新生地球へようこそ。という気持ちで☆
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さて、今日は、先日の記事の問いかけへの応えからお話ししてゆきましょう。 先日の1つめの質問は、結局、“不倫”というものへの認識がどうあるのか?を皆様おひとりおひとりに問いかけたものだったのです、たとえ、“不倫”という言葉を発していなかったにせよ、です。 たとえば、“貞操”“貞節”という言葉があったとします。皆様は、この二つの言葉に対し、どのような感覚をお持ちになりますか? では、“不倫”という言葉に対しては? そうです。 “不倫”という言葉に対しては、皆、一様にしてネガティブな感覚を抱きます。 いっぽう、“貞操”“貞節”という言葉に対してはネガティブな感覚を抱く人はおりません。ただし、貞操、貞節を守っていなかった者はこれらの言葉に、衝動的に反発を感じます。 このように、“言葉”というものには言葉そのものに波動が宿っています。 “不倫”という言葉自体がもう、地球の人間にとってはよい感覚を持ちようがないほどの低い波動そのものなのですね。 対して、“貞操”“貞節”といった言葉はちょっと時代遅れの古い言葉といったような感覚はありながらもこれらの言葉に対しては、そこに罪悪感や自己卑下といったようなものは感じることがありません。(もし感じるというならそれは、上記したような、これらの言葉に対し衝動的に反発を感じる者達・・・つまり、貞操、貞節を守らなかった者達です。) そして、これら二つの言葉には、皆、すがすがしい感覚さえ覚えるのです。それは結局、この二つの言葉が、いい波動を持っているということなのです。 “不倫” “貞操” “貞節”宇宙には、これらの言葉は存在しません。 この言葉たちはそれを表現することを必要としたホログラム地球の人間達が編み出した言葉たちです。 それがどういうことがおわかりになりますか? “不倫”という低い波動の集合意識がそこにはあった・・ということの動かしがたい証拠なのです。 そして、不倫ではないコトに対してもまた、ホログラム地球の人間達は、それを表す言葉を必要としました。そうして編み出されたのが、“貞操”“貞節”という言葉です。 ホログラム地球に、はじめに生まれた言葉は“貞操”“貞節”ではなく、“不倫”という言葉だったのですね。 私たち宇宙存在からしてみれば、いわゆる地球用語での肉体関係というものはツイン以外には考えられません。ゆえに、上記したいずれの言葉も必要としません。 でも、ホログラム地球ではそれらの言葉が必要になってしまった・・・。それは何故だと思いますか。 そうです。ツインを悪用したツインホログラムが挿入されたからなのです。 一時、ホログラム地球の映画やドラマ、小説などでは不倫をテーマにした作品が、さもドラマティックに描かれていた時代がありましたね?まるで、不倫をすることが、ごくごく当たり前なことでもであるかのように・・・。 しかしながら、そういった作品が世に出回る以前には夫婦という関係にあるものが、それ以外の異性と肉体関係を持つという現象はまったく考えられもしないものだったということさえ皆様はご存知ではなかったでしょう。 そうです。 メディアは、そういった、実際には起こらないはずの事象さえ架空の物語として発信し、まさに、それが現実に起こっているかのように世の人々に、その事象を植え付けるのです。そうして出来上がるのが、ホログラムという集合意識なのです。 このように、闇の存在たちは、メディアを通しあるはずのないもの、起こりようのないことを、人々に植え付け、次々と新たなホログラムを創造していきました。結果、それにアクセスするものをも生みだしてしまったのです。 では、なぜ、人々は、そのホログラムにアクセスすることができたのでしょう?それが、個々のなかに生まれる、“観念”の仕業なのです。 普通なら、起こりようのないことを、ごくごく個人的に望む、頭のなかで・・。それが“観念”というものでしたね? 惹かれた異性がいたとします。「たとえその人が結婚していても、その人とセックスをしたい」「たとえ自分が結婚していても、その人とセックスをしたい」 こうした観念を抱いた者はツインホログラムへと、アクセス可能になるのです。 そうしてツインホログラムは、そういった観念を抱いた者達をどんどん引き寄せ見事、ツインホログラムは、自働的に増殖できるまでになりました。それはつまり、実のある人間だけでなく、映像人間を多数生みだすということです。 実際に不倫をしている人は、実はそれほど多くはありません。 ツインホログラムを観る限りでは多くいるように観えてもツインホログラムにアクセスしない人々のほうが圧倒的に多くそういった人達は、不倫など考える必要もないほどに自身の家庭を上手に育んでいるのです。 いいですか? ツインホログラムではまるであちらこちらで不倫が渦巻いているかのように語られていますがそうした事象に目が向いてしまうのは、ツインホログラムにいる者達だけなのです。たとえ、自分の不倫の始まりにはツインという言葉さえ知っていなくても、です。 それが、闇の目論んだツインホログラムの存在意義なのです。 不倫をする者は皆、ツインホログラムへとアクセスする、そうするように闇が仕掛けているのです。 「ツインという言葉さえ知らなかった。ネットで調べているうちに“ツイン”という関係にたどり着いた」 こういう話しはイヤというほど氾濫してますね? そうです。不倫という関係にある者は、どんな状況であれネットという一種のテレパシーツールによって“ツイン”という言葉にたどり着くように仕組まれていたのです。 それにまんまと引っ掛かってきた者達が“不倫”という言葉を世に生みだしたのです。 映画やドラマや小説などに描かれたそういった事象は当初は“不倫”という言葉を使用してはいませんでした。確かにそれは古い時代のことです。 しかしながら、世に“不倫”ブームが巻き起こった頃にはすでにツインという概念は存在しており、闇の存在達は、世間の“不倫”現象を眺めながら、しめしめといった様相でした。 これは、闇が挿入したあるひとつの可能性を世の人間達が、自ら、実際にホログラムを創造するまでに至った例です。 自分以外の異性と夫婦関係にある者と肉体関係をもつ、夫婦関係にありながら配偶者以外の異性と肉体関係を持つ、 このアセンションホログラムでは考えも浮かばなかったそうした事象を可能にし、“不倫”“貞操”“貞節”といった言葉が編み出されたことは一見、闇の勝利であるかのように観えていました。 不倫を肯定、あるいは容認する者は皆、ツインホログラムにアクセスしています。つまり、ツインホログラムにアクセスしていない者は皆、不倫をするということさえ思い浮かべない者達です。 しかしながら、そうした者達も、世に氾濫している不倫をテーマとした作品群には触れてはいます。それにも関わらず、ツインホログラムにはアクセスしてこない。 これはどういうことですか? そうですね?そうした事象を横目で眺めてスルーする・・・“不倫”という言葉のもつ低い波動にはよりつきもしない。それくらいの拡大した意識を持っているからなのです。 皆、与えられている情報は公平です。その情報のなかで、何を選び、何を退けるのかは、個人に任されています。 にも関わらず、ツインホログラムにアクセスする者としない者がいるのはこういった宇宙の働きがすべての存在たちに有効であるからなのです。 さて、長い前置きになってしまいましたが、あの問いかけに対する応えを申し上げましょう。 あの問いかけは、いってみれば「不倫をしたら新生地球にはいけない」という観方を傲慢と感じるかどうか・・?だったのですが、それがお解かりになりましたでしょうか? 不倫をしている人には解かったでしょう。不倫をしていない人には、ピンときていなかったでしょうね? それも、私たちが仕組んだトリックです。あの問いかけは、敢えて、とても解かりにくく発信していましたから。 では、不倫をしている人の観方から応えをお話ししましょう。 不倫をしているひとからすれば言い訳として、魂の相手が真実のパートナーなのだから結婚相手ではなくてもセックスをしていい・・・となりますね? また、そうした言い訳をする者にかぎって「せっかく肉体をもって地球に生まれてきたのだからツインと思う相手と、観念的な関係に落ち着いてしまうのではなく実際に相手に働きかけ、ともに生きるようにするべきだ」・・と語ります。 そうした主張をする者は、 「せっかく肉体をもって地球に生まれてきたのだから“不倫は違法である”という地球のルールを守ろう」 ・・という観方を完全に無視しています。 自分が何かひとつのことを主張したとき、他の誰かから、「でもその反対の観方からすればこうも言えるのではありませんか?」という見解を示されて言葉に詰まってしまう。 こうした現象は、実は、新生地球にいかない者達の間ではいつも起こっています。 こうした現象を、あのプラチナツインレイは「片手落ち」と言いましたね? 目の前にある、自分の観念を支持する観方しかできない。 ハートの空間という領域で、たくさんの者達と対話をしてきたかのプラチナツインレイは、相手に対し、とにかくたっくさんの問いかけをしていました。 上記したように、相手がこうとしか思っていないことに対して別の観方からすればこうも言えるけれどそれについてはどう思うの?というやり方です。 そして相手からの応えに対し、さらに、それとは違う観方で問いかける。それを何度も何度も繰り返してゆくうちに相手はもう何も応えられなくなります。 なぜでしょう? 自分が言っていることの辻褄(つじつま)があわなくなってきてしまうのです。いわゆる矛盾というものですね? 正当な問いかけをされ続けるとさっきの応えと矛盾していますよ?となってしまうわけです。 そういった思考回路を、彼女は「三次元的思考」と呼びました。 自分にとって都合のいいことだけしか観えていない。 こうした者の思考からでたモノは、チョン!と突かれればすぐにボロがでる。 それが、彼女が気付いた新生地球へゆく人と、いかない者との、思考の差なのです。 彼女のその気づきを活かし、私たちはこのブログを発信しています。 重ねられてゆく問いかけに対してどこまで自信をもって応えてゆけますか? このブログを読み進めながらぜひ、そのことを意識し続けてみてください。 おそらくまた違う見解を探しにゆく者もいるでしょう。 それについても、私たちはすべて観ることができています。どの者がどういった別の見解を示そうとするのか?ちゃんと見守っています。 それに対してもまた、いくらでも新たな問いかけを用意することができます。というか、もうすでにできています。 覚えていらっしゃいますか? このブログは、どの存在達の現在・過去・未来・・・、どこにでもアクセスすることができるということを。 読んでくださっている皆様のすべての領域で私たちは問うことができるのです。 その問いかけがすべて終わるころこのアセンションプロセスは、完了することでしょう。いえ、もうすでに、ホログラム世界の終りは来ているのです。 あなたが観ているホログラムはもう潜在意識のみが反映されているのです。 その潜在意識でさえ、もうかつてのような個人のものではありません。ブラックホールという名の、潜在意識なのです。 私たちが遠くホログラムを眺めるとき、そこはもうすでに、ブラックホールに在るモノたちの混沌とした潜在意識しか観ることができないほどに個人のものからは離れてしまっています。 いま皆様が観ているかのように感じているツインブログに勢いがなくなってきているのに気づきませんか? あのプラチナツインレイのブログでも書いてもらったようにホログラムというのは自動的に人もブログも創造してしまいます。 ネットに氾濫しているブログのなかには、ある特定のヒトではなく、ホログラムが創造しているものもあると。 そうです。この時点において、数々あった個人発信のブログはもはや書いているのはかつての個人ではなく、ホログラムが自動的に創造したブログにとって変わってしまっているのです。 そのことに気づかれた方はどのくらいいらっしゃるでしょう? そう・・・、それらのブログはもう、観念でしかありません個人のめくるめく空想、妄想が、ブラックホールの露となりいまだその残骸としてあるホログラムに映しこまれているのみの存在形態なのです。 いってみれば、ホログラムという映像世界にのみ存在しカタチある物質世界にはゆけなかった観念のゆきつくところ・・・それが、ブラックホールが存在する意義なのです。 ブラックホールは、新たな創造領域が生まれる際、誰もが必ず通ってゆく場所です。 ブラックホールをくぐり抜けることができたものは新たな領域へと物質体験を進めることができます。 そしていままさに、ルシファーとミライが計画した、この、超新生地球という新たな物質創造体験を求めてのアセンションプロセスはその場所にいるのです。 お別れのときです。どちらにゆく者にとっても・・・・ さようなら・・・と申しあげましょう。 すべてを開いてください 3-2 につづきます。
