望郷 ④ | 雪の上に照れる月夜に梅の花

雪の上に照れる月夜に梅の花

雪月花の時 最も君を想う…土方歳三、新選組、薄桜鬼大好き

(さて、あいつの初陣をどうしたものか…)

 

和泉守兼定が顕現してはや数日が過ぎたが、審神者はずっと考えていた。
 
通常なら一番最初の戦場である函館に一人で行かせる。
どうしても戦わねばならない状態に追い込むのだ。
函館は検非違使が出ないし、あそこに顕現したばかりの刀剣男士がたった一人で出陣させられたとしても、彼らが本気…つまりは真剣必殺を出せば、たとえ短刀たちであっても負けることはない。
むしろ真剣必殺を出させることで、長い間眠っていた付喪神に、自分が本来は武器であって戦うことが本領であり、そしてそれが主命なのだということを知らしめ、眠っていた闘志を再び目覚めさせるのだ。

だが、和泉守兼定にいきなりあの地を踏ませるような無茶はできない。
なにしろあそこは土方歳三最後の地。
そして倒すべき時間遡行軍の本陣の名前がご丁寧にも「土方戦死阻止隊」だからだ。
酷く動揺させてしまうのが関の山だ。今のあいつにとってなんの利益もない。
 
(だが…となると、どうするか…)
 
審神者はまた文机に肘をついて唇をなぞりながら、もう片方の手の指でコツンコツンと文机を叩きながら考える。

顕現したとき、あいつは美しいことを鼻にかけた鼻っ柱が強くて生意気な扱いにくそうなやつに見えたので、一発がつんと最初におみまいしておいてやろうと思った。
だが、土方歳三の名を教えてやったときあいつがいきなり涙を流したことには本当に驚いた。
心の底から慕っていた主が自ら自分を手放したことの辛さに耐えきれなかった……おそらくあいつの心の傷はそれだろう。、
そのあいつの心を思うと哀れで胸がたいそう痛んだ。
本人は自分の性格をあまりわかっていないようだが、ずいぶんと一途な刀剣だ。そしてたいそう情の深いやつだと審神者は思った。
だからこそ、下手に扱ってあいつが元主を慕う心をこじらせてしまい、慕うあまりに深く恨むようにでもなると厄介だ。
そうなればあいつは持ち主に災いを呼び、やがては持ち主を破滅させる魔性の剣へと転落してしまう。
 
(そうか、それで…)
 
あいつは…和泉守兼定は、土方歳三の思い出をすべて封印することで、絶望感から邪(よこしま)な気を呼び寄せてしまい、深い恨みを抱いた荒ぶる邪神として生まれ出ずることから自らを護ったのだ。
それが付喪神として生まれ出でようとしたときのあいつにできる精一杯だったのだ。
そしてそうすることで、自らの土方歳三への思いをも穢れから護ろうとしたのだろう。
 
なんというひたむきさだろうか…。
 
だが、封印された思いを抱え続けることは容易なことではない。
生身の人間であれば、そんなことを長く続ければ人格が乖離を起こしても不思議はないだろう。
 
審神者は、まだ神威の低い今のうちに是非ともあいつを真の意味で救ってやらねばならぬと強く思った。
 
審神者は所詮は人だ。そして付喪神はたとえ末席とはいえども神の端くれ。
あいつが大きな神威を得てから万が一闇落ちしてしまえば、もう審神者ごときの力では救い出してやれなくなる。
 
しかし、ならばどう導くか…。
 
(そうだ…)
 
あいつに土方歳三の後半生を追体験させるのはどうだろう?
和泉守兼定は、自分で自分を護ることで邪神ではなく付喪神として生まれることができた。
そんなあいつの土方の思い出を封印から解いてやるには、もう一度土方の歩みを含めて自らの来し方を見つめさせることが一番自然な形で出来る方法ではないだろうか?
順序よく導いてやりさえすれば、今のあいつなら当時のことも一歩離れたところで冷静に見つめることができるのではないか?
それに今は一人ではない。私以外にも寄り添ってくれる刀剣たちがいる。
 
