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前回の記事を振り返って思いましたが、
これだけ読むと私って
「すごくお金ほしい人」
みたい
自分でもびっくりした
というか、
「今後の人生で十分なお金が得られる保証」
がほしいみたい
私は今の仕事以外にやってみたいことがあるのですが、
今の仕事を辞めると
十分なお金が得られる保証を失う
と恐れているんだね~
今の仕事を通じてしか
十分なお金を得るという経験をしたことないから
そう思ってしまうのも当然か~![]()
しかし「十分なお金がほしい」理由は
「お金のことを理由に自分の行動を制限したくない」から
なぜなら今
自分で自分の気持ちを
お金を理由に制限してるから![]()
自分の手元に回ってくるお金で十分自分を幸せにしてあげられると
体感できたら
今の仕事以外にもお金を得る手段はあるということを
体感できたら
するっと選択できる気がするのですが、、、
体感できないと選択しないんかい!![]()
*****
AIさんのJFラジオ
この長蛇の列の写真、最初はネットニュースで見たのですが
正直な話、引きました
どうしても会社に行って、しなければならないことがあった人も
いたんだと思います(お疲れ様です
)
自分軸に基づいて、会社に何としてでも行くということを決断した人も
いるのかも
でもあの写真からは
過去の自分の体験と重ねてしまい
「他人軸」の
エネルギーを感じてしまった
昔の私なら
違和感なくあの列に加わっていた自信あります![]()
正確に言うと
自分の声を聞くことを知らない
状態だったら、
でしょうか。
自分の声を聞くことは今も練習中です!
何年前だったか忘れてしまいましたが
都心が大雪に見舞われた朝
地下鉄の最寄駅に到着した時には
間引き運転をしていて
その電車に何とか乗ろうとする人々の
長蛇の列![]()
そしてこの日最も被害を受けたのが自分が
利用する地下鉄線で
他の線は順次回復していきました
この列に並ぶのはあきらめて、
隣の駅からバスを拾おうとした私
思ったより雪が深く
そしてなぜかパンプスだった私は
足を雪に突っ込み
かじかむ足を引きづり
一駅分歩き、
寒い中必死でバスを待ち
昼頃に会社についたのでした
課の同僚は全員、出社している中で
そしてこれだけでなく
自分の状況を課の同僚に対して
都度報告メールを入れていた
、、、引く![]()
ね、津田沼駅にいそうですよね![]()
なぜこうなってしまったのか
なぜ「午前中は家で仕事しまーす」とさくっと言えなかったのか
私の頭の中は
①雪が降るって知っていたのに早めに出なかった
→社会人として意識足りないんじゃないの!
②遅れてるのが自分だけ
→はずかしい!後輩もみんな会社に来てるのに!
⇒私、こんなに必死なのでこんな自分を許してください
という必死アピール
「雪降るって知っているのに早めに家を出ない、なんて自己管理できない人間なの!」
「雪を言い訳に家でぬくぬく仕事してんの?最短で会社に来い!」
と思われたくなかった![]()
(パンプスなのは危機管理ないですよね)
他人(=課員)から馬鹿にされたくない
なんなら
仕事の進捗はどうでもいい
午前中家で仕事してた方が効率的ですよね![]()
というバリバリ他人の目を気にした思考に陥っていました
振り返れば
「私、必死なので、頑張っているので、許してください」アピールは
何度か自分の人生で登場してきてます
なんでそうなっちゃうのか
なんとなく共通項が見えてきてます
今日はここまで!
宇宙の話を学ぶ中で好きな考え方の一つ
パラレルワールド![]()
「こんな自分でありたい」と望んだ瞬間に、
ありたいと思っていた自分が
どこかのパラレルワールドに生まれる
あとはそのパラレルワールドに周波数を合わせていくだけ
何もない空間に、その可能性が点灯する
それを望めるということは、それは叶うということ
とてもわくわくするし、なんでもできる!という気持ちにさせてくれる
私なんて○○がないから、、もう今さら遅いから、、という気持ちも
消える(と同時に言い訳もできなくなる
)
私がなりたい未来の自分は、、、
①地理的制限を受けない仕事(収入を得る手段)を持っている自分
②家族全員養える収入を実現できる自分
③常に自分の心の声を聞いて、自分に挑戦して拡大できる自分
①について
海外生活によるひとつの大きな気づきは、、、
「私は日本が大好きである」ということ!
