| 最近、本当に久しぶりに大学の同級生に会いました。 一ヶ月ほど前に新宿で偶然お互いがすれ違ったのがきっかけ。その日、その時、その場所に二人が居なければ起こらなかった偶然・・・それはおそらく天文学的に低い確率で起こった奇跡と言えるでしょう。 街ではあまり人の顔を見ないと言う向こうさんがたまたま僕を見つけて声を掛けてくれた。しかしまぁ、10年前と言えば髪形も違うし顔もかなり痩せたというのに、僕の顔はそんなに印象深いものだったのでしょうかね(笑)? 何しろ22歳で大学を卒業して以来の顔合わせだったので、お互いそれは色々と話が弾みました。卒業後の進路、仕事のこと、そして近況・・・。なんだかお互い変わったようで変わらない。10年という月日は不思議と長いようで短いモンなんだなぁとおも居ました。 でも、やっぱり誰かが結婚したとか子供が何人居るとかいう話になると、時の流れを感じます。そりゃそうですよ、もう二人とも三十路なんですから(汗)。 結婚というものに対して、未だに僕は漠然というイメージ・・・いや、憧れに近いものしかありません。それに焦りはないけれど、余裕もない。今はちょうど、そんな時でしょうか。 結婚とか何とかよりも、やっぱりまず「恋」しなきゃです。周りの人間から「惚れっぽいヤツ」と揶揄される僕が、昨年末の一件以来まだこれといったお相手に巡り会えていません。イイことなのか、悪いことなのか・・・? 10年ぶりの再会という奇跡に近い偶然に出会えたんだから、ついでに「ご縁」の方も期待したいものです♪ |
ていうか、最近はコピー記事ばかりで申し訳ないんですが、でもスポーツ好きの僕にとってこれは同士もたくさんの皆さんと共有したい美談だと思い掲載することにしました。
ちょっと長いですんで、お時間の在るときにジックリお読みください。やはりスポーツは・・・国境を越えます!
まずは簡単にデンマークという国の紹介をしましょう。
デンマーク・・・
正式国名「デンマーク王国」
北欧の端に位置し、面積は43000平方キロメートル、北海道の半分ぐらい
首都はコペンハーゲン、人口は531万人
いたって小さな国である
言語は通常語はデンマーク語、英語でもほぼ通用する
デンマークをはじめとした北欧の国々は異様なほどに税金が高い。
まずは日本でいう消費税が最低20%はかかる
『サービス税』なんてものも含めるとたいてい30%~40%近くの税金が課税される
ですからね・・・北欧に旅行に行ってショッピングしようと思うなら
アメリカとかの感覚で行くと『えらい目』に合いますから^^;
ま~~税金高い分いい面も、もちろんあります
これらの国は福祉の充実度が世界トップレベルなんですよ
税金高いのは福祉のためなんでしょう
老後に住むにはこれ以上ない環境の国ばかり^^;
かのデンマーク、サッカーについては他の欧州国に遅れをとった
デンマークサッカー自体の歴史は古いのだが・・・
世界に躍進しだしのは、つい最近のことである
欧州選手権に84年初出場、ワールドカップ初出場は86年
この80年代から、世界がデンマークのサッカーを認めだした
このころから、彼らの躍進ぶりとスタイルから世界のサッカーファンは彼らのことを
ダニッシュ・ダイナマイトと呼びはじめたのである
そんな彼らが今大会、2002年日韓ワールドカップに出場することとなった
2大会連続、3回目の出場を決めたデンマーク
そして、このデンマークが今大会のキャンプ地を和歌山県に決めた
キャンプ地の説明は今ここではしませんよ^-^;
テレビでキャンプ地のことは何度か流れていたと思うし・・・
例を上げれば・・・そうですね
遅れてばかりで有名になったカメルーンと中津江村
ベッカムフィーバーでわいたイングランドと淡路島
これらが有名でしょう・・・
そして、和歌山県であるが・・・他の立候補地と同様に和歌山県側も誘致に必死であった
デンマークへ何度も訪れた。この苦労が実りキャンプ地決定の知らせを受けた
この一報に和歌山県の関係者は涙したという
和歌山に決めた理由は「日本のほぼ中心地であり、関空に近いから」という
それだけの理由だった・・・(・。・)
デンマークと和歌山県民の交流を語りましょう
読者の方々でもデンマークってどんな国?と普通は思いますよね?