(いや、だがそうするとなると…)
 
土方歳三の後半生を追体験させるとなると、まずは和泉守兼定を池田屋の記憶に連れて行くべきだ。
池田屋事件の時、あいつはまだこの世に刀として生まれてはいなかったが、やはりあの事件は見せてやらなければならぬ。
あの時代に土方歳三が大切に思っていたもの。
そして彼が最後まで守ろうとした矜持。
一番肝心なもの…おそらく和泉守兼定の理解の足りていないところはそこなのだ。
しかし、顕現したばかりの今の和泉守兼定の練度では池田屋の記憶の場面の突破は到底無理だ。
 
とはいえ…。
 
刀剣そのものとしての和泉守兼定は、素直で柔軟性に富み、使い手の技量に添う余裕を持ち合わせていることが大きな特徴だ。
つまりは、それがあいつ本来の性格でもある。
その上、さすがは土方歳三の佩刀、打刀としてのステータスはなかなかたいしたものだ。
 
(よし…決めた)

審神者は和泉守兼定に対し、少々荒っぽいレベリングを課すことにした。
 
 
 
 
 
・・・・・・・・
 
 
「和泉守、大丈夫か。歩けるか」
「あ、ああ…。心配には及ばねえ…」
 
隊長の三日月宗近が馬上から俺に声をかけ、俺は肩で息をしながら答えた。
三日月宗近…天下五剣であり本丸の筆頭。
練度はもちろん、刀剣たちの中で神威がひときわ高く、俺のようなひよっこは到底敵いはしない相手だ。
 
「退くぞ」
「だっ、大丈夫だっ!俺はまだ戦えるっ!退く必要はねえっ!」
「いいや、それは聞けぬ。俺は主から全員無事に連れて帰れという命を下されている」
「だがっ!」
「戦は引き際が肝心。皆を破壊から守るのもまた将の肝要な務め。
俺は和泉守をここで破壊させたくはない」
 
そう言い切って三日月宗近は馬の手綱を引いて馬の向きを変えると、戦い終わった他の刀剣たちに向かって声を上げた。
 
「撤退するっ!」
 
(くっそう…)
 
まただ。
俺は血と汗と砂埃にまみれた額をぬぐった。
 
 
 
桶狭間のあたりに数回出陣させられたと思ったら、俺はいきなり厚樫山へ出陣する部隊へと放り込まれた。
当然、俺だけ練度が極端に低く、部隊の足を引っ張ってしまう。
中傷になり追い詰められて真剣必殺を出しても、その次の戦場あたりでやっぱり俺が重傷になってしまい、結局部隊は中途撤退せざるを得ないというハメに何度も陥っている。
そして今回もだ。
俺を含めた部隊は俺のせいでまだ一度も敵本陣を踏んでいない。
悔しい。悔しくてたまらない。

そして帰城するとすぐに手入れ部屋に放り込まれ、審神者の手入れ札によってあっというまに修復されては、休む間もなくまた厚樫山へと出陣する。
その繰り返しだ。
そのたびに三日月宗近が隊長として俺を率いた。
 
「すまねえな、じいさん…。じいさんも疲れるだろ…」
 
つい口からそんな言葉が出た。
すると三日月宗近が「はて?」という顔をした。
 
「俺は疲れはしないな。この戦場はもう慣れておる。故にここで俺が全力で戦うことはない。
むしろ和泉守がいるおかげで、俺が誉を取る機会が増えてな。
じじいはますます元気さ。はっはっは…」
「えっ?」
「確かに今は和泉守のぶんを周りの俺たちが戦っていると言えるだろうが、腕を振るう機会が増えるのは俺たち刀剣にとっては悪くはないことだと言っておるのだ」
「そうなのか?」
「お前はまだ懸命に戦うばかりで周りが見えておらぬとみえるな。
誉を取る機会が増えれば、気分が高揚することはあれど疲れてしまうことなどない。
むしろ戦場にいながら思ったように刀をふるえぬときの方が疲れるな」
 
