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ブログ 走攻 (SoCo blog)

ラジオDJ・TV音楽番組司会・イベントMC・ゲレンデDJ etc...をしている SoCo(ソーコー)と申します!

主に、音楽に纏わる事を綴るつもりです。
何を食べただ、景色が・・・とかなblogではありません。
(とかいって”お花がキレイ~!”とかUPしてたらゴメンナサイ)

2016.3.16 @梅田シャングリラ
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「これが僕たちのエンターテイメントです」

LIVE後そう言い切った彼らの顔は、自分たちのやり方を信じて突き進む、そんな決意に満ち満ちた表情、そのように僕には見受けられました。

バンドとしてアイドルを目指したい…そんな他のロックバンドとは少し違ったビジョン、コンセプトを掲げ、というか、そもそもバンドだからどうといったカテゴライズされることなどに疑問を持ち、異を唱え、自分たちにしかできない新たなバンド像、在り方といったものを構築すべく、衣装やヴィジュアル面にもこだわり、映像も駆使し、二部構成的な演出で趣向を凝らしたLIVEは、そんな彼らの思う形をLIVEに盛り込んだ、ある種実験的ともとれる形態でもあり、自分たちが目指す新たなロックバンドの可能性、方向を模索しつつ挑んだメジャーデビュー後初のLIVEで、彼らが狙い定めているであろう世代、若い女性たちの姿が数多く見られ、黄色い声援も飛ぶ中、数多くの関係者も姿を見せていて、注目度の高さも伺えました。

そして、LIVEで初めて聞いた「MONSTER WORLD」の破壊力たるや半端なく、あらためてこの楽曲が持つパワーというのを感じ、今までの彼らの代名詞的でもある泣ける楽曲ももちろん披露されましたが、それだけじゃない、いい意味でのそのイメージからの脱却に十分すぎるほどの威力を放つ曲を生み出し、HOWL BE QUIETというバンドが持つもう1つの魅力であるキラキラさがより溢れる名曲だなと思いました。

それはあたかもピアノという楽器が持つ繊細さと、ジェリー・リー・ルイスに代表される叩きつけるようなロッキンピアノの力強さ、その両面を併せ持ったバンド、それがHOWL BE QUIETではないかと思う、そんなLIVEを見せてもらいました。

今後、益々彼らの動向、新しい試み、挑戦に注目ではないかと思います。


2016.3.16 @心斎橋BIG CAT
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JUNGLE☆LIFE×響心帝国 Presents Enjoy Music, Enjoy Life 2016 #3 OSAKA

ノンジャンルでぶつかり合うこの系のイベントは、それぞれの持ち味、武器をふりかざしてやり切る、やったるぞ感がビンビン伝わってきて、やっぱいいっすね。

そのイベントでしか起こらない何か、が起こりそうなそんな雰囲気もあったり、なかったり?とかで。

そんな中、やっぱりいつも見るたび、なんだろうかこの笑いながらなのに胸が苦しくなる感じ、なんかこう、えぐられる感覚になる、唯一無二なLIVEのクリトリック・リスは。
不思議だな~ほんと不思議。
言うならば、笑いながら泣いてしまう藤山寛美の世界のロック版とでも言うか。
いや、また違うな。
とにかくあのLIVEは特別だと思います。

そして、ロックという音楽が本来持っていたと思われる危うさ、などをどこか漂わせ、見る者聞く者を惹きつける何か、を持っていると思わせる響心SoundsorChetrAのLIVEもこれまた特別で、やはりノンジャンルなLIVEイベントはいいもんだなぁと思った夜でありました。
2016.3.10 @日本武道館
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LIVE HOUSE 武道館(へようこそ、は有名なBOØWY時代の氷室京介さんの名MC)とは、まさにこのことで(現代のLIVE HOUSEでの状態)、モッシュ、クラウドサーフ(ダイブ)、ダンス、シンガロング、ストリップ?!(やってしまったものはしょうがない、とは健さんご本人談)、もんげー(変わらないコマさん愛)も?!と、まぁ凄い光景、ほんと普段のLIVE HOUSEでの健さんのLIVEと変わらないスタイルでの(但しマイク投げは除く。武道館という場所は規制が厳しく、危険だということで、禁止されていて、それは守ったと、どこか子供のようにも?誇らしげに言ってはったりもしました!)、ある意味、ごく自然体で、しかし特別な武道館という空間でのLIVE、というものを見させて、いや、今回はじっくりと拝見させてもらった、それも俯瞰(3階席の1番下手側武道館的には西エリアの斜め上から、ステージ、そしてアリーナの様子が同時に伺える、両方見えるなんていう席)で、という表現の方が正しいのかもしれません。