「どこにあるの?」「デンマークのサッカー選手で有名な人は?」と
思うでしょう・・・これが普通ですよ^^;
アメリカ、イングランド、イタリア、スペインほど日本に名前通ってないし
デンマークという国の存在自体は知っていても
どんな国民性なのか?どのような人種なのか?って普通は誰も知らないものです
もちろん、これは和歌山県民のほとんどが同じであった
和歌山の街中ではこんな会話が交わされたという
「今度のワールドカップでデンマークって国が来るらしいけど知ってた?」
「それは知ってるけど・・・誰か有名な人いるの?
イングランドのベッカムとかイタリアの男前集団みたいに有名な人いるの?」
「う~~ん・・・知らない。
だけど世界で有名なんやったら、一度は練習見に行こうか?」
デンマークの練習を訪れた人は『この手の会話』がきっかけとなった人たちばかりであった
最初、いわゆる『野次馬』的な人が多かったのは事実である
最初の見学者は数百人程度であった、しかしこの数字が日々増えていった
この数字が増えた理由には以下のことが一番大きかったと思う
ワールドカップ出場国のキャンプ地での練習というものは
非公式、非公開が通例であるが、デンマークは違った
(イングランド、イタリア、スペイン、ブラジルといった強豪国はほとんど非公開でしたね^^;)
練習初日からデンマークチームの意向で全ての練習を公開した
さらに練習後には見学に来ていた地元サッカー少年たちを招きいれ
一緒にミニサッカーを行ったりもした
この評判を聞きつけ、デンマークというチームが
「むちゃくちゃフレンドリーで気さくな人たちばかりやで!」という口コミも相当あったという
そして、この翌日から見学に訪れる人が徐々に増えていった
初日はわずか数百人だった見学者が翌日には2000人
その翌日には2500人、そのまた翌日には3000人が訪れた
練習後には気軽にサインに答える選手たち
監督も練習後にはサッカー少年たちを招きいれ練習を指導したりもした
この監督にある記者が聞いた
「他国は練習を公開しないで、試合に備えていますけど
デンマークはこれでいいのですか?」と聞いた
すると、このデンマーク・オルセン監督はこの記者にこう答えた
「我々の強さは練習を秘密にしたところで変わらない
絶対的な自信をもって試合にのぞむだけだ
何より、キャンプ地を提供してくれた和歌山の人たちが
喜んでくれることはどんどんするべきなんだ・・・
試合も大事だが、この交流も大事にしたいと選手全員も言っている」
このオルセン監督、この発言だけでも『いい人』をかもしだしているのだが
彼のエピソードをもう一つ語ろう
ホテル入り初日のことである
デンマークチームが来日し、ホテルでの歓迎セレモニーを受けた後
再度、宿泊先のホテルの支配人と料理担当のコック長が監督の部屋へ挨拶に訪れた
「これからの数日よろしくお願いします」という言葉とともに
彼ら、支配人とコック長にはもう一つ言っておきたい・・聞いておきたいことがあった
彼らにはもう一つ『心配のタネ』があった・・・
それは食事の問題であった
ホテル側も選手たちには万全の状態で試合に臨んでほしかった
食事が口に合わない・・・それが原因ということだけは避けたかった
他国の宿泊先ホテルに連絡をすると、食事でかなりもめたということを聞いていた
「口に合わない」「母国の材料で調理してくれ!」といった文句を
言われたという事を彼らは聞いていた・・・
デンマークが宿泊したホテルの支配人はこう言った
こういったトラブルだけは「どうしても避けたかったんですよ」と
それゆえ「最初に監督さんに聞いて、チームの意向を聞こうと思って
挨拶にいったんですよね」と言っていた
その想いから、支配人とコック長は監督の部屋を訪れた
そして通訳を介し、監督に聞いた
「食事で何かご要望とかはございますか?」と支配人は聞いた
するとオルセン監督はこう答えた
「一切お任せします そちらが用意される料理を我々はご馳走になりますと・・・」
この言葉に驚いた支配人とコック長
「いや・・やはり母国デンマークの食事の方がいいんじゃないでしょうか?」
「こちら和歌山をキャンプ地に決めたときから、食事も
そちらにお任せしようと私と選手たちは言っていた。選手も理解している
全てをあなたたちにお任せします」
「あの~~他の国とかのホテルにお聞きすると・・・
