望郷 ③ | 雪の上に照れる月夜に梅の花

雪の上に照れる月夜に梅の花

雪月花の時 最も君を想う…土方歳三、新選組、薄桜鬼大好き

 

「和泉守兼定への案内は終わったか」
 
堀川国広が審神者の部屋に本丸に届けられた文を運んでいくと、文机の前でそれに目を通しながら審神者が聞いた。
 
「はい。基本的なことはすべて説明しました」
 
審神者の後ろに控えて座っていた国広が答えた。
 
「あいつはどんな様子だ?」
「特に変わったところはなかったです。本丸での生活の仕方に特に違和感もないようですし」
「他の刀剣たちに会わせたか?」
「ええ。偶然、手合わせ中の安定と清光に会いました」
「…あの姿だ、あいつらもすぐ気づいただろうな…。で、何を話した?」
「新選組のときの話を…少し…」
「…そうか…で?」
「でも、兼さんはやっぱり自分のことは何も覚えていないみたいで…」
 
審神者が大きなため息を吐いた。
 
「今まで前の主との記憶を自分の望んだように改ざんしてしまった刀剣には何人か出会ったが、記憶を丸ごと、前の主の名前すらも全部自ら封印してしまった奴は初めてだ…。
それほど前の主との別れが耐え難かったのだろうが…」
 
審神者は腕を組んで考え込んだ。
 
「さて、あいつをどうしてやったらいいものか…」
 
文机に肘をついて、指で唇を撫でながら考えた。
じっくりと考えるときの審神者の癖だ。
しばらく考え込んでから、審神者が口を開いた。
 
「堀川国広、お前は土方歳三と和泉守兼定の出会いから別れまで、一部始終を知っているね」
「はい…。知っています。覚えています」
 
堀川国広が視線を落としてそう言ったが、突然パッと顔を上げた。
 
「あのっ!」
「なんだ?」
「兼さんに、兼さんが土方さんのところに来たときの話、してもいいですか?
土方さんが兼さんに目を止めたときのこと…」
 
審神者は少し考えてから答えた。
 
「それはきっと堀川国広、お前しか知らないことだな。
そうだな…もし和泉守兼定がお前に聞いてきたら、答えてやればいい」
「ホントですか!よかった!」
「だが、それ以上はあいつに余計なことを言うんじゃないよ。
これはあいつ自身が自分で乗り越えなくてはいけないことだ。
あいつが自分で一つ一つ思い出して、土方歳三の本当の思いをあいつ自身がちゃんと受け取らなくてはね」
「はい…わかっています。土方さんの思いも、兼さんが忘れてしまった兼さんの土方さんへの思いも、僕は、両方覚えています。両方ともすごく大切に思っています。
兼さんが土方さんのことを思い出して、土方さんが兼さんに込めた最後の思いを受け止めてくれたら…僕はもう…それで…」
 
少し涙ぐみながら話す堀川国広に審神者が微笑んだ。

「土方という男は刀剣や部下を見る目はあったみたいだな。お前を和泉守兼定の相棒にしたのはきっと正解だ」
「そういってもらえたら、僕、とっても嬉しいです…」
「いいか、自分で乗り越えさせることがあいつを本当に強くするんだ。
少々気を使ってやらねばならぬところはあるが、それ以上はこの私も手助けはしてやれない。
だからお前も、我慢して黙って見守ってやってくれ」
 
そう言って審神者は堀川国広の頭を大きな手でクシャリとなでた。
 
 
 
・・・・・・・・
 
 
 
之定が「おっと、用があるのだった。それでは今後ともよろしくな」と言って俺の元を去り、俺もまた之定に言われたことをしばらく考え込んでいると、国広が俺のところに戻ってきた。
 
「お待たせしました。遅くなってごめんなさい。大丈夫でしたか?」
「おいおい、ガキじゃねえんだからよ」
 
俺は苦笑しようとしたが、少し顔がこわばってしまった。
 
「どうかしました?僕がいない間に誰か来ましたか?」
「え?あ、ああ…。之定に会った」
「之定?…ああ、歌仙さんですね。歌仙さん、何かおっしゃってました?」
「ああ…まあ…な…」
「歌仙さん、なんですって?」
 
国広が俺の眼を見た。真面目に聞いているというのを感じた。
 
「たいしたことじゃねえんだが…。その…俺の元の主は洒落者だと…」
「そうですか…」
 
言葉は少ないが、国広の眼は「それで?」と俺に話の続きを促していた。
 
「はん!みんな揃いも揃って俺の姿形をジロジロと見やがって。
ここのやつらはよっぽど人の見た目が気になるとみえる」
「そうじゃなくて、兼さんが眼を惹くんですよ」
「四六時中鏡をのぞいてるわけじゃあるめえし、普通じゃ俺には俺は見えねえんだから、俺は俺の見た目のことはわかんねえよ。でも…」
「でも?」
「昔、似たようなことを言われた気がするんだ。
『こいつはなかなか洒落てるな。気に入った』って…」
 
