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アクセルに懸ける思いというのは、たぶん皆さんが想像する以上の思いがあって、何よりも僕がここまでスケートを好きになったのはアクセルのおかげです          アクセルがなかったら全日本ノービスでも優勝できなかったし、

こんなに自信を持ってスケートをする ことができなかったかもしれない」(羽生結弦)2017年4月

2004年全日本ノービス優勝 当時ダブルアクセルを厳しく指導したのが当時のコーチ都築彰一郎氏である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆

   「日本フィギュアの歴史と羽生結弦」 (松原孝臣)より    Number

   「全日本ノービス...」の画像検索結果 2004全日本ノービス優勝

  2002年  都築は    新松戸アイスアリーナが閉鎖されると仙台に移る。

 その時一人の子供と出会った。     小学校2年生のその子の名前は羽生結弦といった。

 

 都築「動きを見るうちに  この子はスケートの感性を持っている子だと直感しました。   

    また伸びる可能性を感じさせたのは  いろいろなことに関心を持ち 

    自分を高めることに積極的な子だったことです。

    特に未知の世界を追求する気持ちの強さがあった 

  踊ること・テクニック・魅せること そのすべてで。

 

 可能性を感じると かける言葉も変化した。

   出会ったその日羽生にかけたのは 「オリンピック選手になろうね」

  それが 「オリンピックでがんばろうね」になっていた。

 さらに繰り返し繰り返し語りかけた。 将来は4回転ジャンプの時代になる。

  4回転アクセルも含めて。結弦の時代にはそうなるよ。」

   羽生に感じた可能性は間違いではなかった。 ソチ五輪で金メダルを獲得した

     羽生は 4回転ジャンプにも果敢に挑み

   ISU公認大会で世界初の4回転ループを跳んだ選手になった。

     「ホープ&レガシ...」の画像検索結果

   「自分が蒔いた種は羽生がしっかり大輪の花として咲かせてくれた。」

   半世紀の指導生活を振り返り都築はそう思う。

   心に残った羽生の言葉がある。

  「4回転アクセル、できそうなんです。」言ったんですよ。

  これはきっとできるなと思いました。 

  彼がそういう時は可能性がつかめているということですから。」  

 

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[4回転半を初めて公式試合で、きれいに決める人になりたい

っていうのが今の夢かなと思います。]

4Aを世界で最初に跳ぶのは羽生結弦だろうというのはずっと前から世界フィギュア界で

語られていたことだ。よきライバルだったパトリックチャンも次のように語っていた。

4回転アクセルの初成功について   パトリック・チャン

「4回転アクセルを試合で最初に成功させられるのはユヅルだとほぼ確信しています

それは、僕が見てきた男子のトリプルアクセルの中で、いちばん良いジャンプを跳んでいるからです軽くて、力を込めている痕跡がないハニュウはとても早く回転することができるし

トリプルアクセルにもう1回転加えるところまで最高に近づいているのではないでしょうか。

チェンは素晴らしい4回転ルッツを跳びますが、でもアクセルは彼にとって強いジャンプとは言えません。 僕にはハニュウがアクセルで自分を出し抜くことを誰にも許さない気がするんです。」

トリプルアクセル・マスター

羽生結弦選手の偉業 2018年1月-  KEIKO WATANABE-

出来映え満点を何度も記録!                                                トリプルアクセルのマスターといえば羽生結弦選手でしょう。

簡単に跳んでしまうだけでなく、「ジャンプに至るアプローチ」から

「跳躍中の姿勢」「高さ」「飛距離」「着氷」「おりた後の流れ」まで、

どこをとっても完璧に跳ぶことを常に意識し、追究していまして、

その結果GOE(出来映え点)採点で満点を出すジャッジもいるほど。そして時として

ジャッジ全員の加点を平均した総意も満点となる

という事態も実現してしまっています。しかもそれが一度や二度ではないのが驚き。

羽生選手が初めて出来映え加点満点を記録したのは、

2013年ソチ五輪直前の全日本ショート『パリの散歩道』で跳んだ3Aでした。

「2013全日本フィ...」の画像検索結果

そしてそれ以来、今季のグランプリシリーズ・ロシア大会の『ショパン バラード1番』まで、

実に合計12回もトリプルアクセルへの出来映え加点満点を

獲得しています。

トリプルアクセルというと、踏み切りポイントめがけて弧を描きながら、

跳びます跳びます~という感じで助走を長くとっていくパターンがほとんどなので

「あ~来るな来るな」とわかるのですが、羽生選手の場合は、

「羽生結弦 イー...」の画像検索結果

難しいターンをしたそのままの足でひょいと軽く跳んでしまったり

つま先を外に向け足を180度広げた態勢(イーグル)から跳んで、

着氷後すぐまた足を180度開きイーグルです~っと滑っていってしまったり。

加点満点をマークしても全く手をゆるめず、どんどん難度を上げてきている感じで、

だからこそのトリプルアクセル・マスター。競技にカムバックしてきた時には、注目されがちな各種4回転だけでなく「磨き込まれた職人技」の域に達しているトリプルアクセルにもぜひ注意を向けてみてください。