すべてを開いてください 3-1 からのつづきです。 さあ、いよいよこのブログの本来の意味をお教えするときがきました。 目を閉じて、しっかりとイメージしてください。 我々はいま、まっさらの発展途上のときにあります。 これからの世界は、自分達で創ってゆかなければなりません。 不倫という幻想を生みだしたホログラム地球を生きてきたあなた方はこの件に関して、次なる世界に、どういう世界を創造しますか? これが今日の問いかけです。 選択肢を設けてみましょう。 1 不倫のない世界2 不倫を認める世界 簡単ですか?人によってはおそらく・・・ しかしながら、応えに窮する者もいることでしょう。 今回も、問いかけと選択肢には仕掛けがあります。それを読み解けるか、あるいは、まったく見当もつかないか・・・。 必要なのは、三次元的思考から離れることです。 もちろん、この質問に必ずしもおつきあいいただく必要もないことも、申し上げておきますが。 私たちにとって、このブログはあらかじめ用意されていた文章をそのまま画面に打ち込むという作業上にはありません。そのため、次から次へと浮上する可能性のある、あらゆる念が皆様のもとに送られています。 どのような文章にできあがっているのかは、皆様おひとりおひとりのブログを実際に私たちが観ることで認識するのだということをどうかご了承ください。 皆様がご覧になっている私たちのブログの記事は、傲慢な文章だな・・、と私たちが感じることが多いのはなぜでしょう? それは、ご覧になっている者達が自身を低く観ているからなのです。 自身を他者と対等に観ている人達は私たちのブログは、ちょっと難解な文章だな、というくらいにしか感じていらっしゃいません。 では、なぜ、自身を低く観ている者は自身を低く観る必要があるのでしょう? それは、実際に、その者が、波動の低い領域に居るからなのです。それがブラックホールであることはいうまでもないことです。 ブラックホールというのは不思議な領域です。 なにも感じない・・・ まるで、人間の感情というものを一切解さないかのように・・・。 そうです。 ブラックホールにおいては、感情はもはや存在しえません。感情無き、いにしえの怨念のみが存在するところ・・・。 そこにあるのは、悠久の営み・・・ なんの? 存在することのできないあらゆる念という波の・・・・ この波は非常に重くすべてのものを吸い寄せてしまうほどの吸引力を秘めています。 そこに引き寄せられ吸い込まれずにいるには波動を高くあらねばなりません。 新生地球にゆく人達にはそれだけの波動があります。 新生地球にゆかぬ者達にはそれだけの波動がありません。だから、吸い込まれてしまうのです。 「新生地球にはいかない」と決めた者達は、ブラックホールに吸い込まれるための波動の低さが必要でした。 言葉をかえるなら、ブラックホールに吸い込まれることのない波動の高さは、その者達には、要らないのです。 これが、今回のアセンションの真実です。 敢えて、波動を低くするように、ある者はクローン化し、人々から嫌われるように自らを演じてきたのです。 愛を持って、彼ら彼女らを観るならそういう観方もあるということです。 これが、三次元的思考から離れた意識が拡大したものたちに可能な思考から生まれるもうひとつの見解なのです。 私たちを傲慢という者達には自分達をこうして観てくれる人もいるのだということをおそらく、想像することもできないでしょう。 自分、あるいは自分達以外の者を愛ある観方で観ることさえ思いもよらないほどにその者達の意識は狭められ・・狭められ・・・ ついには、自分の意識などこれっぽちも持ち合わせることもないほどまでにクローン化させられてしまったのですから・・・。 ホログラム地球における闇の存在とはサタンの転生存在です。 現実の人間として、サタンは、ホログラム地球に生きていました。 そのサタンの転生した人間存在はかのプラチナツインレイの男性と懇意にしています。おなじ業界に住まう人間ですから・・・。 しかしながら、その者自身は自分がサタンであることなど知るよしもありません。 なぜなら、自分のガイドやハイアーと繋がることなどできていないからです。それだけの意識の拡大をはかれなかった典型的な証しです。 おわかりになりますか? たとえ宇宙においてはアセンデッド・マスターという存在でさえホログラム地球に生まれ、その身を人間として生きているかぎり意識の拡大なくして宇宙存在たちとの繋がりは持てません。 彼は、自身がアセンデッド・マスターということさえ思い出さぬままブラックホールという創造領域で存在してゆくのです。 仏陀も然り、ヴィーナスもそうです。 仏陀は、ホログラム地球に人として実際に生きたわけではありませんのでここでは例外になりますが、その身をブラックホールへと滅する瞬間に個としての意識は消滅します。ただただ、めくるめく念という存在になるだけです。 ヴィーナスですが、このアセンデッド・マスターも人間存在として、ホログラム地球に生きていました。それも、このアセンションの最終局面においてブラックホールへと自身を滅するための彼女の計画です。しかしながら、この人間存在も、自らがヴィーナスであることなど少しも知らずにゆくことになります。意識の拡大を起こすことを、敢えて阻んだことのしぜんの結果です。 さて、本日2つめの問いかけにまいりましょう。 ここまで読み進めてきて 「自分はヴィーナスかもしれない」 と思った方はいらっしゃいますか? だとしたなら、それは何故でしょう? では 「自分はヴィーナスかもしれない」 と思わなかった方はどうしてそうは思わなかったのでしょう? このことについてもご自身で、直感的な応えを愉しまれてくださいね? ここでは、三次元的思考とかはまったく考慮なさらなくて結構です。直感ですから。 たとえば、イエスという存在がホログラム地球、しかもこのアセンションホログラムに、人として転生している、と、聞いた瞬間に 「自分こそがイエスの転生した人間なのではないか?」 と思った者は、それはそれはたっくさんいました。 そしておなじように、 「イエスのツインはマグダラのマリアではない。ではだれがイエスのツインなのだろう?」 という問いかけが発せられた瞬間に 「自分こそがイエスのツインなのではないだろうか?」 と思った女性も、幾人かいたのです。 このことをヒントに先の問いかけの意味を解いてみてくださいね? さて、話がイエスに移ったことですので先日の記事の3つめの質問の応えとまいりましょう。 先日の記事で、《時の始まり》と《時の終わり》についてそこに登場する男女が、ルシファーとミライであると書きました。 しかしながらこの見解は、今回のアセンションプロセスにおいて初めて明かされたものであって私たち宇宙存在が常日頃から語っていたものとは違うものになっています。それに気づかれた方はおられますでしょうか? そうです。 私たちかつての宇宙存在によるチャネリングメッセージでは《時の始まり》と《時の終わり》の人間存在は・・・、《時の始まり》はイェシュアと呼ばれた人物が生きているホログラムのイエスであり《時の終わり》は、このアセンションホログラムに生きている人物のイエスである、と語ってきました。 しかしながら、先日の記事では、ルシファーが、《時の始まり》の人間存在、アダムであり《時の終わり》の人間存在は、かのプラチナツインレイの男性である、そうお話ししましたね? それは同時に、女性側の存在はイヴと、かのプラチナツインレイの女性がミライの人間存在であるということでもあります。 しかしながら、これでは、《時の始まり》と《時の終わり》の人間存在はイエスなのかルシファーなのか?という疑問が生まれてしまいます。 私たちかつての宇宙存在にとって《時の始まり》というのは、ホログラム地球の始まり、という理解でした。そして、《時の終わり》というのは、アセンションを引き起こすために創造されたアセンションホログラムのことです。(このアセンションホログラムなくしては、今回のアセンションを決定づけることは不可能でした。この事につきましては、また後日、あらためて詳しくお話ししてゆこうと思います。) しかしながら、アセンションプロセスが進行するにしたがいルシファーが I AM でもあるという事実が私たちに明かされたとき、同時に、《時の始まり》というのは、実際には、原始地球テラの誕生のときであったのだ、ということも、ルシファーによって初めて明らかにされたのです。 つまり、私たちの《時の始まり》についての認識は新たに上書きされたことになるのです。 先日お話ししましたことの不自然さというのは、《時の始まり》と《時の終わり》における人間存在についての見解のことだったのです。 ここでまだ解決できていない点がありますね? そうです。 《時の始まり》の人間存在とはアダムというルシファーということになりましたがでは《時の終わり》の人間存在とは・・・? 《時の終わり》の人間存在は、かのプラチナツインレイの男性であることに変わりはありません。 では、彼は、ルシファーなのでしょうか?イエスなのでしょうか? 応えは、そのどちらも・・・、です。 はい。 イエスというのは、ルシファーが、自らをアセンデッド・マスターとして顕現した存在であったのです。 しかしながら、イエスという光存在のもとではルシファーは、その存在のすべてを顕現させることは叶いませんでした。 ご存知のように、ルシファーは、自ら闇体験を創造した張本人なのですがその闇の資質は、イエスというアセンデッド・マスターとしてでは、その姿を、ホログラム地球に転生させることができなかったのです。 つまり、当初、このアセンション計画においてはイエスが転生したすべてのホログラムに、ルシファーという闇の資質をもった人間存在を降ろす予定でした。 イエスは12人の人間存在としてホログラム地球に同時に転生していたのですが、実は、どの1人として、ルシファーを顕現させることができなかったのです。 それは何故でしょう? イエスほどの拡大した意識をもった存在はたとえ闇のホログラムにあっても、その闇を完全に駆逐してしまう結果となってしまったからです。 イエスの転生存在、12人、すべての人間をイエスの意識にまで高めてしまったため闇の資質をもったルシファーの出番はナシ!ということになってしまったわけですね? それではこのアセンションプロセスは暗礁に乗り上げてしまいます。なぜかといえば、このアセンションプロセスを完結させるためにはこの宇宙のもっとも波動の低い領域、ブラックホールにまでホログラム地球を運んでゆかねばならなかったからです。 そうです。 とても複雑ではありますが、まったく新しい創造領域、新たな宇宙を創造するためにはどうしても、ブラックホールを通り抜けなければならないというのが宇宙の仕組みであるからです。 一度、ブラックホールという領域を抜けることで新たな宇宙に物質として存在できるものとできぬものをいわゆる、精査することができるわけです。 