美しい四季がある
美味しい食べ物がある
サービスが丁寧
(美容院、マッサージサロン、ホテルのフロント、お洋服のショップetc...)
日本に住んでいた時は全て当たり前のことでしたが、
今は一時帰国するたびに
すべてありがたく味わって受け取っています![]()
一方、今住んでいる国で家庭を持つことも可能性として
考えていて
その時によぎったのは
日本にもう住めなくなるのかな?
日本に住む親に何かあった時、駆け付けられなくなる?
ということ
こちらに住んでいる日本人の方をたくさん知っていますが
そうそう頻繁に帰国はできない
帰れたとしても、その期間はこちらの仕事はストップするので
そんなに長期間滞在できない
(PC、電話である程度仕事は捌けますがあくまでリモート対応)
今の私もそうです
好きなだけ、好きな場所に滞在して、
その場所で普通に仕事をして、収入を得られる自分になりたい
今住んでいる国にも、日本にも生活拠点がほしい笑
そういう生活を実現している人って、
遠い世界の人に感じています
(なぜか頭に浮かぶイメージは本田直之さん)
それぐらい今の現実からかけはなれている
、、、望めているということは叶うということで!
はい、今ここで自分版の地球に発信しました~
笑
②について
結婚相手がもし収入が安定しない仕事にチャレンジしたくなった時でも
応援できる自分でありたい(というか自分が結婚相手にそうしてほしい)
子供がいても、安定重視ではなく自分がやりたいことにチャレンジしたい
子供がやりたい!と思ったこと、できるだけ叶えてあげたい
だから自分だけでなく家族まるごとカバーできる力をつけたい!
あ、まだ結婚もしてなければ子供もいません![]()
③について
これはもう、そのまんまです
書いていて思いましたが、①、②の望みは③を実現する上での
障害になりそうなことを排除するための望みなのかな?ということ
①、②が実現すれば③が実現すると思っている
逆に③が実現すれば①、②は自然についてくるのかしら?
![]()
![]()
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![]()
![]()
①、②が「実」で③が「幹」?
でも思いついた順番は①→②→③の順番
「実」から「幹」の在り方が見えてきたのかな?
まだ「実」と「幹」の関係性については整理がついていなくて、、
「あれ、これどっちだ??」と思うことたくさんあります。
宇宙の話、聞いているだけだと「なるほど!」とか「うんうん!」とか
思うのですが、いざ自分の言葉にしてみるとうまく説明するの難しい~![]()
今日は自分軸の種について考えてみます
私が今育てたいなと思っている種のひとつは「食」に関すること
「食」と一口に言ってもいろいろなアプローチがありますが、
自分がどの切り口で関わっていきたいのかというのが、
まだわかりません
わからないから面白い![]()
これから探していきたいです
食に関して興味をもったきっかけはいくつかあります
1.母の影響
母は料理が上手で、いつも美味しい料理を作ってくれます
大学進学と同時に実家を離れ、今は海外にいますが
今でも帰国した時、食べたいものNo.1は
母の料理です![]()
母は自己流で料理を勉強したらしく、そのせいか(?)
母の料理はとても柔軟
TVや雑誌で見た美味しそうなレシピはすぐに試すし
その時冷蔵庫にあるものでアレンジすることも
母自身が料理を楽しんでいます
そのおかげで私も自然と肩ひじ張らず料理を始めることができました
「包丁の持ち方」とか「基本のだしの取り方」とかから始めてたら
また違ってたかも
(でも今はこういった基本を一から学びたいという気持ちあります!)
