目指せ日刊「eミィの小部屋」 -2ページ目

ムッシュの哲学的な名曲

今日は、Interfmの『Lazy Sunday』、TokyoFMの『サンデー・ソングブック』でもムッシュの追悼特集をやっていた。

特にファンだという自覚はなかったが、いい曲をたくさん作ってきた方だったのだな。

やっぱり、初めて聞いたときの「我が良き友よ」のフォークの印象が強かった方だが、ザ・スパイダース時代の曲もソロの曲も意外なほど知っていることに驚いた。

自分の好きなことだけをして生きているという自由な感覚をお持ちだったように思う。

そこに憧れた人も多かったんだろうな。

 

何十年ぶりに聞いた、「はじめ人間ギャートルズ」のエンディングテーマ「やつらの足音のバラード」。

 

 

 

昔聞いた時にも不思議な感じがしたものだが、哲学的な歌詞がなんだかじんわりと沁みてきた。

しんみりと淋しいですな、R.I.P.

 

 

私とラジオ(4)山下達郎編

山下達郎を初めて知ったのは日立マクセルのCMで、だった。

当時TVで見て、すっかりはまってしまったのだ。

 

 

以来のファンである。

ラジオではNHKの『サウンド・ストリート』から入り、TFMの『サタデー・ソングブック』を経て『サンデー・ソングブック』に至る長い長い年月のリスナーになってしまった。

 

私のオールディーズ好きは、『アメリカン・グラフィティ』や『グリース』など50’s映画がきっかけだったはずだが、達郎氏、大瀧詠一氏の影響もかなりある。

彼らの影響で深みにはまっていったのはゾンビーズ、フィル・スペクター、ラスカルズ、フォーシーズンズなどが代表的なミュージシャンだろうか。

ドゥワップやR&Bのジャンルの素晴らしさを教えてくれたのも達郎氏だ。

 

演奏したり、作ったりする才能は残念ながらないが、耳だけは肥えただろう。

音楽的な教養は随分高めていただいた、と思う。

 

もちろん達郎自身の音楽は今でも素晴らしい。

ライブに行くと3時間越えの長丁場で、オーディエンスとの真剣勝負的な所があるのだ。

驚くほどの声量だし、演奏もファンを居続けてきてよかったと思えるクオリティである。

臨死体験をせずに、人生を走馬灯のように回想できたりするのが味わい深い。

 

日曜午後2時の『サンデー・ソングブック』は欠かさず聞いているのだが、19日の夜に放送された『“夜の”サンデー・ソングブック~珍盤奇盤 R-18~』にはびっくり爆  笑

まさかの大人向けというかお色気ヴァージョンで、スネークマンショーみたいだと思っていたら、まさにスネークマンショーからもオンエアされていたりして。

確かにこれはRadikoのタイムフリーにはできない内容だったなあ。

こういうのも好きだったのね、達郎さんニヤリ

うさ子ちゃんとミッフィー

先日、ディック・ブルーナさんが亡くなりましたね。
ミッフィー(当時はうさ子ちゃんと呼ばれていた)の愛らしい姿に心奪われたのは小学生のときだったはず。
市内の図書館で子供用の貸し出しバッグにイラストがプリントされていて、それ目当てに妹と2人だけで電車に乗って図書館に行ったことを覚えている。
色は黄色だったのだが、このイラストだったかどうかうろ覚えなのだ。
なにしろ随分古い話なものでニヤリ
借りたのはムーミンだったろうか?
そのころは、ちょっと怖いトーベヤンソンの漫画を図書館で借りていた。
 
ミッフィーに使用する色は赤、青、黄、緑、黒、白の6色に限られているのだ。
そぎ落とされたミニマムなデザインだけど、オランダらしい素朴な魅力もあった。
 
時々開催された首都圏のミッフィー展にはその都度足を運んでいた。
アニメの「ミッフィーとおともだち」も、登場人物たちのブリティッシュアクセントが好きで見ていたものだ。
そういえば、ミッフィーの貯金箱欲しさに埼玉銀行に口座を作ったこともあったなあ。

ブルーナ氏は毎朝家を出て、仕事場に行き、夕方仕事を終えて家に戻る勤勉な暮らしをかなり高齢になってからもずっと続けていると読んだことがある。
年を取っても、子供から愛される世界を表現できると創造力を保ち続けるというのは並大抵のことじゃないはずだ。
誠実でピュアな心を持ち続けてきたお人柄ゆえ、だったのだろう。
R.I.P.