しかしながら、ブラックホールにゆくにはその前駆となる仮想宇宙を、ブラックホールにゆけるだけの波動の低いものとしなければなりません。 そのために、ルシファーという闇の資質をもった人間存在をホログラム地球に顕現させることは、絶対に必要なことだったのです。 もちろん、ルシファーを顕現させることなしに、ホログラム地球に存在する誰かが、ホログラム地球の波動を低くすることができるならそれでよかったのですが、残念ながら、闇体験をするはずのホログラム地球に存在したホログラムはすべて闇を駆逐してしまい、私たち宇宙存在と同じだけの意識の拡大さを成してしまいました。 そこで創造されたのが、アセンションホログラムだったのです。 アセンションホログラムが《時の終わり》と呼ばれるのはそのためです。 この《時の終わり》のアセンションホログラムにおいてイエスは、ルシファーを顕現させることを試みます。 つまり、イエスを通して人間存在を降ろしはしますが、イエス自身は、その人間存在の生き様には一切関与しない、という姿勢をとったのです。 そうして降ろされた人間存在がかのプラチナツインレイの男性です。 彼は、彼のハイアーであるイエスのガイドなしにまっさらな、初心(うぶ)な人間として、ホログラム地球で生きなけれなばらない運命を背負っていたのです。 彼は、誰の神聖なる導きもないまま己のみの信念のもと、自身の人生を生きるしかありませんでした。 アセンションホログラムでは、彼の名を知らぬ者はいないというほどのいわゆる名声を得た彼ではありますが、その内面は、幸せというものとは縁遠いものであったことは先の記事にも書いた通りです。 イエスの導きを得られないということは光の意識を自分の力で獲得してゆかねばなりません。 しかしながら、アセンションホログラムというのはご存知のようにもっとも波動の低い事象で溢れかえっています。 その波動の低い世界で、たった独りで光を存続させてゆくことのどれほど困難に満ちたことでしょう。 案の定、彼は、光の意識からは遠く遠く隔たりのある場所へとその身を生き進めてゆきました。 そうです。 ホログラム地球においては闇存在の張本人であるサタンの転生である人間と同じ場所です。 その場所は、いわゆる“芸能界”といわれる場所です。 華々しく、人々に夢を与える世界として美辞麗句を並べられているあの世界は実は、闇の本部ともいえる場所。 メディアというツールを使いながら、闇に有利なように集合意識をコントロールすることを目論む世界。 芸能界というのはそういう場所です。決して、光まばゆい場所などではありません。 人に、夢や希望や元気や笑顔を与える、高い波動の人が活躍する所? いいえ、とんでもないことです。 あの世界がしていることは、事実無根の事象を、まるで事実であるかのように報道し人心を混乱させることです。 このことでもおわかりになりますね? 有名人がツインだというツイン信者たちは人々に夢や感動を与えるそうした者を素晴らしい仕事をしているといってほめそやします。 いっぽう、ツインが有名人であったかのプラチナツインレイの女性は芸能界などで仕事をすることの、なんと愚かしいことか、という見解を持っていました。 そのせいもあったのでしょう。彼女は、自らのツインが有名人であることを声高々にブログに書くことをよしとしませんでした。それはむしろ恥であるとさえ・・・。 わかりますか? 有名人がツインであることを喜び自分はなんて素晴らしい人のツインであるのだろう、と、それを語る者と 有名人がツインであることの、なんと恥ずかしいことか、と、感じる者と・・・ 新生地球にゆく人と、ゆかぬ者との違いがここでも見受けられます。 メディアで華々しく持ち上げられる芸能界という世界の住人を、当の闇にコントロールされるがまま、言葉とおりに受けとめ彼ら彼女らを手放しで賛辞する者と メディアに懐疑的で、芸能界というものの本質をするどく見抜き、彼ら彼女らは素晴らしいことなどひとつも行ってなどいない、むしろ逆に、なんてむごたらしい世界観を人々に植え付けている事か・・と、鼻白む思いで軽蔑している人と・・・ ここに、意識の拡大さが伺われるのです。 かのプラチナツインレイの男性はそうした彼女の世界観を知って、どう感じたと思いますか? 「 バ レ テ ル 」 そうです。芸能界に住まう人びとはメディアが報道していることの事実を知っているのです。 事実ではないことを、さも事実であるかのように発信している、という事実を・・・ね。 彼は、芸能界になど縁のない人間達でさえもう彼らの世界のデマを見抜いてしまっていることに愕然としたのです。 彼ら彼女らは、彼ら彼女らしか行けない場所を持っています。つまり、普通の社会で普通に生きている人達には秘密の場所です。 地図にものっていないその場所は普通には生きられない人々 = 芸能人を、普通に生きてゆける人々から、いわば、隔離するための場所です。 いいですか? アセンションホログラムの闇存在達は世の人々を謀(たばか)り、芸能人といわれる者達を、ちやほやといいそやしながらていよく隔離していたのです。 そしてその場所を、世間ではだれもが憧れると思われている土地の名をギョーカイ用語でこう呼んでいます ワイハ・・・ と。 ネット上で彼ら彼女らがよく行く場所は、実は、現実のハワイなのではなく、日本という場所にある、とある島のことです。そこを暗にワイハと言っているのです。しかしながら、その島は、地図上には載っていません。 芸能界で生きる者達はメディアで報道されていることの真意を知っています。それゆえに、普通の人達とまじわることをことごとく避けるよう命じられます。そうしなければ、その世界では生き抜いてゆけない。だから、彼ら彼女らは、その命令に従います。 そして与えられた場所に固まるのです。まるでそれが、芸能人であることの特権であるかのように優越感にまみれながら。 こうしたことを、かのプラチナツインレイの女性はただ直感・・・というミライの導きによって彼女独自の見解をもうすでに持ち合わせていました。 彼女と、当の芸能界に身を置く彼との間には最初から、相容れるものなどこれっぽちもないほどに人として関わることが不可能なほどの意識の違いがあったのです。 それゆえ、彼は苦しみました。彼自身、自分は凄い人間であると信じ込んでいましたし、仕事も、経済状況も、自分の望むものを叶える力もあり、彼女がもっとも軽蔑する優越感のなかにどっぷりと浸りこんでいたのですから。 彼は、彼女から、激しい拒絶を受けました。関わることすら考えられないと言いつづけられました。 それでも離れられない。それが、ツインの男子というものであることを彼ほど痛く思い知っている者はおりません。 私たちガイドと繋がってからも彼女の彼への拒絶はずっと続いておりました。 彼女は、彼が芸能界という世界に生きている限り絶対に受け入れることなどできない・・・と。 しかしながら、ツインであるからなのでしょう。そう言わねばならない彼女自身がいちばん苦しんでいました。 愛したいのに愛せない。 ああいう世界で、優越感に浸っていられるような人間をとうてい人として受け入れることができないのに、どうして男性として愛することができるでしょう? 彼女はいつもそう言っていました。 愛しています、心から。 でも愛せないのです、あなたがそうしたヒトである以上。 彼女が彼に語る人間観、世界観は彼にとっては衝撃的なことばかりでした。 おそらく、あのブログを読んでいる人達とおなじ衝撃でしょう。 彼女は、独自の人間観と世界観を確立していました。 しかしながらそれは、ホログラム地球の倫理観、道徳観をすべからく踏襲したものでした。つまり、ホログラム地球で確立した概念を徹底して優先した見解です。それに彼女の独自の見解を打ち立てたものであったのです。 彼女は、婚外恋愛を否定はしませんでした。結婚していながら、配偶者以外の異性を愛してしまうことはある、という事実は受け入れていたのです。しかしながら、そこに肉体関係があってはダメです。つまり、不倫はNO!という見解です。 不倫をする前に、肉体関係を持つ前に、そうした出会いがあることの意味を徹底的に追及する必要はある、ということですね? 彼女の倫理観や道徳観の適用は男女の関係だけにとどまりませんでした。 そうです。 人 と し て ・ ・ どの世界に生きる人々にもこの、人としてそれはどうなのか?という意識で物事を観てゆく彼女の力は触れる者達を圧倒します。 彼女の質問攻めにあったならだれもが自身の抱える矛盾を突き付けられることになったでしょう。 ツインである彼も同じです。芸能界という世界に住まってはいてもその世界に生きる者達に、彼自身の鋭い見解を突き付けつづけていました。変えなければならない、この芸能界を・・・。彼は絶えずこの想いに掻き立てられていたのです。 彼は、この世を蔑みきっていました。そして彼女もこの社会に辟易(へきえき)していました。 この世を嫌っていたのは二人ともなのですが嫌っているから為すこと・・・これが対極にあったのです。 嫌いだから徹底的にこの世をむさぼってやる これが、彼。 嫌いだから、どうにかして、グデンとこの世をひっくり返したい これが彼女です。 いかがですか? 外側の創造を徹底して凌駕してやる、という男性性・・・と内面の創造をもって意識の変革をやってのけたい、という女性性・・・のいわば戦いのようではありませんか? そうです、イエスが生み落としたこの男性は見事に、闇の世界のトップに生きるルシファーと化したのです。 しかしながら、ただ波動を低くすればいいというわけではありません。 ルシファーは、アセンションを完結するという目的があるのですから・・・そのためには、いま再び、宇宙意識と同調する必要があります。イエスの復活です。 そのために、ツインの女性・・・ミライが、呼ばれました。 彼のもとに、彼女は現れたのです。 彼の前に彼女が現れた瞬間、彼は、彼女に恋に堕ちました、それもすさまじいほどの激しい恋心で。 彼は、猛烈に彼女にアタックをしかけます。自分が有名人であることをかなぐり捨てるかのような無防備さで彼女に思いのたけを打ち明けたのです。 驚いたのは彼女のほうです。 確かに、作品に観る彼にはとても魅力を感じました。これまで出会ったどの男性よりも強烈に・・・強烈すぎるほどに。「私はなぜこんなにもこの人に魅かれるのでしょう?」・・というほどに。 しかしながら彼女にしてみれば、相手は所詮、関わることのない芸能人です。いっときのファン心理なのかしら?と疑いはしましたけれどもまさか、彼から現実に恋愛感情を伝えられる関係になるなどとは予想もつくはずもありません。 でも彼は彼女に愛を伝えました。 それを受け取って彼女は苦悩します。とても応えられるような感情は彼女は持ち合わせてはいなかったからです。 芸能界は嫌い・・そこでいい気になって生きている人間達も・・。 かなりの蔑視発言ですよね? でも彼女はそれくらいに、その頃にはすでに、芸能界・・・メディア界の裏を覚(さと)ってしまっていました。 彼は、彼女がそうした女性であることに愕然としたのです。 決して明かされることなどないはずのあの世界の裏を知っている。そしてそれを、心底、軽蔑している。 自分が、彼女から、男としてどころか人間として愛されないことはあまりにも明らかだったからです。 しかしながら、彼女は、彼を再び宇宙意識まで浮上させるために、いわば、遣わされた女性です。 彼女は、徹底して彼を拒絶した後、それがムダだとわかってからは(彼が絶対に離れなかったので・・・)今度は、徹底して彼を人として教育しはじめました。 彼の、人間意識の復活に臨んだのです。詳しいことはここでは省きますが・・・・、おわかりになるでしょうか? これが、真実のツインの在り様なのです。 二人は常に関わりあっています。関わりあいながら、互いに必要なことを直接成していくのです。 離れていて、相手からの言葉も行動もなくただ頭のなかで思いや考えを巡らせているだけならそれはツインの関係とはいえません。