というのも、健さん8年ぶりの武道館でのLIVEは、実は僕にとっても8年ぶりの武道館でのLIVE体験で、大大大ファンの僕は、8年前はいちKIDS(精神的には、ね、いつまでもKIDS感覚でってことで!)、オーディエンスとして参戦し、アリーナ最前ブロックの凄まじいモッシュ&ダイブ、カオス状態の中での武道館LIVEを体験していまして・・・それから8年の月日が経ち、自分の番組ABCラジオ「ガチ・キン」にゲストに来て頂けて、そして、今回PIZZA OF DEATH RECORDSの方に招待して頂いて、関係者としてこの8年ぶりの特別な武道館でのLIVEを見させて頂ける運びとなったというわけで、なので、もちろんこの歴史的LIVEをより多くの方々、見れなかった人たちにもラジオを通して伝えることを使命とすべく、決して興奮、熱くなり過ぎず、冷静さをいかに失わずして、この健さんにとって、そして自分にとっても2度目となる武道館でのLIVEを見れるか・・・と、いうあたりにもかかっていたのですが、最後の最後、2度目のアンコールに、辛抱堪らず、叫んで、踊ってしまいましたが、それを除けば、比較的、スタンド指定席ということもあって、全編にわたって大人しく見れたと思います!(同じく、子供的な誇らしげさ!)

当のご本人、健さん自身も、もちろん久々の武道館でのLIVE、高揚はしてらっしゃったと思いますし、もの凄く楽しんではるように見えましたが、初めての時の方が、より喜んでいる、興奮していたかのように思い、今回は、再びこのステージに立てたことの嬉しさに加え、やはり、よりもっと発信、LIVEを通して伝えなければならない、伝えたい、という思い、気持ち、熱が8年分こもったLIVE、ステージではなかったかと思います。

そこには、やはり、前回の武道館の時との大きな違い、東日本大震災が起こってしまったということ、そして、前回から1度はオールスタンディングでの武道館でのLIVEはできなくなっていたのが、再びできるようになったということや、そこから今のLIVE事情や、音楽シーンの在り方、自分には何ができるのか、何を伝え、引き継いでいって欲しい、もらえるのか、そんな、シーン全体や、生まれ育ったこの国日本に対して、ロック、音楽で、パンクスがどこまでできるのか、何を残せるのか、というあたりにまで考えを及ぼした、踏み込んだ気持ちでの、あのでっかい日本の旗が掲げられている武道館でのLIVEではなかったかと思います。

ただ、それを一貫してシリアスなモードでもちろんやるのではなく、根底にはやはり健さんならではのユーモア、ゆるい所はゆるく、それも究極に(前述のストリップとか)、そして伝えたいところではビシッと刺さる一言とともに思いをこれでもかと乗せた楽曲を、武道館のステージでかき鳴らす、そんな熱、魂、そして愛を感じずにはいられない、大舞台でのLIVEにいつも以上に胸打たれました。

そして、セットリスト、曲の流れも、この曲の次これくるかー!!といった最高にシビれる流れがあって、例えば、STAY GOLD からの、「キャリアを更新できている証、そういう曲をやるわ」と言ってI Won't Turn Off My Radio であったり、日本の象徴でもある桜を唄う Cherry Blossoms を武道館で鳴らし、そしてオレたちは1つだと歌う We Are Fuckin' One へと想いを繋げるあたりに胸が熱く鼓動し、激しく波打ちました。

終演後、なんとグリーティングまであって、錚々たるミュージシャン、俳優さん、関係者の方々に混じって、その端くれとしてご挨拶もさせてもらえて、思わず、終わったばかりで、ようやく肩の荷も下りてホッとした、というところでもあるだろうに
「つ、つぎの Ten Years Flom Now も、ず、ずっと追っかけさせて、も、もらいます!!」
なんて言葉が思わず出てきて、健さんもやや苦笑い?的な感じに見えたりもしましたが、いや、ほんとにそう思える、ずっと追っかけたい存在、人、ミュージシャン、ギタリスト、パンクスなんですよ、横山 健さんという人は。

改めてそんなことを強く思い、そして色んなものを自分なりに受け取らせてもらった、
Ken Yokoyama「DEAD AT BUDOKAN RETURNS」
日本武道館での公演、いや LIVE でした!!
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今シーズン初、にして、ラストのDyna DJ STATIONでの放送を3/7,8に担当しました。
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2005-06シーズンからお世話になって、11シーズン目。

来シーズンで干支もひと回りかぁ…。

そら年も取るし(3人ほどに老けたと言われた)、

通ってるお店もできれば、

再会したいお店のマスターもいて、

前乗りして、後輩や毎シーズンお馴染み、仲間的なバイトスタッフの子の車に乗せてもらって色々連れていってもらいました。

前述の馴染みのカフェに、シルバー、皮製品のお店、温泉、そして、悲しい噂が聞こえてきていたお店、定次郎にも行けました。
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噂は本当で、大将のお父さんが71歳という年齢のために3月いっぱいでお店を閉められるとのことでした。

