大切な大切なチョコレート。

誰にも渡したくなくて、手のひらの中で握ってた。

いつの間にかあったまって溶け出したチョコレートは

形をなくして元に戻らないどころか

指の間から手の甲に垂れ始めた。

こぼしてはならないと強く握れば握るほど

チョコレートは無残な姿になっていく。

いま甘いチョコレートを舐めてしまっては

一番最初の四角いチョコレートの形には

絶対に戻らない。

もう戻らないって頭ではわかっているのに、

少しでも減らしてはいけないと必死にかき集める。

でも、もうみんなにチョコレートをもってることがばれたよ。

みんなに茶色い手をみられたよ。

ごめんね。

こんなことになるのなら

四角い形のまま誰かにあげればよかったよ。

食べることも、元に戻すこともできなかった私は、

チョコレートの塊を捨てて手を洗ったんだ。


誰かを大切にすることって難しいね。

人にはそれぞれペースがある。

生活のペースはもちろんのこと、

考え方だったり、悩みへの対応だったり、

要は様々なことに対してなんだけど。


そういうのって理解するのは難しい。

それよりも尚、知ることが難しい。


言葉で伝えるって方法はもちろんあるけど、

自分で自覚していないこともあるだろうしね。


それに知って理解したとて

他人のペースと自分のペースが

ぴったり合うなんてことはそうないよね。

家族や親友や恋人でさえ違うんだから。


そういったときには、

自分のペースを崩してまで相手に合わせるか

相手に自分のペースに合わせてもらうか

それぞれが自分のペースを保ち続けるか。


でも...

みんながみんな自分のペースで生活してたら

きっと誰かが我慢したり、しんどい思いをする。


そうならないためには、

あらかじめ理解して、合わせられるところは合わせたい。

それももちろん我慢とかになることもあるだろうけど、

理解した上でする我慢は思いやりなんじゃないかなー

なんて思ったりします。

たくさんの不安と不満を乗り越えて?

少しずつ落ち着いていられるようになった。

相変わらず連絡がなくても

生活のペースを含め、どういう人かがわかってきたからだと思う。


興味のないことには完全にスルーなことも、

今ごろは寝てるだろうなーとか、

色々とわかるようになってきたから

いちいち不安になることもない。


というよりこんなに安心していられる一番の理由は、

「帰ってくるとこがあるんだって思った」って

そういってくれたからだと思う。


なんだかんだですごい忙しくて大変だろうから

私の前でぐだぐだしていようが構わない。

それくらい何とも思わない。


不安になるきっかけがなくなってきたら

どーんと構えていられる。

待っていられる。

ブログをみていてもわかる。


私は毎回同じようなことで悩んで落ち込んでる。

でも、何事もなかったように元気になる。

それはやっぱりあの人が連絡をくれたり会いにきてくれるから。


どうして不安になるの?

連絡することでつながってるって思うわけじゃないのに、

元気になるのは全部あの人のおかげだな。


でもまた私は寂しくなったら不安になって

また同じように悩むのかなー。


成長したい。

信じていつも笑って迎えてあげたい。

たぶん手を離せば簡単に離れていく。

手を振り払われたら構わず離れる。


そんな感じなのかとふと思ったりする。


もちろん 「いや、そんなはずない!」 って

気持ちをリセットしようと思うんだけど、

原点という名の悩みの中に戻るだけ。


会うことで安心するような単純な恋なら

私はしないでもいいと思ったりするけど、

たまにしか会えない限りない時間の中で

私との時間を作ってくれる気がなさそうだったら

今度こそ考えようかな。


得るものがないなら、手放してもいい。