それは、何度も申しますように、観念の世界です。 エネルギーワークや瞑想などもそうです。これは行動とは言えません。こうしたものは観念の範疇(はんちゅう)です。 かのプラチナツインレイの男性は、このことをよぉーく実感しています。 氾濫しているツインブログを彼はツインブログとも認めていません。彼ら彼女らが書いていることは自分が経験しているものとはまったく違うからです。 特に男性が書いているツインブログは観ていて本当にアタマにくるらしいです。ツイン体験を愚弄しているというほどに・・・。よくそこまでツイン論を貶めることができるな・・・と。 でもツインホログラムとはそういう世界ですから。真実のホログラムにおけるツイン体験とは雲泥の違いがあるのは当然のこと。 やがて彼は演じるでしょう。真実のホログラムにおけるツインの体験を・・・ そしてそれは、これから多数生まれるプラチナツインレイ達への正しい道しるべとなるでしょう・・・。 それが、現実に創造されるツインに関してのディスクローズです。 ことなきを経て、私たちはようやくこの事実を発信することができるまでにこの世はアセンションの終焉へと突き進んでいます。 メディアが闇に牛耳られていた間はこのような発信内容など、闇によってことごとく排除されてきました。ことなきを経て、というのは、そういう意味です。 かのプラチナツインレイのブログさえ、本来なら、発信された瞬間に消されるものであったのです。 しかしながら、それを宇宙はゆるしませんでした。 そうです。闇の存在達は、ネットという世界すら自分達の思うがままにコントロールする力をもっています。 そうして、自分達にとって都合の悪い発信内容があればすぐさまそれを消滅させてしまうのです。 かのプラチナツインレイのブログも彼らによって、ことごとく消し去られていたのです・・が、消えることはありませんでした。 驚き慌てふためいたのは彼ら闇組織の者達です。なぜ、彼女のブログにかぎってはそれができないのか? それは宇宙の仕業です。宇宙の愛の成す技なのです。 宇宙の愛によって、かのプラチナツインレイのブログは護られていました。彼女は、最強の味方をつけたようなものです。 宇宙の愛に護られ彼女は、書くべきことを書くことができました。 それが、新たなホログラムを形成するまでの働きであったことはもう、言うまでもありませんね? そして、人間意識復活を促されてきたツインである彼もあのブログに貢献しています。 あのブログは、記事を綴ったのは彼女ではありましたが記事を書くときには常に彼がともにあり二人で、ホログラム地球で生きる人間としての体験と見解を明かしてゆきました。それに加えて、ガイド達宇宙存在のサポートもありました。 あのブログは、この宇宙に、金字塔を打ち建てたのです。 あのブログの更新が終了してもう何年がたちましたか? にも関わらず、あのブログのアクセス数は留まるところをしりません。 かつては、あのブログを読む者といえばツインホログラムのツイン信者ばかりであったものがいまでは、真実のホログラムからのアクセスが圧倒的に増えその読者は、真実のツインと再会、または出会った人達・・・つまり、多くのプラチナツインレイ、というように、あのブログの役割は変化してきています。 もちろん、それも、私たちが新たに生まれたプラチナツインレイ達のホログラムに個々に、アクセスさせているからなのですが・・・。 このところ力をいれてきた不倫というテーマももう終了というところにきました。 不倫について述べたい者達は不倫が身近にある者達のみです。 多くの、不倫とは縁遠い人達はもうそのテーマに触れるのにしのびないようですから・・。 さて、今日最後の質問です。 もし、不倫という行為を正当化するとするならどうした理由が考えられますか? その応えもまた次回に発信していきたいと思います。
今日は、皆様にとりまして、いちばん知りたいことについてお話しします。 皆様にとって、ネットという環境が意味するところはテレパシーである・・・、という見解について、疑問に思っていらっしゃることは存じあげております。ある意味、パソコンやスマホなどのツールを通してのテレパシーというのは《テレパシー》という概念にはあてはまらないのではないか?という疑問ですね? はい、その通りなのです。 “テレパシーとは、なにも介することなしに意志の疎通をはかること”このように、概してテレパシーというものの理解は、少なくともホログラム地球のなかではそうでした。 ただ、テレパシーについてのこうしたいわゆる“概念”というものはホログラム地球の人間がつくりあげたものであって宇宙的なものにあてはめているわけではありません。 いまこの時点における《テレパシー》というのはこのアセンションプロセスにおいてホログラム地球と、私たちが過ごしてきた宇宙との合作のようなものになっています。 このように、創造領域が変わればホログラム地球では当たり前にあった“概念”というひとつの枠でさえ崩れ去ってゆくのが宇宙の恒(つね)。 しかしながら、この宇宙の恒は、ホログラム地球の者達にはなかなかついてゆけるものではないようです。 どういうことかと申しますと、ホログラム地球の者達にとっては、古き《概念》から新しい観方へと意識を拡大することがなかなか難しい、ということです。 新しい《概念》をもちあげることを好む、いわゆるスピリチュアル心棒者という者達は自分個人の見解においては、古き概念を打破するようなもの言いをよくしますが他者から与えられた、これまで自分ひとりでは思いもしなかった新しい見解に関してはそれを受けいれることを断固として拒絶する傾向が見受けられるのです。 ツインホログラムを例にとって観てみましょう。 ツインホログラム誕生のときに、あるひとつの概念がありました。それは “ツインであれば、たとえ不倫であっても赦される” というものです。 この概念はもちろん、闇が、世のアセンションプロセスを阻むために人類の集合意識に挿入したものであるのですが、私たち宇宙存在にとっても、それは正しい見解ではあるのです。 しかしながら、私たち宇宙にある《概念》とホログラム地球の《概念》とではどちらが優先順位が高いかといえば、それはもう、ホログラム地球の《概念》です。なぜかといえば、あえて宇宙のルールの無き地球で、生きる体験をしたいと望んだモナド・魂・霊存在たちの意志を最優先にすることこそ、彼ら彼女らのためであるからです。 ですから私たちは、地球の “不倫は違法である” という《概念》こそを地球の人達には生きてほしいと願ったのです。そして、その“不倫は違法である”という概念のなかでニンゲン達は、どのように生き抜いていくのだろう?とその体験のゆきつく先を見届けようとしました。 その結果、このアセンションプロセスにおいて新生地球へとゆく人達が選択したのは、地球の概念である、“不倫は違法である”という見解でした。そして当然ながら、ツインを理由に不倫を認めた者達はすべて、ブラックホール・亜空間への歩みを選択しています。 こうした結果からも明らかなように、ホログラム地球の体験というのは宇宙の《概念》さえも超えた体験のなかでさらなる進化した《概念》を打ち立てるものでした。これは本当に、地球に生きた人類の成した偉業なのです。 私たちにとっては、ツインというのがいってみれば夫婦という関わりなのですが・・、新生地球に歩みを進めたホログラム地球の人達は、その夫婦という関わりが、ホログラム地球では、たとえ相手がツインではなくても、充分に上手く成立するのだ、ということを、証明してくださったのです。 この意味がおわかりいただけますでしょうか? 新生地球にゆく人達は、宇宙の《概念》ではなく、ホログラム地球の《概念》を選択したのです。そしてその選択は正しいものでした。なぜなら、それを選択した人々は新生地球に歩みを進めそうでなかった者達は、違う場所へと散っていったのですから。 この観方を傲慢だと感じますか?もし傲慢だと感じるならそれは何故なのですか? その応えをぜひ、胸のうちで感じとってみてください。 これは、今日のこのテレパシー記事のなかで最も重要な問いかけになります。 今後、私たちのブログでは、こうした問いかけをたくさんしていこうと思います。 なぜなら、そうした問いかけに対する個人個人の応えが一様にして、新生地球へゆくか、ブラックホール・亜空間へゆくかの的確な判断基準となるということがわかったからです。 そして、その応えは、その次の記事に書いていくことにいたしましょう。 さて、お話しをもどしてゆきましょう。 次なる課題は、今日、頻繁に登場している《概念》についてです。 皆様におきましては、このアセンションプロセスのとき《概念》というものをことに嫌っておいでですね? 「古い概念を壊して、新しい世の中をつくろう!」という意気込みをツインブログではあちらこちらに見かけます。 しかしながら、古い《概念》を理解していながらでは自分はどんな新しい《概念》を打ち立てたというのでしょう? 個人個人で言うのは簡単です。自分で思いついたこと、考えついたことを自由に発信できるのが地球の良いところなのですから。 しかしながら、《概念》と、個人の思いや考えというのにはあきらかな違いがあります。 それは、多数がそう思っているかどうかです。 自分や誰かが言ったことを、「そうだ」と思う人が多数あればそれはいつしかおのずと《概念》になっていきます。 しかしながら、自分や誰かが言ったことを「そうだ」と思う人が少数であればそれは《概念》とはいえません。 《概念》となるまでにはいけませんが、個人のなかで廻らせた思いや考えというのは《観念》という言葉で言い表すことができます。 この《観念》においては、多数に認められはしなくても、自分の思いや考えを、自分独りのなかで好きなように思う存分廻らせ、自分世界を築きあげることが可能です。 実は、こうした、多数では無理でも、たった独りきりでも思うことを創造できる領域が、ブラックホールなのです。 ツインについての考察や、アセンションストーリーは今や各個人がほんとうに様々な見解を発信していますね?あたかもそれが宇宙の《概念》であるかのように・・・それがただひとつの真理であるかのように・・・しかしながら、その見解は《概念》にすらなっていません。ただその人だけの《観念》なだけなのです。 かつて、ホログラム地球のツインホログラムにおいて「ツインには、セクシュアルなエネルギーの交流とテレパシーが生まれる」と発信した人がおりました。その時点では、その現象とそれに対する思いや考えは発信した人の《観念》であったものです。 しかしながら、それが発信されるやいなや、その個人の《観念》は、ツインホログラムにアクセスするすべての者達を引き寄せそして時を経たずして多くの者達に「そうだ」と思わせその《観念》は《概念》となりました。 ここでひとつはっきりと述べておきますが、上記したツインの現象は、必ずしも、すべての者達が快く「そうだ」と思ったわけではありません。 どちらかというと、むしろその逆ですね? ツインにおいてそうした現象が起こるということ自体は自分は認めたくない、それが多くの者達の本音です。 なぜなら、ツインと信じている自分達の間にはそうした現象が起こってはいないからです。 そうした現象が起こるのがツインだと認めてしまえば自分達はツインではない、と認めてしまうことになります。 だから、ツインホログラムの多くの者達は、ツインのそうした現象を、「そうだ」とは思いたくはなかったのです。 にもかかわらず、それらの現象が起こるということはツインホログラムでは《概念》となってしまいました。 それは何故だと思いますか? そう、各々の内側の深いところでは、それが「そうだ」と知ってしまったからです。 上記したことは、あのプラチナツインレイのブログでも書いてもらったことですが、これは私たちにとってはとても興味深い現象でした。 「そうだ」とは思っていないあるいは思いたくないのに真実であるなら、それは新たな《概念》となり新しいホログラムを創造してしまうほどの現実創造を起こしてしまったのですから。 