食事はやはり母国のほうが好まれると聞いたものでして・・・」
この言葉にオルセン監督はこう言った
「他国は他国、我々は我々です」
この言葉に支配人は
「あの言葉で本当にホッとしましたよ・・・滞在中は無事に過ごせていただけると
あれで思いましたね」と言っていた
さらに、オルセン監督はコック長に向きなおし、言い出したという
「我々は料理をあなたに全てお任せします。よろしくお願いします」
緊張しながらも「はい!こちらこそよろしくお願いします」と答えるコック長
そして、コック長に聞くオルセン監督
「和歌山で有名な食材は何ですか?」と彼は聞いた
この質問の真意がわからずもコック長は監督に答えた
「和歌山では魚が有名です、カツオという魚が特に有名です」と・・・
するとオルセン監督は微笑みながらコック長に言った
「それでは、そのおいしいカツオを我々に食べさせてください
あなたが腕をふるって、おいしいカツオを選手たちに食べさせてやってください」と言った
この言葉にコック長は大変感激した
「世界の代表監督が、あんないい人だったからね~~
いっぺんでデンマークのファンになりましたよ!」と言っていた
この食事に対する『良き姿勢』は監督だけではなった
選手たちも同様だった
最初の食事を迎えた時、ある選手が通訳に聞いた
「デンマークでは食事するとき神への祈りをするのだが
日本では食事始める時に何かするんですか?」と聞いた
デンマークは国民の9割がプロテスタントである
神への祈りを終えてから食事を始める
この選手は日本ではこれの代わりに何かするのか?と聞きたかったのである
これに答える通訳
「日本でもキリスト信者は神に祈ってから食べるけど
たいていは手を合わせて『いただきます』と言ってから食べます」と答えた
すると彼は・・・
「こうやるの?」と通訳に聞きつつ、手を胸の前で合わせた
これに通訳は「そうそう!その両手をもう少し上に上げて!」と言った
その言葉に彼は顔の前まで手を上げる
「そうそう!」と答える通訳
そして彼はその姿のまま、コック長の方へ向き頭を下げた
それを見ていた他の選手たちも彼にならい、手を顔の前で合わせた
この時から、食事のたびに手を合わせる選手たち
コック長は言った
「今の日本人でも『いただきます』『ごちそうさま』言えないヤツが多いのに
外国の人にあんなことされたらね~~むちゃくちゃ嬉しかったですよ」と・・・
この最初に手を合わせた選手の名を・・・
トマソンといった
このトマソン選手・・・今大会では4得点をあげ
デンマークを決勝トーナメントに進出させた立役者である
あの日本代表・小野選手と同じオランダ・フェイエノールトに所属することでも有名な彼
彼は少し神経質の面を持ちあわせているのだが、非常に心優しい青年だ
トマソン、彼の優しき一面をもう一つ語りたい
それはある握手会でのことである
デンマークというチームは前述したように
練習を公開し、和歌山県民との交流を積極的に行った
練習後は地元サッカー少年たちとミニサッカーを行い
握手会、サイン会もたびたび行った
そのひとコマの話である
あの日も、いつものごとくサイン会が行われた
気さくなデンマークの選手たちを県民も大好きになった
あの日もデンマーク選手たちのサインを求め長蛇の列が出来上がっていた
気軽にサインをするデンマーク選手たち
もちろんトマソンもその中にいた
その最中のことである
トマソンの前にある少年が立った
彼はトマソンの前に立ちつつも・・・少しモジモジしていた
後ろに立っていた母親らしき人が彼を促す
「ほら!早くしなさい!」と彼に言っていた
トマソンも少し「変だな」と思ったのでしょう
通訳を通じ「どうしたの?」と彼に聞いた
意を決した少年は、ポケットから一枚の紙切れを出し、トマソン選手に渡した
それは学校の英語の先生に書いてもらったものだという
英語で書いた、その紙切れにはこう書いてあった
「ボクは小さい頃に、病気にかかって
口と耳が不自由です・・・耳は聞こえません、話せません・・・
だけどサッカーだけはずっと見てきました、大好きです
デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです
頑張ってください」と・・・
その手紙に通訳も・・・その場にいた我々記者も驚いた
言葉が出なかった・・・