🌹そして平昌五輪ではSPでジャッジ全員が出来栄え点満点をつけたのである(旧ルール)

「若葉」の画像検索結果

 

モニュメント発表会後の記者会見コメントの続きだが2点に絞ってお伝えしたい

🔶羽生選手自身の夢
 「実は、1年前までは、自分の夢は4回転半のジャンプだったと思っています。それをやれば、夢は達成されるという風に思っていました。ただ今の自分の気持ちとしては、4回転半は夢じゃなくて、しっかりと習得してマスターしたいものだなと。近い、具体的な、挑戦するべきものみたいなものに思えているので、夢ではないかなと。だから自分の夢は、そうですね。4回転半を初めて公式試合できれいに決める人になりたいっていうのが、今の夢かなと思います」

                  🔶ファンの存在

「つらいことも、うれしいことも、もしかしたら自分よりつらくなったり、自分よりも喜んでくれる存在じゃないかなという風に思っています。                                 やはり、直近この2シーズンで2回も大きなケガをして、その時に自分よりもつらいような方もいらっしゃったりとか。その中で、苦しい状況の中で、凄く前に向かってというか、上に向かって立ち向かっている方。そういうメッセージや手紙をたくさん頂いた。                                                                                                         そういう方々の思いが自分に還元されて、最終的に自分の演技になっているんじゃないかなという風に強く思う。一言で言うと、自分のスケートの源みたいな感じがしています。                                                                                                      これまで平昌五輪前、の前のシーズンくらいまでは、勝たなきゃいけない、強くならなきゃいけないとか、いろいろ考えたときに、凄く自分主体だった。                     でもそういう時でも応援してくださる方の力は感じていたけど、平昌五輪が終わって改めて、こういうモニュメントの場を設けてもらって、改めて皆さんの力、思いの力が凄く自分のスケートに役に立っているというか、凄く直接的に皆さんの思いが伝わっているんだなと改めて感じているので。                                                         そういう方々に逆に僕から感謝したいですし、スケートではない機会なので、しっかりと、発表式の時も皆さん一人一人の顔を見て、ありがとうって風に思っていましたし、たくさんね、テレビやインターネットで見てくださる方もいると思うので、この場を借りて感謝したいと思います。ありがとうございます」

大切なひと🌹喜びを共有することは誰にでもできる。だが苦しみを共有することはとても難しい。 それができるのは家族であり友であり 深い絆で結ばれた人々だろう。

  つらいこともうれしいことも自分と一緒に共有してくれる ファンはそんな大切な存在だ

    と彼は語ってくれた。そして辛さを共有できるからこそ自身が苦境に立った時 その試練を乗り越えようと努力している人たちがいる。そんなプラスの行動が自分にも還元されているという。つながるとはこういうことなのかと大きな希望を頂いた

 そしてファンはなにより右足首の回復を願っている。4Aのことはどうか焦らないでほしい

 自分で片付ける羽生選手

羽生が除幕式で見せたある姿に、称賛の声が上がった。市長らとともに除幕した後、羽生は自ら率先して落ちた幕を拾いあげた。主賓のまさかの行動に、市長らが慌てて幕を受け取る場面も。五輪王者の実直さにネット上では「さすが羽生結弦」、「除幕式で自分で片付ける人見たことない」、「人柄が出ている」と、その品格を絶賛する声が相次いだ。 

羽生結弦、平昌オリンピックで叫ぶ!──2018スポーツ名場面ベスト10 Vol.01I

田口有史さんの写真

 

 

前記事🔶「恩返しのモニュメント」

https://ameblo.jp/bluedragonaz/entry-12455586158.html

関連記事🔶「羽生結弦を語る阿部奈々美先生の言葉」

https://ameblo.jp/bluedragonaz/entry-12455477416.html

 

