日本列島の北方四島を北上すると、千島列島があり、更にその先のカムチャツカ半島に沿って、北太平洋を東進する。
すると、そこにはアリューシャン列島の島島が散らばっている。
(それらの島島の並び方は、地図上から見ても、うっとりするほどに綺麗である)
アリューシャン列島から南下して、ハワイ諸島を経由して西南の方角へ進路を向けると、ガラパゴス諸島があり、更に南半球のイースター島などを経て西進すると、タヒチなどポリネシアの島島がある。
そこから、ニュージーランドやメラネシアのフィジー諸島、ソロモン諸島を経て、再び赤道を越えて北半球へ入ると、マーシャル諸島やカロリン諸島があり、パラオやグアム島や台湾を経て、琉球(沖縄)に到達する。
やがて、九州や四国や伊豆の辺りへ、太平洋を回遊していた古代の人たちの一部が、そこに上陸をして居を構え始めるようになる。
日本人のルーツは、そのように太平洋を回遊していた人たちであったようだ。
日本の風習と太平洋上に浮かぶ島島には、共通の習わしのようなものが存在していることから、これは確かな説であろう。
それ故、日本人はひとつのことにこだわらないという美点(おおらかな国民性)を持つようになった。
(太平洋の荒れた風浪を乗り越えてきた故の、特質なのであろう)
彼らは、海の向こうを見つめては、自分の想いをそこにぶつけた。
そうするとその想いは潮風に乗って、遠く北米や南米にも運ばれてゆくような気がしたのかもしれない。
一方、同じ東アジアの民族でも、朝鮮の人たちのルーツは、ユーラシア大陸のカザフスタンや中国、モンゴル、沿海洲(旧ロシア)などから流れて来た人たちが、そのルーツとなっている。
大陸の端にある朝鮮半島という立地が、半島独特のカルナー(悲哀)を醸成し、やがてそれが彼らの国民性となった。
日本でもそうだが、例えば能登半島や房総半島、大隅半島、下北半島などは、他の地域に比べて、文化のいわゆる風通しが悪い。
東海道や山陽道のような風通しの良い地域から見ると、一目瞭然に、半島には独特の閉鎖性がある「行き止まりの故か?)。
先進地域に比べて10~20年も、文化や経済面でも遅れてしまっている現実がある。
朝鮮半島にも、それはあてはまる。
長い歴史の中で、朝鮮半島は、中国や日本などから何度も侵略を受けてきた。
太平洋戦争下では、日本が朝鮮全土を植民地化し、支配していた。
ところが日本が敗戦するやいなや、旧ソ連が北朝鮮に侵攻して来て、その地を一方的に奪った。
更に南下を試みるも、アメリカが激しくそれに反攻し、結局は38度線で分断されて今日に至っている。
朝鮮の人たちは、決して分断など望んではいなかったはずだ。
分断された状態が70年以上も続いて、なかなか統一国家に戻ることは難しそうな状況である。
北朝鮮型の国家になることはアメリカが望まないし、
韓国型の国家になることは、中国やロシアが望まない。
今も尚、朝鮮は、大国から自分たちの自由で自主的な行動を許されていない。
目には見えない圧力で、大国が彼らの主権をおさえている。
圧政の中で代々生きて来ざるを得なかった朝鮮の人たちは、歴史的な苦痛を彼らのDNAの中に刻んできたが故に、千年経ってもカルナー(悲哀)を忘れない国民となった。
それは、半島に国家が存在している所以なのだ。
(半島の中に閉じ込まれて生活していると、一種の鬱状態になってしまう。吹きだまりのような所に、長い間閉じ込められていれば誰だってそうなる)
日本はアメリカに原爆を落とされても、10年も経たぬうちに、アメリカを許してしまったが、朝鮮がもしもアメリカに原爆を落とされたとしたら、おそらく1万年経ってもそれを許すことはないだろう。
閉じ込められた半島に存在している国家と、風通しの良い海洋国家とでは、かくも違うのだ。