だが、トマソン選手はニッコリと微笑み少年に・・・
「それなら君は手話はできますか?」と・・・
手話で語りかけた
その『言葉』に驚く少年と母親
再度聞くトマソン・・・
「手話はわかりませんか?」と・・・
それを見ていた皐月パパはトマソンに英語で言った
「ミスタートマソン、手話は言語と同じで各国で違うんですよ」と彼に言った
手話を万国共通と思う人が多いのだが
国によって違う、ましてや日本国内でも地方によって違う
「そうだったのか・・・」という顔をしたトマソン
そして彼は通訳にこう言った
「ボクは彼と紙で、文字を通して話をしたいのですが手伝ってください」と言った
微笑んで「わかりました」と答える通訳
トマソンは「後ろの人たちにも彼と話す時間をボクにくださいと言っておいてください」とも言った
後ろで順番を待つ人たちは何も文句を言わなかった・・・一言も文句を言わなかった・・・
彼らに「2人の時間」をあげたいと他の人たちも思ったのでしょう
そして通訳を介し、少年とトマソンの『会話』が始まった
「君はサッカーが好きですか?」
「はい。大好きです」
「そうですか。デンマークを応援してくださいね」
「はい。あの聞いていいですか」
「いいですよ。何でも聞いてください」
「トマソン選手はどうして手話ができるんですか?正直、ビックリしました」
この少年の質問に彼は答える
「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます
その彼女のためにボクは手話を覚えたんですよ」と・・・
その彼の言葉をじっくりと読む少年
そしてトマソンは少年に言った
「君の試練はあなたにとって辛いことだと思いますが
君と同じようにあなたの家族も、その試練を共有しています
君は一人ぼっちじゃないという事を理解していますか?」
この言葉に黙ってうなずく少年
「わかっているなら、オーケー!
誰にも辛いことはあります。君にもボクにも
そして君のお母さんにも辛いことはあるのです
それを乗り越える勇気を持ってください」とトマソンは言った
このやり取りに涙が止まらない母親
この光景を見ていた我々記者も涙した
その場にいた人たち、その2人を見ていた人たちも涙した
そして、トマソンは最後に少年にこう言った
「ボクは今大会で1点は必ず獲ります
その姿を見て、君がこれからの人生を頑張れるように
ボクは祈っておきます」
この言葉に・・・この少年は初めて笑顔を浮かべた
「はい!応援しますから、頑張ってください」と少年は言った
そして、サインをもらい、その場をあとにする少年と母親
ボクの取材に母親は目に涙を浮かべて言った
「あんなことされたらデンマークを応援しないわけにはいかないですよ
日本と試合することになっても、私らはデンマークを応援しますよ」と
涙を流し、笑いながら言った・・・・
そして、このトマソン・・・少年との約束を守り、得点を決めた
1点どころか、彼は4得点という大活躍だった
こんなトマソン、デンマークを見た皐月パパも
いっぺんにファンになってしまった^^;
1次リーグ、フランスという前回覇者と同組だったデンマーク
彼らをボクは応援した・・・
もちろん和歌山県民も応援に訪れた
試合が韓国であろうとも彼ら和歌山県民は応援に駆けつけた
オルセン監督は言った
「試合会場が韓国であっても、和歌山の応援はわかった
あれが我々の力になった」と・・・
和歌山県民の応援も実ったのであろう
フランスと同組のA組みながらデンマークは2勝1分け
見事1位通過を決めたのである
そして、向かえた決勝トーナメント1回戦
場所は新潟スタジアム、相手はあのイングランドであった
スタンドからは「ベッカム!!!!」という声が至るところから響いていた
その声に皐月パパは叫ぶ
「ダニッシュ・ダイナマイトで・・・にわかイングランドファンを黙らせろ!」
「ベッカムがなんぼのもんじゃ!頼むぞ!デンマーク」と叫んでいた^^;
だが・・・この応援も届かなかった
和歌山県民の想いも通じなかった
デンマークはイングランドに0-3という予想外のスコアで敗れてしまった
その日の和歌山県には雨が降ったという
県民の涙雨だったのかもしれない・・・・
負けはしたが、和歌山県民はデンマークというチームを誇りに思っていた
「よく頑張った!」「後は快く母国に帰ってもらおう!」という言葉が彼らの合言葉になった・・・
