一つ前の記事で『ゴジラ-1.0』について書きましたが、
見事アカデミー賞受賞!
本当におめでとうございます☆
映画をはじめ、日本人の真骨頂である、ディテールにこだわる「モノづくり」への素晴らしい結果だと思います。
さて今回は、そのアカデミー賞で話題となったアジア人俳優への対応について書いてみます。
わたしはアカデミー受賞式をライブで見ていました。
そして問題のシーンを見ていて、同じく不快感を持ちました。
ロバート・ダニー・JRが、昨年の助演賞の受賞者であるキー・ホイ・クァンの存在を完全に無視したかのように、オスカー像を手にし、主演女優賞では、エマ・ストーンが、同じく昨年の受賞者であるミシェル・ヨーに目も合わさずオスカー像を引っ張って隣にいたジェニファー・ローレンスとハグ・・・
プレゼンターの2人が共にアジア系であったことから差別としてバッシングされています。
映画界においてオスカーを手にすることは、多くの俳優たちにとっては憧れであり、悲願でもあるでしょう。
自分の名前が呼ばれて壇上にあがり、プレゼンターへの敬意を忘れるほど興奮していた・・・・・・
ロバート・ダウニー・Jr.とエマ・ストーンの両人も故意にやったようには見えないような感じもする。
だとしても、
やはり人として無礼な行為には間違いありません。
ところで、
「マイクロアグレッション」という言葉をご存じでしょうか?
無意識の偏見や差別などの行為を意味します。
「差別」は意図的に相手を攻撃・傷つける言動ですが、「マイクロアグレッション」は、無意識というところが違います。
ここからは、あくまでも私個人の見解です。
カナダは移民の国といえども、やはり白人社会で有色系は差別を受けます。
ただし、白人の黒人に対する差別とは別に、アジア系や同じ白人である東ヨーロッパ系に対しては、無意識のうちに下に見ていると感じることがあります。
この無意識というのが、目に入らないほど(マイクロ)で存在を無視されるような対応です。
例えば、
レストランで中々オーダーを取りにこないとか、
グループの中にいて一人だけ声をかけられないとか。
彼らの中には、意図的にではないにしても、無意識化での差別をしていて自覚がない。
これって直接的な差別行為ではないにしても、回数を重ねて経験すると、受ける方は当たり前のようになってくるんですよね。
それが怖い。
だから、
やはり今回問題になったように、不快に感じたことは声をあげないといけないと思います。
わたしはカナダへ移住して最初に住んだ所が西のバンクーバーでした。
地理的にもアジアに近いこともあるのでしょう、アジア系(中国、韓国、東南アジア、インドなど)の移民や学生が多く在住していました。
ダウンタウンの中心であるロブソン・ストリートには、多くのアジア系の人々が行き交い、日本語もたくさん耳に入ってきます。
そして、白人社会の中でアジア人(アジア系)は、やはり差別を受けます。
でも、現在住んでいる東のトロントは人種の割合が異なります。
もっとマルチカルチャーで、バンクバーではあまり見なかった黒人(カリブ海系、北アフリカなどが多い)や東ヨーロッパ、そして、アジア系(中国・韓国・東南アジア・インドなど)など、多くの人種が混在しています。
バンクーバーほどアジア人に対する差別は強くないかもしれませんが、やはり、マイクロアグレッション的差別は存在しています。
海外に住んでいると、誰しも必ず一度は経験する心無い「差別」。
わたしも初めて差別的な言葉を投げかけられた時には、驚きとショックで涙したほどです。
でも、こういった経験は海外に住むことであじわうもの。
だからこそ、外から見る日本の良し悪しが見えてくる。
そして何よりも自分のアイデンティティーを強く意識するようになりました。
今回のアカデミー賞での問題は、これまでの人種差別に加えて、さらにハリウッド(アメリカ社会)のダークサイドを浮き彫りにした感じです。