羽生結弦の筋肉は強くそして美しい!曲げた脚のハムストリングの美

「ハナミズキ」の画像検索結果 
Conguratulations!
祝★連覇&フィギュアスケートモニュメント発表会

フィギュアスケートモニュメントデザイン発表式

羽生結弦、平昌オリンピックで叫ぶ!──2018スポーツ名場面ベスト10 Vol.01脚線美

 フィギュアスケート男子で五輪連覇の羽生結弦(24)が20日、仙台市で行われたフィギュアスケートモニュメントデザイン発表式に出席した。羽生の活躍と功績を顕彰し、地下鉄国際センター駅南側に新たなモニュメントが設置される。
 17年4月の第一弾はソチ五輪ショートプログラム「パリの散歩道」のフィニッシュポーズだった。今回は平昌五輪のフリー「SEIMEI」のスタートポーズが採用された。
 強化ガラスに等身大シルエットが記された作品について「写真からそのまま使われている点を、すごく気に入っていて。やはり、自分は滑っている瞬間が一番羽生結弦になれているなと思うので。滑っている瞬間を切り取ったものとして、デザインが残されるというのは、すごくうれしいなという風に思っています」と話した。
 「顔の表情だったりとか、靴の使い方だったりとか、ポーズの違いだったりとか、色々本当に違う。細かいところかもしれないですけど、是非じっくり比較しながら見ていただけたらうれしいなと思います」と見所を語った。

連覇を決めた同五輪男子フリーの演技について
最初の冒頭のジャンって鳴ってから、縦笛が流れているところのシーンなんですけど。最初のポーズで天と地と人と全てを司っている風に感じている。
野村萬斎さんと話をさせていただいた時に改めて色づけしてもらって、
それを凄く大切にしてこの演技をしていました。これはそこのポーズから動きだしているシーンなんですね。だから、司っているシーンから、それを支配しながら、周りの状況というか、この時はリンクなんですけど。そのリンク全てを自分の支配下に置くみたいに、そういう強い気持ちで意味を持って滑っています
育ててくれたコーチと故郷への恩返し
羽生選手は震災のシーズンの苦労を乗り越えて2012ニース世界選手権で
初出場にして銅メダルという快挙を成し遂げた。
その直後ソチ五輪に向け更なる高みを目指すためカナダ移籍を決断する。
だが故郷仙台を離れることは未知の旅であり心無い声も聞こえた。当時のことを記した「17歳の目覚め」のタイミングという言葉に今はとさせられている。
あのタイミングを逃してはならなかったのだ。もちろん成功する補償などどこにもなかったにも関わらず彼は二度も頂点を極めそして今日という日を迎えたのだ。
モニュメントデザイン発表会を祝して私は17歳の決意に改めて拍手を送りたい
2012年カナダに渡った秋、NHK杯を前に語った言葉がある。
羽生「苦しいけど17・18歳の今しかタイミングはないから
   全部に手をつけたんです。
   仙台は名残惜しいし
   孤独と闘ってる気持ちになるときもある。
   でもこれだけ成果が出てきている。
   だから俺は仙台のみんなの前に、
   もっと強くなって出て行くしかないんです。」
 それが育ててくれたコーチと故郷への恩返しになると信じている
                                 (17歳の目覚めより)
 
海を渡って7年 連覇の夢を叶え今日もまたこんな
素晴らしい恩返しができて本当におめでとう。たくさんの努力が報われて
お世話になった方たちもどんなにか喜んでおられるだろう。春の花たちがみんな祝福しているような青空の一日だった。
前記事
🌹羽生結弦を語る阿部奈々美先生の言葉(仙台時代の急成長)

仙台時代の急成長と五輪連覇

平昌五輪が終わってまず何より感動したのは仙台でのパレードだった。

そして今度はSEIMEIの演技の感動がアートとなって語り継がれる

仙台は少年アスリートを育み支え続ける温かい故郷だ。

 カーマイケルさんの写真

フィギュアスケートの男子シングルの連覇はもうないかもしれない。なぜなら連覇できるには

18歳か19歳で一度目の優勝を果たし20代前半で2度目を取らなければ難しいからだ。4回転時代が終わらない限りそうだと思う。バトン氏は18歳で1度目の優勝を果たした。羽生選手が19歳で頂点に立てたのはシニアデビューが早かったからだ。彼のジュニア時代は2年しかなかった。15歳で世界ジュニアチャンピオン17歳で世界選手権銅メダル19歳で五輪金メダルと超スピードで頂点まで上り詰めた。中高生時代にコーチとしてその際立つ個性を活かしたプログラムを作り続けた阿部奈々美先生の言葉を振り返りたい。

「阿部奈々美コーチ羽生結弦を語る」より

「阿部奈々美コー...」の画像検索結果

私がコーチとして本格的に彼を見るようになったのは

2006年の全日本ノービス直後まだ教え始めて1年と少しなのですが 

彼はとにかく面白い選手ですね!