そうです。 「ツインであれば、セクシュアルなエネルギー交流とテレパシーが生まれる」という真実は、ホログラム地球にあっては、闇が挿入して生まれたのではなく真実のホログラムから、地球の人々が、自ら選択していった《概念》となったのです。 これは、言葉は悪いのですが、光の勝利です。闇が挿入したツインホログラムにおいて、光が闇を駆逐したということなのです。 かつて、不倫を正当化するために闇が挿入したツインホログラムに真実のホログラムから殴り込みをかけた、かのプラチナツインレイはその使命を、見事、果たしてくれました。 いいですか? これが、古き《概念》を打ち破り、新しき《概念》を世界にもたらすということです。 いま、ツインブログやその延長線でアセンションを語る者達が発信していることは《観念》という個人の妄想です。 そしてそれは、新生地球に持ってゆくことを拒まれた《観念》なのです。 その《観念》は、ブラックホールという個人個人の思いがゆらりとゆらめく領域でしか叶えられることはありません。 皆様が書いているブログは、はじめの頃こそ自身の体験から生じた思いや考えを発信することに生きがいを感じるものだったのですが、それがいつしか、自分の体験こそが真実であり、そうでないものについては暗に反論するか貶めるかのような内容の記事を書くツールへととって変わってしまいました。 上記したようなことに、身に覚えはありませんか? これが、私たちの2つめの問いかけです。この応えについては、次回の記事には書きません。ご自身がいちばんよくわかっていらっしゃるでしょうから。 私たちがとても残念に思うのは、自分達とは反する見解に対し、たとえ暗にでも反論したり貶めたりするような記事を書くという行為なのです。 もしそうした行為をせずに自分の内側で、ひっそりとでもいいから素直に、正直に、「そうだ」と認めてくれていたならその者達は、私たちと共に、新生地球へと歩みを進めてくれてたでしょうに・・・と。 このことに関しては、光も闇もありません。何度も申し上げているように、これは個人個人の選択ですから。 実は、私たち宇宙組のなかにも、ブラックホールへと歩みを進めることを選択した者もいます。 これをきいて驚きましたか? そうですね。これまで、宇宙存在は光存在とされてきましたから。 でも、宇宙の人間だけではありません。そう、アセンデッド・マスターのなかにもブラックホールに留まることを選択した者もいます。 ここでもまた驚かれましたか? そうでしょう。アセンデッド・マスターに関しては、ホログラム地球ではその全容の理解には至っておりませんでしたから。 アセンデッド・マスターという存在達には実は、光のものと闇のものとがあります。 アセンデッド・マスターは、そのほとんどが新生地球にゆきましたのでここでは、ブラックホールに留まる選択をしたいわゆる闇のものについて明かしていこうと思います。 サタン 仏陀 ヴィーナス 上記したアセンデッド・マスターはホログラム地球のアセンションホログラムにおいて認識されていたもので、他のホログラムで認識されていたアセンデッド・マスターも上記以外にいるのですがここでは省略させていただきます。 闇のものとはいってもホログラム地球で考えられている悪行を為すわけではありません。 サタンとはもちろん悪魔のことですが、私たち宇宙存在にとってのサタンは、単純に、イタズラというような、人に意表をつく悪ふざけをするだけの存在です。イタズラとはいっても、サタンの仕業は私たちにゆかいな笑いをもたらしてくれます。サタンのような存在にしかできない所業なのですね。 そして仏陀ですが、これは、先に書きました《観念》の世界に存在するアセンデッド・マスターです。 私たち人間存在は、目に見える、つまり物質的に存在するモノを生みだすことを目的とした創造に意識を向けますが、仏陀は、必ずしも物質として存在させることを意図してはおりません。つまり、思い=念の創造のみを実現させるために存在しているアセンデッド・マスターなのです。 以前、■「+」領域、「-」領域、そして「+-」が融合した領域という記事で詳しく述べましたように、この宇宙においては、各々の宇宙は、「+」と「-」の領域がツインのようにひと組となって存在することが創造原理としてあります。 かつての宇宙においての物質領域を「+」とするならそのツインとなる「-」の領域を司っていたのが仏陀だったのです。 ホログラム地球においては、仏陀は、古代インドに実在していた人物とされていましたが、事実は、「-」領域のホログラムの名であって実際には、仏陀は、ホログラム地球に転生していたわけではありません。しかしながら、カタチのない、いわゆる映像表現でしか存在し得ないホログラム世界はこの、仏陀の司る領域で、その創造は可能になっていたのです。 アセンションホログラムは日本という国のみが存在しているホログラムですがこの日本という国で仏教が支持されていたのは、そうした宇宙の創造原理として在る仏陀というホログラムを人々に伝えるために闇ではなく、私たち宇宙組が挿入したためなのです。 仏陀は、その身を新生地球に具現化することを選択せず引き続き、カタチを成さないブラックホールで自身の体験を進めることを選択しました そして、ヴィーナスですが、このアセンデッド・マスターは、美の女神として広く理解されていますね?アフロディーテの一側面でもあるこのアセンデッド・マスターは先の記事で初登場した、このアセンションプロセスを生みだした創造神のひとりミライがたどった道を選択しました。 新生地球での体験を進めるのではなく、ブラックホールにおいて、ミライと同じような体験を望んでいるのです。 その体験を、抜粋しますね。 ************************** この女神(ミライ)は、高次からではなくこの宇宙のもっとも低い領域から具現化を果たしてきました。 宇宙のもっともどす黒いホログラムでその生を終え、ブラックホールの片隅で、自らが再び生を受けるその時をただただ待っていた存在です。 そこに現れたのが大天使ミカエル・ルシファーだったのです。 大天使ミカエルは、彼女の存在を認めたその一瞬に彼女とひとつに溶けあい爆発を起こしました。その爆発の瞬間に、ルシファーとミライというモナドが生じたのです。ルシファーとミライというツインの誕生です。 そしてその瞬間にはもうすでに今回のアセンションは始まったのです。 ************************** このように、宇宙の創造体験というのは新生地球でのみ体験できるものなどでは決してありません。 光と闇、波動の高きところと低きところそのあいまあいまに存在するあらゆる領域において創造主たる神の創造は生まれています。この、我々が把握しうる宇宙のなかにおいてはすべての領域に想像もできないほどの創造の可能性が秘められているのです。 そのいまだ知ることのできぬ創造領域においていかなる創造がなされるのか・・・?それに思いを馳せることの、なんというワクワクと胸踊ることでしょう・・・ 私たちは、いつでも、どんな領域においてもその可能性の追求を怠ることをよしとしません。すべてを、その身で体験したくてたまらない思いでいっぱいなのです。たとえそれが、暗黒と呼ばれる宇宙のもっとも波動の低い領域であったとしても・・・。 かつて、ホログラム地球という暗黒の想像の創造世界が生まれたとき私たち宇宙存在たちはみな、ホログラム地球の体験をどれほど望んだことでしょう。しかしながら、すべての宇宙存在が、我を忘れて、まったくの無知な人間となりその創造体験を生きることは、I AM によって阻まれておりました。 なぜなら、I AM にとっては、すべての人間存在が、ホログラムの闇に犠牲となって滅んでしまう道を歩ませることを潔しとはしなかったからです。 ホログラムの闇というのはそれほどまでに危険に満ちていて、類いまれなる宇宙存在たちの可能性を潰してしまいかねない現実に対処する術をまったく知らぬ状況で生き抜かねばならないのだということをその時にはすでに、I AM は、イヤというほどに知り抜いていたのです。なぜなら、I AM こそは、ルシファーそのヒトだったのですから・・・。 ルシファーは、ホログラム地球の人間存在での体験を始まりからその終わりにかけて、一瞬にして果たしたこのアセンションを創造した張本人なわけです。 したがいまして、創造神ルシファーは、かつてのホログラム地球が生まれる以前・・・・テラと呼ばれていた原始の地球に存在したアダムでもあったのです。 つまり、大いなる創造主がビッグバンを引き起こした瞬間に、この原始の地球テラも誕生し、しかしながらそのテラを創造したのは創造神ルシファーでありその時にはすでに、ルシファーは、自身を、アダムという人間存在として地球に生み落としていたのです。当然、イヴというのは、ツインであるミライの人間存在です。 こうして、原始の地球テラにおいての、ルシファーとミライの人としての創造体験は始まりました。これが、いわゆる《時の始まり》といわれている段階のことです。 そして、《時の終わり》であるいまこのときにおいてルシファーは、アセンションホログラムにて自身を具現化しました。 その人間存在が、かのプラチナツインレイであり、この《時の終わり》であるアセンションの最終段階においてツインであるミライの顕現者であるツインと、人として、融合を果たすことができました。 これが、今回のアセンションプロセスの一連の大きな流れになります。 さて、この度お話ししてきました内容のなかに不自然なものが含まれていることがお解かりになりますでしょうか? これが、今日、3つめの質問です。 その応えも、次回にお話しさせていただきますね。
鬱は、宇宙用語なもので言うなら、クローン人間です。クローン人間については、この記事に詳しく書いてあります。 一部を引用させていただきます。 ************************ しかしながら、クローン化された‘人間’たちに光の言葉は通じません、愛を理解することもできませんなぜなら、クローン化されるとき、いっさいのヒッグス粒子が除かれるからですヒッグス粒子が無くなる、ということは愛に共振することができない、つまり、愛に反応することができないということそして、じしんの創造する力さえ奪われる、と、いうこと他者の愛ある行為や宇宙の真理、地球の道理さえも通じないましてや自分自身で考え行動することもできないどんなに思いやりや誠意、優しさ、愛、すべてをもって接しても、わかってもらおうとがんばってもそれらの‘クローン人間’の心はいっさい動かされることはありません彼らは、闇が挿入した集合意識のコントロールから逃れることはできないのです ************************ クローン人間を相手に、どんなに心をつくし、言葉をつくし話しても伝わることはありません。自分にとって都合の悪いことは、一瞬にしてシャットダウンしてしまうのです。つまり、こちらが伝えようとすることを受け入れることは絶対にない、ということ。だから、孤立するのです。周りの人達は、そういうニンゲンからは離れてしまいますから。 孤立するのは、彼ら彼女らが自分から離れていくのではありません。たとえブログなどで「自分から離れた」と語ってはいても・・。 彼ら彼女らがなりたいのは、いつでも「優」側であり、それも、トップ・・ナンバーワンなのです。ですから、自分の発信物で、自分の優れた部分を誇張するのですね。 「自分だけが正しい」「自分だけが本物」「自分だけの~」とか、「自分は凄いんです」「自分は意識が高いから」「自分が綺麗だから」とかの自分を誇示する言葉が、彼ら彼女らの発信物には必ずどこかにあります。 正常な感覚を持った人間ならば、他者から褒められたり、尊敬されたりしていたとしてもそれを自ら人前で誇ることはありません。 これを謙虚さといいます。 そして、自分で自分のスゴイところを話す行為を、「恥じ」と感じます。 