砂浜で外人ご夫婦が真黒に泥パックをしてたのです
一緒に写真をとってもらい 出来上がったらずいぶん大きい人たちでした
顔がわからないのが残念ですけど それもまたおもしろいと。
そしてホテルの中をぶらぶらしていたら 泥パックを売ってるのを発見
尚美とやろうやろう だけど1個でいいかとまた砂浜へだいぶ夕方になってきたけど
何でもやってみなきゃと お互いに半分をぬりっこして顔を見合わせて大笑い
あの外人ご夫婦は相当たくさん使ったわねといまさら関心
少し寒くなってきたので 之じゃあパックも効かないけどと落としてホテルの中の
ジャグジーに飛び込みました ジャグジーは友人も入り 気持ちの良い時間をたっぷりすごしました ホテルの夕食は高いので 持ってきたいろいろのもので豪華お食事
なんと私たちの旅って 安上がりでしょう?
ですから行けるのです まだ続来ますけどもう少し我慢してね 3000人読者の皆様へ
砂浜で外人ご夫婦が真黒に泥パックをしてたのです
一緒に写真をとってもらい 出来上がったらずいぶん大きい人たちでした
顔がわからないのが残念ですけど それもまたおもしろいと。
そしてホテルの中をぶらぶらしていたら 泥パックを売ってるのを発見
尚美とやろうやろう だけど1個でいいかとまた砂浜へだいぶ夕方になってきたけど
何でもやってみなきゃと お互いに半分をぬりっこして顔を見合わせて大笑い
あの外人ご夫婦は相当たくさん使ったわねといまさら関心
少し寒くなってきたので 之じゃあパックも効かないけどと落としてホテルの中の
ジャグジーに飛び込みました ジャグジーは友人も入り 気持ちの良い時間をたっぷりすごしました ホテルの夕食は高いので 持ってきたいろいろのもので豪華お食事
なんと私たちの旅って 安上がりでしょう?
ですから行けるのです まだ続来ますけどもう少し我慢してね 3000人読者の皆様へ
この前 間違えて書いたタクシーのおじさんとのやりとり のあとバスに乗り込みました
乗客は中型バスに三分の一 出発です もう20分もいくと砂漠の様子を呈してきました
右を見ても 左を見ても茶色の土 そこを砂煙を上げてだひたすら走ります
途中 砂漠の中のオアシス? 椰子の木 シュロの木があってちょっとした建物があり
それはそこで働いてる人たちの住居でした
そこで降りる人は女性一人 また茶色の中を走り 右側 山のようになって
ごろごろと岩がおっこちそうで 窓際にすわってたわたし すこしこわかったです
エルサレムから約1時間半見えてきました 死海です 左に見ながら少し走ったら
近代的なホテルが4 5軒 ここが今回で1番デラックスなホテルでの宿泊でした
海に面して15・ 6階建て私たちの部屋は10階 窓からの眺めは 最高
向かい側はヨルダン その間に広がる死海 きれいに白濁した水色
はるか遠いところに塩の塊のつながりが見えます
そうそう そのホテルのチェックインの時間のかかること 尚美はこの前のときもそうだつたと
いってましたが 早くやる必要もないのでしょう
ホテルには素敵なプール プライベートビーチには 大きなパラソルと ボンボンベッド
(昔そういいました今なんと言うかわかりません)
早速 水着に着替えて(何十年ぶり) 私はタオルを2枚も借り 上半身 下半身の巻きつけ
誰も見てないと思いながらあまりの 情けなさに 水際に行きました
ちょっとなめてみたら 超しょっぱい 入っても泳がないように 顔を水につけないように
と尚美からご注意 そろそろとはいりました そしてウエストぐらいにきたとき浮いてみようと
ふわっとしたら 浮くのです 顔をだして手と足が何もしなくても よく本などで浮きながら
本をよんでるようなとこがありましたがいくらでも之じゃ読めるでしょうと思いました
尚美が砂浜で私の写真をとったのでポーズをつけたりして
そして歩いて砂浜に帰ろうとしましたら 足が浮いちゃって立てないのです あわてたわたし
必死に手を動かして飛び出している 柵のとこまでいこうとすると 何しろ浮いてるものだから
泳げない 溺れそうになる おかしいでしょ 浮いてるのに溺れそうになるなんて
でもなんとかして そこの柵まで手を少し動かしやっとやっと(そう遠くないのに)
そばまで そこの太ったおばさんのお尻につかまってしまいました
ごめんなさい 私立てなかったのでといったら 外人はおおらか Ok OKと笑っていました
考えたら私40キロ あまりに軽すぎて立とうとしても力がない そんなわけで苦労したのでした
以下に足の力がないかわかりました 続く
歩け歩け 外国旅行して之だけ歩けるのは嬉しいことです いつも水を持ち
ちょっとしたお菓子なんかもって 休んだときにまず1ぱいといきます
嘆きの壁 のあと だらだらと上り下りの長い道を マリアとマグダラのマリアのみいら?