 

いろいろな才能を秘めていて

これからどんなスケーターになるのか

見ていてわくわくさせてくれます

 

今ジャンプはトリプルルッツまで確実に跳べるように

形を作っている段階なのですが

ちょうど身長も伸びてきて力も強くなっている時期

身体の伸び盛りとスケートの実力の伸び盛りが

ちょうどうまく重なって今とてもいい時期にいると思います

全日本ジュニアで3番に入って以降

またさらにジャンプの確率も上がってきているんですよ

「火の鳥 羽生」の画像検索結果    

スピンやスケートも

高く評価して頂いていますが

それは彼が

以前の先生たちが教えてくれたものを

一つ一つ大事に反復練習して 

積み重ねてきた成果

 

やればなんでもできる天才肌かな、

とも思うけれど

できないものに対しては

かなりの努力をしている。

自分の才能を持て余すのではなく

自分で才能を生かしていけるタイプですね

本当にどんな選手に育っていくのか      

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2007-08シーズン(中1)からは再開した地元アイスリンク仙台で

阿部奈々美先生が正式にコーチとなり二人三脚の旅が始まった

15歳で世界ジュニアチャンピオン17歳でシニア世界選手権銅メダリストに!

スポーツナビの野口美恵氏の記事にも阿部先生の言葉が引用されていた

「人並みではない」負けず嫌い・・・・・・・☆

「羽生阿部コーチ」の画像検索結果

小さい時から、負けん気の強さは頭一つ抜けていた。

「何か自分ができないと『悔しいって思う気持ちが

小さいときから他の子とは一線を画していた」と

阿部奈々美コーチは振り返る。

「負けず嫌いです。

手が届かないような高い目標を置いて、

そのプレッシャーに耐えながら

ガーッと登っていくんです。

手が届かないようなものを、

絶対にやってやると思って耐えて、

考え抜いてつかみ取ることに達成感がある」

カーマイケルさんフォト

震災の苦悩をこえて勝ち取ったニースの勝利がソチ金へのターニングポイントとなったのだ

関連記事 PlayBack平成★「時代をつくってきたのは羽生結弦だった」

https://ameblo.jp/bluedragonaz/entry-12455194340.html

 

Taguti

世界選手権2019の羽生ネイサンの戦いの記事の中で私が最も心揺さぶられたのは田口カメラマンの文章である。二人の苦難の道のりを思い心が浄化されるようだった。フォトグラファー田口氏の目戦は他のどの記事とも違っていた。以前能登直さんが人間ドラマを撮りたいと仰っていたが田口さんもやはり二人のアスリートのドラマを掴んでいた。そして世選がシーズン最後の試合であることの重みもわかっておられた。羽生選手の試合を見て号泣した人々は彼がいかに大きな困難を抱えていたかを知っていたのだ。怪我という壁はまだたちはだかっていたが持てるすべての力を振り絞り理想のオリジンを作り上げたその神々しい姿に鳥肌がたったのである。一方ダルの色だけ見ればネイサンはファイナルまですべて金だったがその内容は不調だった、進化を見せる場であるファイナルでもSP,FS,総合点のすべてで羽生選手の初戦の得点を下回った。怪我がなければファイナルで羽生選手はどこまで得点を伸ばしていただろうか。田口さんはチェンの動きから不調を感じ取れたのだろう。

羽生結弦とチェン、名勝負数え歌の予感──フィギュアスケート世界選手権男子                                             田口有史

「羽生結弦ねいさ...」の画像検索結果 金メダルを2個あげたい(セルゲイヴォロノフ)

怪我からの復活と優勝を目指す羽生結弦と、シーズン序盤の不調からの復活と連覇を目指すネイサン・チェン。それぞれ苦労の末にたどり着いた世界選手権は、見応えのあるたたかいとなった。 

羽生結弦は昨年11月、ロシアでフリープログラムの朝の練習中に負傷。本番ではその負傷を押して滑りきって優勝したもののダメージは大きく、その後は治療に専念、この世界選手権で実戦復帰を果たした。元気に振る舞っていたが、実は平昌オリンピックのときと同じく痛み止めを打ちながらの演技であったという。

