようなことがたくさん起きているのではなく

 

ただ

物事の見方が違うだけなんじゃないか

 

ということに気がつきはじめました

「気がつく」というより「体感させられた」という方が

近いかも

 

と同時に

ホルモンバランスという肉体としての私の一作用が

私の心、人格、考え方に

影響を及ぼすということに対して

 

自分が自分でなくなるようで少し怖いなと思う反面

 

自分の感情を少し引いて観察するという感覚も

ついてきました

 

周期をより丁寧に毎月管理することにしたので

 

イライラしても

「あ、生理前だからホルモンにイライラさせられているだけだ」と

思えるようになりました(イライラはするんですけど)

 

女性は体感的に、

 

ココロとカラダがつながっているということを

知る機会が多いんじゃないでしょうかニコニコ

出産を機に自分の嗜好が変わることもあるし

 

 

*****

 

自分の本音を

カラダの反応で感じる

 

AIさんがJFラジオでおっしゃっている

この境地に早くなりたいな~と思っています

 

自分の感情を言語化することで

少しづつ何かを掴み始めている気がします

前回の記事を書いているとき

 

なぜか私はモヤモヤしていました

 

言葉ではうまく表現できないのですが

 

タイプする指先もあまり進まなくて

書き終えた後もすっきりせず

 

書いている中で

 

決断できなかった自分

周りに流されてしまった自分

 

を心の中で責める気持ちがあったんだと思います

 

なんで周りに流されてしまったの!

貴重な学生生活だったのに、

自分の好きなことやればよかったじゃんか!!

自分が決断できなかったのに、周りのせいにしてるんじゃないよ!

 

と。

 

この気持ちは自分の中に今までずっとあったんですね

 

でもこの自分を責める気持ちが「公開ブログを書く」という行為の中で

より強く反応した気がしていました

 

振り返ると

「部活のことを悪く言っちゃいけない」

という意識が働いていました

 

誰が読んでるかわからないんだから

誤解を招くような表現しちゃだめ!

一方的に攻撃するような表現しちゃだめ!

 

自分も悪かったんです、だから部活はそんなに悪くありません! ←はいコレ

 

この意識は何なのでしょう?

 

 

何か問題点とか、解決したい点とか

もっとこうしてほしいなという

 

いわゆる

 

言いにくい話を

 

人前でとか(←公開ブログではこれと同じ効果が)

目上の人とか

組織とか

気が強い人に対して

 

するとき

 

相手を攻撃しないように言わないと滝汗

えらそうにならないように言わないと滝汗

という意識が働きます

 

その時に

 

自分を下げることで

相対的に相手への攻撃を和らげる効果を狙う

 

というややこしい意識が働くことが私はあります

 

“私も悪かったんですけどね、、、”

 

 

 

でもそういうときは

なんで私が謝らないといけなかったんだ

もっとはっきり言えばよかったかな

とモヤモヤしたり

 

結局言いたいことが伝わらなかったり

逆に遠回しで嫌味な言い方になったり

 

自分の気持ちを受け止めてもらえなかった心の中の子供の自分が

「なんで私が悪く言われなきゃいけないの!」と

暴れる

 

自分の気持ちを一回きちんと受け止めて

 

その上で自分は相手に何を伝えたいのか

どう伝えたいのか

 

これを整理できたら

 

相手と自分のどちらかが悪い

 

という二次元構図から抜け出せる気がします

 

まず自分の中で自分の気持ちを受け止めて、

自分の上にいるハイヤーセルフに

ボールをポーンと投げる

 

二次元の世界で右とか左ばかり見て

どっぷり現実にはまるんじゃなくて

 

一回上を見上げてみる

三次元で考えてみる

 

これで随分自分の言動も変わってくるのかなと思いましたニコニコ

 

*****

 

結局前回の記事で書きたかったことは

 

辞めるということ=負け

 

という意識を私はかたくなに握りしめているということ

 

 

勝ちとか負けとか

 

これも5%の人間が右や左を一生懸命見て

隣の人間と自分を比べながら

判断している感覚なのかなと

 

