昨日 映画 俺は君のためにこそ死ににいく  見に行きました

石原慎太郎の脚本で 鹿児島知覧から特攻隊としてでていく 

兵隊さんたちに美味しいものをた食べさせたり 母親のように

面倒を見たりした福原トメさんという人のことを書いた映画です

前に友人の本で読んだのでぜひ見たいと思っていました

石原慎太郎の戦争賛美的と うがった見方をするひとも

いましたけど本人はけしてそうではない

戦争の馬鹿らしさを書いたといってました

そしてそのトメさんの やさしさの中に軍部に対しても

強い姿勢を持って立ち向かった一人の女性を書いたとも

いってました

私たち2人とも最初から鼻ずるずる 美しい心に書かれていた

若者たちに感動し今の若者たちの救いようがない殺伐とした

思想に この映画みてほしいと思いました  

それとこの映画アメリカ人が見たらどう思うかしらねと。

主人公のトメさん岸恵子だったんですがちょっとミスキャストの

様な気がします 最後のほうで体長が切腹するシーンも長すぎ。

知覧には特攻隊の人たちの展示館もあり それを知らずに 

観光旅行でバスの中カラオケやら ビールで騒いでいた人たちも

この資料館に入るとみなシーンとして目を真っ赤にして出てくると

本には書いてありました。

鹿児島に行ったらぜ寄ってみたいところです

昨日は 久しぶりにマージャン 同じアパートの友人宅で。

前は4人のご主人が旅行とかいない時にすぐ

集まりりましたけど このごろはその友人の一人の

お母さまが住んでた家を売らなかったのでそこでやります

同じマンションなので遅くなってもいいし気兼ねなくやれるので

最高です そして10時から8時半ごろまで, 以前は1時ごろまで

やりましたが このごろはみな寄る年波

さすが疲れが出るので遅くも9時にはやめるようになりました

まず昨日は 私が最高勝ち 前回ぼろぼろに負けたので

名誉挽回です そのときはわたしもうマージャンやめるといったら

どうぞやめられるものならと鼻で笑われました

お昼と晩御飯は今日は私が買いにいくと 自転車で スーパーへ

なんと昼夜合わせて709円で結構美味しく 昼お寿司夜サラダうどんと

皆にこれいいなんてほめられました

でも皆いろいろお菓子やらのみものやら 食べながらやるので

御腹はでっぱります

そしてほかの友人たちに ぼけないでいいでしょうといわれますが

やはりぼけます 最近とみに いろいろなことで

感じます これが感じなくなったら本物のボケだと私は

思ってます こわあ~い

終わった後は限りないおしゃべり 皆まあそこそこの年齢なので

言葉が出ないとこは助け合って? 

そしてマージャン記録帳は 130歳位までできるノートです

いつまでできるかが 当面の話題です

イスラエルの写真まだ手がけてないのでこのところ書いてない

ブログ久しぶりに書きます

先日 主人と築地の場外市場に行きました

午前中早めに行かないとしまいだすというので急遽

支度して バスで北千住まで そこから日比谷線で築地まで

11時ちょっと前に着きました もうお客がいつぱい

見るもの買たいものばかり あちこち覗いたり試食したり

そのうち買い出したら 財布の中身は羽のように飛んで

いきます ついつられて買うとゆうこともあるし

今日はポーターがいるのでその点は安心 2人で両手にいろいろ

買ってしまいました  ランクは1位 しゃけかまのところ4切れ

1個ずつちゃんとパックしてあり保存に便利 炊き立てご飯に

食べてもおにぎりにしても最高

2位は鯵とコハダのおさしみ 酢〆にしたらこれまた最高

3位は 細くきったこぶの甘辛煮 甘からず辛からず

おかずの1品によく  5位は西川やの沢庵 ご飯の後

お茶を飲みながら 残ったのを食べていると胃が悪くなりそうで

心配です

そんなわけでまだいろいろ買いましたが マグロのトロなんかは

どうして買わないのかと思うでしょうが我が家は幸いたまあにしか

食べたくありません(へへ)安上がり 松露の卵焼きも3種類

小さいのを買ってきました

そうそう たらの西京漬けもおいしかったし  値段としては安くはないのですが

物がよくまた行きたいという 誘惑に負けそうです

良くごまめにする小魚は1袋千円でしたが お正月まで持ちそうなので

友人にもおすそ分けしました 

友人に美味しいお寿司食べてきた?ときかれましたが

残念ながら お腹がすいてなく 勿体無いのでラーメンをたべ私は

半分ぐらい主人に食べてもらったので お寿司を食べられなかったのは

非常に残念でした 


                          テルアビブのシネマホテル

テルアビブのホテル


                              

                          テルアビブの町

                          


                          地中海


                          リハーサル風景
                          


                          細い道の土産物商店(エルサレム)


                            エルサレムの入り口


                          ダビデの塔


                            

                           嘆きの壁全景
                       
                            



                          女人折る

                          
                          

                         イエスの壁画
                         

                         


