陽はまた昇る -34ページ目

陽はまた昇る

前向きに、そして幸せになるために。色んな「思い」をつづってみよう

ここのところ、祖父の件で病院に泊まったりあっちこっちに飛び回ったり、昨日今日は葬儀で仕事を休んだりとカナリ日常とはかけ慣れた生活をしていたので、生活&曜日感覚が狂っています。何で学生が街歩いてる?今日は金曜日?あ、そうなの。こんな感じ(汗)。

今日、告別式を滞りなく終え、祖父の件はまず一段落しました。明日から週末ですが、自分には残された仕事がイッパイ溜まってます!もちろん、ちょっとお休み中だった片思いの恋だってまた進めなくちゃいけません。というわけで、明日から通常通りの「日常」へ。

正直、まだなんとなーく頭がボーっとして気分は「お休み」モード。しっかり気持ちを切り替えて、明日からまた頑張ります。

人の死というのはとても辛いもの。特に家族や親族にとってはなかなか受け入れ難い事実です。でも考え方を少し変えてあげると、ほんの少しだけ気持ちが楽になるような気がします。

「死」は確かに人生の終わりを意味するものかもしれません。ただ、それは同時に新たな「生」の始まりであると自分は信じます。

亡くなった祖父も、きっとどこかで生まれ変わって新たな人生を迎えている。または極楽浄土へ旅立ち、何不自由のない全ての苦しみから解き放たれた世界での生活が始まっている・・・。自分は特に何かの宗教の信者というわけではありませんが、生まれ変わりというか、そんな「輪廻」のようなモノを信じています。そして一方で、そんな祖父の見えない「何か」も、常に自分達と共にあるという事も信じています。

明日はいよいよ告別式。「お別れ」ではなく新たな「生」への祝福。そんな気持ちで式に臨めればと思っています。
先日亡くなった祖父の通夜が明日、そして葬儀が続いて明後日に行われることになりました。これから我が家はしばらくの間喪に服する事になります。

大きな不幸があったと思った矢先、先ほど父の親友の奥様から電話があり、当人は末期の肝臓ガンで緊急入院とのこと・・・。不幸というのはどうしてこう重なってしまうものなのでしょうか。

そうかと思えば、自分の周りでは親友に第一子が産まれたり、大学の同期が入籍したりとグッドニュースのオンパレード。悲しいんだか、喜んでいいんだか、何だかワケが分からなくなります。

本当は自分の恋愛も着々と進めていかなくちゃいけないのに、色んな事が重なりすぎてここ最近は手付かずの状態。仕事も何だか手に付かないし、困ったモンです。

我が家の生活が落ち着くまでには、今しばらく時間がかかりそうです。

 本日朝、危篤状態だった祖父が静かに息を引き取りました。享年84歳の人生でした。

 先週末に昏睡状態に陥って以来、今日がヤマだ明日がヤマだと言われながらも驚異的な生命力で今日まで生き延びてきました。しかし早朝になって容態が急変、そのまま帰らぬ人となったのです。

 連日の看病で疲労も溜まっていたのでしょう、体調を崩し気味だった両親は祖父の容態が比較的安定してきた頃を見計らって一時帰宅。万が一に備えてという事で今日に限って病院に泊まっていたのは自分一人だったのです。

 先週末のヤマを越えてからというもの、祖父は意識こそハッキリとはしないもののそれほど悪くなるようには見えませんでした。昨晩も何事もなく過ぎるであろう事に何の疑いも持ちませんでしたが・・・でも今朝になって突然の呼吸停止。急な知らせに両親も間に合わず、最終的に自分一人が祖父の最期を看取る事となってしまいました。

目の前で起こる事態にただうろたえ、どうする事もできず立ち尽くしていた自分。祖父の容態の変化にもう少し気付くのが早ければ。自分が適切な処置を施していれば。両親への連絡をもっと早くしていれば。他にも、何か自分にできることがあったんじゃないか・・・今はそんな後悔と自責の念に駆られています。

最愛の夫を失った祖母、そして父親を失った両親のショックは計り知れず、掛ける言葉も見つかりません。

唯一の救いは、最期は苦しむ様子は見せずに祖父は眠るように逝ったこと・・・。呼吸停止となる前に、一度だけ大きく深呼吸をしたように見えました。そしてその後、再び息を吹き返すことはなかったのです。

祖父の「人生」という旅路は終焉を迎え、、そして長かった病魔との戦いも終わりました。今はただ、天国へ旅立つまでのしばらくの間、安らかにお眠りくださいと祈るばかりです。

おじいちゃん、今まで色々とありがとう。何もしてあげられなくてごめんなさい。でも後のことは心配しないで、どうぞ安らかにお眠りください。今まで本当にありがとう。
実は祖父が3日ほど前から体調を崩し、現在は危篤状態です。