料理が上手なだけでなく、美味しいものへの興味が半端ないです![]()
お取り寄せ大好きで、いつも美味しいと聞いたものを試している
そして美味しかったものは勧めてくれる
食べることの楽しさを教えてくれています
2.自分の体
慢性的な肌荒れ、吹き出物に悩んでいます
肌がきれいな人に本当にあこがれます
基礎化粧品、ファンデーション、薬、
良さそうなもの、試したいものも
たくさんありますが、肌が弱くしょっちゅう化粧品でかぶれるので
あまり積極的にいろんなものを試せません
皮膚科に行っても、できた吹き出物の治りは早められても次から次に
出てくるのを止められず
なので自然と外からのアプローチではなく、
体の中からのアプローチ=肌にいい食事に
興味を持つようになりました
(好き嫌いなく、胃腸も丈夫なので、食べ物は何でも試せます
)
ニキビには野菜がいい!と聞けば
日本でOLをしていた時には一人暮らしで平日は自炊できないにも関わらず
宅配有機野菜のサービスを頼んで大量の野菜と週末格闘したり
プチ断食してみたり、その他色々
私の場合はたまたま肌の不調でしたが、皆さんそれぞれ体の不調があると思います
巷には「この不調にはこの食べ物がいい!」という情報がたくさんあって、
私もそういう情報大好きなんですが、若干疲れてきました![]()
某健康情報番組で取り上げられた納豆がその後しばらくスーパーで品薄状態になったり
特定の食べ物だけを食べるダイエット法が流行ったり
ある食べ物が悪者のように紹介されることもあれば救世主のように紹介されることも
自分の体をベストに保つための食事、食べ物をしっかり分かっていれば、
こういう情報に気を取られず、自分の体に必要なものを摂ることができるんだろうなあ
食事版・自分軸、みたいなものを持ちたいと思っています
3、海外生活
私の住む地域は田舎なのでコンビニ、お惣菜屋さんなど便利なものがありません
(ナチュラルローソンとか夢のまた夢)
よって自分で食事を準備しないと、、、即ファーストフードしか選択肢なくなります
病院にもそんなにかかりたくなくなりました
保険適用とはいえ診察代も高く、処方される薬は超強力![]()
よって自分の食事の管理、健康管理に気を配る状況になりました
いいこともありまして、それはキッチンが広いこと!
日本にいるときは一口コンロで一生懸命料理していました
こちらは三口コンロ当たり前、オーブンもあります~
試せる料理の幅が広がりました!
あとは食に関するいろいろな価値観に触れられたこと
ベジタリアン、ビーガン向けの食品が普通にスーパーに売られ
宗教もいろいろ
自分の価値観を食べ物に反映するという考え方もあるんだ!と気づきました
人は毎日、何をどれだけ食べるか選択する
食事は選択の連続
その人の考え方や思想、ライフスタイルを反映する
AIさんがブログでクローゼットを見るとその人のエネルギーが
全部わかるといっていましたが、
人の食事レコードを見てその人のエネルギーがわかるようになれば
おもしろそうです![]()
栄養士の方ってもしかしてこういう感覚があるんでしょうか?
書いてみるといろいろ出てきました![]()
昨日の記事でさりげなく使った“体感済み”という言葉
AIさんがJFラジオでよく使われている言葉ですが
実はずっと使ってみたかったんです![]()
宇宙の話、スピリチュアルな話、面白くて大好きなのですが
いかんせん目に見えないものなので
こんなの全部嘘なんじゃないの?
なんか宗教みたいだ!
と思ってたこともありました。
自分の現実世界とかけ離れていたし、
自分の周りにこんな話を信じている人、話合える人は一人もいなかったし
自分がこういう話に興味があることを知られたくなかった
今も知られたくありません!![]()
でもAIさんのブログ、サロンでのメンバーさんとの交流や、コーチングを通じて
少しづつ宇宙の話と現実世界がリンクするようになり
少しづつこれまで現実世界で起きたことの合点がいくようになり
少しづつ現実世界で起こることへの解釈が変わってきました
「体感する」 「肚に落ちる」
という感覚が少しづつわかってきたようになりました![]()
まだまだ道半ばなのでもっとわかるようになりたい!