のあるところへ到着 そこは観光客がわんさかといて 外人ばかり 東南系は私たちだけの感じでした なんのことはない 祭壇の両側に 棺のようなものが置いてあり
きれいに洋服をきて 顔のところは布をかぶせてあり なんだかわからないのです
まあそれはそうでしょう ちゃんと見せるわけはないわね
でもその周りには マリアが愛したとゆうオリーブの木がたくさん植えられてました
そことかぎらず 歩いていく道からもオリーブの木は多く見られます
そして大きい立派なお墓(とゆうより建物)のそばで休んでいるとき2人の外人
どこの人かわかりませんが 私たちの前にあった水溜りのみず(きたない)をパックのようなものにすくって 私たちが何するんでしょうとみていたら にっこり笑って飲むまねをするんです
思わずこちらも笑いながら日本語で うそばっかり! といってしまいました
なんでそんなことするのか 外人って変なことやりますね
そして今日は帰りましょうと また歩いて帰ってきたら外人のご夫婦がニコニコ笑いながら
手をふっているのです あらとおもったら嘆きの壁のあと写真を取り合った人達でした
そのご夫婦仲良くテラスでお茶を飲んでいたのです 私の少し知ってる英語でどこの人か聞いたらアメリカといってましたので私たちは東京といいました
さすが今日はよく歩き疲れたので宿に帰り のんびりしました 続く
ゴルゴダの後 嘆きの壁にいきました 歩いてそんなに遠くないのです
少し広いとこへ出たなあと思ったらそこがかの有名な壁のあるところでした
いつもかどうかわかりませんが 兵隊さんがずいぶん出ていて もち論銃を持っています
上のところからまず1枚と写真をとって 少しおり またとろうとしたら女の兵隊さんに
今日はだめと手で×てんをされました 壁は 2つに別れていて 左が男の人の祈るところ
みぎが女の人と別れているのです 何でと思いましたが 昔からなのでしょう
みんな壁に向かってなにやらしゃべったりお祈りしたり ただもくもくと祈っていたりいろいろです
後ろのほうでは(広いので) 子供を乳母車にのせておいたりおしゃべりしたりです
あまりベールをかぶっているような人はいませんでした すこしいたけど。
女の人の方におりていったのでここなら大丈夫とまたパチリ
男のほうが人数は多かったです
そこからすぐ見える 金のたまねぎのような形をしたモスク そこは兵隊さんがいてまたノーでした
なにかその日は行事があったらしく残念でしたそのあと モスクを回りながらへいぞいに
だらだらした道を行くと 誰かわからなかったんですが立派なお墓がありそこでひと休み
あちこちに有名なひとのお墓があり 一休みしたところは1番立派なお墓でした 続く
今日は例のお店の通りを抜け抜け ゴルゴダの丘に (ご存知のようにイエスが十字架に磔にされ 信者たちがそのイエスを背負っててのぼった丘) 行こうとぐるぐる歩いているうち あら出ちゃったと とその建物がありました
わたしはあさはか ゴルゴダの丘というので もっと山道を歩くのかとおもっていましたら(昔はそうだったんでし ょう)
確かに道は上っていましたけど もうそこが ゆかりの建物となりいろいろなものが祭られているのです
中は荘厳の雰囲気 イエスの身体を油で拭いた台 (そこで信者が2人ひざまずいてお祈りしていました)
イエスが 3日間して生き返りまた昇天したという4畳半(ふるいね)位のお部屋 もろもろの のものが なにか私たちとはかけはなれているように私には思えました やはり日本人の私たちは 先祖をまつるお寺のほうが 実感なんでしょう
ただ日本は お寺でもそばへいって触ったり大事な所へはなかなかはいれませんよね
やはり外国との違いでしょうか? そこで2時間ぐらい見学 かの有名な(嘆きの壁)に向かいました
続く
前回訂正
バスに乗り込むから最後までは エルサレムから死海へ行くときのことでした
なんか急にそのこと思い出し書くいてしまいそれはつぎのことでした 風邪薬を4種類も飲んでいたのでそんな影響もあるのでしょうか?と薬のせいにしました
テルアビブから役2時間 町をと通りぬけ エルサレムの城壁が見えてきました
ダビデの塔といって昔殉教者たちがこの塔を目指してきたそうで 今 夜は ライトアップ
してます その城壁には7つの門があり 私たちはヤフォウ門というところからはいりました
宿はその門からすぐ 教会で2泊です 尚美の友人が牧師(女の子)なのでその協会に3ヶ月ぐらい修行に来たそんな関係で 宿を取ってもらいました
宿はそんなでシンプル そのわりにはお値段テルアビブより高かったです
しょくじはまあまあ 嬉しいことには もうすぐそこにアラブ人経営の マーケット
いろいろなお店 みやげ物やが 狭い石の坂両側にず~っと続いているのです
之は毎日歩かねばと早速お散歩です フィレンツエでもそうでしたが
ここもやはり呼び込みがすごく何回行ったりきたりしてもそのたび声をかけるのです
そしてジャパン?というので思わずイエ~スというと なんと埼玉?というのでまた思わず東京!
