ジェリー・ポートノイは、1974年からの6年間、
マディ・ウォーターズ・バンドのレギュラーハーモニカ奏者の座を守り抜きました。
マディは一時華やかな表舞台から遠ざかっていましたが、
晩年になってジョニー・ウィンターの助力も得て見事な復活を遂げました。
ブルースカイレーベルから出た3枚のアルバムはヒットし、
古いファンを歓喜させたのみならず、新たな若いファンも獲得したのです。
その内の2作においてジェリーはハーモニカを吹いています。
マディ亡き後もジェリーは活躍を続け、
90年代にはエリック・クラプトンのバンドメンバーとして来日も果たすなど、
今やすっかり第一人者の貫禄を身につけました。

本作は2002年に発表されたジェリーのソロ2作目となるアルバムです。
彼はリトル・ウォルターの影響下に出発した
正統派のシカゴスタイルを得意とするプレイヤーで、
その手堅い演奏はブルースを学ぼうとする若い人にとって
格好のお手本となるでしょう。
一方、手堅すぎて退屈だ、という人がいるのも事実です。
色んな人の演奏を聴き、知識も増えてくると
羽目を外さないジェリーのスタイルを「退屈」と批判したくなる、
その気持ちも分からなくもありません。しかし、私は総合的に観て
やっぱり凄い人だと思うし、彼の演奏を尊敬しています。

ジェリーはソロ第1作「Homerun Hitter」でも「Misty」をカバーするなど
ジャズへの関心を見せていましたが、このアルバムでは
前作以上にジャズの楽曲を多く取り上げ、
ブルースハーモニカの可能性を広げる試みに挑んでいます。
ブルース一筋に仕事をしてきたジェリーにとってこれはジャズは冒険だったでしょう。
でもその仕事ぶりはやはりあくまでも丁寧で、端正です。
これはもう性質というか、
プレイヤーとしての彼の揺らぎようのない信念なのでしょう。
大ベテランならではの楽曲の解釈、音の深み、
一つ一つのテクニックの正確さは素晴らしいです。
そしてジェリーを支えるバンドもまたツワモノ揃いです。
このまま廃盤にさえしなければ地味にいつまでも売れ続けそうな充実作。
ぜひ一度、お聴きください。

昨年公開のアメリカ映画のサウンドトラックです。
映画は一種のホームドラマですが、脚本も良く出来ていて、
トラウマを抱えた家族の再生という重いテーマを、爽やかに
ポップに描ききった佳作です。
主役の姉妹役、エイミー・アダムスとエミリー・ブラントの
自然体の演技も決まっていて、
地味ですが静かに勇気が湧いてくるような映画だと思います。

音楽も良いのです。
作品を見終わった後もふと幾つかのメロディが鼻歌になって出てきます。
作曲者は俳優ショーン・ペンの実兄マイケル・ペン。
映画のテーマをさらに和らげつつ、かと言って浅薄にするのではなく、
深みも与えてしまう楽曲の数々は、
さりげないですがサントラだけでも十分に楽しめます。
ゴールデン・スモッグ(色んなバンドのメンバーの集合体的ユニットです)、
ケン・アンドリュース他参加アーチストも豪華です。

「サンシャイン・クリーニング」は、
映画の中で姉妹が立ち上げる事件現場の掃除専門業の屋号です。
音楽の方も、「日溜まりの音」と呼びたい暖かな仕上がりです。

スタン・ゲッツ最晩年のライブアルバムです。
ケニー・バロンらバックミュージシャンとの呼吸もぴったりで、
熱の籠もった素晴らしいサックスを聴かせてくれます。
加えて録音もとてもクリアで、ライブ盤ならではの快感を味わえます。
甘美な「I Can"t Get Started」、
思わず息を殺してしまうような深い情感が胸に迫る「Blood Count」など、
繰り返し繰り返し聴きたくなります。
私は、オーディオマニアではなく、
このアルバムも安いコンポでCDを鳴らして楽しんでいますが、
本当はLPで聴きたいところだ、くらいの事は思ったりします。
音質にとことん拘る人々の間でもこのアルバムはなかなかの好評のようです。
素晴らしいオーディオセットで、
LPを聴くとまた違った感慨もあるのだろうな、と想像は出来ます。
先日、渋谷のHMVが閉まってしまうニュースをテレビで観ました。
CDの売り上げが激減したからだそうです。
公平中立の装いのもと、ダウンロードして手軽に音楽を聴くことを奨励し、
CD購入派を時代遅れであると決めつけるようなひどい番組で
(殆どのテレビのニュースは公平ではありませんし、
必要な事実を十分に伝えてもいません)、色々考えさせられました。