自分が頑張るべきは

 

いかに自分の上にいるハイヤーセルフとつながれるか

自分だけの形になれるか

 

他人は自分の形を相対的に確認する存在であって

自分の価値を相対的に図る存在じゃない

 

この点がもっともっと腹落ちすれば、

勝ち負けの世界から抜け出し

辞めることもスルリと行くのかなと

思いました照れ

 

AIさんの最新のブログ

 

 

 

はっ!ハッと心当たりがあることが何点か、、、

 

“オシャレはそんなに興味ないし・・

心のお話が聞きたいし・・

 

っていう方こそ”

 

→はい、私です真顔

 

“自分を生きたいと言いつつ

 

常識的で平均的な自分にも

なんとか留まろうとするなんて

 

ウソつきでずるいってことえーん

 

→で、ですよね、、、滝汗

 

*******

 

内面>外見

 

という意識が自分の中で

結構根深くあることに気づきました

 

本当はまさにAIさんの言うように

 

内面=外見

 

というか

 

内面と外見を分けて考えるのもナンセンス

一個体としての「わたし」

 

というのが、本当なんだと

頭の中でわかり始めてますキョロキョロ

 

でも

 

外見はどうでもいいよ!

まずは心の方に集中しようよ!

そしたら外見も自然についてくるからさ!

 

という気持ちもあり。

 

内面>外見

 

という意識の正体

 

ひっくり返すと

 

内面<外見という意識は卑しい

 

という意識

 

自分の身なりばかり気にして家族を省みない女性

綺麗な顔をしてるのに、冷酷な男性

 

逆に

 

自分の身なりは後回しにして、家族を献身的に世話する女性

不細工だけど、心が綺麗で思いやりのある男性

 

どっちも映画、ドラマ、小説でよく出てきて

「内面と外見は一致しない」

「外見に惑わされるな!大事なのは内面!」

というメッセージを受け取っているように思います

 

一方で

見た目で判断される・判断する

という現実世界での経験

 

この矛盾

 

内面と外見を別で考えて

 

さらに

 

外見を世間一般で言われる「美しい」「醜い」という基準

に当てはめて考える

 

から

 

こうなるんだなーとびっくりあせる

 

内面を気をつけていれば

外見は手を抜いてもいいということでもないし

外見が世間一般の基準に照らし合わせて不満だからと言って

諦めたり拗ねるのも違う

 

「外見は一番外側の中身」

 

これはAIさんのサロンの講義の中で出てきた言葉

 

全く新しい言葉のようにも思えるし

本当は前から知っていたようにも思う

 

私は今、ブログを通じて、自分版の地球に

「私はこういう人なんです」ということを

発信する練習をしていますが

 

自分版の地球に毎日一緒に存在している肉体

 

こちらも、毎日自分版の地球に発信してますよね

 

毎日自分が接している世界に

実際に会う人に対して発信しているんだから

発信しているエネルギーの濃度も濃いはずびっくりあせる

 

「私、今仕事の傍らブログとか書いてて、自分のことに忙しいので

外見に手をかける時間ないんです」

「今日はどこにも外出しなくて内勤だから、適当な服でいいや」

 

ぐぬぬぬガーン

 

なんか自分版の地球に発信しているエネルギーが一致していなーい

 

まず内面が大事!

内面が変われば外見も変わるはず

 

冒頭でも触れたこの言葉

 

間違った言葉ではないと

思うんですけど

 

これを勝手に

「だから、今はとりあえず見た目のこと手を抜いてオッケーです!」

「そんなに急に変わるなよ!ただでさえ最近ブログなんか始めちゃって

何か変だよ?見た目ぐらい今までと同じでいいじゃんかー」

 

と思考が変換していることに気づきました笑い泣き

これって、まだまだ変わりたい自分への

コミットが甘いということかな?

 

本気で変わりたいと思ってるのなら、

ブログで自分の気持ちを整理するのと同じぐらい

外見にも頑張れ!

 

というハイヤーセルフからのご指導かもキョロキョロ