🌹「ちょっと成長した男らしさを出したいな、と
この曲を選びました。」(阿部奈々美)
こんな言葉にぐっとくる。
これはミッションインポッシブルのこと。
🌹「この曲を初めて聞いたとき、
男性的で和の感じを受けたんです。
ゆづはスタイルもいいし強さも感じられる・・・」
これはホワイトレジェンド
こうして先生は羽生結弦の魅力と個性を
ぐんぐん引き出してくださったのだ
🔶ソチ後の雑誌で目に留まった1枚の写真
気品と愛に満ちた表情が美しく
2人の道のりがどんなものであったかを物語っていた。
それはニースのキスクラの場面と後で知った。
17歳のロミオは美しい伝説になった。
「悲愴」にも「ロミジュリ」にも
16歳~17歳の羽生の魅力が全開なのである。
音楽の選曲、振り付けどちらも特別だった。
彼にしか合わない素敵な作品だった。
そしてこの美しい宝石箱のような作品は
東日本大震災の年のシーズンの作品だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/d5/acb222a2fda83e921800e0b936464008.png)
ななみ先生と羽生選手のプログラムコメント
今の彼にしかできないもの
![no title](https://xxhuyuzero.jp/wp-content/uploads/2018/08/CLpXUuNUYAA19wK.jpg)
震災前に曲は決まっていなかったので、
愛とか恋も・・・
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20170728/07/ecovail/1f/09/j/o0800049713992105229.jpg?caw=800)
🌹愛とか恋というものも
![20160210_yr3c.jpg](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fblog-imgs-86.fc2.com%2Fs%2Fa%2Fk%2Fsakurb%2F20160210_yr3cs.jpg)
PSロミジュリは後にロシアのボブリン夫妻も後に関わって
下さったがそれはあくまでブラッシュアップである。
震災後に決まった。そうだったのですね。
私はずっとずっと不思議に思っていた。
ななみ先生はいつ この素晴らしいプログラムを作られたのだろうかと
先生自身も被災されどんなに忙しかっただろう。
その上ホームリンクもなくなる中で
生徒たちを引率しリンクを求めて移動した日々もあった。
そんな中で
世界が震えた凄い作品を生み出されたのだ。
集中力の極みと熱情。
それはきっと、震災後の葛藤を越えて
「世界選手権を目指す」と決めた羽生選手への
先生の究極の「愛のプログラム」だったのだ。
そして羽生選手は夏のショーですでに
その世界観をつくりあげていたのである!!
「悲愴が一番好きかも」という
羽生選手の言葉にも胸が熱くなる。
私も大好きなのだ。曲も振りも衣装も。
悲愴はとても彼に合っている。心からそう思う。
Leさん ご紹介本当にありがとうございました。
カーマイケルさんのお写真
「奈々美先生なら今の羽生くんに何を選んで、
どんな振付をされるか、見たい気がしますね。」(Leさん)
私もそう思います
前記事🔶羽生の類稀な美しさを育んだプログラム★(ななみ先生の愛のコメント)<その1>
https://ameblo.jp/bluedragonaz/entry-12571874345.html
火の鳥・ ミッションインポッシブル ・パガニーニ・
ホワイトレジェンド・ ツィゴイネルワイゼン
<羽生選手の言葉も>
火の鳥
<アニメのビデオを見せてもらってそれをイメージしなさい、
”卵からかえって雛になり、頑張って
だんだん飛びたてるようになるストーリーだよ”と。
そのイメージをずっと重視して滑りました。
<パガニーニ一部引用>毎日が成長しているような日々だったと
ここで一度、フィギュアスケートの王道的な体のポジションや
雰囲気を作っておいた方がいいと思い、強くてきれいなこの曲を選びました。
前年の世界ジュニアの枠が「1」になり、「来年1人だね、誰が行くんだろうね」というと、
「俺、行きますよ」って即答しましたね。
四大陸に向け羽生選手のプログラムが変更されているというニュースに驚きつつも、
羽生選手が求めていたのは自分らしさ
自分にしかできない演技だったことを
思い起こし 頷いている。
どれだけの葛藤があったのだろう、、、。思い通りの演技ができますように。