ダウンロードして聴く音楽はもはや音楽ではありません。
大いに偏った見解のようで、これは厳然とした事実です。たとえば、
このスタン・ゲッツの傑作を聴きながら、何度も私はそれを確信するのです。


シカゴブルースの花形は何と言ってもハーモニカです。
数多くのハーモニカ奏者がそれぞれに個性的な録音を残しています。
しかしその中でスター、と呼べる人となるとほんの一握りしかいません。
スターという言葉がそもそも正体不明で、
基準の定め方も難しいので、決めつけるわけにも行きませんが、
今回ご紹介するウォルター・ホートン(1917~1981)は、
シカゴブルースの愛好家なら誰もが頷くハーモニカスターの一人だと思います。
鋭角的なリズムでぐいぐい迫って来るハーモニカには
唯一無二の個性があり、多くのファンの心を魅了しました。
彼の影響を公言する後輩ハーモニカ奏者も沢山います。
元気な頃ホートンは北欧にもよくツアーに出ていました。
現在スウェーデンには沢山のプロハーモニカ奏者が居て、
シーンはとても充実しているのですが、
その背景としてホートンの存在は絶大だと言われています。

今回紹介するアルバムは、
さほど多くのメディアで取り上げられるわけでもなく、
どちらかと言えば地味な評価をされがちな作品ですが、
聴き込むほどに魅力が増し、
心の奥底に浸透して二度と離れなくなるような傑作です。
全編、ロバート・ナイトホウクのギターとのデュオなのですが、全く飽きない。
ナイトホウクは私も大好きなギター弾きですが、
このアルバムでは速い曲など所々でリズムが乱れています。
しかしホートンのハーモニカは、そんなことなどお構いなしに
ずんずんと高みに上り詰めて行きます。
強烈極まりないスゥイング感、タイム感、ロール感です。

このアルバムは、ポール・バタフィールドの
ごく若い頃(デビュー前)の録音とのカップリングになっています。
やがて花開く大きな才能の萌芽を感じさせはするものの、
いかにも若いバタフィールドの記録としてこれはこれで貴重です。
バタフィールドには酷な話ですが、
ホートンの火の玉のようなリズムのキレを味わい尽くすにあたっては
両者を聞き比べてみるのも良いと思います。



「An Offer You Can't Refuse」
惜しくも2006年に他界した素晴らしいハーモニカ奏者、ヴォーカリスト、
サム・マイアーズの作品を紹介しましょう。
1936年ミシシッピ生まれ。ドラマーとして出発したことは、
ハーモニカと歌の印象が強すぎて意外と知られていません。
シカゴブルース華やかなりし50年代から活動を始め、
亡くなるぎりぎりまでライブ活動とレコーディングを続けた人でした。
実際には業界全体の不調の中、
一時は過去の人になりつつあった時期もありましたが、
80年代に入って、テキサスのギタリスト、アンソン・ファンダバーと出会い意気投合、
アンソンのバンドザ・ロケッツのヴォーカリストの座に就き、
完全復活を遂げました。今回ご紹介するのはサム加入後最初のアルバムです。
発表は1986年。
ブラックトップというニューオリンズのレーベルからのリリースです。
数々の傑作を世に送り出した名レーベルだったのですが
ブラックトップも今はもうありません。

サムはとても目が悪かったので、どの映像を見てもスーツ姿で
分厚い眼鏡をかけて直立不動で歌っています。
JT30というマイクをベースマン(アンプです)に繋ぐという
王道のセッティングから繰り出される泥臭く、
ブルースの歴史が染み込んだようなハーモニカと、
ソウルフルなヴォーカルは独特な癖になる魅力があります。
レーベルに対する思い入れと共にとてもよく聴いた作品です。
なお、このアルバムのタイトル曲にもなっている
「My Love is Here to Stay」は
サムのデビューシングル(1957年)のセルフカバーです。
エースから出ていたシングルも強烈な出来です。
別なコンピ盤で聴けますのでそちらも是非どうぞ。