***
サロンの卒コミュのメンバーさんとの交流はとても楽しく、刺激があり、そして温かいです
自分軸、とか
ハイヤーセルフ、とか
「ふぁっ」、とか
この話を知らない人だったら頭に「
」が浮かぶようなワードを
共通言語として使えるからとっても楽
それと同時に、これ全く知らない人に説明するの
すごく難しいなと気づきました
昨日、サロンのあるメンバーさんとの会話の中で
「自分軸の木」という言葉を初めて使って言動しました
海外で生活すること
英語を使って仕事すること
これは間違いなく、私が欲していた「実」でした
でも自分軸の木の幹の部分に頼りなさを感じることに気づきました
「自分の夢がかなったのに、なんで私は幸せじゃないの!」という
矛盾した、自分でも理解できない状況
「こんなんじゃ、どんな夢をかなえても幸せになれないんじゃないの?」
という軽い絶望、投げやりになる気持ち
これは「実」と「幹」に分けて考えられてない、というか
そういう発想がなかったからなんじゃないかと
そして私は
「実は買うもの」
「人が買える実の数には限りがある」
というイメージを今までもっていました
八百屋さんで並んでいるフルーツを買うように
実にはそれぞれ値段がついていて、
努力、我慢、運で稼いだポイント
このポイントと交換
「あなたはまだポイントが足りてないから、メロンは買えないよ」
人にはそれぞれ買い物かごの大きさがそれぞれあって
入れられる実の数も決まっている
「え、リンゴもほしいの?じゃあバナナはあきらめなきゃだめだよ」
実は既に木から切り離されて収穫されてお店に並んでいるから、
賞味期限が決まっている
「明日はもうなくなっちゃうかも。。今日買わなくていいの?」
「今更買うの遅くない?熟しちゃってて、家に帰るころには腐っちゃうかも」
他の人の買い物かごの中身が気になる
「あの人の桃、美味しそうだなあ」
そして
「買ったけど、これあんまり美味しくなかった!せっかく買ったのに!」
「あのフルーツほしいけど、美味しくなかったらどうしよう」
メロン=幸せ
リンゴ=キャリア
バナナ=結婚、子供
賞味期限=年齢
他人の桃=他人の人生、持っている(ように見える)もの
ちょっと広げて妄想しすぎましたかね![]()
本来の自分軸の木の考え方とは、少しずれてるかも、、、でもインスピレーションがあって
実を「買う」=外から与えてもらうもの
と思っているから
期待外れだったらがっかりして怒るし
買う前から「本当に美味しいかな?」と気にする
なんか、疲れる人だなあw
買うんじゃなくて自分で育ててみたらいいのかもしれないですね
奇しくも今年からベランダでガーデニングを始めました
楽しくてハマってお花やハーブなどいろいろ買いこんで育てました
その中にミニトマトも
(正確にはミニトマトは同居している彼が育てているけど、
育てている様子を横で見てたし、手伝ったw)
種から育てたミニトマト、3か月経ってやっと収穫できました
小さかったけど
すごく美味しかったです![]()
今日は朝からいいことがありました。
昨日オフィスの近くのカフェでランチを
とりながらPCでブログの編集をした後、
オフィスに戻り、そのまま仕事をして帰宅したら、、
PCがない!!
昼間、カフェに忘れたんだと気づきましたが、
気づいたときには夕方でカフェはすでに閉店済み。
電話もつながらず翌朝確認するしかありませんでした![]()
今までの自分であれば
なくなってたらどうしよう
なんて自分はそそっかしいんだ!![]()
と心穏やかでない一晩を過ごすところでしたが、
翌朝、無事にカフェでPCを受け取り安心している
自分をイメージして、パラレルワールドに周波数を合わせるようにして
(使い方違うかな?)
後は忘れていました
もしも万が一なくなっていたとしても、それも何か意味があることかなと
(これは若干無理して思うようにしました
)
今朝、カフェに行ったら、無事にありました
店員さんありがとう!
しょうもない小さいことですが、こういったことを積み重ねて、
体感を増やしていきたいです
****
ブログを書くことのきっかけについて続きを書きます。
動機の根底には先日の記事で書いた自分の中から湧き上がる叫びが
あったのですが、
ブログを書くという行為に思い切って飛び込むことになったきっかけは大きく2つありました。
ひとつはコーチからのアドバイス
私は気持ちの整理がつかないとき、コーチングのコーチの力を借りることがあります。
きっかけがあり、海外在住の女性の活躍を応援するコーチの方に巡り合うことができました。
コーチの方に
自分の進みたい方向、やりたい事がわからなくなる
Aという結論を自分の中で出しても
誰かの意見に流されて
やっぱりBの方がいいのかな?