                       

                         なかなか画像処理がうまく出来なくてすみません

                         またカメラ2台でとっているのであちこち飛んだりして

                         もう少し大きいほうがきれいに見えるのですが

                         それもいろいろ事情がリますので。



                        



                        







                           


                          

イスラエルの旅 今振り返って行ってよかった (まあ皆さん外国旅行はそう思うでしょうが)

特に彼女たちが誘ってくれた意図がよくわかりました

あまり行かないのもわかります みな物騒と思ってるし 時間もかかるし ほかにもたくさんいろいろありますものね 行って見たら 東京より安全 ちっとも怖い事なんかないし

今は 平穏です

そしてエルサレム 死海の 印象はやはりわたしには 来てよかったあ の一言でした

思い起こせばまだまだ書いてないことがあります

でも私のつたない文でいくらかお伝えできたかなと 3000人の読者の皆さん

ほんとにありがとうございました 後はまた写真を掲載します

昨日あたりから 5社からうちの 本で単行本として出さないかとゆうオファーが来てます ベストセラーになったら サイン会を開く予定です なあんちゃって.    夢見る夢子


帰りの機中の人になった私達 往きと帰りは大違い もう疲れているので

寝るしかないと 3人とも寝る体制に入りました

テレビもビジネスの時は個別についてるのでいいですが

エコノミーは前にある大きいのを選べず見なきゃならないので

長い足(いわせて)を折りたたんでなんとか寝ようと 3人ともぐずぐず

尚美はさすがなれてる 1番早く寝ています

私たちの並び 通路を隔てた向かいの3人は 大きな男の人

だいたいオランダの人は大きいですねえ

その真ん中にいた人 天井まであと10センチぐらい あれじゃあ足も長いし

全体に大きいんですから大変でしょうと思っていたら 彼ジタン(と呼んでました私達)は

そんなわけでしょっちゅう 通路を歩いたり立つたりしてました 私たちみたい小さいのもたまにはいいこともあります 食事が終わるとトイレがこむので行つてきたら 友人が言うのです

中で鏡見た? 見たと返事すると 自殺したくなったでしょと わたしなったなった

帰りの飛行機の中で鏡を見ることは我々ロートルには禁物です

でも無駄な抵抗でもまだ女性 少しは髪の乱れなど直さなきゃねえ

目が覚めると なんか食べたりして 日本のおせんべいはおいしいわねと残りすくない袋をまわしたり ビジネスと違って時間が長~いです 

アメリカのサンタモニカに住む友人はリッチリッチ ご主人が80近く足も悪いせいで

いつもファーストクラス 日本に来るときは 彼女(奥様)スーツケースを5個ぐら持ってきます そのお蔭で私達いつもお土産をたくさんもらうので嬉しいです

リッチとプアーの差をつくずく感じました

そしてやっとほんとに懐かしい(オーバー?)成田に着きました  続く


懐かしきアムステルダム そこで6時間あるので アンネの家を見に行こうと

言うことになり 荷物を預け 改札のとき何故荷物がないのかと聞かれました

預けたということでOK 2駅先までの2階建列車にのりこみ

20分位で到着 降りたら小雨が降り寒い寒い

やはり歩いて20分ぐらい 家の前は運河 少し旅行者が並んでいました

家の中は狭い階段 裏庭から眺めるだけの毎日 2年間2世帯の家族が住み

外へ出ることができなかったつらさ その中で日記を書き続けたのもわかるきがしました

写真入の日本語版を買い 帰りはタクシーで駅まで

そしてまた2階建列車の階段 私が最後で2・3段あがったら肩にかけていたショルダーバッグがふっと重くなったのですはっとして見たら 大きな女の人が後ろから自分のショール

をわたしのほうまでふわっとかけ バッグのジッパーが5センチぐらいあいてるのです

思わず日本語で ちょっとおなにすんのよの ちょっとだけ大声でいったら

尚美たちもどうしたのとふり向いたので 彼女はすっと手を引いて階段をあがっていきました いそいで話した後あがってももういませんでした すぐ先の階段を下りたんでしょう

