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平成24年10月13日(土)

作家・文芸評論家の丸谷才一氏がお亡くなりになりました。享年87歳。

今回は丸谷才一氏に関して思ひ出すことなど少し書きます。以下、文中表記を丸谷才一氏を丸谷才一と記します。

作家・文芸評論家ということであまり馴染みの無い方も多いかと思いますが、この人ぐらい今風に言うとサブカル大好きな大人は居ないよというぐらいの人でした。そして、何よりも座談の名手。山崎正和さんや司馬遼太郎さん等々当時一流の文化人との対談は本当に面白かったですね。

丁度自分の10代~20代の頃に売れっ子の文化人だったこともあって、丸谷才一の名前を聞くと青春時代を想い出します。とにかく、この人はエッセイ・評論文・対談が面白い(・∀・) 作家としては寡作でしたが、対談やらエッセイやらは本当に多作でした。

 私が初めて、丸谷才一を知ったのは中学生ぐらいかな? 父親が当時ベストセラーだった「忠臣蔵とは何か」を単行本で買ってきてて、読み終わった後居間に置いてあったのを読んだのが最初だったかも。この本も当時流行し始めた民俗学やら文化人類学の薀蓄満載の本。大真面目な史学の世界からは非難轟々の本ですが、この本を楽しみながら読むことでたくさん雑学知識が身につきましたw

「カーニヴァル」「御霊信仰」なんていう学術的キーワードもこの本で知りました。

ル・マン24hは毎年夏至の日の近くに行われていますが、モタスポファン同士の会話で「夏至はゲルマン民族にとって重要な祝祭。それ故にル・マンは単なる耐久レースではなく欧州人にとってカーニバルなんだよ」と私がしたり顔で薀蓄を傾けてるのはこの本のおかげです(^_^;)

さて、丸谷才一からの影響はそれにとどまりません。丸谷才一氏は日本古典文学史にも造詣が深く、著述もたくさんあります。日本の文学は古来から「歌」が中心だったことはみなさんも御存知の通り。(歌って音楽じゃなくて、和歌のことよw)

私は学生時代は音楽研究のサークルに属し、ミニコミ誌なんぞも発行してました。青年時代にありがちなのはオリジナリティの議論。当時の日本の歌謡曲・ポップスは皆洋楽のパクリばかり!というのが洋楽好き陣営からの攻撃テーマでした。良くそういった話で朝まで語り合ってましたねぇ。そんな頃丸谷才一氏の日本文学史に関する著述が刺激になりました。そう「本歌取り」のことですね。和歌の伝統として、過去の名歌での語句を意識的に引用して読む側にインスパイアさせるのは国語の授業で習った通り。日本文学というのは古からインスパイアや引用で構成されるので日本の歌謡曲だってその伝統に従っているだけ!という強引な理屈を持ち込んで面白がって議論していたっけ(^_^;)

他にも丸谷才一氏の提唱する日本文学史観の重要なキーワードは「アンソロジー」「色好み(恋愛歌)」の2つがあって、それもネタとしてよく使わせてもらいましたねw

「アンソロジー」
アンソロジーとは簡単に言えば個人別のアルバムじゃなくて、たくさんの歌い手の作品を企画盤CDみたいに編むこと。古今集も勅撰和歌集も、みーんな当時の日本ヒット曲全集みたいなものでしょ?日本人は昔からベスト盤が好きだったんですよw

「色好み(恋愛歌)」
これは本当に日本らしい特徴。海外の詩には、叙景詩や叙事詩もたくさんあって叙情詩、特に恋愛詩はあくまで主流の一つ。日本の和歌はほぼ恋愛詩ですね。現代のJ-POPも基本は恋愛詩ですよね。演歌にチラリホラリ叙景詩があるぐらいかな? これは本当に色好みの日本人の文化的伝統みたい。


さて、丸谷才一氏といえば野球のことも忘れてはいけない。ご自身は熱心なベイスターズ贔屓。

彼のエッセイ・対談に野球ネタは数多く出てきます。

彼の指摘で一番興味深かったのが、近代日本の中で「野球」が単なるスポーツではなく、マスメディアや庶民の文化にとって重要なインフラとなってたこと。

大正から昭和の初期にかけて大手新聞社が競って重要な野球大会を主催 

朝日→甲子園 毎日→春の選抜 読売→東京読売巨人軍

野球の結果報道と発行部数競争が無縁ではなかったこと。創設期のラジオ・TVにとって野球コンテンツが普及に大きな役割を果たしたこと。ある意味日本に於いては野球が「大衆」を創りだしていったのかもしれません。

