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 1965年に刊行された開高健のルポルタージュ本『ベトナム戦記』の文庫文です。

 1965年といえば、小生の生まれる前年である。小生がこの世に生を獲る前に、開高健はアジアの紛争地域に赴き、死のギリギリのところまで足を踏み入れていたわけである。
 精鋭のアメリカ陸軍と、まともに戦う意思のない南ベトナム政府軍との混成軍隊に従軍し、ベトナム戦争を実体験した開高健。
 
 『アジアの戦争の実態を見届けたい』という言葉をサイゴンで何度となく口の中でつぶやいたがためにいまこんなジャングルのはずれの汗くさい兵舎で寝ているのだが、夜襲をも待つ恐ろしさと苦しさに出会うと、ほとんど影がうすれてしまったようだ。ベトナム人でもアメリカ人でもない私がこんなところで死ぬのはまったくばかげているという感想だけが、赤裸で強烈であった。無意味とうつろさがこみあげてきて、何度もむかむかした。自分がおろかしく軽薄な冒険家にすぎないように思えた。

 本中にある上記の文章が、ジャーナリストととしての見栄も、誇りの欠片も感じられない、ストレートな人間感情として、小生の心に響きました。

 強き意思と、弱くそして屈しやすい己と自覚。
 死や、終焉を見つめながら、現実に生きる。
 どう表現してよいのか、小生自身もわからないが、人間、開高健の素晴らしさに触れたような気がした。

 開高健、もう一丁。