「お久しぶりです。シマフクさん!」
と、瀬戸内海を思わせるパーマネントブルーのワンピースを着た女性が、微笑みながら言う。
「失礼ですが、ぼくと以前どこかでお会いしたことがありましたか?」
シマフクは、この女性に心あたりがない。
「あれから、もう18年になりますから、きっと覚えてはいらっしゃらないでしょうけれど、私はずっと忘れずにいます。
忘れようとしても、忘れられないわ!」
女性が、涙声になっている。「全然、お変わりになってませんのね!?」
もしかして!?シマフクの脳裏にひらめくものがあった(さっき、俳優のヌクミズさんに似た年配の男を見たからだろうか?)。
「もしかしたら、18年前に歪んだ街のマンホールの近くでお会いした母子(おやこ)の、その娘さんだった人ですか?」
〈もう、こんなに大きくなられたんですね!〉と、続けて言おうとしていたシマフクを、女性の声がさえぎった。
「私、あの時の母親の方ですわ!」と言って、クスッと笑う。
シマフクは混乱している。
ひとまず落ち着こうと思い、レジ脇に椅子を持ってきて、そこに女性を座らせると、自分は珈琲を入れるために奥に入ってゆく。
珈琲をカップに注ぎながら、彼は少しでも落ち着こうとしている。
シマフクは、18年前のあの日、歪んだ街で起こったことを、順を追って記憶の底から呼び戻そうと試みているようだった。
「あの時、ぼくはあの母子にマンホールから上がったところで出逢って、女の子が興味津々に真っ暗なマンホールの中を覗きこんでいたので
〈その下へは、降りない方がいいよ!〉と言った」
「そうなの。せっかくあなたがそう言って下さったのに、あの娘ったら、中に入って降りて行ってしまったのよ!」
いつの間にか、シマフクはその母親の女性と向き合ってレジ脇に座り、珈琲をすすっていた。
おかしいな!?シマフクの魂は、まだ店の奥で珈琲を入れているはずだったのだが、彼の身体(からだ)はすでにこうして女性と向き合って対話しているのだった。
「あれからぼくは、駅へ戻ろうとして(こんな気味の悪い歪んだ街からは、一刻も早く抜け出したかったから)、実際戻って行った。
途中で確か、救急車が消防車を引き連れて、けたたましいサイレンを鳴らしながらぼくの脇を、凄まじいスピードで走り過ぎて行ったことを覚えている。
こんな凸凹な路面の街だから、当然交通事故も多そうだったし、その時は別段気にも止めていなかったけれど-----」
「あの時は、私が救急車を呼んだのよ!
あの歪んだ街には、文字はもちろん数字も存在していなかったから、テレパシーを使ってね!!」