国広は微笑んだだけでじっと黙っている。
 
「なぁ…国広…。俺は…。俺は見た目がいいというだけで土方歳三という男に気に入られたのか?刀剣そのものとしてではなく、持ち歩くのに見栄えがいいから俺を…」
「そんなことないです」
 
足元に転がる小石を見つめながらそういう俺に、国広が少し怒ったような声できっぱりと言った。
 
「そんなわけないじゃないですか…」
 
黙って返事をしなかった俺に国広の声が少し悲しげになった。
 
「そういえば安定が俺のことを、俺が土方のところに来た頃から知っているって言ってたな。
国広、お前、もしかして土方歳三が俺を手に入れたときのこと、知ってんじゃねえのか?」
「え?え、ええ…。知っていますよ。多分、安定よりももっと詳しく…。
僕は兼さんよりも早くから土方さんのところにいましたから。
そのとき僕、土方さんの脇差としてその場に連れられていましたし…」
 
その言葉を聞いて、俺は国広の顔をじっと見た。

「なぁ…そのときのこと、俺に話しちゃあくれねえか…」
「そうですね。わかりました。それじゃあ教えてあげますよ。兼さんが土方さんと出会ったときのことを…」
 
国広は縁側に座る俺の隣に座ると、庭を眺めながらゆっくりと話し始めた。
 
 
・・・・・・・・
 
 
慶応三年。桜の花もそろそろ終わりの頃のある天気のいい午後。
 
土方が所用から西本願寺にある新選組の屯所に戻ると、留守番の隊士から「局長が、お帰りになったらすぐ座敷のほうにいらして欲しいとのことです」と伝言があった。
何事かと思いながら、土方は座敷へと向かった。
 
「近藤さん、俺だ」
「おお、トシ、帰ったか。入れ」
 
座敷には会津藩お抱えの刀匠第十一代和泉守兼定の使いの者が、かねてより新選組が注文していた数振りの打刀を納めにきていたところだった。
 
「来たぞ来たぞぉ~。お前が待ちかねていたものが」
「やっと出来上がったか。ずいぶんと時間がかかったな」
 
そう言いながら土方は近藤の下座に座った。
 
「長いことお待たせしてしもて、まことに申し訳ないことでございました。親方が朝廷より『和泉守』を拝命いたしましてからこちら、注文が殺到しておりまして…。そのうえ親方は一昨年会津の方に帰ってしもうてあちらの方で鍛刀しておりますもんでなかなかさっさといけしまへん。これでも親方は寝る間も惜しんでの鍛刀やということでございます」
「こちらとしても急いで手を抜かれても困る。仕方あるまい。なあ、トシよ」
「それはそうだな。で、出来の方は?」
「へえ、それはもう。
今回は副長でいらっしゃる土方先生の佩刀のご注文ということどしたんで、十分気を使わせていただいたつもりです。この二月にやっと御目にかないそうなものをご用意できまして、大急ぎで拵え(こしらえ)など誂えてお持ちいたしました」
 
使いの者は、土方の目の前に三振りの打刀を並べた。
 
その中に一振り、なぜかひときわ眼をひくものがあった。
 
「ほお。これは…」
 
土方はその一振りを手に取ってすらりと鞘から引き抜き陽にてらすと、思わずそうつぶやいた。
 
長さとそり…その姿そのものが均整がとれていた。
肌目も美しく、その肌目と刃の間の地沸(じにえ)もきらきらとなかなかによくついている。
軽く振ってみて、手の馴染みや重さ、そして重心の加減をためす。
 
「ふむ…いいな…」
「どれ」
 
近藤が土方からむき出したままの刀を受け取り、数回軽く振った。
 
「ふむ、これはなかなかのもんだな。トシは元々兼定を好むが、これは随分とトシの振りに合うと思うぞ」
「ああ、近藤さんもそう思うなら確かだな」
 
そう言いながら近藤から刀を受け取ると、今度は土方は柄頭から切っ先に向けて刀を眺め、それから柄の拵え(こしらえ)を見た。
柄頭(※柄の一番手前)、縁(ふち※鯉口付近の金具)は共に無紋の鉄地。模様は全くなく、いかにも実用刀らしい。
なのに目貫だけは少々洒落っ気がある美濃風の枝山椒図が用いられていた。
 
そして次に土方はその鞘をよく見た。
朱みの強い塗りに、鳳凰と牡丹の花の蒔絵。
鞘の色目が好みの朱であったうえに意匠がなかなかの優雅さだ。
そして鍔(つば)の意匠が七夕図だというのもよい。
七夕図とは、七月七日に梶(かじ)の葉の露で墨をすり、それで短冊を書くと願いがかなうという故事になぞらえたもので、梶の葉と短冊を意匠化したものだ。
 
鞘の拵えのその優美さが、刀身のその隙がないうえに一種の潔さを感じさせるほどの無駄のない出来をいっそう際立たせていると土方は思った。
 
「こいつはなかなか洒落てるな。気に入った」
 
土方がその刀の柄をしっかりと握り、もう一度その刀身を陽にかざしながらそういった。
 
「さすがは土方先生、お目が高い。
土方先生ならばおそらくそちらをお選びになるのではと思いまして、鞘の拵えも凝ったものにさせていただきました」
「ああ。これはいい。待った甲斐があった」
 
