サラスヴァティー3 | 徒然草子

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7 仏教におけるサラスヴァティー信仰
(1)上座部仏教圏
ガネーシャの項でも触れた様に上座部仏教圏においてヒンドゥー教神は現世利益を祈願する神々として信仰されている。

ミャンマーではサラスヴァティーはスラタディ(Thurathadi)と呼ばれ、一般的に一面二臂でハンサ鳥に乗り、本を持する図像で表される事が多い。

一方、タイではスラサワディー(Surasawadee)と呼ばれ、一面二臂でヴィーナを持する姿が多い様である。

(2)インド密教
インド密教の成就法集『サーダナマーラー』には大きく一面二臂系の図像と三面六臂系の図像のサラスヴァティーが説かれている。
(一)一面二臂像
○マハーサラスヴァティー
 身色白色、右手は与願印を結び、左手は白蓮華を持する。

○ヴァジュラシャーラダー
 身色白色で三眼、右手に蓮華を持し、左手に経巻を持する。

○サラスヴァティー
 身色白色、右手に金剛杵、左手にヴィーナを持する。

(二)三面六臂像
○ヴァジュラサラスヴァティー(1)

 身色赤色で三面の色は赤、青、白。右第一手から第三手まで蓮華、剣、カルトリ刀を、左第一手から第三手まで輪、宝石、鉢を持する。

○ヴァジュラサラスヴァティー(2)
 身色赤色で三面の色は赤、青、白であり、逆髪。右第一手から第三手まで経巻を載せた蓮華、剣、カルトリ刀を、左第一手から第三手まで輪、宝石、ブラフマー(梵天)の首を持する。

以上の他に『サーダナマーラー』では具体的な図像の言及は無いものの、ヴィーナを奏でるサラスヴァティーを指してヴァジュラヴィーナサラスヴァティーと呼んでいる。
その一方で、今日、知られているインド密教におけるサラスヴァティーの多様な図像において彼女は必ずしも楽器ヴィーナを持物としていない点が大きな特徴である。とは言え、実際の当時の信仰において『サーダナマーラー』系のサラスヴァティーが、どの程度、支持されていたかは不明である。
又、後世の日本の弁才天信仰において弁才天はしばしば蛇を眷族としているが、ヒンドゥー教やインド密教のサラスヴァティーの図像において蛇を伴う例は見られない。しかしながら、インド密教の別の女性尊であるジャーングリー(穣虞梨童女)の場合、ヴィーナ(琵琶)を持し、更に蛇を伴う事から、日本の弁才天における蛇の要素は一説にはジャーングリー(穣虞梨童女)の要素が入ってきた為とも言われている。

(3)ネパール

ネパールでもサラスヴァティー信仰が盛んであるが、それらをヒンドゥー教神としてのサラスヴァティーなのか、仏教神としてのサラスヴァティーなのかを区別する事は困難の様である。

(4)チベット
度々、述べてきている様にインド密教の諸教法を受容してきたチベットにおいても様々な図像のサラスヴァティーが知られている。以下にそれらの主要なものを概観する。
又、チベット密教においてサラスヴァティーはしばしば文殊菩薩の妃と看做される事がある為、文殊菩薩とともに表現される事もあり、又、同時に文殊菩薩の化身とされる忿怒尊ヴァジュラバイラヴァの妃ヴァジュラヴェータリーはサラスヴァティーの化身と看做されている。

○シタヴィーナサラスヴァティー
 身色白色で一面二臂、ヴィーナを奏でている。


○ヴァジュラサラスヴァティー
 身色白色で一面二臂、右手に蓮華、左手に経典を持している。


○一面四臂像
 身色白色で一面四臂、左右第一手でヴィーナを持し、右第二手で数珠、左第二手で経典を持する。


○三面四臂像
 身色白色で、左右第一手でヴィーナを持し、右第二手で剣、左第二手で蓮華を持する。


○シタヴァジュラサラスヴァティー
 身色白色で三面六臂。右第一手から第三手まで剣、蓮華、カルトリ刀を、左第一手から第三手まで宝珠、輪、髑髏杯を持する。


○シャーキャシュリーバドラ流ラクタサラスヴァティー
 カシミール地方出身のインド密教の学匠シャーキャシュリーバドラが伝えたとされるサラスヴァティーの図像である。
 図像は身色赤色一面二臂で、若々しく16歳の少女の様であり、極めて美しく穏やかで微笑を浮かべ、その仕草は魅力的であると言う。そして、右手に宝珠を持し、左手に智慧の鏡を持すると言う。


○ラクタサラスヴァティー(ニンマ派系)
 主にニンマ派において伝えられてきたサラスヴァティーの図像である。身色赤色三眼の一面二臂で忿怒の相であり、右手に宝珠、左手に法螺貝を持する。



○クリシュナサラスヴァティー
 身色青色の一面二臂のサラスヴァティーで、夫である文殊菩薩とともに表されるか、抱かれている姿で表される事が多い。


○ヴァジュラサラスヴァティー(クリシュナヤマーリタントラ系)
 ヤマーンタカ(大威徳明王)の一種であるクリシュナヤマーリについて説く『クリシュナヤマーリタントラ』に登場するサラスヴァティー。
 三面六臂の身色赤色であり、面色は白、赤、青であり、逆髪の忿怒相である。右第一手から第三手まで蓮華、剣、カルトリ刀を、左第一手から第三手まで輪、宝石、髑髏杯を持する。
 


○オチェンバルマ
 オチェンバルマはサラスヴァティーの忿怒相と伝えられているチベット密教の守護神である。身色黒色の逆髪の忿怒相であり、一面二臂。右手は棍棒と屠殺用の棒を持し、左手は索とあらゆる病を納めた袋を持する。更に12人の眷族を伴っているが、眷族達は剣、三叉戟等の武器を持し、中には馬、狼、騾馬などに乗っている者もいる。