私達の日本語の中に以下に野球用語が果たしている役割も彼は指摘していました。普段の暮らしの中でも「ピンチヒッター」「中継ぎ」「抑えの切り札」なんて言葉は普通に使われますよね。

そして、一番印象に残っているのが野球が大衆に浸透したことによる日本の製造業への副次的な効果に関する丸谷才一の説というかネタ。

日本の製造業が強いのは工場等の現場力にあるのはよく言われている通りなのですが、それを支える現場の人々が必ずしも高等教育を受けていないのにもかかわらず定量的な品質管理にすぐ馴染んだのは何故か?

それは、野球の順位表・打撃成績・投手成績(勝率・防御率)といった定量的な比較分析を子供の頃から日常の暮らしの中で浸透していたからだというもの。特に「率」について特別な教育を施す必要がないというのは国家の教育インフラとして大きいという説。TVや新聞でそうした統計表を日々馴染むことで自然に定量的な考え方が身についているというのが丸谷才一の言い分(雑誌での対談中に出てくるネタですけどねw)

確かに考えてみるとそうですよね。率って学校で習う前から自然に知っていた。これは海外で現場の工場とかを指導したことがある人だと判るかも。海外だと不良率や歩留まりの概念そのものが判らない作業員がたくさん居ます。高等教育を受けているエリート層はもちろん別ですが、そんな人はごく一部ですからね。作業員全体の平均的な教育水準からするとなかなかそういう日常生活に無縁な概念を期待するのは難しい。

実はこのネタ、海外で現地の幹部層との懇談で話すと非常にウケますw 「MADE IN JAPANの秘密は野球!?」ってw

冗談抜きで、エリートだけじゃ国は強くなりません。普通の人の平均レベルが高いから戦後の日本の製造業は強かった訳で。全ては野球のおかげというのはあくまで丸谷才一の雑談ネタですがね(^_^;)

※でも確かに野球人気(特に若年層)衰退の時期に併せて製造業の衰退が始まっている気がしないでもない・・・。


ちなみに、この野球ネタは私が大学生時代に図書室で読んだ「雑誌東京人」の対談の中に出てきたものでもう大分前の話になります。今度大きな図書館で探してみようかな。

いずれにせよ、たくさんの面白い雑学を授けて下さった丸谷才一さん。本当にありがとうございました。

安らかにお眠り下さい。

いや、眠るどころかあの世で司馬遼太郎さんやらと座談三昧かな?

先週末は台風17号が日本列島を縦断しましたが、皆様大丈夫だったでしょうか?

私は、金曜日から大分県のオートポリスサーキットに遠征してました。

既に週の初め頃から台風17・18号が日本に接近。最初は18号が関東地方を直撃しそうな様子で果たして九州までの飛行機が飛ぶのか?と心配でしたが、18号は鈴鹿のレーグナーカーブの如く右に曲がって日本列島から遠のいてくれましたのでひとまずホッと。

しか~し、17号がどんどん勢力を拡大して沖縄に近づいているじゃあないですか?これはヤバイ(^_^;)

とりあえず、そんな状況でしたが、金曜日はなんとか熊本空港まで順調にフライト。現地熊本もこの日は天気。やや風が強いぐらいでしたかね。

結局、九州地方への上陸は避けられたものの、台風が太平洋上を通過した影響は逃れようもなく、土日は雨模様。特に土曜日はずっと雨でしたねぇ。

日曜日は朝から霧。雨そのものはポツポツと降るぐらいでしたが、なかなか霧が晴れない状態で果たしてレースが出来るのが不安でした。まあそれでもお昼過ぎぐらいから霧は晴れて、小雨程度の状態でレースは決行。



もちろん路面のコンディションはこんな感じでウェット。これがレースを面白くしたのかもしれませんね。

後半で#32 EPSON HSV-010がトップに立ったあたりはホンダファンとしては俄然レースにのめり込んでいましたが、最後の最後にどんでん返し><

というか、今年のHONDA勢こういうの多くないか?それも若手が・・・。

開幕戦で部長山本が号泣して、立ち上がれなかったのも記憶に新しいですが、この日も中山選手はレース後ショックで伏せって居たようですね。

という訳で、終わってみればGT500はS Road REITO MOLA GT-Rの優勝。



第七戦優勝だけでなく、なんとシーズンチャンピオン(それも二連覇!)を早々と決めました。


公式の表彰式の後、シーズンチャンピオン決定祝いということでちょっとだけ報道陣+ファンにサービスタイムがありましたね。



それにしても、オートポリスでシーズンチャンピオン決まったのって2007年のARTA NSX以来じゃないかな?