と思ったり
自分で自分に振り回されて疲れた
自分の考えを記録したい
と相談したところ、ブログを勧められました。
ブログに書くことで自分の考えも整理できるし、同じ悩みを持つ人ともつながれる
自分はブログを書いていてよかったと思う、とのこと。
その時に新鮮だったのは
「ブログは自分のために書いていいんだよ」
という言葉
ブログ=人に発信する=人のためにすること
という図式が頭の中であったので目からうろこでした。
この時自分の意識の中に「ブログを書いてみようかな」という
思いがあがっていたのですが
まだブロックが外せず![]()
そして二つ目のきっかけはAIさんのJFラジオでした
AIさんの「言語化のチカラ」というJFラジオ
自分の細胞の本音が文字に置き換わっているかどうかだけに気をつける
そうすると、自分に必要な反応・環境が整っていく
運転中のながら聞き専門なのでメモを取っておらず、実際の発言とは少し違っているかもしれません
これを聞いて
自分の本音を、中心軸から出てくる言葉を発する舞台がほしいなあと思ったんです。
他にも、もう少しストレートにブログ開始を勧めている動画があったのですが、、、
どれだったか今思い出せない![]()
自分だけのノートやPCの中に言葉を綴ることもできたけど
ブログとして公開することで、エネルギーが現実に伝わる感じがするし!![]()
自分の発信への反応でまた自分の気づきが深まる
他の人の発信の中に探していたことのヒントが見つかる
ということもthe Salonのコミュニティで体感済みだったので、
思い切ってブログという形をとりました!
まだ始めたばかりですが、効果を少しづつ感じています!
前回のブログを投稿してから思いました。
なんか、
なんというか、
説明くさい![]()
後から振り返ってこのブログを読むであろう未来の自分に
ブログを始めた理由を一生懸命説明している!
きっと未来の自分が
「なんでブログなんて始めたんだろー、もうやめやめ!」
と言い出した時のために、“説明”できるように準備している!
この一連の流れで感じたのは
「私よっぽど自分を信頼していないんだな」![]()
ということです。
そして
「自分が考えたこと、やりたいと思ったことを、
後からダメ出ししたり結局やらなかったりすること
たくさんあるもんね。その時に備えて予防線バッチリ張ってるな笑」
とも思いました。
でも新たな気づきは、、
もし前回の記事を読み返す自分がいたとしても、その自分が読みたいのは、
自分に対する“説明”じゃなくて、ブログを始めた自分のピュアな気持ち、
「やってみたい!」という気持ちだろうな、ということ![]()
自分で自分に説明するなんて、面白いな、自分。
過去の自分、未来の自分でなく
あくまで“今の自分”にフォーカスして、気持ちを綴る
というのが私がやりたかったことなんです。
今日はAIさんのJFラジオを聞きました。
最初罪悪感という言葉に今の自分はピンと来なかったのですが、
ラジオを聞いていくうちに、出てくる出てくる。
やっぱりJFラジオって面白いです![]()
楽しいことに逃げている
→何から逃げているの?
→“〇〇としてどうすべき”という外側からの価値観から逃げている
→その外側の何かに本当に自分はなりたいんだろうか?
→NOであるはず
この話がとても刺さりました。
特に
“その外側の何かに本当に自分はなりたいんだろうか?その答えはNoであるはず”
というところ。
私にとってのまず思い浮かんだ○○は“駐在員”。
今、海外で駐在員をしています。
ずっと希望していた駐在に出してもらったんだから、頑張らなくちゃだめ
いい給料もらって、生活補助だって出てるんだから、
残業して、出張して、休日出勤して、生活を仕事に捧げなくちゃだめ
年齢が若かろうと、経験が浅かろうと、自信がなかろうと、関係ない。
駐在員なんだから、現地採用のスタッフよりも高い能力をもって、
大きな責任を負わなくちゃだめ
結婚や出産で、会社に迷惑かけてはだめ
→これができない自分はだめ
という罪悪感の図式。
後任にもっと優秀な後輩がきたらどうしよう
現地採用のスタッフに馬鹿にされているんじゃないか
→後輩や現地採用のスタッフから尊敬されるような駐在員でない自分はだめ
という恐れの図式。
これがたくさん出てきました。
自分は、自分の頭の中で作り上げた“理想の駐在員”になりたくないんだ。
ずっと行きたいと言っていた海外に出してもらったのに、
“駐在員に本当はなりたくなかったんだ”なんて認めたくなかったけど、
本当はずっと心の中で分かっていたのかも。
でも待てよ、
“駐在員”になりたくなかったんじゃなくて、
自分が頭の中に作り上げた“理想の駐在員”になりたくないだけかも。
じゃあ、私がなりたかった“駐在員”ってどんなのかな?