といいながら2日間歩きました やはり女性 その間3人で買い物も食料以外
安いネックレスやら かわいいペンダントやらつい買ってしまいます
今回主人のものは何も買いませんでした
私たちは マーケット 市場 小さいお店大好きでそれも旅行の多きな楽しみです
明日はいよいよキリストの殉教地に足を運びます 続く
2日間泊まったテルアビブから今日はエルサレムに向け出発です
2泊するのでまた戻って泊まるシネマホテルにいらない物を預け バスターミナルにいきました
路線がいっぱいあるらしく 人 人 そのなかに女性の兵隊さんが多く見られ
みな銃をもっていてこんなことは日本では見られませんよね
でも平和です 何の怖い感じもなく私なんかも近くで銃をよく見たりしていました
さすが人が多いと 人間観察が面白いです 尚美にいわせると イスラエルの人は
つきあえばやはりみな同じ人間 ただ主張するときは日本人のように 控えめではないといってました 一般的に日本人は1歩さがるときがありますよね
そして並んで乗ろうとするとき タクシーの運転手が3人なら一人50シェクレでいいとゆうのです
2時間近く乗ることだし 3にんのほうがいいからと尚美はOK のりました
少し走ってって尚美と話していると 50ではその手前までしか行かない 100というのです
私もどうやら言ってることがわかり これだなと思い聞いてると さすが尚美いっぽもひきません
運転手は ちょっときいて ちょっときいてとしつこい割には負けないのです
尚美もついにストップ降りるととめさせ 変なとこで降りました でもちょっと先におまわりさんがいたので私たちも安心してお金も払わず降りました
そんなにバス停から遠くないのでえっちら歩いてもどりバスのひととなりました
街中から20分も行くともう砂漠らしき様子を呈してきました
車なんかたまあにしか あいません 右側 山のほうはちょっと地震でもあったら
ごろごろ赤土の岩がころがってきそう しばらくこんな状態が続きます
ちなみにバス料金は往復で70シェクレでした 続く
テルアビブはエルサレムと違い新興都市 きれいで清潔 (市場は別)
でもやはり ちょっとした大きいデパート? スーパー?に入るときはセキュリテイーが。
どんな小さな入り口でもバッグを開けて見せなければなりません
なんとなく私達なんかおざなりのような気がしますが。
どう見てもお腹に爆発物を巻いてるなんて見えないのでしょう
ただ一人なんとなく怪しまれそうに膨らんでる人がいますけど。
誰とは言いません名誉のために。
街にはジュース屋さんが多いのです それだけたくさんおいしい果物が取れるのでしょうね
大中小とあり2人で小で充分 1シェクレ 28円ぐらい 小1ぱい7シェクレぐらいでした
でもそのオレンジの使い方がすごい まず6個いれおまけのようにもう1個
わざわざ見せて 日本のように水や砂糖は使いません それがまたグーなのです
そのお兄さんジャパニーズ?と聞くので大声でイエースというと柔道を習ってるとかいってましたので 山下しってる?というと知ってる 井上は鈴木はというとしりませんでした
私達に対する社交辞令かしらなんていいながらおいしいジュースを飲みながら
お散歩です
私達の宿はシネマホテルといって昔は映画館だったところで いろいろ昔の映写機やら機械が
展示してあり まあまあいいホテルでした 続く