この記事は、
「プール行きバスツアーや海水浴の日には」(2015/08/14 22:00:00)
を復元したものです。
ブログネタ:明日何時起き? 参加中
本文はここから
昨今はオンならば6時前後、オフならば8時過ぎあたり。体調不良時はこの限りにあらず。
別のネタ投稿でも書いた幼少時のことを書いておこう。
あの頃の夏休みには、子供会のプール行きバスツアー、家族での海水浴などビッグイベントがあった。事前に浮き輪を用意し、ふ~ふ~の練習をするのも楽しみのうち。当時は無地ものを持って行くことが多かった。今ならばこのようなシンプルなやつだろう。
【子供会バスツアー編】
幼稚園児~小学生のときには、バスツアー参加権利を賭けての!?ラジオ体操があり、6時前後に起きていた。小6のときにはもう少し早かっただろう。
バスツアー当日は、少しばかり早起きして、
「これから泳ぎに行くぞ!」
と、荷物を持ってラジオ体操の会場に集合した。体操終了後、即バス乗り場へ移動した。考えることは皆同じなのか、服の下にスクール水着
を重ね着し、学級色体操帽子
の下に水泳帽子をかぶっていた。もちろん、学校のプールでは使えない浮き輪やビーチボールもお忘れなく。
バスに乗り込み、ラジオ体操&ツアーの点呼。そのまま出発進行!
1時間半ほどして、間もなく遊園地に到着という頃、
「今ここで浮き輪をふくらませなくてもプールが逃げることはありません…」
バスガイドの名アナウンス。(笑)下車時に入場券を受け取り、指定の集合場所へと向かった。今でいう桟敷席だろう。着くや否や、そこで着替えて(というか服を脱ぐだけでOK!)準備体操をしてシャワーを浴びる。
例年、その直後、この桟敷席が浮き輪ふくらまし大会の会場と化したものだ。周りを見ると、他の子たちは、お母さんに浮き輪をふ~ふ~してもらっていたが、私だけは、自分の浮き輪を自分で…それだけでなく、妹の浮き輪、持って来た場合は母親の浮き輪もふ~ふ~して、周りの人々をびっくりさせた…かもしれない。PAT528700や、それに似たふ~ふ~しやすい空気栓のおかげで、当時4歳の少年でも、浮き輪をほぼパンパンになるまでふ~ふ~ふくらますことができた。
ものにもよるが、いまどきの浮き輪は逆止弁が開きにくく、それなりにふ~ふ~が困難といえる。このことを考えれば、修学旅行兼臨海学校の幼児版で、浮き輪を自分でふ~ふ~する子たちの方がある意味凄いだろう。
【家族で海水浴編】
前日も、いつものように海水パンツいっちょに帽子をかぶって、浮き輪ふ~ふ~の練習をしていた。その浮き輪を持って布団へ直行。
当日は5時前後に起きていた。朝食もそこそこに?父親の車で朝早く出発した。
伊豆某所には、父親の知り合いが経営している民宿&海の家&食堂&よろずや(今で言う小規模スーパーかコンビニ)がある。そこが我が家の夏の定宿というわけ。
その途中、タイヤがパンクしたからと某ガソリンスタンドへ。
手動式高圧ポンプで、タイヤの、なぜかチューブだけをシュコシュコ。空気圧計の読み方はガソリンスタンドのオーナーから教わった。針がここにくるまでひたすらポンプを押すのだ、と。これは良い準備運動になった。
タイヤパンクという嘘にはしてやられた。私たちも車も暫し休憩。謎のチューブを積んでスタンドを後にした。
それからもう少し走り、例の民宿&海の家&食堂&よろずやに着いた。
この民宿はまさに昭和時代のリゾート。超穴場な海水浴場は目と鼻の先にある。部屋で早速服を脱いで浮き輪をふ~ふ~。年中組編入の年の夏、初海水浴&初浮き輪以来、自分の浮き輪はもちろん、妹のと、カナヅチ宣言して以来母親の浮き輪もふ~ふ~した。先程ガソリンスタンドでゲット!した謎のチューブ、それは父親の浮き輪だった。
夏生まれの妹は、この宿で誕生日を迎えることもあった。そんなときには、夕食が豪華になり、ちょっとしたものをゲット!できた。あのお揃い2重浮き輪もそうだった。