Taguti
大学進学により生活環境がガラッと変わったネイサン・チェンは、ロサンゼルスから大学のある東海岸のニューヘイブンに引っ越している。アメリカの西海岸と東海岸では3時間の時差があるうえに、コーチの目の前で練習することができなくなった。
シーズン初戦のスケートアメリカでは、エキシビション終了後の深夜に西海岸を出発して、早朝東海岸に到着。通称レッドアイフライト(深夜便)で戻ってそのまま大学の授業に出席するなど、競技環境が激変した。そのためか、シーズン序盤は苦戦がつづいた。
というように、それぞれが逆境を乗り越えて実現したバトルは、本当に見応えがあった。ぶっつけ本番で、しかも足が完治していないコンディションでも自己ベストを更新するあたりは、さすが羽生結弦演技からは気迫とはまた違う“強い気持ち”が感じられ、結果こそ2位におわったものの、滑り終えた後のちょっと満足気味な表情が印象的だった
「羽生ネイサンチ...」の画像検索結果
シーズン序盤の不調から見事にキレを取り戻して、これまた自己ベストを更新して優勝したネイサン・チェンは、新しい環境にも慣れたのか、キレのある演技とガッツポーズが、完全復活のさらにその先を予感させた。

シーズン最終戦でそれぞれが自己ベストを更新した羽生とチェン.良きライバル2人の対決が今後も楽しみだ。来シーズンはお互い万全の状態でシーズンを送ってほしそしてそんな2人を撮影しつづけていきたいと強く思った。

写真・文 田口有史

「田口有史」の画像検索結果

【写真でチェック!羽生結弦とネイサン・チェンの名場面!】

乗り越えたとはいっても羽生選手はまだ痛みを抱えた状況でハンディーを抱えていたしこれからも加療とリハビリの日々は続く。そんな状況で3枠を勝ち取り日本人一人の表彰台にたったのである。ユーロスポーツ解説者のマッシミリアーノさんが問題提起をされているように羽生、ネイサンのPCSの差が僅か1点であったこと羽生選手の3Aや4Tの異次元のクオリティーが正当に評価されずネイサンとの差も縮められていたことなど採点には到底納得できない部分がある。しかしそれはジャッジサイドの問題であり真剣に徹底的に総括して頂きたい。

 

前記事🔶時代を作ってきたのは羽生結弦だった」(後藤大輔

https://ameblo.jp/bluedragonaz/entry-12455194340.html

「パリの散歩道羽...」の画像検索結果 後藤大輔さんの朝日時代の貴重な記事です

 

関連記事「平昌の羽生結弦」(田口有史)

https://ameblo.jp/bluedragonaz/entry-12427729806.html

 

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1994年平成6年羽生結弦は生まれた。

平成はまさに羽生結弦の成長と共にあった

12/24(日) 22:42配信・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆

時代を作ってきたのは羽生だった

24日平昌五輪代表に決まった羽生結弦、

世界歴代最高得点を更新すること12回。

1人で、合計得点の世界歴代トップ3を占める。

フィギュアスケート男子のトップランナーだ。
アリスのブログ ~羽生結弦選手と日々のこと~ 

自身初の世界歴代最高得点を出したのは

2012年10月、スケートアメリカのショートプログラム(SP)だった。

95・07点。会見で「So happy!」とかみ締めた後、

 

「4回転は、トップを目指す人なら誰でも決めなきゃいけない時代」と口にした。

それから時代を作ってきたのは、

他の誰でもない羽生だった。

14年ソチ五輪、SPで史上初の100点超え。

15年NHK杯、フリーで200点、合計で300点を世界で初めて上回った。

 

4~6季で30点ずつ上がってきた男子の合計の最高得点を

2季で35点以上伸ばし、

 

ソチ五輪で2種類だった4回転ジャンプを

今季までに4種類に増やした。

 

国際オリンピック委員会は17年11月、

特集記事で羽生をこう紹介した。

「天井知らずのレコード・ブレーカー」

「頑張る子供へのメッセージ」として羽生が色紙に書いたのは

「負けず嫌いであれ」。

 

中学、高校時代の羽生にジャンプを教えた田中総司コーチは

「けがをしていても安全運転を見たことがない。

『やめなさい』って私たちが止めるしかないんです」と明かす。

今季NHK杯の練習中に体調が悪い中で4回転ルッツを跳び、

右足首を捻挫した。

無類の負けず嫌いは時に自分を傷つける。

だが、挑戦し続けたから、今の羽生が存在するのも確かだ
(後藤太輔)