だから、彼らは行なった
デンマークお疲れさま!会なるものが宿泊先のホテルによって仕切られた
そこに駆けつける多数の県民
会場にはあふれんばかりの県民が駆けつけた
その催しに「ありがたいことだ」と言ったオルセン監督
もちろん選手たちも全員出席した。あのトマソンもその場にいた
そこでトマソンは見つけた・・・『あの少年』を見つけた
少年と母親もその会に出席していた
少年と母親の元に、通訳を携え近寄るトマソン
トマソンの姿に気づいた母親は頭を下げる
少年はトマソンへ笑顔を向ける
そして、トマソンは少年にこう語りかけた
「せっかく応援してくれたのに負けてゴメンね」と『紙』で語りかけた
これに少年は答える
「お疲れ様でした。負けたけどカッコよかったです
それに約束どおり点獲ってくれたからボクは嬉しかったです」と・・・・
「ありがとう」と言うトマソン
そして、この少年にトマソンは言った
「ボクから君に言える言葉はこれが最後です。よく聞いてください」
「はい」
「君には前にも言ったとおり、試練が与えられている
それは神様が決めたことであり、今からは変えられない
ボクが言いたいことわかりますか?」
「はい」
「神様は君に試練を与えたけど、君にも
必ずゴールを決めるチャンスを神様はくれるはずです・・・
そのチャンスを君は逃さず、ちゃんとゴールを決めてください」とトマソンは言った
この言葉に少年は笑顔満面の顔でトマソンに「はい」と言った
そして2人は・・・
「さようなら」
「頑張って」
という言葉を残し彼らは別れを告げた
最後に2人は仲良く写真におさまった
飛びっきりの笑顔を浮かべファインダーにおさまる2人
この写真は少年の宝物になることだろう
トマソンに出会ったことによって少年は『前へ進む』に違いない・・・
彼の転機になることを皐月パパは祈ってやまない
小さな少年、心優しきトマソンに
これからも栄光あれ・・・
今日はチョット素敵な記事を見つけたのでここでご紹介したいと思います。
「あるがままでいいんだ。」
「そのまんまでいいんだ。」
そう思えない人もいるかと思います。
そんな人は、このお話をぜひ読んでみてください♪
少しでも、手助けになればうれしいです☆
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【小さな物語】(作者不明 菅原裕子訳)
インドのある水くみ人足は、2つの壷を持っていました。
天秤棒のはしに、それぞれのツボをさげ、首のうしろで
天秤棒を左右にかけて、彼は水を運びます。
その壷の一つには、ひびが入っています。
もう一つの完璧な壷が、小川からご主人さまの家まで
一滴の水もこぼさないのに、
ひび割れ壷は、人足が水をいっぱい入れてくれても、
ご主人さまの家に着くころには半分になっているのです。
完璧な壷は、いつも自分を誇りに思っていました。
なぜなら、彼が作られたその本来の目的を、彼は常に達成する
ことができたからです。
そして、ひび割れ壷は、いつも自分を恥じていました。
なぜなら、彼は、半分しか達成することができなかったからです。
二年が過ぎ、すっかりみじめになっていたひび割れ壷は、
ある日、川のほとりで水くみ人足に話しかけました。
「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている。」
「なぜそんな風に思うの?」水くみ人足は言いました。
「なにを恥じてるの?」
「この2年間、私はこのひびのせいで、あなたのご主人さま
の家まで水を半分しか運べなかった。
水がもれてしまうから、あなたがどんなに努力をしても、
その努力が報われることがない。
私は、それがつらいんだ。」
壷は言いました。
水くみ人足は、ひび割れ壷を気の毒に思い、そして言いました。
「これからご主人さまの家に帰る途中、道端に咲いている
きれいな花を見てごらん。」
天秤棒にぶら下げられて丘を登っていくとき、
ひび割れ壷はお日さまに照らされ美しく咲き誇る道端の花に
気づきました。
花は本当に美しく、壷はちょっと元気になった気がしましたが、
ご主人さまの家に着くころには、また水を半分漏らしてしまった自分を
恥じて、水くみ人足にあやまりました。
すると、彼は言ったのです。
「道端の花に気づいたかい?