本当美味しかったなぁ、色んな一品が。

生まれて初めて食べ食べるイワナの刺身とか

頭から丸ごと食べれるイワナの塩焼きも
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じねんじょ丼にきのこ鍋、鶏ちゃんも、もう食べられなくなるのかと思うと、残念でならず、来シーズン、今後の楽しみが確実に一つなくなってしまいましたが、最後はみんなで記念写真を撮って、今までの御礼をして、お別れしました。
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本当に今まで最高に美味しくて、安くて、そしてほっこりできる空間をありがとうございました!


今シーズンは、なかなか上がれなかったDynalandですが、色々と行きたい、寄りたい所にもタイミングよくいけて、そして、本来ならすでに予定では2月に終了していたはずが、雨のため延期になっていた、大花火大会もなんと運よく見ることができて、
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そして、もちろんゲレンデもクルージングさせてもらったんですが、ここまでガス、濃い霧の中滑ったのは人生で2,3度目で、かなり集中力を要し、体力も奪われました。(写真の上の方がもうヤバいほど濃霧で、これもまた久々にええ経験でしたが。)
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午後はガスも抜けて、天気が回復し、Dynalandで標高の1番高い景色を眺め、
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お隣高鷲スノーパークのDJブース「TAKASU AIR MIXX」にもお邪魔して、JFNの富士山の清掃イベントでご一緒したことがあった、川道良明さんとも再会できて
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Dynalandでお世話になっていたスタッフの方が今シーズンから高鷲スノーパーク内でやっているゲレンデでの移動式のカフェものぞけて(残念ながらラストオーダーには間に合わずで味わうことはできずでしたが)、
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ゲレンデでも色んな人たち、スタッフの方々、バイトの子たちにも再会もできたりして、これまた前乗りした甲斐がありもんした。


で、仕事は?って??

もちろん、がっつりいきましたよ、自分なりには!


という、11シーズン目のDynalandでの出番は2日間というかなりの少なさではありましたが、あらためて、色んな人との繋がりや、年月も感じたり(老けたと3人に言われ…ってしつこい?…引きずってますねん)した、そんなシーズンでありました。ドカーン!!
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2/24に書いたブログ


の、なぜミナミ、千日前から道頓堀をふと歩きたくなったかという理由(わけ)なんですが、長らくバイトしていたことは記載の通りなんですが、そのバイト時代の後輩の舞台を前日に見に行ったので、深層心理から昔を懐かしむモードが働き、普段は人混みを避ける傾向にあるはずなのに、珍しく足が向いたのはそういうことでか!と自分自身でも合点がいきました。


わりと長い付き合いでして、その後輩とは。

音楽好きな奴で、色んなLIVE、フェスにも一緒に行ってまして、2004年にチキンジョージでKenさん見た時も確か一緒やったなぁ。

そんな彼の色んな遍歴を実はその都度見てきてまして。

まぁ、ロールしとります。


まず、出会った頃バイト時代は、大阪松竹で漫才師を目指して活動してまして、そして、コンビで東京に出ましたかね。
そん時もたまたま何かのLIVEを見に東京に行った時に、タイミング合って舞台、漫才見た記憶があります。

それから、しばらくしたらコンビ解消して漫才は諦め、東京の吉本新喜劇の劇団員になったと聞き、それも大阪に遠征か何かで来たのかな?の時に京橋花月で1度舞台見ています。

で、まぁその間も東京に仕事とかLIVEなどで行く機会に都合が合えば、というか、ま、呼び出して飲んだり(後輩ですからね!)、家泊めてもうたりもありましたね、バイト時代たくさんいた後輩の中では、大阪東京と離れていながら、まあそれなりの頻度では会っていたんですけど、今度は新喜劇に見切りをつけ、落語家に、笑福亭鶴光師匠の弟子になりましたって連絡が来たのが、2年ぐらい前でしたか。

そうして、この度故郷の大阪で落語家として初めて落語会を開くという報せが来て、見に行った、というわけなんですが…かなり長くなってしまいましたが、まぁここまでお笑いの世界の様々な業種をロールしてる人間も珍しいのかな、なんて思います。
その経験が今後の芸人人生の肥やしになることでしょう、きっと…知りませんけど(適当!)

いや、またなんかロールするかもしれませんが。
ま、経験は宝やと思いますしね。

芸人紀行とでもいいましょうか。

そんな彼の名は、笑福亭希光(きこう)。

どこかで何かの機会がもしあれば、そん時はどうぞ、でございます。
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