先日の休暇。

 次男の幼稚園の個人面談やら、娘の小学校の役員のお手伝いやらで愚妻が多忙そうにしていたので、『ここはいっちょう、出前一丁 春先のロングツーリングでも許可してもらうべく点数でも稼いでおこう!』と心の奥底でずる賢く頷き、本日の家事の一切合切を引き受けること宣言した。

 愚妻が近隣にショッピングモールに行きたいと言えば、車で送迎し、
 部屋の掃除、洗濯をし、
 次男を幼稚園まで迎えに行って、その足で近所の『かっぱ寿司』で昼飯くって勘定を支払い、
 帰宅した娘に勉強を教え、
 晩飯は、焼き鳥(ねぎま、とりもも、シロ、手羽)とブリ大根に決めて買物に行き、
 鶏肉をブスブスと串打ちして、
 ブリ大根をコツコツと煮て、
 味噌汁は、残っていた木綿豆腐で作ることに決めて出汁をとった。

 最後に味噌を溶いて、晩飯の出来あがり~♪と冷蔵庫を開けると、、、、、
 なんと、味噌が空っぽ!

 ここで、小生、こうつぶやいてしまった。
 『ガビーン』

 ふと、口をついて出た自分の言葉の古さに、我ながら唖然としてしまった。
 『ガビーン』なんて、うちの子供は知っているだろうか?
 知らねぇだろうな、、、、、。

 もう、12月も半ば。
 2011年も、すぐそこなのだった。
 がびーん、、、、、。

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 吉村昭の記録小説をじゃんじゃんと読みまくってます。
 こんどは、新潮文庫の『漂流』です。

 江戸時代の漁師が、悪天候の海で黒潮に流され、現在の鳥島に漂着したのちに水も食物もない無人島で12年にもおよぶ年月を生き延び、さらに流木で作った船で島を脱出するまでを描いた記録小説です。

 絶海の孤島に漂着し、洞窟に居をかまえ、雨水を飲み、漂着する海草や貝類、アホウドリを捕まえて食べることのみで12年の年月を過ごした人間かいたなんて、、、、。
 極限まで追い詰められたときに潜在する生命力みたいなものが発揮されるのでしょうな~

 それにしても吉村昭という作家は、小生の勝手な想像なのですが、綿密な取材を重ねて小説をかきあげているでのはないでしょうか。今回の小説でも当時の和船の構造から、舞台となった鳥島の雰囲気まで、適切に詳細にしるされています。まるで読者である小生も鳥島という孤島で、アホウドリの糞の臭いを嗅いでいるような気がしてきました。
 もしかすると実際に著者は、鳥島に渡った後にアホウドリを一匹くらい殴り殺してきたのではなかろうか?それくらい、リアリティのある文章に感じました。

 水も食料もない孤島。
 小生だったら、12年も生きれるか?
 想像もつきませんな。

 いやはや、楽しい本のおかげで、通勤電車の読書タイムが待ち遠しいくらいであった。
 先日の、海老蔵さんの会見。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1295736/img_1295736_61460500_0?1291895558

 ターミネーター2のこれと
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1295736/img_1295736_61460500_1?1291895591
 

 これが、
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1295736/img_1295736_61460500_2?1291895613

 混ざっているように見えたのは、小生だけか。

 目が赤くて、下を向いているってだけかな。
 あら、まっ、単純なオレだことっ!

 しかし、殴られて、あそこまで変われるのだから、役者やの~♪
 苦悩の日々が待っていると思われますが、これも有名税のお支払いってことで。

 案外と世間は厳しいのだった。

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 1965年に刊行された開高健のルポルタージュ本『ベトナム戦記』の文庫文です。

 1965年といえば、小生の生まれる前年である。小生がこの世に生を獲る前に、開高健はアジアの紛争地域に赴き、死のギリギリのところまで足を踏み入れていたわけである。
 精鋭のアメリカ陸軍と、まともに戦う意思のない南ベトナム政府軍との混成軍隊に従軍し、ベトナム戦争を実体験した開高健。
 
 『アジアの戦争の実態を見届けたい』という言葉をサイゴンで何度となく口の中でつぶやいたがためにいまこんなジャングルのはずれの汗くさい兵舎で寝ているのだが、夜襲をも待つ恐ろしさと苦しさに出会うと、ほとんど影がうすれてしまったようだ。ベトナム人でもアメリカ人でもない私がこんなところで死ぬのはまったくばかげているという感想だけが、赤裸で強烈であった。無意味とうつろさがこみあげてきて、何度もむかむかした。自分がおろかしく軽薄な冒険家にすぎないように思えた。

 本中にある上記の文章が、ジャーナリストととしての見栄も、誇りの欠片も感じられない、ストレートな人間感情として、小生の心に響きました。

 強き意思と、弱くそして屈しやすい己と自覚。
 死や、終焉を見つめながら、現実に生きる。
 どう表現してよいのか、小生自身もわからないが、人間、開高健の素晴らしさに触れたような気がした。

 開高健、もう一丁。
 戸締り用心 火の用心~♪
 戸締り用心 火の用心~♪
 1日1回 よいこと~♪
 ニコニコ ニッコリ 日曜日~♪

 戸締り用心 火の用心~♪
 戸締り用心 火の用心~♪
 月に1度は 大掃除~♪
 げんげん 元気な 月曜日~♪
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1467308/img_1467308_61435543_0?1291184200
 
 テレビアニメ番組『一休さん』のときによく流れいたCMソングである。法被を着込んだ笹川良一がたくさんの子供たちに囲まれて、『いちにち、いちぜーんっ!』と、人差し指を青空に突き立てる、日本モーターボート協会のコマーシャル。小生は鮮烈に憶えてますな。

 そして、その笹川良一の生きざまを描いた本、幻冬舎発行の『悪名の棺 笹川良一伝』工藤美代子著です。笹川良一を持ち上げたり、下げたりしておりますが、結局、持ち上げるのに一役買ってる本でしょうな。ある種のPR本なのかもしれません。
 ただ、下ネタも多発していて、笹川良一自身が70歳過ぎてから、20代の処女だった女性と情交して、感激してヨロこんでいたことなど『女好き』がかなり強調されています。

 拝金主義の戦後日本人の典型だと語られながらも、笹川良一本人は『あの世に金は持っていけない』などと、語っていたことに興味を憶えました。
 手段として『金』に徹底したいたのでしょう。
 田中角栄などとならぶ、戦後昭和の豪傑だったのでしょうね。

 本のタイトルは、ちょっと大袈裟でしょう。
 なかなか楽しゅうございました。