オートポリスは、レース終了後空が明るくなり、少しだけ雲間から太陽が見え隠れし始めていましたね。

帰りの飛行機が欠航となった人が多かったこともあり、この日の決勝は大慌てて帰京した人も居たようです。私は、早々と欠航が決まっていたこともあり、翌日の便に代替してもらって、後泊することにしました。お陰で、オートポリスの表彰式を最後まで見ることができましたがね(^_^;)

雨の影響で、いろんなアクシデントがあった遠征でしたが、まあそれなりに楽しめた旅でした。とはいへ、現地熊本の翌朝の晴れっぷりを観て、この週末はなんだったんだ!と思った参加者も多かったのでは(^_^;)

追伸

そうそう、熊本駅近くの黒亭のラーメンをやっと食べることが出来ました。予想以上にあっさりしていて自分的には非常に好みの味でしたね。



今日も暑かったですね。
8月後半でここまで暑い日々が続くのはいつ以来なんでしょう。

さて、今日は個人的に夏休み最後の日ということで、前から行こうと思っていた場所に行って来ました。

その場所とは上野公園にある美術館2つ。


国立西洋美術館





東京都美術館



今日はこの2つの美術館をはしごして来ました。

国立西洋美術館ではベルリン国立美術館展。(独逸)
東京都美術館ではマウリッツハイス美術館展。(和蘭陀)

本来なら全然別の場所にある性格も異なる美術館なんですが、巷間で流行中のフェルメールの作品が来日ということで、どちらの美術展もTVでも派手に宣伝していますね。

フェルメールは日本でいつの間にこんなに人気出たんだろう。この10年間で一躍人気画家になったような気が・・・。
自分の場合は、ANAをよく利用するので機内誌で福岡伸一さんがフェルメールの旅を連載していたのをよく読んでいました。あの連載も5年前ぐらいからなのでムーブメントはすこしずつ準備されていたのかもしれません。

今回の目玉は

ベルリンからは

「真珠の首飾りの少女」



マウリッツハイス からは有名な「真珠の耳飾りの少女」


紛らわしいですが、

ベルリンが「首飾り」
マウリッツが「耳飾り」

です。

 口さがないマスコミからは「上野フェルメール戦争」と呼ばれているそうですが、動員的には耳飾りちゃんが圧勝らしいですね(^▽^;)

確かに今日も東京都美術館の方が混雑していました。

実際に両方はしごしてみた自分としても、マウリッツの方が良かったなというのが正直な感想。

ベルリン国立美術館展は、国立美術館だけあってどうしても展示内容が歴史的推移にそっていて総花的なんですよね。その歴史的なコレクションも、ルーブルやらのトップクラスに比べるとイマイチ。とはいへドイツがプロテスタントの国だということが良く判る教科書的且つ優等生的な展示でしたね。キリスト教に対する真摯な態度がその展示物からも伝わってきます。

マウリッツの方はそれに比べると、貿易で反映した市民社会のコレクションという印象。写実的でそして耽美的なんですね。だから人気なんでしょう。日本人の感性に非常にマッチしているコレクションだったような気がします。レンブラントやルーベンスといった日本人に馴染み深い作家の作品も展示されていたのも功を奏したのかも。(フランダースの犬で有名なルーベンスの壁画の下絵が展示されてますよ)

それにしても美人モデルの耳飾りちゃん大人気でした。間近で観たい人は列にならんで高速握手会並のスピードで鑑賞しないとイケマセン。数メートル離れた場所ならばPW方式で鑑賞できます(;´Д`)(判る人には判るはずw)最前列に長く居てどかない人は係員に優しく注意されます。GTのPWかと思いましたよw


という訳で暑い一日でしたが、400年前の美人モデル2人をはしご出来たので満足した一日となりました。

※美術館内は冷房が非常に良く効いているので、外との寒暖の差が激しかったです。