少なくとも18歳を越えた人間で佐世保市の女子高生の同級生殺害事件に驚いてる人がいるとすれば、よほどの暇人か楽をして生きてきた人間だけでしょう。少し話を聞くだけでも全然納得できるでしょう。父親の愛情不足にエリート教育、母親の死、周囲の無関心、精神科医の的外れなアドバイス。周囲の人間に賢い人が一人もいなかった。そんな中ずっと孤独を感じていた人間に異常な行動がないはずがないでしょう。
でもそんな苦労を味わったことのない人間や日々を平和ボケして生きてる人間にはそんなこと想像もできないのです。もちろん亡くなった女子高生は何も悪くありませんし、殺されたのは実に理不尽でしょう。しかし周囲の人間はいくらでも気づくことが出来たはずです。それが出来なかったということは、余程知能や感性が足りなかったということなのです。
あの年頃に、親、教師、周囲の人間全て敵になる体験をしたことのある人はいったいどれだけいるでしょう?親が自分を見てくれずに、精神科医という権威ある職業の人間のアドバイスを鵜呑みにして自分を一人暮らしさせる…それがどれだけ寂しくて悔しくて苦しいことか理解できる人がどれだけいるでしょう?そもそもバットで殴られた時点で自分の教育が歪んでいたことに気付くべきだったのです。しかしプライドの高さが由来して、医者と「精神分析ごっこ」をした結果娘を一人暮らしさせたのでしょう。
あの親は最初から娘のことなんてどうでもよかったのです。世間体、権威、名誉、体裁…そんなゴミのようなものを後生大事にする人間が自分の親であることの辛さは、味わったことがある人でなければ分かりません。
しかしそれが分からない平和ボケした人間が殆どだというのがこの日本の現状です。これも暗記教育の成果でしょうか。想像力がなくなりマニュアルから外れたことであれば間抜け面をして驚きます。そして驚いた後はまた的外れなマニュアルを作ります。それを繰り返すだけだから問題の根本的な解決には至りません。この事件が起こるのもまた必然でした。社会がそれを理解するまで、こういった事件はこれからもいくらでも起きるでしょう。