 

この記事は平昌五輪の2か月前に書かれた。羽生選手はその期待にしっかりと

応え66年振りの連覇を達成した。後藤さんはこのあと朝日を離れたので

この記事は大事に残しておきたいと思う。

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プルシェンコ  「4回転トーループートリプルアクセルという   世界初の連続技を

      跳んだこと については素晴らしいのひとことです。

      選手は来る日も来る日も練習に励み

      怪我のリスクに怯え

      大会の結果に一喜一憂します。

         世間には失敗を待ち望む嫌な人たち冴えいます

  そんな中にあって 世界の最高峰に留まるのは大変なことです。

  にもかかわらず

  ユヅルは五輪を連破してなお立ち止まることなく

  さらに上をめざして挑戦し続けている

  彼のそんな姿勢に最大限の敬意を評したい。  Numberよりnnnn

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🌹五輪連覇後次のシーズンを戦ったのは

史上初のことである。

連覇後の世界選手権銀メダルももちろん史上初の偉業だ

そんな素晴らしいシーズンをありがとう!!  オトナルとオリジンは

カナダに渡った時 目標にした大人のプログラムだった。

https://ameblo.jp/mydesu/

男子シングルの来季展望   中庭健介

中庭氏の男子についての総括と来季展望は女子とは違ったものだった
 

「男子は演技時間が短くなったことでより強さとタフさが必要な競技になりました。GOEのふり幅が広くなったルール改正によりいかに4回転などの難易度の高い要素を美しく決めるかの質が問われプログラム全体の完成度芸術性を高めることが重要視される傾向にありました。                                               4回転の本数を4本までに減らしてGOEをいかに稼いで勝つかという方向に向かっていました。おそらくこの流れは来シーズンも継続するでしょう難しい技術の精密さが要求されることになります。                           

 

また男子の場合はシニアデビューしてくるジュニア世代に驚異的な逸材は見当たらず来季も羽生選手とネイサン選手の2人を軸に宇野選手、ヴィンセント・ジョウ選手などの複数の4回転を持つ選手が争うという構図に変わりはないと考えます。そうなると、この中で勝つためには、より難易度の高い4回転ジャンプを加えるプログラムが必要になってきます。

 

しかし、それに伴って故障のリスクも高くなります。羽生選手もここ最近故障が続いており、宇野選手も今シーズン故障がありました。難易度の高い4回転をトレーニングするので、なおさら肉体への負担が増すのです。その対策、つまり難易度の高い練習に耐えられる身体作りを各選手がオフにどう練ってくるのかも重要なポイントになってくるかもしれません」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190418-00010000-wordleafs-spo(元記事)

完成度を目指したネイサンチェン

ファイナル189.43と世選216.02の差とは

2018GPファイナル12月 羽生は怪我で無念の辞退

 ネイサン・チェン  282.42     羽生は初戦で297.12を出していた。

🔶SP 92.99 ジャンプミス1

   3A  4T  4Tso

🔶FS   189.43 ジャンプミス2  4Lzは回転不足で転倒

       4F    4Lz<fall   4Tot 4T-3T

ジャンプのGOEで+5はひとつもなかった。

ジャンプ構成は世界選手権と同じだ。基礎点はかわらない。

つまりいくら4Lzや4Fを跳んでも失敗すれば200点どころか190点に届かないのだ。

しかし世界選手権では216.02点に。ファイナルとの差はGOEの差である

ジャンプミスは消えGOEはマイナスからプラスに一変したのだ

4回転はもろ刃の剣マイナスがプラスになるとこんなに得点が変わるのである。

ジャンプの質を高めるそれは五輪後にネイサンが誓ったことだった。

ファイナルではまだ結果がだせなかったがスケーティングを磨きなおしジャンプの精度を上げたのだ。それは羽生選手がカナダに渡って受けたトレーニングと一緒である。しかし

ネイサンは世選前4Lztと4Fが跳べず不安だったそうだ。ところが会場入りして調子が上がっていったという。試合を制するにはピーキングの成功がカギとなるのだ

一番期待されている羽生選手

一方羽生選手は怪我明けでやっとジャンプが戻った段階でありながらフリーは2016.10を

マーク。2番目のジャンプのミスさえなければ確実に8点以上伸ばせた試合だった。

難しい技術の緻密さといえばまさに羽生選手の得意とするところである

中庭さんが分析したように羽生選手は来季も日本で一番期待される選手なのだ

それなのに最近の報道は本当に中味のないものばかり。一番の実力者を大事にしない

状況の中でアメリカの若手は着々と爪を研いでいる。いい加減目覚めよスケ連もメディアも

ステイヘルシーYUZURU!!!

https://ameblo.jp/mydesu/

羽生は真のカムバックを目指す!