花が君の側にしか咲いていないのに気づいたかい?
僕は、君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に
花の種をまいたんだ。
そして君は毎日、僕たちが小川から帰るときに水をまいてくれた。
この2年間、僕はご主人さまの食卓に花を欠かしたことがない。
君があるがままの君じゃなかったら、ご主人さまはこの美しさで
家を飾ることはできなかったんだよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実は、自分が欠点だと思っているところが、人から
見たらステキなところなのかもしれません。
そんなところが、人を幸せにしています。
自分が知らないうちに。
そして、人はそんなところに気づいていたりします。
そういう風に、自分にも人にも接してあげられたらいいですね。
お正月3が日も終わり、休日気分もやっと抜けつつありありますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。僕は明日から仕事が始動!いよいよ本格的な2007年のスタートです!
去年は冬季五輪、WBC、ワールドカップとスポーツイベントが目白押しだったんですが、今年は大きな国際スポーツ大会がないのが少し寂しいです。その分、来年の北京五輪への期待も高まりますが・・・。
個人的には去年があんまりイイ年ではなかったと思える分、「今年こそは!」という期待が大きいです。ていうか、自分の努力で良い年にしなくちゃいけませんよね。
今年もやりたいことや欲しいものはたくさんあります。無類のスポーツ好き僕にとってやっぱりスポーツは人生にとって重要なスパイス。引き続き思い切り満喫したい。もう自分の身体が思うように動いてくれる時間もそう長くはないからこそ、スポーツの喜びを今のうちに存分に味わっておきたいと思うんです。
でもやっぱり、そろそろ良い「ご縁」が欲しい・・・これは正直な気持ちです。元彼女と別れてからもうそろそろ3年。去年は辛い失恋も経験しましたが、今となっては良き教訓だったと振り返ることができます。ただ、こればっかりは焦っても仕方がないとは分かっていても、やはり日々の生活を、人生をこの上なく充実させるためにも良きパートナーは必要だし、できるだけ早く見つけたい。
今年も恋はするでしょう。どんな人が僕の前に現れ、どんな恋が生まれるのか?・・・自分でも楽しみです。このブログのテーマは「恋愛」ですから、やっぱりその話題を書かないとね(笑)。
初詣の「おみくじ」によれば、今年の運勢はそれほど捨てたモンでもないらしい♪こりゃきっとイイ年になる、イヤ、きっとなるって信じています☆ きっと信じることから全てが始まるから。
何はともあれ、常に努力を怠らず初心を忘れず、しっかりと仕事をしてちゃんとした生活を営むことが遊びや楽しみを満喫する大前提である事は今までとなんら変わりはありません。だからもちろん、仕事も一生懸命やります!
僕にも、皆さんにとっても素晴らしい一年になりますように☆
さぁ、新しい年のスタートです!!!今年もよろしくお願いします!
ありがとうございました。
皆さんにとっての2006年はいかがでした?僕にとっての今年は・・・なんだかあまり良い事がなかった一年だったような気がします。
でも、悪かった出来事の一つ一つをを振り返るつもりはありません。失敗も、過ちも、それが誤りであったと気が付いた時に、「教訓」に変わる・・・。そう、振り返る必要のない些細な出来事は振り返らない。どうしても忘れられない、心のきづを伴い様な出来事は、新たな「教訓」として僕の中に大切にしまっておきます。それがまたきっといつか、僕の新たな引き出しとして新たな価値を持つ日が来ることを信じています。
同時に、今年ほど人の大切さ、温かさ、そして醜さを痛感した年もなかったでしょう。 悩んだ時、迷った時、落ち込んだ時、常に僕の周りには人がいて、優しく声をかけ、そして手を差し伸べてくれました。そんな人たちに囲まれているというだけでも僕は十分に幸せな境遇にいるのでしょう。
まぁ悪い事が起こったきっかけには、自分の努力が足りなかった部分もあったワケだし、誰かを責めても振り返って後悔ばかりしていても何も生れませんから。
それに悪い事があれば必然的に次は良いことが起こるようになってるのが世の中の仕組みですからね。今年の事は、もう今年で終わり。来年はもっと頑張って、自分を磨いて、精進して、「最高の一年でした☆」と振り返れるようにしたい・・・いや、します!そうなるはず(!?)。
みなさん、今年一年本当にお世話になりました。この場を借りて心より感謝の気持ちを送ります♪ありがとうー!!!