昨晩は病院に泊りで付き添い、今朝になって先ほど帰宅したばかりです。そんなこんなで、昨日はブログの更新どころではありませんでした。

自分の幼少時代、忙しい両親に代わってとてもよく面倒を見てくれた祖父。その今まさに消えようとする命を目の前にし、しかし何もしてあげる事ができない状況を目の当たりにすると、自分の無力さを痛感してしまいます。

延命治療はしないというのが我が家の方針。ただ、それでもできれば、できるだけ長い間生きていて欲しい。ただ、ベッドの上で苦しそうにしている祖父の姿を見ると、もう何もいらないから早く楽にしてあげて・・・とも思ってしまう。なんとも複雑な気持ちです。

戦争を経験している祖父は、「俺はあの修羅場をくぐってきたんだから、そう簡単にゃ死にゃせんぞ」が口癖でした。

儚いように見える命も、土壇場になれば驚くほど強い。今の祖父を見て、それを実感します。神様、どうか祖父にいま少しの命、そして、安らかな眠りを。
少し前までなら金曜日は休日前ということでなんとなく気持ちも軽くなっていたのですが、今は全く逆。また彼女に2日間も会えないと思うと寂しさと、切なさでイッパイです。

さて、今日はほんの少し前進・・・したかな?今日も狙い通り昼食を一緒に食べる事ができたので、思い切って「サシ飲み」に誘ってみました。近いうちに、鍋でもつつきながら一緒に飲もうよ、って。

返事はまぁ、行くこと自体はOKといった感じでしょうか。ただ、具体的にいつ行くかという話になるとなんとなくお茶を濁されてしまったので日程は決まらずじまい。(汗)。やっぱり警戒されてるのかな?

そろそろこちらの「好き」だという気持ちに気が付かれていたとしても不思議はないし、彼女なりに戸惑いがあるのかもしれません。でも、もう今更そんな気持ちを隠しても仕方がないし。あとは駆け引きの問題ですかね。

とりあえず先ほど「飲みに行く話、来週あたりはどう?」とメールを打っておきました。返事はまだありませんが・・・。

果たして彼女の反応はいかに?不安と期待の入り混じった、精神的になんとも忙しい日々が続きそうです。
女性の笑顔には男を惹きつける魔力のようなものがある。そんな気がします。

今日は残業だったので会社に少し遅くまで残っていました。もう周りの同僚がほとんど帰宅した後も自分は一人残って残務整理に追われながら、取引先への電話やらスケジュール確認やらに追われていた時の事です。

ふとオフィスのの出口方向へ目をやると、なんと彼女がいるではありませんか!彼女も残業だったのか、まさに帰宅しようとするところでした。

自分は片手に手帳、片手に携帯で電話中という状況で、彼女の存在には気が付いていたものの、挨拶するわけにも手を振るわけにもいかず軽く「またね」といった感じで会釈だけしました。すると彼女は優しい笑顔を作り、手を振りながら静かに仕事場を後にしていきました。

もちろん自分は電話中だったので、その時に彼女が何か言ったとしても、または話し掛けてくれたとしても反応できたはずもありません。でも、自分にはなんとなく「まだ仕事中なの?頑張ってね」と声を掛けてくれたように思えました。

そして何よりも、彼女が帰り際に見せたあの笑顔。それを見ただけで今日の疲れなど全て吹っ飛んでしまったようです(←単純)。

あの笑顔を毎日見ることができるのなら、死んでもイイとまでは言いませんが、本当にどんなに幸せだろうって思います。そしてそんな事を想像していると、何だか胸が締め付けられるように切なくて、なぜか涙が流れてきました。

今日も結局デートには誘えませんでしたが、あの笑顔で元気&勇気100倍!週末に入る前の明日こそは、きっと進展させて見せます!
もしかしたら細菌の自分は会社の回りの人間にそういう風に見られているかもしれません。挙動不審・・・。

イヤ、別にストーカー行為とかをしてるわけじゃなく。ただ、例の彼女が偶然近くにいたり、すれ違ったりすると、何かと話しかけるチャンスをうかがうようにその辺をウロウロする自分がいます(汗)。自分としては、一秒でもいいから、何でもイイから彼女と話す時間、共有する空間を持ちたいだけなんですが。コレって、ストーカーの一歩手前ですかね?

