深い余韻をたたえる近未来小説:カズオ・イシグロ『クララとお日さま』 | 本と映画と。

本と映画と。

好きな本(日本の小説、英語の小説、韓国の小説)のレビューを書いていく予定です。映画のレビューもときどき。

2017年のノーベル文学賞受賞後、日系イギリス文学者のカズオ・イシグロが手掛けた第一作目は、AIロボットが主人公の近未来小説でした。物語はすべて、ロボットであるクララの視点で語られます。

 

子供ロボットが主人公なので児童文学のような味わいもあり、十代の若者が登場するのでYA小説として読むこともでき、人間のあり方を深く問うという意味では、大人にも読み応えのある小説です。かつて日本でテレビドラマ化されて話題になった『わたしを離さないで』も近未来を舞台とした作品で、テーマには相通ずるものがあるように感じました。

 

子供の「ともだち」として寄り添うことを目的に設計された子供型のAF(人口親友)ロボットが普及する近未来。クララは型落ちして売れ残ってしまい、店の片隅で自分を友達にしたいと思ってくれる子供の出現を待ち続けている、というシーンから本作は始まります。

 

ソーラー充電式のロボットであるクララにとって、太陽は特別な存在です。自分たちは太陽の愛を受けてこの世に存在している、とクララは考えており、悩みがあればいつも、心のなかで「お日さま」に問いかけ、答えを模索します。

 

クララが理解できないことや、クララの目線に入らないものは語られないため、情報が断片的かつ限定的である点が、読み手の想像や推理の余地を与え、奥行きの深い作品となっています。

 

一貫して語られるのは、引き取り先の病弱な少女ジョジーに注がれる、クララのひたむきな思いです。気分屋のジョジーに冷たくされ、ときに邪険に扱われても、彼女の本来の優しさを信じつづけ、ジョジーの幸せを祈るクララ。その純粋さとひたむきさが、クララとジョジーを取り巻く周りの人々の心を動かしていきます。

 

「型落ちの売れ残り」だった頃から通りを行き交う人間を観察するのが大好きで、人間の感情について誰よりも深い洞察力を習得したクララは、いつしか人間よりも豊かな人間性をみせるようになります。わたしたちはクララとおなじくらい、誰かを理解しようと努力したことがあったでしょうか。彼女に負けないくらい、誰かを信じて愛したことがあったでしょうか。

 

豊かに健康に暮らしたい。それを追求するあまりどんどん利己的になってゆく人間社会のひずみが、クララの視点から浮彫にされていきます。

 

AIがさまざまな場面で人間にとってかわりつつある現代において、人間であるとはどういうことなのか、深く考えさせられます。

 

最後のシーンは特に印象的で、美しい余韻を残します。

あたたかく優しく、味わい深い作品を、ゆっくりと楽しんでみてください。

 

数多くのイシグロ作品を手掛けた土屋政雄さんの翻訳はもちろん素晴らしいですが、

平易な英語でつづられた原語版("Klara and the Sun")もおすすめです。