望郷 ② | 雪の上に照れる月夜に梅の花

雪の上に照れる月夜に梅の花

雪月花の時 最も君を想う…土方歳三、新選組、薄桜鬼大好き

 


大広間、風呂、厨に洗濯場…堀川国広に本丸の中を一つ一つ丁寧に案内され、刀剣男士たちがここでどのように生活しているのかの説明を詳しくされた。
畑当番や馬当番まであることにはいささか驚いたが、その他に関しては多少程度の差はあるにせよ大勢で共同生活を送るにはいろいろと決まり事があるのは当たり前だと思ったし、どんなことにせよここで生活するには最低限守らねばならぬことならばしょうがないと思えて全く違和感を覚えなかった。
 
そうしているうちにどこからか剣術の稽古らしき物音がしてきた。
 
「…あれは…」
「あ、道場に誰かいるみたいですね。じゃ、次はそっちを見にいきましょうか」
 
国広に連れられて行くと、本丸の裏側になかなか立派な道場があった。
 
「内番に手合わせというのもあるし、演練という他の本丸との出稽古もあるんですよ」
 
説明しながら国広が俺を道場の入り口に連れて行き、俺はそこから中を覗いた。
なるほど、二人の男士が手合わせをしている。
待てよ…、あの俺のマントと似た柄の青い羽織のヤツのあの太刀筋…。
もう一人のあの赤い眼をしているヤツも、あの構えは…。
 
「…総司…」
 
無意識に俺はその名を口にした。
と、そのとたん、国広と、そして手合わせをしていた二人がはじかれたように振り向いて俺を見た。
 
「兼さん!思い出したの?」
「あ…いや…」
 
俺たちの声に、手合わせをしていた二人が構えを解いた。
青い羽織のヤツが俺の顔をよく見て驚いたように目を丸くする。
 
「土方…さん?…土方さんなの?」
 
駆け寄ってこようとした青い羽織のやつを赤い眼をしたやつが止めた。

「待って、安定。違う。そんなわけないじゃん」
「でも清光、そっくりだよ。あの人に…」
 
清光と呼ばれた方が俺をジロジロと見た。
 
「ねえ…もしかして…あんた、和泉守兼定…?」
「そうです!兼さんです!やっと来てくれたんです!
兼さん!大和守安定と加州清光ですよ!」

国広が嬉しそうに答えると、大和守安定と加州清光と呼ばれた二人がこちらにやってきた。
 
(あいつらは俺を知っている…)
 
でも俺はあいつらに覚えがない。
さっき、自らの口から出た「総司」という名前にも…。
 
「和泉守、よかった、また会えて…」
「あ、ああ…」
 
親し気に話しかけてきた大和守安定とは対照的に、曖昧な受け答えをする俺を加州清光の赤い眼がじっと見つめた。
 
「もしかして、僕たちのこと覚えてないのかな?」
「あ、兼さん、まだ顕現したばかりで…」
 
国広がごまかそうとしたが、俺ははっきりといった。

「ああ…悪い…。俺はほとんど記憶がねえ…。その、土方とかいう前の主のことも…」
 
安定と清光が目を見張って「えっ?」という顔をした。

「で、でも和泉守はさっき清光と僕を見て『総司』って…」
「その『総司』ってのもよくわからねえ…。
ただ、お前らの太刀筋や構えを見てたら自然と口から出ちまったんだ…」
「その『総司』ってのはね、『沖田総司』。僕と安定の元の主の名前。
和泉守の元の主の土方さんと同じ、元新選組の隊士だった人。
あー、でも、僕は和泉守とはほとんど接触はなかったから和泉守が覚えていなくても無理はないかもしれない。僕は和泉守が土方さんのところに来るまでに帽子が折れて駄目になってしまっているから。池田屋事件でね」
「そうなのか…」
「うん。でも沖田総司は僕をとっても愛してくれたんだ。だから僕はこうやって沖田総司の愛刀の付喪神として顕現できてる」
「僕も、僕もだよっ!」
 
安定が負けじという。
 
「僕は和泉守のこと覚えているよ。和泉守が土方さんのところに来た頃のことも知ってる。ほんの少しの間だったけれど一緒に戦ったし。
でも、僕も清光と同じようなもの。僕の刀身は行方不明なんだ…。沖田くんが僕をとても愛してくれたから、今も付喪神としてこうやってここにいることができているんだ」

俺は思わず国広を見た。国広は悲し気にうなづいた。
 
「僕もですよ、兼さん。刀身は行方不明のまんまです。でもよかった。兼さんが…和泉守兼定の刀身が無事で…。土方さんがあんなに大切にしていた兼さんが無事でいてほしいって僕たち、ずっと願っていたんですよ」
「俺は…大切にされていたってのか…」
「そうですよ、兼さん。土方さんが形見に残したくらいですからね。それに、とても大切にされていた刀剣だからこそこうやって付喪神として顕現できているんですから」
 
だが、それならなぜ俺には全く記憶がないのだろう…。
なのにどうして『土方歳三』という名を聞くだけでこんなにも胸が締め付けられ、あの審神者の前で不覚にもあんなに涙を流してしまったのだろう…。
 
『お前は元の主の名を忘れることでその思いを封印していたのか…』
 
審神者の言葉を思い出す。
 
(俺の封印した思い…)
 
「あ、でもまだ顕現したばかりですからね!きっと少しずつ思い出しますよ。僕たちが一緒にいますしね」
 
国広が気を使ったのか明るい声でそういい、安定や清光もうなづいた。

 
 
 
 

安定と清光と別れ、本丸の中の説明をし終わると、国広は今度は俺を中庭に面した縁側に連れて行った。
そこに並んで座ると国広は今度は戦闘のこと…出動や遠征、刀装に関してのことなどの説明をこまごまとしてくれた。