国別で体調が悪かったネイサンは構成を落とし得点は世選から大幅に下がった。しかし、 あの日のフリーがネイサンの実力だとは誰も思わないだろう。 では羽生はどうか。

彼はそれどころではなかった。まだ怪我は加療の途中で痛み止めが必要だったのだ。

ウッズが腰を完治させ別格のゴルフをみせつけたように羽生も真のカムバックを目指す!

「羽生結弦選手はフリーではほぼノーミス、やはり強いですね。実力をしっかり

 出し切ったのではないでしょうか。対照的に宇野選手は歯車が噛み合わなかった・・・」(長光歌子先生)             

これは世界選手権フリーについての長光先生の感想である。誉めて頂いて光栄だが

しかし羽生選手の本来の実力はあんなものではないまた新ルールでは回転不足はビッグなミスである。彼のレベルでは8点以上失ったことになる。いや長光先生のお気持ちは

演技が良かったからミスも気にならなかったということかもしれない。

Jackieさん、WTT振り返りの中でWTTで ワールドで右足首の調子は100%と言いつつ、

 練習中の4Lo踏み切りがおかしかったり、 着氷でかばうような様子を見せたり、
 完治していないのは見てとれたと。。。。」

このように彼は足をかばいながら跳ばねばならなかった。(GOE、PCSへの影響)

まだ回復に至る途中だったのである。それがわかるデータを紹介する。

羽生選手は2016-17シーズンSPにもフリーにも4Loを取り入れた。そしてフリーの冒頭は

①4Lo②4S とした。この流れは今季と同じである。その結果はどうだったのか

4Loは何度も蘇える・・・・・・・・・・・・・・・☆

「ホープ&レガシ...」の画像検索結果 ã€Œãƒ¬ãƒƒãƒ„ゴークレ...」の画像検索結果

はプラス加点の印。このシーズンも左足甲の怪我明けだったが

4LoのGOEは着実に伸びていった。こんなにできていたのだ

2016-17羽生FS[ホープ&レガシー]冒頭4Lo/4S

   オータムクラシック  4Lo 4S〇      SP4Lo

   スケートカナダ    4Lo<<   4S

   NHK杯         4Lo 4S〇      SP4Lo

   GPファイナル     4Lo 4S〇      SP4Lo

   四大陸         4Lo 4S〇      SP4Lo 

   ヘルシンキ世選    4Lo 4S 223.20 SP4Lo

このシーズンはSPでも冒頭に4Loを跳び続け5度成功している

ところが翌五輪シーズンNHK杯前の大怪我で4Loは封印せざるを得なくなった

それでも彼にはマッスルメモリーが蓄積されている。筋肉は覚えているはずだ

そして4Loは2018年9月に戻ってきた!!

2018-19羽生FS「オリジン」冒頭4Loと4回転

オータムクラシック    4Lo 4T

フィンランド大会     4Lo<  4S

苦労して蘇らせた4Loだったがロシア大会のフリー前に右足首を負傷、

ロシアでは構成を変更した。しかし4か月後、再び4Loは戻ってきたのだ。

さいたま世選       4Lo 4S < 成功すれば8点以上増える要素=のびしろ

 

正直怪我明けの世選では無理しないでほしいと思っていたが羽生選手が

しっかり足の様子を見ながら果敢に挑戦する姿に祈りながらエールを送った。

そして成功させた集中力は羽生結弦の真骨頂である。とはいえ4Loが以前のように安定していれば4Sのミスはありえないことはデータからわかっていただけただろうか

真のカムバックを果たすには右足首の回復が何より優先されなければならないのである。

なおSPの4Sは世界選手権でミスが出たが五輪シーズンはGOE満点今季は新ルールの元オータムでは13.44フィンランドとロシアではどちらも14点を獲得するなど

すべて最高の質で成功していた。本当にもったいなかった。

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なお以前ライターの記事評でも書いたことだが宇野選手の重なるミスついて

多くのメディアがメンタルのせいにしているのが不思議でならない。

彼のミスの多くは回転不足であったことどの4回転も完成度が一定していないこと

それこそがネイサンとの大きな差である。

 

