精神的にふさぎ込んでいる時に、五木寛之さんの書かれたエッセイを読むと、いつもホッと救われる気持ちになる。
(心が洗われるのだ)
五木さんは、とにかく文章が上手い人である。
作家なのだから、当たり前と云ってしまってはそれまでだが、ぼくの心の琴線に触れる言葉を、いつも心地好く紡いでくれている人だ。
彼の文章には、一切の励ましはない。
頑張れ!と応援してくれる訳でもない。
ただぼくと一緒に、いつも深いため息をついてくれている。
(そんな感じがする。同じ目線で、同じベクトルを向いているような気がしている)
彼のエッセイ「旅の幻とう」(とうの字変換出来ず。火へんに登と書きます)の中に書かれていることは、
多くの部分で、ぼくの場合とシンクロ(符合)している。
だから、ぼくの心の謎を解こうと思った方は、「旅の幻とう」を読んでくれたのなら、
ぼくの人生についての大方の解答が、そこには書かれていると思ってもらって差し支えないだろう。
(そんな物好きを人は、おられませんでしょうけれど)
それ故か、彼の生来のマイナス思考は、ぼくの心(魂)に共鳴して、いつも何かを震わせてくれる。
五木さんは、幼少期を朝鮮半島で過ごした。
幼少時代彼の遊び友達は、ほとんどが朝鮮人だった。
その暮らしの中で、彼は朝鮮人の慟哭にも似た深いため息を、幼心に全身で感じたのに違いない。
やがてそれが、彼のその後の人生を通してのマイナス思考、下山の思想につながっていったのだろうと推測される。
(前回のブログにも、朝鮮半島のカルナー(悲哀)について書いています)
ぼくの弟が他界した1998年(五木さんも、弟さんをぼくの弟と同じ年齢で亡くしている)。
その年に買った「大河の一滴」。
その時、ぼくがどんなに彼の説くマイナス思考にどっぷりとハマってしまったのかなんて、おそらく誰にも分かってはもらえないだろう。
(コンプリートに波動が同調してしまっていた)
それ以来ぼくの身体に染みついていたマイナス思考、下山の思想が、今考えると結果的に、強い引き寄せの法則となって現実化してしまったのかもしれない。
(それ故に、経済的な成功とは無縁なのだ)
だけど、ぼくは決意した。
経済的な成功も、必ず手に入れると。
マイナス思考の持ち主の五木寛之さんだって、経済的な成功を手に入れたのだから、
ぼくにだって、そうなる日が来るだろう(多くの部分でシンクロ〈符合〉しているのだから)。
PS
1945年8月22日。
日本が太平洋戦争に敗れてわずか一週間後。
日本兵により、半ば強制的に朝鮮半島から無理やり連れて来られた朝鮮人労働者が、
青森の大湊から帰国の途に着くことになった。
その数、2600名。
船内にぎゅうぎゅう詰めにされたが、それでも彼らにとって再び故国の土を踏むことは、
相当に嬉しかっただろうと想像される。
数年ぶりに家族の元に帰れるという想いで、胸がはちきれんばかりであったはずだ。
やがて、船が舞鶴沖に差しかかると、水や食料の補給と称して、投錨してしまった。
そのまま夜半になった。
船には、時限爆弾が仕掛けられていた。
その船は、木っ端みじんに爆破されたのだ!
2600名のうち、生存者はわずかに十数名だけだった。
大半の朝鮮人たちが、日本海の藻くずと消えた。
つい先日この事件のことを知って、ぼくの心の中に慟哭が走った。
どうしようもないカルナー(悲哀)に包まれた。