望郷 ① | 雪の上に照れる月夜に梅の花

雪の上に照れる月夜に梅の花

雪月花の時 最も君を想う…土方歳三、新選組、薄桜鬼大好き

 

誰かが俺を呼んでいる…。
 

いや…名を呼ばれているんじゃない。
そんなヤワなもんじゃない。
 
光も音もない、だが安寧としたこの虚空の暗闇。
そこに眠る俺を有無を言わさず引きずり出そうとする強い力を感じる。
 
俺を包む空間がゆっくりと回り始めたと思うと、あっというまに渦を巻き始めた。
徐々に強く激しくなる渦が俺を否も応もなく巻き込んでゆく。

俺の眠りを覚ますのは誰だ…。

真っ暗な闇の中に一条の光がさして、彼方に小さな光の点が現れた。
回転の勢いを増しながら、その渦は暗闇の中に現れたその光の点に向かって強力な力で吸い込まれてゆく。
 
その渦に巻き込まれている俺の脳裏には誰かの…一人の男の横顔が影絵のように一瞬ぼんやりと浮かんですぐに消えた。
あれは…あの男は…。
 
 
やがて猛烈な勢いと共にはじけるように一気にあたりに光が溢れ、思わずその眩しさに目をしかめると、俺は未知の空間に放り出された。
 
 
 
 
 
 
 
 
ひざまずいてその空間に降り立ち、すっくと立ち上がって目を開けると、あの眩しい光はどこに行ったのか、そこは薄暗いお堂の中のような場所で、目の前に一人の男が目をつぶって胸の前で右手で二本の指を立てる刀印(とういん)を結び、ブツブツと呪(まじな)いを唱えながら座っていた。
俺の気配を感じたのか、男がゆっくりと目を開ける。
年の頃は30代半ばあたりか?
着物を着た、なかなかにきりりとした眉目秀麗な男だった。
 
 
「俺は……和泉守兼定…」
「ほう…これはまた…」
 
男は目の前に現れた俺を見上げ、俺の姿形をまじまじと見た。
 
「ふむ…。まだ神威(かむい)がそう高くないようだな…。生まれたばかりか。
また随分と若い魂の付喪神が顕現したものだ…」
「神威が低くて悪かったな。あんたが俺を降ろした審神者か」
「ああ、そうだ。どれ、和泉守兼定、こっちへ来てよく顔を見せろ」
 
審神者の言葉には従わねばならぬ。
俺は審神者と名乗った男の前にひざまずいた。
審神者が俺の顎に指をかけると、顎を掴んで顔を上げさせ、まじまじと俺の顔を眺めた。
 
「なるほど…。女と見紛(みまご)うほどの美しさだな…」
 
そういって俺の目を覗き込んでフッと審神者が笑った。
 
女みてえなツラしてやがる…遠い昔、そんな言葉を聞いたようなおぼろげな記憶がよみがえる。
あれは…誰のことだろう…。
 
そんなことを思いながら、審神者の目から俺は目をそらした。
 
「ああ、すまない。心配するな。私には衆道の気はかけらもない。
私は女が好きでな。それも今は十分間に合っている」
 
そういって審神者はニヤリと笑った。
すまないといいながらも俺の顎を掴み上げたまま離さず、不躾に俺の顔をジロジロと眺めまわす審神者を俺はギロリと力一杯にらみつけた。
腹立たしい。
相手が審神者でなければ、その顔に唾を吐きかけてやるところだ。
 
「お前、なかなかいい眼をする。練度が上がればさぞかしいい刀剣男士となるだろうな」
「………」
 
こんなヤツが俺の審神者とは…。先が思いやられる…。
 
「その姿形…お前もまた前の主が忘れられぬか…」
「前の?主…?」
「なんだ、記憶がおぼろげなのか。
漆黒の髪、白い肌、品のよい端正な顔立ち。
人に『入室伹清風』と言わしめた涼やかな姿…」
「にゅうしつしょせいふう…?」
「ああ、そうだ。部屋に入ってくると清らかな風が吹くようなさわやかさという意味だ。
しかし…記憶がおぼろげながら、まるで生き写しのような姿で顕現するとはな…。
それだけお前の思いの根が深いということか…」
 
俺の姿が…前の主とやらの生き写し…。
 
目を伏せて審神者が少し考え込んだ。
 
「お前は…前の主を…。そうか、あの人はお前にとって初めての…最初で最後の主だったか…」
「俺の…初めての…主…」
「ああ、そうだ。名も覚えていないのか?」
 
俺は首を横に振った。

審神者は俺を少し憐れみを込めたような目で見た。

「そうか…名は忘れたか…。
では名だけ教えてやろう。
土方歳三。新選組の副長だった。幕末という動乱の時代を駆け抜けた、最後の武士と言われる男だ」


土方…歳三…。
 
土方歳三。
 
 
なぜだろう。
その名を聞いただけで、俺は…。
 
俺の目に涙があふれ、こぼれ落ちた。

審神者に顎を持ち上げられたまま俺は泣く。
一筋、二筋…次々と涙が頬を伝う。
なぜだか涙が止まらない。
こんな無様な姿を今出会ったばかりの、俺にこんな不埒とも言うべき態度をとる審神者に見せたくはないのに…。


