あの頃、確かに私は幸せだった。

一日一日が終わらないようにと祈るくらい。


でもあの幸せを今同じように思い出せないし

感じることができないよ。

靄のようになんとなくあるような思い出になってしまった。


たとえ靄であってもそれをかき集めたら

真っ白なあの頃のような幸せを感じれるかと思うけど

それはやっぱり無理な話で・・・


どうしたら幸せを感じられるのかな。

私は、今日も無いものねだり。


薄い薄い膜の上の幸せの水溜りは

風に水面が揺れ

指を入れたら簡単に膜は破れてしまうのに

私はその様さえも見たくなる。

私の形にぴったりはまる人はいるのかな。

パズルのピースみたいにおなじ凸凹がある人はいるのかな。

私の尖った部分と

その人の傷ついて凹んだ部分が

うまく嵌ったらもうきっと苦しくないのに。


そんな夢みたいな話ないよね。


だからうまくいかない。

あなたの角と私の角が

ぶつかり合っては壊れてゆく。

単細胞の生物は死ぬの?


もう二度と動かなくなったら死んだことになるのかな。


多生物は、「死」 というものを知っていると思う。

だから 「死」 に行きつかないために

「心」 を持っているのだと思う。究極だけど。

死=命 を知ってるから

交尾したりする本能ももっている。


でも、きっと単細胞は 「心」 を持っていない。


だから 「死」 をきっと恐れないし、

それどころか 「死」 という感覚をもっていないだろうな。


死ぬって何?

死んだって何?

小言をいう。私はすぐに。

言葉にしないときでも、大抵頭でそんなようなことを思ってる。

辛くせつないときは、小言をいって不貞腐れる。

そんなことを繰り返してばかりじゃ

何もかわらないことはわかっていて

もっと安定していたいのにその方法がわからない。


そういやって生きてきた。

たぶんこれからもそういう性格だと思う。


だけど、相手を信頼できれば

そんな心配はいらないのにね。


結局はいつも不安だった。

自分に自信がなくて、相手を信用できなかった。


いろいろなことを振り返っては、反省する日々。

同じ映画をみて笑うことも

一緒にご飯を食べることも

ひとつのベッドで眠ることも

カップルであれば普通のこと。


だけどその瞬間の幸せを

ひとつひとつ覚えておきたい、

そんな気持ちになる。


面白いものをみて大きく笑った笑顔も

口元だけで笑う小さな笑顔も

いつでも思い出せるようにしていたい、

そんな気持ちになる。


一瞬の幸せは、思い出したときに大きな幸せになる。

一瞬の喜びでも、不安なときに落ち着かせてくれる。


私ももう若くないから、学生の恋愛みたいに

好きな人とずっと一緒にいられるなんて思ってないよ。

だからこそ毎日幸せでいたいなぁ。