日本勢はネイサンのスピンステップの安定のレベル4と急上昇したPCSに

危機感を感じなければならない。

 

また高難度ジャンプは魔法の杖と勘違いしているメディアの多さに空いた口が塞がらない新ルールにおいて最も嫌われるのは失敗であり高難度ほど容赦なく減点される

 

その証拠にSPでノーミスだった4回転なしのジェイソンが

ミスのあった4回転2本の日本勢より高得点だった。この屈辱を忘れてはならない。

 

岡部さん曰く「どんなに難しいことをやっても失敗したらだめ。

                   失敗したものから落ちていく 」これがISUの意思である。

 

前記事🌹

ユヅルが望んだ大人の物語★シェイリーンボーンインタビュー

https://ameblo.jp/bluedragonaz/entry-12454816365.html

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2014年
🌹羽生GPファイナル連覇小林強化部長も絶賛「しばらく無敵」
 五輪王者がその年のGPファイナルを制したのは史上初めて
ショートフリー合計のいずれも今季世界最高点をマークして2位のフェルナンデスに34・26点の大差をつけての勝利日本スケート連盟の小林芳子フィギュア強化部長は「フリーの内容は完璧に近い。 
才能があって気持ちも強い。しばらく無敵だと思う」と絶賛した。
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このファイナルは本当に凄かった。中国杯のアクシデントからの完全復活Vだった。
そしてこの振りが好きだった。ファントムの感情が溢れて。音楽とジャンプがピタッと合うところも見事だった。さて今回オペラ座の話になったのは紀平選手と坂本選手がSP振り付けを彼女に依頼したことが興味深く羽生選手との最初の出会いを振り返ってみたくなったのだ
Number田村明子文より
 
ユヅルが望んだ大人の物語 「オペラ座の怪人」
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ボーン[ユヅルの振り付けを手掛けることになったのはコーチのブライアンから
          連絡をもらったの がきっかけでした。
            昨シーズンの世界選手権直後のことだったと思います」
 
そう話すシェイリーン・ボーンはパートナーだったビクタークラーツと
北米のアイスダンサーとして初の世界タイトルを手にした選手である。
 
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引退してからは、プロスケーターとしてショーで活躍する傍ら振付師として
過去に高橋大輔の「道化師」鈴木明子の「ウェストサイドストーリー」など
多くの名プログラムを制作してきた。
 
2014-15シーズンのフリーで「オペラ座の怪人」を使うことは
羽生側からのリクエストだった。
彼とのコラボは初めてだったので、
実際に会うまで何度かメールのやりとりをしました。
彼がどんな人物なのか私なりに理解したかったし
どのようなものを求めているのかなど事前にある程度打ち合わせをしたのです。
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会って最初の二日間は音楽の編集に費やし
実際には五日間くらいの短い期間で振り付けた。
 
ボーン「彼は自分がどんなものを表現したいのかよくわかっている、
     意志のはっきりした選手だな“という印象をまず持ちました。」
 
このプログラムで羽生は何を望んだのだろうか
ボーン「まずは重厚さ。厚みのあるスケートですね。
     彼のスケートはスピードがありとても軽やかで
     他の選手はうらやましいと思っているでしょう。
     でも軽いだけでなく力強く大人っぽいものも表現したい
    本人は望んでいました。」
 
練習態度はとてもまじめでプロフェッショナルだった。
また軽く流すような練習でも手抜きをせずに
4回転や3アクセルをポンポン跳ぶことにも驚いたという
 
「羽生選手はこのフリーは今までで一番難しいと言ってますが」と問うと
「えっ?本当に?」と一瞬絶句して笑い出した。
 
どこになんのジャンプを入れるかは
すべて本人とオーサーが決めたのだという
コミュニケーションはジェスチャーなども交えながら
英会話で行われた。

ボーン「深いところまで掘り下げて説明したかったので
    ちょっと英語のハンディーはありました。
    それでも彼は私のいうことは
    ほぼ全部理解していたのではないかと思います。」
 
ボーンはこのフリーの中に
ろいろなストーリーをこめたのだという

ボーン「彼がこのフリーのプログラムをしっかり演じ切ることができたなら
    ジャンプを跳ぶためのプログラムではなく
     ストーリーの中で突然ジャンプが入ってきたという
     印象のものになるだろうと思います」
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羽生選手の重厚で大人のプログラムというリクエストが興味深かった。
オペラ座の怪人・SEIMEI ・ホープ&レガシー ・オリジン 5作目はあるだろうか