「お前は…。
お前は元の主の名を忘れることでその思いを封印していたのか…」
 
こころなしか、審神者の声が優しく俺の心に響いた。
 
 
 
 
「和泉守兼定」
 
ひとしきり涙を流して俺が落ち着きを取り戻すと、俺の顎から手を放し俺の前に座りなおした審神者が俺の名を呼んだ。
 
「お前はこの本丸に刀剣『和泉守兼定』の付喪神として顕現した。
私が降ろした。お前の意志に関係なく…な。
思うところはいろいろとあるだろう。
そして、この本丸でのお前に与えられる使命も、まだ付喪神として生まれたばかりのお前には辛いことも少なからずあろうかと思う。
だが、それもこれもみな、お前が付喪神として成長し神威を上げるための試練だと思って精進しろ。
幸い、ここにはお前と同じ付喪神の刀剣男士の仲間が数多いる。
皆、お前と同じだ。いろいろな思いを抱えている。
私はお前がここでお前なりの学びを得て、付喪神として自らの力をこの本丸で存分に発揮してくれることだけを願っている」
 
そういう審神者の声は、先ほど不埒だと感じたのが嘘のような、審神者らしい威厳のある声だった。
この審神者はかなりの力の持ち主だ。侮れない…。
俺は直感的にそう悟った。

「ああ…。わかった」
 
俺は言葉少なく答えた。
審神者はそんな俺を見て、微笑んで一つうなづいた。
 
「さて、和泉守兼定。
まだ顕現したばかりで右も左もわからないことだろう。
丁度良かった。
今日の近侍はお前のことをよく知る刀剣だ。
そのものにいろいろとここでの暮らし方を教えてもらうように」
 
俺のことをよく知る刀剣?
そいつは誰なんだろう…。
 
「おい、もう戸を開けてもよい!入ってこいっ!」
 
審神者が戸口に向かって大きな声で声をかけると、勢いよくお堂の戸が開いて、青年と呼ぶには少し若い、大きな目をくりくりとさせた男士が飛び込んできた。
 
「お前が待ちかねていた和泉守兼定だ」
 
審神者のその言葉を聞き終わるのを待たず、その男士は「兼さんっ!」と叫んで俺に駆け寄った。
 
「兼さん!やっと来てくれたんですねっ!僕、ずっと兼さんを待っていたんですよっ!」
 
そういって満面に笑みを浮かべて座っている俺に飛びつくと俺をぎゅっと抱きしめた。
突然そんな風にされて俺は驚き戸惑った。
 
「ちょっ!待て!何を…お前…は…」
「僕、国広ですっ!堀川国広!」
 
堀川…国広…?
なんとなくその名の響きに聞き覚えがある…。
 
「国広…」
「はい!そうです!国広です!僕は前の主のところでずっとずっと兼さんと一緒にいたんですよ!」
「そ、そうなのか…」
「ええ」
「わ、悪い…俺、まだ…」
「あ、いいんですっ!兼さんはまだ顕現したばかりですし、僕のこと思い出せなくても。
僕が兼さんのこと、ちゃんと覚えていますから。兼さんもそのうちきっと思い出しますよ」
「あ、ああ…悪いな…」
「それより、もっと顔、よく見せてください!」

座っている俺の前に膝立ちになった堀川国広が、俺の前髪をかきあげると俺の頬を両手で包んで俺の顔を覗き込んだ。
 
「ああ…本当に…。前の主に…土方さんにそっくり…。京にいたころの土方さんの生き写しだ…」

俺の顔を覗き込んだ国広が小さく「懐かしいなぁ…」とつぶやき、うるうると眼を潤ませたかと思うと、少し涙ぐんで鼻をすすった。

「お、おい…」
「あ!」
 
国広がパッと俺の顔から手を放し、恥ずかしそうに後ろに手を隠して俺に謝った。
 
「ごめんなさい。つい…」
「いや…いい…」
 
なんだか妙に照れくさい。
俺はかきあげられた前髪を元に戻しながら、立ち上がった。
俺が立ち上がると、国広が俺を見上げて目を丸くした。
 
「うわ…」
「どうだ、なかなかの美丈夫だろう?」
 
なぜか審神者が誇らしげにそう言って、国広がうんうんとうなづいた。
 
「堀川国広、あとは任せた。和泉守兼定にこの本丸を案内してやってくれ」
 
審神者にそういわれて国広が嬉しそうに笑って俺の手を取った。

「はい!お任せください!さあ兼さん、行きましょう!」
 
 
 
 
戸が開かれお堂の中にまぶしい光が差し込む。
 
俺は国広に手を引かれ、顕現して初めて太陽の光のあふれる外の世界へと足を踏み出した。
 
 
 
 
~続~
 
 
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えっと。
 
「刀印」(とういん)とはこれです。
 
 
 
 
映画やなんかで陰陽師がよくやってるやつ。
 
魔を祓う刀をイメージした手でつくる印です。
 
審神者がどんなふうにしてるのかなんて今まであんまり考えたことなかったのですが、今回男性審神者を設定したときふとこれが浮かびました。
 
ちなみに、刀印は男性は右手、女性は左手で結ぶという話もあります。
(いろんな宗派によっても違うみたいですが)
 
ということで。
 
兼さん、無事、顕現いたしました♪