涙💧が、常連となった洋食屋で「いつものカツ丼お願いします!」と云うと、
マスターから、笑顔と共に「了解です!」と威勢のいい声が帰ってきた。
このブログを読んでくれている人からしたら、洋食屋でカツ丼なんてあるの?と思うでしょうね。
もちろんメニューには載っていませんよ。
(カツライスやカツカレーはメニューにもありますけどね)
でも、ある日この洋食屋に入った涙💧は、メニューをじっくりと眺めたあと、マスターに訊いてみたのだ。
「カツ丼なんて、出来ないですよね?」
(この時は、何故か卵でとじてあるカツがむしょうに食べたかったのだ)
そうしたら、マスターは即座に「カツ丼!? OK出来ますよ」と云う返事が帰ってくるではないか。
(マスターに聞いたところによると、カツ丼は時々賄いで作っているとのことだった)
それ以来、涙💧は大好物のチキンライスと同じぐらいに、この店のカツ丼をオーダーするようになったのだ。
カツ丼がやってくるまで、涙💧はついていたテレビを観ながら待つことにした。
テレビでは、日本では無名だが、ロンドンでは有名な日本人がいるという内容の番組をオンエアしていた。
その日本人というのは、30代前半のシングルマザーであった。
彼女は、何故ロンドン及びイギリス中で有名なのか?
それは、彼女がイギリス国内で、あることにおいて唯一の存在であったからなのだった。
それは日本には昔からあるものであり、そしてきわめて日本的なものであると、ナレーターは語っていた。
なんと!?
そのあるものとは?
彼女は、演歌歌手だったのだ。
日本でヒットした有名な曲のいくつかをカバーして、それを CD にして、ロンドンを中心に活動しているのだ。
彼女は、それほど美人という訳でもないし、それほど歌が上手いという訳でもない。
(素人の涙💧から見ても、プロレベルの歌ではないような気がした)
おそらく日本の芸能事務所だったら、彼女を演歌歌手として契約はしないだろう。
でも、イギリスだったら?事情は違うのだ。
イギリス人は、そもそも演歌なんて知らないし、ほとんどの人が、彼女が歌う唄から初めて演歌を聴いたはずだ。
そのイギリス人たちが、彼女の歌う演歌に酔いしれている。
1960年代に、THE BEATLESが来日した時の熱狂と、それは真逆の現象になっているのだ。
演歌は、艶歌でもあり、怨歌でもある。
詩に書かれている情念は日本人にしか解らないと、これまでずっと思われてきた。
ところが、イギリス人たちは日本語が解らないはずなのに、彼らのソウル(魂)の中にずんと響いているようなのだ。
(あの独特の哀調を帯びた、演歌の旋律が!)
「驚いたな!」と涙💧が声を出してつぶやいた時、ふとテーブルの上に視線を落とすと、いつの間にかカツ丼が置かれていた。
「驚いたな!いつのまに?」と、涙💧は再びつぶやいた。
斜め前の席に座っているカップルの女性が、涙💧のテーブルに置かれているカツ丼を怪訝そうに見ていた。
靴屋さんで、0.5 0.7はありますか?って店員に訊く CM があったけれど、そのCMの中の母親と一緒にお店に来ていた女の子のように、その女性はカツ丼を不思議そうに見つめるのであった。