「でも、やっぱりさすがですねっ、兼さん」
 
一通り説明が終わると、国広がニコニコして言った。

「何が?」
「こんな大所帯の共同生活に全く驚かない」

縁側から中庭にぴょんと飛び降りた国広が、後ろに手を組んで嬉しそうに軽く飛び跳ねるようにしながら言った。

「なんでだ?これが普通じゃねえのか」
「うふふっ。そうですね。あの頃、新選組の屯所はやっぱりこんな感じでしたしね。いろいろ当番があったり、部隊に分かれて出動したり、組頭さんがいたり」
「屯所…」
「ええ。あ、そうか。むしろ兼さんはこういう生活しか知らなかったんですよね」
「こういうの以外にどんな暮らしがあるってんだ?」
 
国広がもう一度俺の横に座り、少し視線を落とした。
 
「ここにいる刀剣たちの多くはいわゆる『名刀』と呼ばれる刀剣たちです。
かつては元の持ち主と共に戦場に出てはいたものの、その後、名家と言われるような大大名家に献上されたり、譲られたり、神社に奉納されたり。あ、帝に献上されて御物として大切にされていた人たちもたくさんいます」
「はん!俺みてえにドロくせぇ生まれ育ちの刀はほとんどいねえってわけか」
 
国広が隣に座る俺の顔を見上げた。
 
「…そうやって、だんだんと思い出せればいいですね、兼さん」

にっこり笑ってそう言った。
 
 
 
 
国広が近侍の仕事を済ませてくるから少し待っていてくれといい、俺は一人で縁側に座ってここで知ったことをもう一度考えた。
 
俺の持ち主は土方歳三という男だった。
俺はその男に形見として残された。
そして俺は…その男に対する深い思いがあったらしい。
だが今それを俺は忘れてしまっている。
封印している?なぜだ…。
堀川国広、加州清光、大和守安定…そして沖田総司…彼らのことも俺は知っていたのか…。
 
 
 
 
少しむこうを一人の男士が通りがかった。
どこかで見覚えがあるような、懐かしいような後ろ姿。あれは…あの姿は…。
 
「之定…」
 
背を向けていたその男士がピクリと反応し、ゆっくりとこちらを振り向いた。
品のいい優し気な男だ。
 
「だれだい?僕をその名で呼ぶのは…」
 
目が合うと、その男は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに微笑んで俺のそばに来た。
 
「君は…。もしかしたら…」
「俺は…和泉守兼定…」
「おお、やっぱり。やはり同族は一目見て互いにわかるものだね」
 
そう言って親し気に笑った。
 
「君は会津兼定の十一代目の和泉守兼定だね。
兼定の名跡を継いだ刀匠は代々いるが、『和泉守』の名を拝領したのは僕の二代目兼定と、君の会津十一代目兼定の二人だけだったね」
「ああ、そうだ」
「僕は之定が一振り、名物名を歌仙兼定という。
だからみんなは僕のことを『歌仙』と呼んでいる」
「歌仙…」

「いや、君は僕のことを之定と呼んでおくれ。同族のよしみだ。
歌仙兼定という名も、三十六人の人を斬ったことから三十六歌仙になぞらえて付けられたものでね。実をいうとそう雅なものではないんだ。みんなには秘密だけれどね」
 
そう言いながら之定は俺の姿形をじっと見た。
 
「ところで…実用刀の多い幕末刀にしては君は大層美しい姿をしている。
前の主は随分洒落者だったんだね」
 
こいつはなかなか洒落てるな。気に入った。
遠い昔、誰かにそう言われたうっすらとした記憶…。
そう言って、俺を掴み上げた手の感触。
あれは…。
 
「さあな。俺の知ったことじゃねえ」
 
初対面の奴に美しいなどと言われた気恥ずかしさに、俺はぶっきらぼうにそう答えてふいと横を向いた。
ここのやつらはなんでそんなに俺の容姿のことを気にかけやがる?
 
「君の魅力は、その雅な姿に似合わぬ荒削りで向こう気が強いところだな」
 
之定がクスクスと笑いながら言った。
笑われていい気はしない。
 
「なんだと?」
「褒めたのさ。
刀にとって美しさと攻撃性の二面性を持つことはいいことだよ」
「そんなこと考えたこともねえ」
「そうなのかい?それは残念。
武器としての性能の高さは、突き詰めれば一種の美術品の域にまでたどり着く。
実用性をとことん追求すれば、それは無駄のない究極の美しさを生むのさ。
僕たち刀剣の魅力が武器そのものとしての魅力だけではないというのはそういうことなんだ。
だからここにいる刀剣男士たちはみなとても美しいよ。
そして君もまたとても魅力的だ。同族として鼻が高い」

全く、この男はそんなこっぱずかしい台詞をどうしてこうもしゃあしゃあと言えるのか?
 
だが俺はそう思いながらも、記憶の片隅にある、大事そうに見つめられ丁寧に刀身の手入れをされるときに感じた誇らしさを思い出した。
 
あれはきっと土方歳三との思い出なのだろう。
だが土方歳三は俺が美しいから愛していたのだろうか?
 
思い出したい。
土方歳三のことを。
 
俺自ら封印してしまっているということは、俺にとって受け止め難い何かがきっとあったのだ。
だが俺はこうして付喪神として顕現した。
それは土方歳三の思いがあったから成されたこと…。
ならば俺も、元主の土方歳三のその思いを知りたい。思い出したい。
 
俺が封印した土方歳三への思いを。
そして、土方という男がどういう男なのか、彼が彼の人生をどう生きたのかを。
 
 
 
 
~続~