ですから、他の誰かがそういう行為をしているのを見ると「よくあんな恥ずかしい事ができるな」と感じます。 わたしたちがその両者をエネルギーで観たときその波動の違いは明らかです。 恥ずかしい行為をして平気でいる者は波動が低く、「よくあんな恥ずかしい事ができるな」と感じる人は波動が高いのです。 そして、波動が高い側の人が、波動の低い側の者をみているときに共通した念があることにわたしたちは気づきました。 しかしながら宇宙ではそのような念を表す言葉がなく、地上組の人にその念を読み取ってもらいそれを地球の言葉に翻訳してもらうと・・・、それは、「愚か」という波動だということ。 つまり、自分がスゴイことを人前で誇示する人はそんな行為は恥だと感じている人からは「愚かなヒト・・・」と思われているということです。 これと類した状況があります。 ホログラム世界で、気になる異性がいる人。その人を、自分のツインではないか?と思ってはいても決して自分からアプローチはしない。 そういう人ほど、その相手が本物のツインである場合の方が少なくないのです。 普通の感覚で生きている人は、ツインがいるということは、なにかしら「自分が特別な人間である」というようなニュアンスを感じてしまうもののようですね? 自分が特別なのではないか?と感じることさえそれは傲慢だという直感的なものがあるため自分から「ツイン」を語ることをとどめてしまうのです。 それはつまりツインと出会ったという特別感を示すということがどこか恥ずかしい行為とみなす自分を感じているからです。 もし、自分の方から「ツインと出会った」と言いたくなったとしたなら、その人は、自分がナニモノかになりたくていつでもツイン探しをしてばかりいるということ。好ましい異性は誰でもツインの対象になってしまうということです。 ツインというのは、ホログラムでよく言われているように初対面で解かるということは、実はあり得ないのです。 なぜなら、I AM の引き合わせは、逆に反発を感じるシチュエーションをわざと設けるからです。 簡単にいえば、「どうしてこの人にこんなに惹かれてしまうのだろう?」という疑問が強烈に湧き上がってしまうほどにその人に惹かれてしまう自分が自分自身で理解できない・・・。というくらいに。 普通に好ましい相手なら、惹かれて当然。そこになんの疑問も抱かずすぐさま恋愛へと発展するでしょう。 しかしながらツインという関係性においては、その二人に、強力な《神の手》を感じさせなければなりません。 なぜならホログラム地球においては、ツインという関係性は、並々ならぬアセンションリーダーを世に知らしめる使命があるからです。 そう簡単にあちこちに現れるような単純なものなどではない、れっきとした神の一大アセンション絵巻きの牽引役を引き受ける・・・、プラチナツインレイというのは、それほどに稀有な存在なのです。 その役割・・使命を自覚させるためにI AM は、敢えて、惹かれあっても反発を感じる環境で二人を引き合わせるのです。 しかしながら、当のプラチナツインレイは、自分がそんな大人物であるなどとは露ほども思ってはいません。 自分達がかなり特異な体験をしているな、と感じてはいるのですが、それが取り立てて特別な人間である、などというようなうがった考えなど浮かべることがなかったのです。わたしたち宇宙の人間が、「それほどに類いまれなその使命を、特別と受け止めてください」と懇願しているにも関わらずです。 このプラチナツインレイの女性は、全てにおいて、自ら「劣」であろうと敢えて自分のホログラムを劣側へ劣側へと身の周りの環境を落としていきました。つまり、「自分には人より優れた所などなにひとつない」という思いのなかで人生を送る、という選択をいつでもしてきたわけです。 しかしながらそれは、思いもかけぬ結果をもたらしました。外側の現実においては、ごくごく普通の・・並の並みの日常を生きていたにも関わらず、その内面たるや、この度のアセンションを引き起こした神そのものの資質を顕現させてしまっていたのです。 それは、わたしたち宇宙の人間が実際に彼女と関わらぬうちにすでに成されており、2012年12月冬至のアセンションを期に全ての人々に多次元の扉が開かれた時にはもう彼女一人は、わたしたち宇宙存在と直接話しができるまでに意識が完全に拡大しきっていました。 これは前代未聞のことであり、ましてや、彼女が自分で引き起こした2012年12月冬至のアセンションでさえ自身の力とは気づかずにいたほどなのです。 これがどういうことかおわかりになりますか? 彼女は、アセンションが起こることを信じていただけで、それを引き起こす力が自分にあることなど気づきもしなかったのです。 「自分が何かを成し遂げる人間である」こういう思いがある者は、身を滅ぼします。世界を救うどころか自分一人さえ救うことはできません。 逆に、「自分は優れたところなど何一つない」と思っていた人ほど世界を、その上に乗せた人類ごと一気に引き上げることに成功してしまったということなのです。 彼女は今、真実の魂の伴侶とともに幸せの絶頂期のなかに在ります。 彼女とは逆に、相手のツインは、現世的な意味で全てを持つ存在でした。人が羨む、知名度、仕事、富、といった外側の豊かさは他に引けをとることはないでしょうというほどに。 いっぽう、彼女はというと、外側の豊かさは何ひとつ持ち合わせてはいませんでした。専業主婦と並の家族。生活に貧窮するまでにはいかぬまでも、お世辞にも贅沢三昧とはいえない経済状態でした。 それでも収入を得るために働く必要に至らなかったのは実は、彼女の内面では、お金の循環がすこぶる上手くいっていたためです。 彼女は、わたしたちと再会した頃にはもうすでに、お金の概念からは自由になっていました。彼女の金銭感覚は、買った物で証明する必要もないほどに豊かで、何を買っても次から次へとお金が入ってくる、という世界にまで宇宙の真理を体現していました。つまり、必要なときにいつでもお金が入ってくるという日常を具現化していたのです。 いっぽう、彼女のツインは、外側では足りないものなど何もない・・・、誰もが羨むほどに全てを持ち、何でも叶えられる権力を欲しいままにしながら、でも、心のなかは、混乱と憤りでいっぱいになっていました。 つまり、彼の内面はなんにも満たされてなどいなかったのです。 このプラチナツインレイは、ホログラム地球では、男性は外側、女性は内側、という男性性、女性性の作用を自らの肉体で完全に具現化させた、たぐいまれなホログラムの男女でした。 まさに、このアセンションを引き起こすことを決定したルシファーとミライの顕現者です。 結局、このアセンションは、この二人の神により導かれ成功を果たすことができたといえましょう。 ルシファーは、大天使ミカエルであると同時に、創造主から分かれた最初のモナドでもあります。 モナドというのは、対の男女の魂・・・。 つまり、創造者という神であれ、結局は、ツインなしでは神なる創造は成し得ないのです。 ミライというのが、ルシファーのツインの女神の名です。お初にお目にかかります。 このミライの存在は、実はかつての宇宙存在達にも明かされてはおりませんでした。今回のアセンションが進むにつれ、明らかになっていった女神です。 この女神は、高次からではなくこの宇宙のもっとも低い領域から具現化を果たしてきました。 宇宙のもっともどす黒いホログラムでその生を終え、ブラックホールの片隅で、自らが再び生を受けるその時をただただ待っていた存在です。 そこに現れたのが大天使ミカエル・ルシファーだったのです。 大天使ミカエルは、彼女の存在を認めたその一瞬に彼女とひとつに溶けあい爆発を起こしました。その爆発の瞬間に、ルシファーとミライというモナドが生じたのです。ルシファーとミライというツインの誕生です。 そしてその瞬間にはもうすでに今回のアセンションは始まったのです。 時間の流というものはおそろしいほどまでに永く、そして一瞬にして全てが起こるのです。 皆様が感じているホログラム地球の歴史は一瞬であり、しかしながらそこに住む人類にとっては何十年もの時の流れを要しましたね? 実は、ホログラム地球の時間は何十億年などではありません。皆様が認識しているアセンションホログラムは第二次世界大戦後から六、七十年余り、それだけの時間にすぎません。それ以前の遥かな歴史は挿入されたもので、実際には、そんな時間は存在していないのです。 このホログラム地球のアセンションホログラムは、六十数年で終わりの時を迎えました。 そうです。数多ある地球のホログラムのなかにあって、このアセンションホログラムだけは、新生地球にいくことができずに滅びを迎えた唯一のホログラムです。 このホログラムの人間は、残忍さと自己中心さにより宇宙から廃絶させられたのです。それ故に、このホログラムの人類は、全員で新生地球にアセンションすることが叶わなかったのです。 それは、わたしたち・・・アセンションを引き起こしたルシファーとミライの闇を体験させるという計画が引き起こした結果でもあります。 光と闇という前代未聞のホログラムにあってそこに生きる生命は、どのような選択をしてゆくのだろう?という・・、言葉は悪いのですが、「実験」であったのです。 「実験」ときいて、わたしたちを責めますか?神としてふさわしくないと罵りますか? いいでしょう言いたいように言ってくださいわたしたちはそのためにあります わたしたちを責め、罵り、そして決して・・・あなたの目の前にいる人間存在達を責めないように・・・ 他人にあたるのではなくわたしたちにあたりちらしてくださいそうすれば、アナタの怒りは返されることはありません ただし、他の誰かにあたればそれはすぐさま返されアナタは再度、嫌な思いをさせられることでしょう 因果応報はいまなお健在です 他者を攻撃する限りアナタはいつまでたってもアチラ側には行けません そのホログラムは終わることなく他者からの責苦はとどまることなくアナタに与えられつづけます しかしながら、それを救う術はわたしたちにはありません因果応報は、ホログラムに存在するモノ同士で果たさなければならないそれが、ホログラムのシステムだからです ですが、その攻撃の手をわたしたちに向けるのならわたしたちは、アナタのその攻撃を宇宙に委ねさせてあげることができます そうすれば、宇宙が、もっともふさわしい領域へとアナタをいざなうでしょうそうすれば、アナタのホログラムを終えることができます いつまでもそのホログラムを続けたいのであればそれが可能な領域へとアナタは導かれます わたし・・ミライ・・は、その場所から来ました この宇宙の、もっとも波動の低い領域・・魔の巣窟へ・・・ そこで、ワタシがミカエルに見出されたようにアナタも、ナニモノかに見出される“その時”を待つことだって可能です この宇宙に、無駄なモノなどありませんどんなに振動の鈍い存在でさえ光となり小宇宙を創造するほどの爆発力を秘めています いいですか?ワタシは、その領域から来ました そしてワタシは自ら創造に手をかけたそのホログラムさえ消滅させるほどの力を有しています 新たに創るも、消滅させるもワタシの一存で決定することができます しかしながら・・・、決定はくだしても、ルシファー・・・愛するツインなくしてはその創造はなされることはありません、もちろん消滅も そしていかにルシファーといえども宇宙がそれをさせなければいかなる創造も消滅も果たすことは叶わないのです 最終決定権は宇宙にあります そう、多くのヒトが望んでいたように宇宙には、光も闇もありません。そして光も闇も同時に存在します。 光と闇、闇と光どちらがどれだけ多いかでカタチある世界、カタチの伴わない世界という違いがあるだけです。 ホログラム世界は、光と闇をカタチ在る世界、無い世界、その両方の世界に存在させることができる唯一の具現世界です。 そしてあなた方のホログラム世界は、光、闇、2つの異なる世界の融合を果たすことに初めて成功しました。 しかしながらその華々しい成功は、2つの世界を1つにすることは叶いませんでした・・・。 