『本当に申し訳ありませんでした』
そう言いながら俺達に深く頭を下げているのは
今回事故で智くんに怪我を負わせた人だった
でも智くんは申し訳なさそうに両足をきちんと揃えて頭を深く下げたその人にも
お得意のふにゃりとした笑顔を向けながら優しく声をかけていた
「ううん、おいらも悪かったの・・
信号が変わったからと思って安心しちゃったんだよね
やっぱりあせちゃダメだよね・・・ごめんなさい」
「智くん・・・」
その言葉を聞いたその人は
少しだけホッとした顔を見せながら下げていた頭を上げ
万が一何かあればここへ連絡くださいと名刺を1枚残してくれる
そして病室を出る間際にもう一度深く頭を下げたその人を見送った智くんは
最後まで扉が閉まったのを確認してから小さくため息を吐き
そしてそのままゆっくりとベッドへと身体を沈めた・・・
「ふぅ・・・」
「疲れたでしょ?大丈夫?」
「ん・・ありがとう・・・
それよりも翔くんの方こそ大丈夫なの?お仕事は?」
「え?あぁ今日俺は午後診は無いんだ
だからこうしてずっと貴方の傍にいても大丈夫・・・」
「そうなの?んふふっ♡よかった」
「あぁ・・もう!そんな事なんか気にしなくていいから
とりあえず今はゆっくり体を休めて?
それにもうちょっとしたらもう一度検査しようね?
なんなら今日1日検査入院でもする?念のため・・・」
「え?ヤダ・・大丈夫だよこれくら・・・!?イテテ・・」
「あぁぁぁ・・・ばか!
安静にしてないとダメじゃない
担当医の俺の言葉が聞けないの?」
「あぅ~・・・、ごめんなさい先生」
「よろしい・・・(笑)」
「んふふっ♡」
そうやっていつもの様に笑う智くんは
自分の右腕に巻かれたギブスを何度も擦っている
そう・・今回事故に遭った智くんの怪我は
不幸中の幸いにも右足の打撲と右手首の捻挫だけで済んでいたんだ
「・・・・・・・・」
さっき、ベッドで横になりながら
事故に遭った時の状況を教えてくれた智くん曰く
予定外に買ってしまった重い荷物と
前を行く栞たちに気を取られていた智くんは
横断歩道の信号が赤から青に切り替わった瞬間に足を一歩踏み出していたらしい
でもまさかそこへ車が来ているとは全然気づかなかったと話していた・・・
「そうだったんだ・・でも珍しいね・・・
栞には”車に気を付けて”って
あれ程口を酸っぱくして言ってるのに・・(笑)」
「ホントだよね~?
もうこれから栞ちゃんにその言葉言えなくなっちゃうよ・・」
「そうだね・・・(笑)」
「栞、心配してるだろうな・・後で謝らなくっちゃ・・・」
「うん、でももうすぐ雅紀と一緒にここにやって来るよ?
さっき和からそう連絡があった」
「えっ!?そうなの?ここに来るの?」
「うん、嫌?」
貴方は俺からの返事を聞いた次の瞬間
それまで優しく微笑んでいた顔を曇らせた
俺はそんな貴方の身体をそっと抱き寄せ
ポンポンと頭を優しく撫でてあげたあと
そのおでこに小さなキスを1つ落としてあげる・・
そうすることで少しでも
貴方の不安が解消できますようにと願いを込めて・・・
ー チュッ♡ -
!?
「しょ・・・?」
「大丈夫・・貴方は何も心配しなくていい・・」
「で・・でも・・・」
「分かってる、貴方はこんな時でさえ栞の母親だ」
「・・・・・・・・」
「あれからもう随分と時間は経ってしまったけど
それでもまだ心に深い傷を持っている栞の事が
心配で心配でたまらないんでしょ?」
「うん・・・。だっておいらの所為で
せっかく塞がった傷跡にまた傷がついてしまったらと思うと・・」
「そうだね・・でも俺は大丈夫だと思うよ?」
「どうして?」
「それはね・・・」
「???」
翔くんがおいらからの問いに答えようとしていた時
廊下を走る小さな足音が聞こえてきた
パタパタパタ・・・
聞きなれたリズムで走るその足音はどんどん大きくなってきて
やがておいらのいる部屋の前で止まったんだ
(あ・・・・)
おいらは薄い扉の向こうにいる筈の小さな影を見つめながら
ゆっくりと開いてゆく扉に向かって声をかけてみる
だって大好きなその足音を
この耳が聞き間違えるはずないんだから・・・
「栞ちゃん・・・?」
ー!!!?-
するとおいらのその声を聞いた瞬間
それまでゆっくりと開いていた扉が大きく開き
眼に涙を一杯に溜めた栞が姿を現した
<マ・・・マ・・・?>
「栞ちゃん・・・」
!
<・・・・っ!!!>
不安そうな顔をしながら部屋の中を覗き込んでいる栞は
ベッドの上にいるおいらと目線が合うと
それまでグッと我慢していた涙が一気に瞳から溢れだした
小さな肩を震わせながら入口の所で泣いている栞
おいらはそんな栞を抱き締めたくて愛しい名前を呼んだんだ・・・
「栞・・・こっちに来て?ママに顔を見せて?」
!?
<マ・・・マ・・・>
「ね?」
おいらはそう言うと栞に向かってそっと両手を広げてやる
<!!!?>
するとそれまでずっと唇を噛み締めながら立ち尽くしていた栞は
我慢の限界が来たのか大きな声でしゃくりあげながら泣きだすと
流れ落ちる涙も拭わないままでおいらの元へと飛び込んできたんだ
<ママ・・・、ママ~~ッ!!>
「ごめん!ごめんね心配かけて・・・」
<ママ~~ッ!うわあぁぁぁぁぁンッ!!>
「ホントに・・・ごめん・・・」
<ヒック・・・ヒック・・・ッ!うえぇぇぇぇんっ>
「栞・・・」
おいらの身体にしがみ付きながら
胸の中にあった不安をかき消すかのように栞は泣き続けてる
でも薄い扉の向こうでは「はぁはぁ」と
息を切らしながら立っている雅紀くんの姿が見えた
雅紀くんは抱き合うおいら達を見ながら
隣にいる誰かに微笑みかけている
そしてそんな雅紀くんと微笑み合いながら
おいらの前にひょっこりと顔を見せてくれたのは
雅紀くんと同じ優しい瞳でおいら達を見つめている和也だった
。。。。。。。。。。。
ね?ほら・・大丈夫だっていったでしょ?
だってこの姿が全てを物語ってるじゃない
確かに完全に栞の心の傷が癒えた訳じゃない・・
でも、その心の傷以上の大きな愛を・・
貴方は栞に与え続けた
そのおかげで栞はこんなに元気になったんだよ?
泣きたい時は泣いて
笑いたい時には笑える素直な優しい子になった・・
だから貴方が心配する事なんて何もないんだ
だって俺たちは家族で
お互いがかけがえのない存在なんだから・・・