考えてみたくなったトピックスができました。
昨日の初ブログ投稿はドキドキしました。
よく拝見しているブロガーの方の最初の投稿を見てみたり、投稿した後自分で自分のブログを検索してみたり、、、笑
ひとまず、「よく思いきってチャレンジしたね」と自分に言ってあげました。
今日は書くことと自分を知ることについて書きます。
私は自分のことを人にオープンに話せるようになるまで、時間がかかります。
この人は信頼できるだろうか
自分が話したことを他の人に話してしまうだろうか
自分が話したことをジャッジするだろうか
つまり
自分をさらしたことで自分は傷つかないだろうか
ということを考えていました。
実際に心を開いた結果、傷ついた経験もあるので、自分がこう思うのも仕方ない、と思います。
そんな自分なのでSNSで自分が食べたものや行った場所を職場の人、昔の友人、知人などに対して発信することに、興味を感じませんでした。
そう考えると、公開でブログを書き始めたのは自分でも「思い切ったなー」と思っています。
ブログの目的は自分を知るため、と書きましたが、自分を知るためになぜブログなのか?
まずブログを書くというのは当然ですが必然的に言語化することになります。
自分が感じること、考えていることを言語化して記録に残したかったんです。
私は今、人生の選択についてたくさん悩んでいます。
ぐるぐる頭の中だけで悩むのではなく、外に出したかった。
ぐるぐる悩んでもいいから、その悩んでいる様子を写真を撮るように記録したかった。
そしたら、振り返った時に、文字の下に横たわる本音が見つけられる気がしたんです。
「自分を知りたいから」と昨日の記事で書きましたが、実際には
もーいい加減、悩むの疲れた。悩んでる期間が辛い。
優柔不断な自分を辞めたい。
自分の本音が早く知りたい。
自信をもって決断できる自分に早くなりたい!
お願いだから、本音と思考で喧嘩をするのはやめてー
という叫びが近いかも。
「書く」と気持ちが整理できる、というのはなんとなく体感としてありました。
書く方法はたくさんありますよね。
辛いとき、気持ちをノートに書いたり、AIさんが紹介している「アングリーワーク」もやります。
これらはその時はとっても楽になります。何度も助けてもらいました。
しかしあまりに本音を書き殴るので、後から見直すと、その時の苦しい気持ちを追体験するのが辛いんです(そして何より言葉も文字も汚い汚い、、)
そもそもこのワークの目的は感情と自分を分離することです。
これらのワークと並行して、私は自分を記録し、振り返る方法を探していました。
今の自分の気持ちを、後から読み返す自分にわかりやすく説明したい。
この視点って、「人に読まれてもいいように、整えて文字にする」作業と近いかも?というのがまず一つの気づきです。
今日は一旦ここまで。
自分のためにブログを始めてみることにしました。
自分はどんな人なのか
自分はどんなことを幸せに感じるのか
自分が本当にやりたいことは何なのか
心の底から知りたいんです。
これまでブログは
有名な人
何か特殊な知識や技術がある人
何か伝えたいことがある人
仕事としてブログを活用する人
だけのものだと思っていました。
私は有名でもないし、特殊な知識も技術もない、普通のOLです。
誰かに声を大にして伝えたいことも、、、まだ特にありません。
ただ
今、とても自分と向き合いたい。自分のために何かしたい。
自分に集中したい。
という思いは、強いかもしれません。
色々な出会いやきっかけが重なり、SNSすらも苦手な私が思い切ってブログを始めてみました。
これからどんな変化が起きるか、楽しみです。