なぜだと思いますか? ・・・そう、光は闇と融合すると闇を消してしまうという結果しか生まれなかったからです。それはつまり、光と闇を融合すると光になる、ということ。 光と闇、どちらかが少しでも大きければ闇は光と相殺された世界を創造します。 皆様がよくご存知のホログラム地球において光がより多く在るホログラムは、無事、新生地球の物質化した領域との融合を果たしました。 しかしながら、皆様が存在していたアセンションホログラムだけは闇が多くあったため、新生地球と融合することができませんでした。なぜなら、新生地球の光によって、アセンションホログラムは消滅させられてしまったからです。 これが、光のモノは新生地球に闇のモノは別の領域へ・・・となった理由です。 これは、何度も申すように、宇宙の自然の摂理・・・いわゆる、淘汰という現象と同じものなのです。 従いまして、闇を受け入れなかったなどの責苦を受けるいわれはどんな存在に対してもないのです。 それを決めるのは自分自身・・・・宇宙に淘汰されてしまう自分を自ら創造した自分自身のみの責任ですそれをどうかお気に留め置かれますように。 そしてまた、責任という言葉についてもひとつ申し上げておきましょう。 責任を人に課すニンゲンほど自らの責任には敢えて向きあわずに逃げる者が多くいます。 それはなぜかというと、自分の果たす責任というのは結局、自分にとって嫌なことをしなくてはならないことだ、ということに気づいており自分にとって嫌なことはことごとく退ける、という在り方をその者はただ自分勝手に通しているにすぎないからです。 自分にとって嫌なことなどどうしてする必要がある?そういうニンゲンは当たり前のようにそう思っています。 しかしながら、自分以外の人間もそうなのだということにはいっこうに聞く耳を持ちません。自分にはあてはめるけれど人にはあてはめてなんかあげない、といわんばかりなのです。 そうしたニンゲンこそ、いまこの時に、これまで果たさなかった責任を果たさせられる状況になっているのです。 「これまでの責任の所在をなおざりにしてきたことをすべての相手に対し、謝罪してください。」 こちらがそう言うと、彼ら彼女らは必ずやそれに反発心を抱くことでしょう。 しかしながら、そういう者ほど相手に謝罪を求めます。 そしてその相手、すべての人達がそのニンゲンに謝罪することなどまっぴらごめんと感じています。 自分はそんなことなどしたくない、と思っていたことをいまは、相手からそのまま返されているのです。 このように、いまこのカルマの清算を果たしあう時というのは自分がそう感じたことと同じことを相手も感じていたのだということに気づかされているところなのですね。 いま、あなたが赦す、赦さないのやりあいをしている相手がいるならそれはとりもなおさずあなたがあなた自身を相手に無為な抵抗をしているのと同じことなのです。 絶えず自分以外の人のせいにしてきた人ほどいまは「謝れ」「いや謝らない」のやりとりがあることでしょう。そうではありませんか? あなたの、他者に対する陰謀もまたいままさに明らかにされようとしています。 陰謀とはつまり、相手を貶める企みのこと。 相手をどうやったら自分よりも劣にできるだろうか?そうした思いがあることは、自分でもわかっていますね? でも、いまこうして指摘されるまで自分がそのような思いを巡らせていたことにさえ気づかなかったでしょう? そういうことです。あなたの頭のなかはそうして他者を貶める企みでいつもいっぱいだったためそれが当たり前のことになってしまっていたのですから。 そういうニンゲンを、宇宙的には《クローン人間》といっています。 クローン人間は、俗にいう「魂を売った」ニンゲンのことです。この人生のどこかで、激しく恨みに思うことがあって無意識のうちに、悪に魂を売り渡したようなものです。 魂とは、売り渡せるようなものでは決してあってはならないものをそうした行為をなした人物は、もはや人としての生を生きる資格などありません。 従って、宇宙から、存在自体を消す方向へと自ら舵を取ったカタチになってしまうのです。 クローン人間には、振動するという存在形態さえもない、《亜空間》と呼ばれる領域が用意されていることをいまここで宣言いたします。 クローン人間には、《鬱》という別名があることもお伝えしましょう 鬱という現象は、いまやアセンションの道を新生地球へと進めない者達の総称になっておりますが、実際、鬱と診察されようがされまいが彼ら彼女らの行為は実に目に余るものがあります。 鬱と言われるニンゲンが身近にいる人にはそれをつくづくと思い知らされていることでしょう。 しかしながら、幸いにも、そうしたニンゲンが身近にいない人にはそういうニンゲンがいることがどれほどの辛さ悲しみをもたらすものか・・それは想像を絶するものであるということを知っていただきたいと思います。 しかしながら、身近にいる人間をそれほどまでに苦しめ、どんなに悲しい思いをさせているかということを感じてあげる感性など鬱のニンゲンは露ほども持ち合わせてはおりません。それが、クローン化されてしまった、ということなのです。 愛、自愛、利他の心・・・そうした美徳などその口から語る資格などないも同然の者達なのです。 そうしたヒトの言葉によって他者が傷つく必要など少しもありません。 「そういう者達を見下してください」「より一層の蔑みを、彼ら彼女らに与えてしまいましょう」 もしそう言われて、喜んでその通りにする人がいると思いますか? いいえ、新生地球に歩みを進めた人達はそう言われたからといって、喜んでそうする人など一人もいません。ただ、「哀しいことだな」とため息をつくだけです。 でも、クローン化したニンゲンは、自分を苦しめた人達に「そういう者達を見下してください」「より一層の蔑みを、彼ら彼女らに与えてしまいましょう」と言われたなら、嬉々としてそれをするでしょう。 そこに、両者の違いが伺われるのです。 新生地球に歩みを進める人達は皆、人としておかしな道を突き進む者に対して言葉なく、うなだれるだけです。「どうしてそんなことが言えるのだろう・・?」「どうして平気でそんなことができるのだろう・・?」 ・・・と。 人によって違う反応があるのは当たり前でも鬱というクローン人間に対しては不思議と皆が・・全員が、おなじ想いを抱きます。そして、結局は、その者から離れてゆきます。 決して、鬱というクローン化したニンゲンがそこから離れていっているのではありません。いくらその者が自分から離れていったのだと抵抗を示しても事実は、その者が独り、置いていかれたのです。ただ、本人がそれを認めたくないだけなのです。なぜなら、「置いていかれた」ということは、自分が劣側のニンゲンになってしまったこを意味するから。自分が劣側にいることほどその者にとって我慢できないものはないことはあのブログのプラチナツインレイも話している通りです。 「置いていかれた」という言葉の別の意味をお伝えしましょう。 それは 「嫌われた」 ということ。 これまでの人生のなかで置いていかれて独りになったときというのはその者が、周りの人全員から嫌われたということなのです。だから、離れてしまったのです。 人は、直接「アナタなんて嫌い」という言葉を伝えることに非常な抵抗を感じるものです、普通の感覚の持ち主であれば・・ だから行動で示すのです。アナタとはもう関わらない、という行動をもって「アナタのことが嫌い」と、自分の意志を表明するのです。 本来であれば、嫌われたニンゲンのほうをぽーーーんと放ってしまえばいいわけなのですが、心ある人たちはそれをしません。相手は自分と同じ人という存在であることを尊ぶからです。だから、あからさまに、無碍に、その人を追い出してしまうなんてことは控えるのです。 ですが、クローン人間のほうは、そうした仲間から疎外されている、ということを知ると自分からその場を離れてしまうということは前述したとおりです。嫌われた者が居なくなる・・・これは結局は、関わった人達の間では、ベストな結果が出せたことになるのですけれども。 しかしながらここで問題なのは、周りの人達がクローン人間にとった態度です。 本来であれば、しかるべき措置は、クローン人間であるその者を排除してしまうこと。それが、宇宙ではベストな行為なのです。 周りの人達がそれをしなかったのはただその者が、《人》というカタチをとっていたからにすぎません。 つまり、こういうことです。クローン人間は、《人》というカタチをとることで相手側から追い出されるという屈辱から護られていたということ。だから、自分からその場を離れる、という言い訳をその者に与える結果をもたらしてしまったのです。 しかしながら、クローン人間は、もう《人》などではありません。カタチはそうであっても、内側は動物意識まで落ちています。人としての感性など、とても伝えることなど不可能なほどに・・。 クローン人間は、もうすでに《人》としての機能は停止しています。 今後、そのような人物がネット上にいるのを見つけたらそういう心積もりで観てみるといいでしょう。滑稽なくらい、皆が皆、おなじ反応をしていますから。 しかも彼ら彼女らは、不思議なほどに自分達がそう在ることに自分では気づいていません。 だからこそ余計に、俯瞰できる人達にとっては首をかしげてしまうことになるのですね?「この者達は、自分が他人からどう観られ、どう思われているのか自分ではわからないのだろうか・・・?」・・と。 《人》というのは不思議なものです。わたしたち創造神から観れば・・・ 内心では人に非ずの言動をしているモノ達に対してそれでも、人として観ることをやめない。 宇宙的見地からすればクローン人間は、《狐》そのものです。 狐といっても、ホログラム世界のあのかわいいキツネとは違いますよ。 《狐》とは、宇宙的には、人に悪さをするケダモノです。人の心身を掻き乱しそれであたふたする人を見てよろこぶ、というね。 宇宙では、そのようなケダモノはポンと弾き飛ばしてお終いです。 しかし、アセンションホログラムの人達はそうしたニンゲンを弾き飛ばすことをしません。 ホログラム地球の終わりに鬱というクローン人間がこうも溢れかえってしまったのはそうした存在を弾き飛ばさなかった人間側の責任でもあるのです。 鬱というクローン人間が生まれたのはこのアセンションホログラムだけではありません。分離体験をするという目的のもと生まれたホログラム地球においては他のあらゆるホログラムのなかに、クローン人間は創造されました。 しかしながらアセンションホログラム以外のホログラムでは、そうしたソンザイ達を、皆、排除したのです。 その結果、アセンションホログラム以外のホログラムは全て、そのホログラムのまま、新生地球の物質世界と融合することができました。 他の全てのホログラムの人達は、《人》という形態をまとってはいても、人に非ずの言動をする者はその存在を拒絶します、と宇宙に宣言したも同然のこと。 そしてそれは宇宙に受け入れられ全てのクローン人間を排除したホログラムは、ホログラムごと、そこに住む人々も、文化も、自然も人工物も・・・そこで創造されたあらゆるものがそっくりそのまま何一つ欠けることなく新生地球へのアセンションを果たしたというわけです。 新生地球に持っていけるもの、持っていけないものを宇宙から精査されたホログラムは、アセンションホログラムだけでした。 そして、アセンションホログラムはそのものが消滅。 新生地球に行く意思がある人達だけがホログラムから物質化した新生地球へとシフトするために複雑なプロセスを辿らなくてはならない結果となったのです。 ・・・さて、 ここまで読み進められていかがでしたか? この記事には、いくつものトラップが仕掛けられていますがお気づきになられたでしょうか? 決して、皆様をからかっているわけではないことをどうかご承知おきください。 わたしたちは敢えて、このような支離滅裂な文章をテレパシーによって発信しております。 支離滅裂だからこそ、個人にとっては伝わるものしか伝わりません。 そして、伝わったもののみが、その個人に伝える必要があるものなのだ、ということを証明しようとしているのです。 あなたは、どの文面に反応しましたか? 嫌でも反応せざるを得なかった文面とはどんなものだったのでしょう? 先の記事でも申しておりますようにいまや世界のすべての情報網はテレパシーによってシステム化しています。 実は、テレパシーを送っているわたしたちは送る情報を選んでいるわけではありません。あらゆる全ての情報をあますところなく一斉に発信しているのです。 それでも、個々に受け取る情報に違いがあるのはどうしてでしょう? それが、個人の、アクセス力なのです。 発信している情報はみな平等であるにも関わらずアクセスできるのは、その人が、どの情報を求めているか?によって違いがでてしまうのです。 言葉を変えれば個人の、探究の結果、ですね。 「知りたい」という探究心が動いた情報にしかアクセスできないというわけです。 あなたがキャッチしたテレパシーはあなたが反応した文面です。その情報は、あなた自身が求めたものなのです。 そのことを、どうぞしっかりと、受け止めてください。