でも、それが功を奏して(?)最近は彼女の方から話し掛けてくれることもしばしば。ゆっくりですが、でも確実に彼女との距離は縮まりつつある!と、自分では信じています。

でも、3月末までの残された時間は長いようで短い。ライバルの事も気にかかりますし、そろそろ攻勢に出てもイイ頃かな?明日あたり、思い切って「サシ飲み」にでも誘ってみようと思ってます。

さぁ果たして吉と出るか、凶と出るか!?
以前ここにも書いたかもしれませんが、自分には尊敬してやまない同い年の女性がいます。

彼女は今、政府関係の仕事で中米の発展途上国に赴任し、現地で医療に携わる仕事をして頑張っています。その彼女から今日、久しぶりにメールがありました。

現地に赴任して約1年半。ようやく異国での生活にも慣れ、仲間も増え、仕事の方も滞りなく勧められるようになり元気に暮らしているとのことです。

彼女は、自分の大学の同級生でした。ゼミでは一緒のクラスになり、その活発で明朗な性格からみんなの人気者。教授からも一目置かれるような存在だったのを覚えています。

自分もそんな彼女に影響を受け、発展途上国での開発協力やボランティア活動に興味を持ち、実際にアジアの数カ国でボランティア活動の経験も積みました。彼女は、自分の大学生活で自分に最も影響を与えた人物だったといえるでしょう。

実は大学在学中、そんな彼女に好意を抱いた自分は彼女に告白しました。が、結果は「好きな人がいるから」という事で、玉砕(汗)。でもその後も今に至るまで、彼女とは良き友人同士という関係が続いています。

今はもう、彼女に対する恋愛感情はないのか?・・・全くないと言えばウソになるでしょう。ただ、彼女はあまりに人間的に大きくなり過ぎて、いまさら自分のようなちっぽけな男が再度「付き合ってくれ」なんて恐れ多くて言えない、というのが本音です。情けない話ですが…。

彼女からの手紙やメールの最後に、自身の名前と共に必ず書いてくれる言葉があります。

「心の友 ○×△より」

この「心の友」という言葉。

大学を卒業してから10年弱。今はお互いに袂を分かち、それぞれ別の道を歩む二人ですが、それでも今でも彼女は自分に対して「心の友」という形容を使ってくれる。自分が心から尊敬し、目標とし、そして愛してやまない女性が、自分を心の友として認めてくれている。これほど嬉しい事はありませんし、これ以上は望むべくもないでしょう。

今年の夏、彼女は2年間の任期を終えて日本に帰国します。全ての面でまた更に人間として大きく成長した彼女と再会するのが、今から楽しみでなりません。
今日は実に三日ぶりに例の彼女と再会。いやぁ、本当に長かったですよ、この三日間は(涙)。

昼休みにいつものように一緒に食事へ。何だかお互いに休憩時間が重なる時はほぼ必ず一緒に食事に行くことが普通になってきました。うむ、コレも積み重ねが実を結んだ立派な「結果」ですよね♪自画自賛(笑)。

休憩時間はたったの一時間。ここぞとばかりに色々と話しまくり・・・なは図が、久しぶりの彼女と一緒に過ごす時間ということで、緊張(?)して上手く会話ができませんでした(汗)。

ま、それでもできるだけ平静を装い、会話が途切れないよう頑張ってきましたです。週末の間気になっていた「涙の意味(2月11日ブログ参照)」もちゃんと話してくれましたし。会社の仕事上のトラブルで、それほど深刻な問題ではないと言うことでした。

で、話題はお互いの週末の事に移ったわけですが、そこで彼女の口からちょっと気になる事が・・・。

なんと、彼女は土曜日に合コンに参加していたんだそうです。彼女自身がけっこう合コンの「ノリ」が好きで月に一度くらいのペースで参加しているらしいんですが。ん?まてよ?そんなに合コンに何度も行くと言うことは、やっぱり彼氏はいないのか?イヤ、それより重要なのは、この後なんです。

昼食の途中、彼女の携帯に一通のメールが。彼女によると、それはその時の合コン相手の男からのものだったのです!その男は週末の合コン以来、彼女にメールで積極的にアプローチし続けているとの事。こりゃ大変だ!

突然のライバル出現に戸惑いましたが、もちろんそんな「焦り」を彼女には見せるわけにはいかなかったので、その場は勤めて平静を装いましたが・・・もちろん、自分の心中は穏やかじゃありません!

彼女が会社を辞める3月末までに告白をと考えていましたが、もう悠長に構えている暇はなくなってしまいました。だって、もしそれまでの間にその男に彼女が心動かされるような事態になったとしたら、悔やんでも悔やみきれませんから。もう、これからは積極アプローチあるのみ!もちろん、ウザがられない程度にですが。

自分の勘違いかもしれませんが、彼女との「距離」は確実に縮まってきています。だとするならば、もう迷っている暇はありませんよね。

3月末の告白への道・・・。もしかしたら、「その時」はもう少し早く訪れることになるかもしれません。