来年こそはきっと、すばらしい幸せを見つけて、その溢れんばかりの幸せで僕の周りにいる人たちも巻き込んでハッピーにしてしまうほど笑顔に溢れた一年にしたいとおもっています☆
さぁ2006年もあと24時間と少し。皆さんも楽しい大晦日を。そして、良いお年を!
このブログを書き始めたのはもうずいぶん昔の話・・・そして、始まってから3回目のクリスマスを向かえることになりました。残念ながら、今年もたった一人のクリスマス・イヴです。
一昨年は教会で神聖な祈りの中で、去年は職場の近くにあるクリスマス・ツリーを見上げながら「来年こそきっと今ごろは大切な人と一緒に・・・」と願いつつ、今年も一人で向かえることになりました。このブログのテーマは「恋愛」なのに、書いてる期間中に一度も彼女がいない人なんて・・・これも、珍しいかもしれませんね(笑)
ただ、確かに今年も新しいパートナーはできませんでしたが、僕はそれを卑屈に思うような事はしません。人を恨んだり、妬んだり、羨ましく思っても、そこには何の生産性もない。自分の心がそんなマイナスの悪いオーラに染まってしまったら、巡り合うはずの素敵な出会いもご縁も逃げてしまうかもしれないじゃないですか?
今日はどこに出かけても街は幸せそうなカップルで溢れかえっていました。みんな手には小さなプレゼントを持っていたり、温もりを分け合うように手を繋いでいたり。みんな笑顔で、イヴの楽しい雰囲気を満喫しているようでした。そんな人たちの姿を見ると、確かに切ない・・・でも、きっと僕にもそんな温かい時間はやってくるって信じています。今は、ただそれを待っているだけ。
みんな、もっともっと幸せになってください。その幸せが溢れてこぼれてしまうまで、幸せになってください。僕はそんな皆さんが溢したほんの少しの幸せの「おすそ分け」を拾って、明日も笑顔で頑張ります。
世界中の全ての人々に幸あれ! Merry Christmas ☆☆☆
ありがとうございました。
なんだか近ごろ、本当によく泣いてます(汗)。昔から涙もろいって自覚してたけど、歳食ったせいか更に涙腺が緩くなったのかなぁ?
リリー・フランキー著、「東京タワー」。原作を読んで号泣しました。
なんという美しい親子愛、そして、どこまでも切ないラスト・・・。先日の映画「手紙」に続き、またも涙が滝のように流れて困りました。もっとも、今回は自宅で読んでいたので誰かに真っ赤に腫れた目や瞼を見られるといった醜態をさらさずには済んだのですが…。それにしても、泣けますよコレ。本当に、ヤバイぐらい泣けます。
我が子を想う母親の愛に勝るものは無し。女性って、母親って本当に強い!改めてそれを痛感させられました。一方で同時に、男性の、父親の時にあまりにも無力で無責任で自堕落な存在が、僕も同じ男性ながらなんだか情けなくすら感じられました。
親孝行しなきゃ・・・本当に、親孝行しなきゃダメだ!・・・とは言いつつも、まだなんとなく照れ臭さが残ってしまい、母親に素直に「ありがとう」の一言すら言い辛い時があります。本当に、男って不器用ですなぁ(汗)。
来年はドラマがツマブキ主演で。そして映画もオダギリ・ジョーが主演で作られるそうです。
ドラマはちょいとミスキャストのような気がするのでおいといて、映画の方は期待大!さきほど予告編を観ましたが、もうすでに予告編だけで泣きました(マジ)。
原作でも、ドラマでも、映画でも、みなさんも是非どうぞ♪
最近はめっきりブログの更新をする回数が減ってしまいました・・・(汗)。
Kとの恋が終わりを迎えて以来早いものでもう1ヵ月半。、最近はやっと心の傷も癒え始めてそれまでとほぼ変わらない生活を送り続けています。
このブログのテーマが「恋愛」である以上、やはり恋愛関連の記事をUPしてきたいのですが、どうにもこうにもネタがありません。あれほどの大恋愛をした後ですからまたすぐにそんな恋が生まれるはずもなく、また、認めたくはありませんがほんの少しだけ恋に臆病になっている自分がいるもの事実かもしれません。
そしてカレンダーを眺めてみればもう今年も半月で終わり。10日後にはクリスマスもやってきます。