何もとられなかったので よかったねですみましたけど

わたしとか友人なんかこれははチョロイ カモと思われるんでしょうね

そしてアムステルダム の駅でさむかったのでコーヒーと ポテトチップスの

大 中 小 の小を買って3人で食べそれで充分 もう私には最高のおいしさでした

あまりポテトチップなんか食べないんだけど 真黄色で細くなく今でも東京にあれば

食べたいくらいです 東京でいかに貧しい食生活か・・・・・

そしてまた機上の人になりました   続く



旅程もさいごになり 今日はもう1回テルアビブの町を散策

午後から 尚美のことをかわいがっていろいろ教えてくれる

ヤンカレという人とお食事することになりレストランを予約しました

ホテルの近くのインドレストランです

彼もオーケストラのメンバーだったんですが今は引退イスラエルフィル

の いろいろなことをジョークまじりに本にしてる人です

最後日本にも来てくださいといったら もうすこし若ければ泳いでいくんだけど

なんて言って片目をつぶりました 65ぐらいといってましたがわたしたちより

ふけてみえました 外人はジョークが多いです

もうひとり80近いおばあちゃんなんですが その人にも会おうかと尚美が言ってたんですがコンサートにもこなかったし 電話をしたら会いたいけどあまり具合が

良くないとのことで会えませんでした

尚美が知り合った時 腕にナチの番号があってはっとしたそうです

私も会いたかったんですが残念でした もちろん逢ってもその事は聞けないでしょうが。

明日はまた約4時間のフライト アムステルダム向かいます


それと忘れて書かないことがありました 最初のころのことでなんですが

イスラエル空港について 入国手続きで並んで待ってるとき

そばを通ったイスラエル人? ご夫婦?恋人?わかりません

その2人何やら女のほうの人が怒って 男の人がなだめているのです

もちろん言葉はわからないのですが 見ていたら激しい争いになり

突然女の人はバッグと持っていた 紙包み 袋を全部ほうり出して

1人でかけだしていってしまったのです 男の人は呆然

空港の係りの人が荷物を拾って2人で話していました

私達順番が来たので 係りの所まで進んだのでその後のことは

わかりませんが まるで映画の1シーンみたいでした

やはり外人の女の人は激しいですね 私達じゃどんなに喧嘩してもああは

できません 着くそうそう面白いものを見てしまいました  続く

死海から生きかえった私たち また砂漠の中1時間半

帰りの運転手さん 飛ばす飛ばす 砂煙をあげ 走りました

その割に時間はそう違わなかったような気がします

3人とも降りたとき少し気持ちが悪くなりました (エルレム着) でもおりてまた

テルアビブまで約2時間です でもこの道は 建物が多く 何か行事があったらしく

きれいに着飾った子供たち 男の人たちは面白い帽子をかぶり(写真が撮れなかったのが残念ですが)黒服 (これは政府から資金をもらいそのスタイルを無くさないようににずっと毎日その格好と聞きました)

そんな光景を窓から見ながら 今度はスムースにテルアビブ着です

ここでまた2泊 その日はのんびり 眠りにつきました

朝はまたおいしい食事をたらふくたべ もう1回コンサートにいくのですが

午前中はリハーサルをみにいきました

私たちだけに 演奏してるみたいでいい気分 リハーサルはメンバーたちも

ズービンがいないときはリラックスして自分のパートを弾いたりしてます

そしてズービンが来るとまた雰囲気が変わり 緊張です

ピアノの中国のらんらんという子は私達東洋人なので自分のファンかと思ったらしく

終わって皆がざわざわひきあげたとき まだ練習 わたしたちも手をたたいたら

ありがと と変なアクセントでその後またあったりすると手を振ったりして

私たちがズービンの控え室にいって出てきたとき その前にいてびっくりしてました 

そしてその晩はまた本もののコンサート そしてびっくりしたのは

尚美 淵端と彼女の名入りの椅子が右前のほうにあるのです

でもそこは使わずいつもチケットを買って ズービンの 顔がよく見える

前左のほうをとるのです 笑っちゃうでしょ? そんなファンなんです

その椅子席はお金をイスラエルフィルに寄付したからだそうです

彼女の話を聞いてると私なんか本をかこうかしらなんていってます

      続く

わたし達 3人ともお酒はあまり飲めないので(つまらないわね) 夜出かけない時は

早めに寝ます そんなわけで朝は早く6時半ごろか7時ごろがいつもの起きる時間です

その日の朝は友人が6時ごろベランダですわっているので私も目覚め

コーヒーでも飲もうかと 2人で飲んでいました 向かいのヨルダンの山並み 

静かなデッドシーのきれいな 乳白色 たまに小さい鳥がちっちっと餌をもらいにやってきます

みんなあげるんでしょう 慣れてて可愛いいんです

そのとき真正面の山から陽が上ってきました 2人で思わずわあーと声をあげ尚美も

飛び起きてきました カメラカメラと お日様が半分ぐらいのうちにシャッターを切りました

陽の光が デッドシーの半分近くすじを引いて すばらしい光景に 3人とも 無言で

見入ってました お陽様がちょっと上に上りきると 光のすじも上るにつれだんだん短くなり

最後に無くなってしまいました

旅行をすると素晴らしいという言葉を女の私たちはよく使いますが

こんなに感動したのはまず1番だと思います

なにしろ山デッドシー お日様 私たちしか いない世界でした

そんな素晴らしいところも今日でさよならです

お土産にデッドシーのミネラル入りクリームを10個も買い込み自分用に

乳液 ハンドクリーム お風呂に入れると温まる 七色に色分けして虹のように詰まってる

塩 (使うのが勿体無いような)を1ぱっく と帰りのバッグが重くなりました

帰って来て早速 お風呂にいれました

冷え性のわたし心なしかいつもよりあったまったような気がします

そしてまた1時間半のバス旅です     続く