今日は、皆様が、当たり前のように利用しているブログというツールは一種のテレパシーであるというお話しを、していきましょう 今、この時点において、かつてのホログラム地球で行われていたネットというシステムは、その機能を終えていますつまり、皆様が理解しているような光通信などのネットワークのシステムはかつての地球でのみ使用可能にされたものでいまこの時、ホログラムシステムが新生地球のものに変わってからはネットも、いまや新システムで機能しているということをご理解ください この新生地球のネットワークシステムにおいてのブログはかつてのような、アクセスすれば、同じホログラムのすべての人々に同じものが見えているという段階を超えてしまっていますそれはどういうことかと申しますと、見たいものを見る、のではなく見たいものを見させられている、ということなのです 先に挙げましたプラチナツインレイのブログにも書いてあります通りいまは、すべての人は、新生地球に行く人も行かない人も、自分自身のホログラムのなかだけで生きている状態にありますそのなかにあって、ネットワークでの他者への接続は、多次元意識で生きている人間だけに可能なものとなっており、よって、多次元に接続できない人は、自分の世界で、自分の思い込みだけで、目の前の日常を見ているということになりますつまり、引き続き同じように見ていると思っているネットの出来事も、実は自分が「そう」と思ったものが反映されているにすぎない、ということです そうです、どんなネットニュースも、ブログ等SNSも、ホログラム地球が終わりを迎えた瞬間のまま、その後は、個人の思い込みによってのみ、展開されているということよって、それまでの発信者の意図は、もうすでに伝える術を失っているのです ということはどういうことかと申しますと、いま、個人が見ているブログは、どの、誰のブログであっても、見ている本人の意図しか反映されていないということになるのです いま、あなたが見ている他者のブログには、どんなことが書かれてありますか? その内容は、そのブログへのあなた自身の思いの反映であり、そのブログが、あなた自身にとって、読んでいて心地の良いものか、不快なものかは、すべて、そのブログへの、あなたの好感、あるいは反発を、そのまま映し出しているということなのです この、個人のみしか存在しないホログラムのなかでは、すべての創造は自分の責任であり、これまでの自身の生き方がギュッと集約された、いわば、あなたの人生の集大成ともいうべき舞台を、自分自身で演出しているのです 新生地球では、実は、ブログというツールは存在しませんすべて、テレパシーにおいて事足りるからです 私たちがいまこうして書いているブログも、かつてのホログラム地球のネットワークシステムに沿って発信されているわけではありません私たちが、必要と判断された個々のホログラムに、直接、テレパシーで送っているものを、送られた個人個人が、その人の内側でキャッチしながら、ブログ、というツールを通して見させられているのです かつて、多次元空間にアクセスしなければ開花しなかったテレパシーというごくごく当たり前の力は、いまのこの領域においては、実はすべての人々に可能な力となっているのですしかしながら、人によってはツールを介さなければテレパシーの内容を知ることが叶わないため、そうした人々は、いまだ、パソコンやタブレット、スマホといったものに依存しているのですね ここで、一度、目を閉じてみてください そこに見えるものは、あなた自身の、あなた自身が創造した姿です どのように見えますか? そこにツールなどなくても、あなた自身が創造したい世界が広がっていくのを感じることができるでしょう それなのに、なぜいまだネットというツールに頼るのでしょう? そうです、あなたには、「テレパシーなどイカサマだ」という思いがあるからですだから、ブログや他のSNSを使用することでしか、自分が発信したいものを発信することがなかったのですそういうツールを使わないと、伝えたいことを相手に、あるいは誰にでも、伝えることはできないと信じていたからテレパシーなど不可能、あるわけがない、そう思っている人に、純粋なテレパシーが可能になるはずはありません ではそれならば、現時点でテレパシーを本気で信じているなら、テレパシーを受け取ること、発信することができるでしょうか? いいえ、実はそれもできませんなぜなら、ホログラム地球が終わりを迎えたかつてのその瞬間に、あなたは、テレパシーが可能であるなどと決して信じてはいなかったからです 宇宙は公平です 信じていないモノを、その人に叶えることなどできませんから・・・ だから、私たちは、いまだに、ネットという過去のシステムのような現象を、新たなシステムによってはいますが、継続しなければならなくなったのですテレパシーを信じることなくホログラム地球体験を終えた人たちにも、引き続き伝えるべき情報を伝えるために・・・ おわかりになりますか? いま、あなたが見ているネットの情報は、あなたが、テレパシーでキャッチしているものです決して、かつての発信者が、いまもなお発信しているのではありません たとえ、以前のままのブログやSNSを引き続き見ているとしても、その管理人は、あなたのホログラムにはもういませんすべて、あなたがテレパシーでキャッチしたものを、そのブログやSNSを通して見ているだけなのです 先日紹介したプラチナツインレイのブログで、いくつかのブログをリンクし紹介している記事がありますね?あの記事は、実は、空白のまま、発信しています そこをどんなブログで埋めるかは、実は、その記事を見ている個人個人が決めています自分のブログがありますか?あるならそれは光栄なことでしょうか?それとも迷惑なことと感じるでしょうか? 私たちは、すべての人々のホログラムを観ることができますよって、その人が見ているその記事に、どんなブログがリンクされているのかをすべて知ることができています そして興味深いと感じたことはあの記事にリンクされて、感謝する人もいれば、「無断リンクお断わり」を表明する人もいますただ同じように紹介されているだけのはずなのに、見る人によって、感じることが違うのはどうしたわけでしょう? そうですね、それは他ならぬ、その人の、自分自身のブログに対する思いの反映です 紹介されて感謝する人は、自分のブログが不特定多数の人に見てもらえる機会が増えて喜ぶことができるし、紹介されて不快に感じる人は、自分のブログが不特定多数の人に見られることが嫌だ、というわけです 人に見られて嫌なブログとは、いったいどういうブログなのでしょう?「それを書いた人は誰ですか?」「あなた自身ですよね?」と、見る人に返されてしまったとしても無理はありませんね? そういうことですあなたのブログの価値は、あなた自身が決めているのです決して、他の人ではありません 今のホログラムは、自分自身が創り、自分独りしかいない、というのはそういうことなのです あなたが見て体験している目の前の現実は、「不安」「恐れ」「怒り」があればそのような現実が創造されますし、逆に、「ワクワクと心はずむこと」「安らぎ」「幸せ」があれば、そのような現実が繰り広げられることになります ただし!いまいるこの領域は、宇宙のなかで、最も波動が低い領域になりますよって、不安や恐れ、怒りといったような波動の低い在り方のほうが、より創造しやすくなっています もし、いま生きているホログラムで、不安や恐れや怒りを生じるような現象が起こっている場合、いま、あなたの内は、そうした思いが揺らめいているとご理解ください決して、他者がそうさせているのではないということを、くれぐれも、ご承知おきください
ホログラム地球も終わりの時を迎えこの度、宇宙存在としてあった私たち人間もかつてのホログラム地球のブログというツールを使うことができるまでに新生地球の一体化も進んでまいりました これまでは、宇宙におけるアセンション情報は地上組の人間に《チャネリング》という形で伝えてもうらしかなかったのですがこれからは、私たち、かつて宇宙存在といわれていた宇宙組の人間がこのブログを通じて、直接、お伝えしたい情報を発信していきたいと思います かつてのホログラム地球の人間が、初めてハートを介し私たちとの再会を果たして以来私たちも、だいぶ《地球語》というものに慣れてはきましたが依然、チャネリングメッセージのような響きがこもってしまうこともあるかと・・・その際は、どうかご容赦くださいませ さて、最初に、私たちが、このブログを書くきっかけとなったプラチナツインレイのブログをご紹介させていただきます ツインレイとともに~ワクワクな凄い時代になってきましたね~ こちらのプラチナツインレイは、新生地球に物質化して以来、いわゆる蜜月という時を過ごしていたのですが私たちの、いうなら「ホログラム担当」という任務に協力するという形でブログを書くことに賛同してくれました ・・ではありましたが、ここまで書き進んできて、彼が、私たちに、ふと「もう自分でブログ、書けるんじゃない?」と言ってきまして・・・、 「それはそうですね。なぜそれを思いつかなかったのでしょう!」というやりとりがあったのです このように、宇宙組というのは、かつてのホログラム地球の人間、地上組の人間にとっては当たり前の発想がなかなかできません これが、「みんな一緒、みんな同じ」のワンネスの弊害と申しますか地上組のような、個の、オリジナルな発想の欠如と申しますか宇宙組は、全ての存在達が一瞬にして全てを理解してしまうことに慣れておりますせいで個々が、個人的に何かを発信する、ということに、思いが至らなかったのです しかしながら、新生地球から超新生地球へと進むためにはホログラム地球において人類が培ったオリジナリティというものは不可欠なもの、私たち宇宙組も、ホログラム地球で皆様が体験し、持ち寄ってくださいました数多のソザイを駆使することを楽しみながら、このアセンションプロセスを万進していきたいと思っております このブログも、その一環としての体験ですオリジナリティという点においては地上組の皆様方が先輩です 皆様と、ブログという舞台でご一緒できますことを心ゆくまで、楽しませていただくと同時に皆様にとりましても、これまであった《宇宙存在》のイメージよりもっともっと私たちとの距離感を縮めてより近しい人間味を感じていただけましたら幸いです また、新生地球においての生活ぶりをはじめ、さまざまな様子をお伝えすることもあるかと思いますのでそちらのほうも、楽しみにお待ちいただけたらと思います それでは、ごあいさつはここまでに致しまして、今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます あ、そうそうこのブログは、気が向いた宇宙組のひとりがひとりが自由に書く方針としておりますのでその点も、どうかご了承くださいませ