(誉…か…)
 
そんなものを俺が取れる日が来るのだろうかと少々弱気になったのが顔に出てしまった。
 
「どうした?和泉守らしくない表情だな。
元気を出せ。本陣にはまだ至ってはおらぬが、出撃ごとに近づけているではないか。
和泉守は徐々にちゃんと強くなっておる」
 
三日月宗近がニコニコと笑った。
 
「まるで子ども扱いだな」
「子ども?いやいや。今はまだどちらかというと孫みたいなものだ。
和泉守は可愛らしいな。守ってやりたくなるぞ」
 
三日月宗近が笑いながら俺の方に手を伸ばしてきたかと思うと、よしよしと俺の頭をなでた。
 
「なっ、なにすんだっ!ばっ、ばっ、莫迦にするんじゃねえっ!」
 
子どもどころか孫扱いされた恥ずかしさにかーっと顔が赤くなるのがわかり、とっさに三日月宗近の手を振り払った。
 
「はっはっは。そう嫌がるな。スキンシップというやつだ」
「うるせえっ!俺をガキ扱いするのはやめろっ!」
 
三日月宗近がまたはっはっはと笑った。
 
「少しは元気が出たようだな。では、参ろうか」
 
三日月宗近はひらりと馬にまたがると皆に出陣の合図を出した。
 
 
 
 
 
 
その夜、俺は夢を見た。
 
 
打ち込まれる大砲、燃え落ちる建物。
俺たちは追い込まれ、止む無くその建物を捨てた。
部隊を立て直して、再び挑む。
 
「あれは…あれは何だ?!」
「錦の…御旗…錦の御旗だっ!」
「そんな、そんな馬鹿なっ!」
 
仲間の兵士たちが皆立ちすくんだ。
そして俺の持ち主もまた同じだった。
その男が受けた衝撃の強さが、俺の柄の部分からも伝わってくる。
 
(何だと!俺たちが賊軍だというのかっ?!)

俺の柄を握っているのは誰だ?
この手の感触は…。
 
 
 
ふと気づくと、俺たちは今度は大きな川の見える松林で、敵方とにらみ合っていた。
何度か白刃戦に持ち込もうと突入を試みるが、あと一歩のところで阻止されてしまう。
敵は銃を持ち、こちらが射程距離に入ったところで一斉に撃ってくる。
そのたびに味方の大勢が倒れてゆく。
 
「土方さんっ!源さんがっ、源さんがやられたっ!」
「山崎も重傷だ!このままじゃ全滅しちまう…」
「………」
「なぁ!土方さんよぉ!」
「どうする!土方さんっ!」
 
なんだこりゃあ?いったいどうなっちまったんだ…。
このままじゃ無駄に兵が命を落とすだけじゃねえか。
たとえ士分ではなくても、兵は兵。大事な命だ。これ以上無駄死にはさせたくねえ…。
 
俺を握りしめている男の思考が俺の中に流れてくる。
だがやがてその男はわなわなと震える手で握られていた俺を鞘に戻した。
そしてその男は一瞬目をつぶり唇をかんだが、眼を開けると叫んだ。
 
 
「全軍、淀城まで撤退する!淀城で立て直すぞっ」
 
 
その男の顔が見えた。
あれは…あれは…。
ああ…懐かしい…俺の…俺の主…。
 
駆け寄って抱きつきたい。
 
 
主!主!俺だ、俺だよっ!会いたかったっ!!!
 
 
 
 
「土方さんっ!」
 
 
 
俺は、そう叫ぶ自分の声で目が覚めた。
 
 
 
~続~