僕が仕事で親しくさせていただいているお客様の一人で、占いが得意な方がいます。その方によれば、僕は来年から3年間の充電期に入るので、あまり良いことが起こる期待はできないのだとか・・・。例えば、仕事を変えたり引越しをしたりという何か目新しいことをするとあまり良くない結果になるというのです。だから、何かやり残したことがあるのであれば今年中に済ませておいた方が良いと言われています。
恋人も然り。もし好きな人がいるのであれば今年中に「決めて」おいた方がイイといわれました。もし来年以降に好きな人ができて付き合ったりもしくは結婚というところまで話が進んだとしても、結果的にはきっとダメになるとまで言われてしまいました。
もちろんその方の言う事を全て鵜呑みにして信じているわけではありません。ただ、芸能人やスポーツ選手を占った結果を聞かせてもらうと、けっこう当たっているんです。そんなわけで僕も、来年からどうなるんだろう?と漠然とした不安を抱えたまま日々を過ごしていると言うわけです。
これから2週間の間に、新たな恋が生まれて上手い具合に気持ちが惹かれ合って幸せなカップル誕生!・・・と言うような夢のようなストーリーは起こる気配もありません(汗)。だからといって新しい彼女ができるまであと更に3年もガマンしなけりゃいけないとのかと思うと、たたでさえ寂しがり屋の自分は気が遠くなる思いです。
要は気持ちの持ちようなんだと思います。しっかりと腰をすえて物事に当たればそうそう悪いことなんて起こるもんじゃありません。いつどこでどんなご縁と当たるかもしれないわけで、不安ばかりが先にたっていては生まれる恋も生まれないはずです。プラス思考、あくまでプラス思考でいこうと思ってます。それがきっと、悪い運気を跳ね返す秘訣かもしれませんからね☆
充電期なんかに、負けるモンかー!
ありがとうございました。
午前中の仕事がキャンセルになったので、以前から気になっていた「硫黄島からの手紙」を観てきました。
正直、僕は戦争モノの映画が苦手です。戦争自体はどうやっても美化できないものだし、どうしても暗くなってしまうし、フィクションではないだけにその悲惨さを思うと陰鬱な気分になってしまいます。でも、この「硫黄島」は、先立って公開された「父親たちの星条旗」に続く日米双方からの視点を描いたもので、客観的に見られるかなと思い前々から観てみたいと思っていました。渡辺謙さんも好きな俳優さんの一人ですし。
内容は・・・史実の通り。太平洋戦争末期、日米双方にとって地理的要衝となる硫黄島を巡っての攻防戦を、日本軍の指揮官だった栗林忠道中将を中心人物としてリアルに描いています。そこには過剰な演出も脚色もなく、敗北へ向かう日本軍の悲劇が生々しく描かれているのです。
まず一言、出演者の皆さんの迫真の演技にはただただ圧倒されました。映画を観た人たちに史実を忠実に伝え、そして実際に硫黄島で戦い散っていった祖先の英霊達のためにも気の抜いた映画は作れたないという出演者、そして製作者たちの無言の迫力が画面を通して強く伝わってきます。
やはり僕も日本人だからか、こちら側の視点から描いた「硫黄島」だけ見れば十分と思っていました。でも、この映画を見終わったあとに「父親たちの~」も見てみたいと思いました。おそらく二つの作品を観て始めて、この映画の評価ができるんじゃないかと思うからです。
それにしてもこういった戦争映画を観ていつも思い知らされるのは、人間の愚。悲劇以外は何も生み出されない戦争という愚考を、人はいつまで繰り返すのかというやりきれない思いがいつも頭に浮かびます。自衛隊を自衛軍にしようとか非核三原則を議論しようとかキナ臭い話が流れるこの頃ですが、こういう映画を観てからそういう話をして欲しいと思うものです。
そして忘れてはいけないこと。それは、今の僕たちの幸せと平和はこの戦争によって生み出された幾千幾万もの悲劇と尊い犠牲の元に成り立っているのだということ。それを、僕たちは決して忘れてはいけないのです。
ありがとうございました。