 
刀の代金を支払うと使いの者が丁寧にお辞儀をして帰って行った。
 
土方は大層その刀が気に入った。近藤の隣で再び鞘から刀を抜いて刀身を眺める。
 
「随分と気に入ったようだな」
「ああ。いい買い物をした」
 
めったなことでは顔をほころばせない男が嬉しそうにしているのを見て、近藤も嬉しかった。
 
「そいつはトシによく似ているよ」
「刀が俺に似てるだと?急に何いうんだよ」
 
土方は刀を眺めながら言った。

「優美な拵えがずいぶんと意外だと思えるほどの実戦刀だ。
トシもそうだろ?
お前はなかなかの色男で優男に見えちまう。そのみてくれで油断してやられちまったやつも多かろう?」
「ははん!そんなやつは元々たいしたことねえんだよ。
若いころから『女みてえなツラしてやがる』って言われてよく絡まれはしたがな。
近藤さんみてえな、いかにも強そうな面構えがうらやましくてよ…。
だが、ま、相手がそれで油断してくれるってんなら、それもまた俺の武器の一つってことにしておくかね」
 
土方が刀を鞘に納めながら言った。
若い頃のこともあり、容姿のことを言われるとたとえ褒められたとしても機嫌が悪くなったりチクリと皮肉を言うことが多い土方だったが、今日の土方は近藤の言葉に眉をしかめることもなかった。
近藤は自分が思っている以上に土方が上機嫌なのだということを知り、こいつも案外かわいらしいところがまだ残っていたのだなとひっそりと笑った。
 
 
 
・・・・・・・・
 
 
 
「そうか…」
 
嬉しかった。とても。
土方という男はちゃんと俺の刀剣としての実用性を見極めてくれたのだ。
そして、やはりあの『こいつはなかなか洒落てるな。気に入った』という言葉は、その時の俺の記憶だったのだ。あの手の温もりの記憶も…。
 
「土方さんは見た目の美しさだけで自分の刀を選ぶような人じゃないです。
刀は戦場で自分の命を預ける唯一のものなんですから。
むしろ、人を見る目、ものを見る目は厳しい人でした。
理屈でどうとかいうよりも、勘のいい人だった…」
 
国広が遠い目をした。
そうだった。土方は国広の元主でもあったのだから国広もまた土方を懐かしく思うはずなのだ。
だが、国広は記憶がちゃんとある。
なのに俺にはどうして…。
 
「なあ…国広…。
どうしてお前はそんなにしっかりと元主のことを覚えているのに、俺は覚えていねえんだろう。
自分のことなのによ…。
俺とお前の差はなんだ?
俺は土方の名すら忘れちまっていた。なのに土方歳三という名を聞いただけで、なんだかすげえ悲しくて辛いような気持ちになっちまうんだ…」
「兼さん…」
 
国広がわずかに表情を曇らせて、唇を少しかんだ。
 
「ごめんなさい。僕が話せることはこれだけなんです。
あとは兼さんが自分で思い出さないとだめだって主が…」
「主?ああ、あの審神者のことか」
「そうです。ここでは審神者さんのことを『あるじ』とか『あるじさま』とかって呼んでる人が多いですよ。あとは…『ぬしさま』とか、あ、『大将』って呼んでる人もいるな…」
「フン、俺は俺が納得するまではあいつを『あるじ』なんて呼ぶもんか。審神者は審神者だ」
「兼さんらしいな」
 
クスリと国広が笑った。
 
「あの審神者がかなり力があるやつだってことは俺にもわかってんだけどよ…。
やっぱ、俺は俺を曲げたくねえしな。
それに…『大将』ってのも…な…。なんだかちょいと違う気がしてよ…」
「無理しなくっていいと思いますよ。
僕は、兼さんが兼さんらしくいてくれるほうがいいですから」
 
国広が空を見上げた。
 
国広にそんなふうに言われると少々気恥ずかしい。
だがそう言ってくれる国広が傍にいてくれることがなんだか随分と心強く思えて、俺は少しだけほっとした気持ちになった。
 
 
 
~続~
 
 
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土方歳三がどうやって和泉守兼定を手に入れたのかにはいくつか説があるようです。
第十一代会津兼定は会津藩のお抱え刀匠でもあり、その関係で新選組にも刀を納めていたといわれています。その説を使っての捏造でした。
 
あと、土方さんの和泉守兼定の鍔ですが、ネット上でなどでは「梅の花の模様」となっているのが多いのですが、正しくは七夕図です。(土方歳三資料館資料より)
七夕図の梶の葉の浮彫が五葉で、それを五つの花弁の梅の花だと思いこんだのでしょう。
ちゃんと葉脈もありますよ。
 
 
 
そしてなんだか予定以上に国広が活躍してしまってるなぁ…。