陽はまた昇る -15ページ目

陽はまた昇る

前向きに、そして幸せになるために。色んな「思い」をつづってみよう

昨日ご紹介したメールと同じ友達から、またまた興味深いものが届いたのでブログを通じて皆さんにも呼んで頂けたらと思います。タイトルは、「私はどう生き、どう在りたいか?」。


『そいやここ最近思うことがある。
私はどう生きたいか?
私はどう在りたいか?

誰でもこういう疑問を己に問い掛けながら生きて行くのだろうね。
私は少し答えが見えて来た気がした。
『潔さ』というのを私は求めているんじゃないかな、って。

潔い在り方、てとても難しいと思う。
そして痛みを伴う。
たくさんの『勇気』も必要。
でも何もせずに後悔したくないな、て思うから。

誰かの言葉にそんなのがあったな、行動しない後悔より行動する後悔を選べ、て。
私は今までいつも臆病で考えてばかりで、悩んで殻にこもってウジウジして、かと思いきや突発的に動いて傷作ってめそめそ泣いてて、そんなアンバランスな自分が嫌で…でもある時、そんな自分も認めて好きなろうと思って、自分を否定する癖をやめて少し楽になった。

でも「自分らしくある」ことは出来るようになったけど、なんつーかもっと「脱皮」しないとという焦燥感あって…そのキーワードが『潔さ』なんだろうと最近思い立った。
今死んでもいい、と思うくらい一瞬一瞬を悔いなく生きたいな、て。極論だけどね』


自分がどう生きて、どう在りたいのか・・・とても哲学的ですが、同時にシンプルな問い。

正直、今の時点でこの疑問に自分は答えが出せません。答えが出せないということは自分の人生にまだ目標が見つかっていない、毎日の生き方が五里霧中だということの裏返しかもしれません。でも一方で、まだ自分の年齢で、浅はかな人生経験のままでこの問いに答えを出してしまうのは早過ぎるような気もするのです。

でも、「潔さを求めて生きる」という価値観には、自分はとても共感を覚えます。仕事にも、趣味にも、そして恋愛にも。全てに対して「潔さ」をモットーとして持ちながら接するということは、自分の人生哲学の中の間違いなく一部分としてあるものでしょう。でも、それが全てではない。潔さ、そしてそのほかにある「何か」探しながら、自分はこれからも生きていきます。

皆さんは、どう生きて、どう在りたいですか?

最近、自分と同じく小田さんファンの友人と居年末のライブについて話していた時、こんなメールを貰いました。

「いつも思うのだけれど、小田さんの作る歌は聴き手を感動させてやろうとかいう意図がなく、小田さんが美しいと思った言葉やメロディーを素直に綴っただけなんじゃないか、て。
そして、小田さんの世界観が独特に美しくて、鮮烈で、でも優しくて、あまりに当たり前に伝えてくるから聴き手は身構える間もなく素直に心奪われるのかな、て」。

なるほどぉ。自分の友人の言葉ながら、なかなか上手いことを言うヤツだと思ってとても感心しました。

人を感動させよう、惹きつけようと思って飾りつけた言葉には、恐らくそれほどの説得力はない。でも発信者から自然に出た言葉が素直で、偽りなく、そして美しいものであれば、それはきっと多くの人の共感と感動を生むんだろうな、と。

きっと恋も同じなのでしょう。

意中の女性を前にして、いくら身なりをカッコつけたり普段は言いもしないような気障な言葉を並べたとしても、それでは相手の心をつかむことができない。自らの心のそこから出的な素直な言葉が相手の胸に響いた時、初めてその「想い」は形となって心に響くものなのでしょう。

やはり、何事も自然体が一番、ということですな。今までもいろんな方から同じような言葉を戴いたような気もしますが、こうして自分の身近な友達から言われると、改めて説得力を感じます。

素直な言葉が持つ力は、きっと人を感動させてくれるんですね。

お正月3ヶ日って、本当にやることがなくて困ります。で、どこかへ出掛けようと思っても混んでてダメだったり、料金が高過ぎて諦めたり・・・そんな時に役に立つのはやはりレンタルビデオ♪いやぁ、暇をもてあますこの時期は映画鑑賞がピッタリです。というわけで、この正月もレンタル店へ入り浸っておりました。

ただ、やはり同じ事を考える人は多いもので、ほとんど最近の映画は貸し出し中。そこで仕方なく旧作のコーナーへ行ってみると、ふと「世界の中心で愛をさけぶ」が目にとまり、気がつくとカウンターでレンタルしてました。時々、こういう昔の映画が無性に見たくなる時、ありますよね。

劇場を含めて恐らく3回目の鑑賞ですが、今回も泣かされてしまいました(涙)。森山未来の演技は秀逸だし、大沢たかおはカッコイイし、長澤まさみはカワイイし(?)。良い映画は何度見ても良いものです。

こういう物語で登場人物に感情移入することができると、素直に涙が流れてきます。それはとても気持ちよく、キレイな涙。人間は涙を流すことによってとても積極的にストレスを解消することができるらしいのですが、その効果は身を以って感じることができます。感動で泣いた後は、本当に頭がスッキリして気持ちも軽くなるものです。

ちと話しは外れますが、前にも書いたような気もするのですが、人生に一度でいいから、こういう「劇的」な恋愛をしてみたいものです。もちろん思い焦がれる相手が死んでしまうような結末は絶対にイヤですけどね。自分の初恋は・・・もう遠く記憶の遥か彼方へ消え去って久しいです。これから、この先に、まるで小説にでもできそうな涙なしには語れない切ない、でもとても幸せな恋愛をしてみたいものです。

本題に戻りますが、とにかく、皆さんには「キレイな涙」をぜひとも流していただくことをオススメします。昔見た感動の映画、心を揺り動かされた小説、切ない思いでの詰まった手紙や写真・・・なんでもいいと思います。年の初めに、キレイな涙を出して心の汚れや曇りを洗い流してみてはいかがでしょうか?

最近、変なトラックバックが横行しているようです。どうもトラックバックが頻繁に入るようになったなと思ったら、なんだか怪しいタイトルが・・・。しばらくは無視していたのですが、こう多くなるとさすがに放っても置けません。

リンクが張られていますが一度もクリックをしたことがないのでどんなサイトが現れるのかも知りませんが、卑猥なタイトルで男性を誘っています。

誰がどんな意図でこういう下らないことをしているのかは分かりません。でも、純粋にブログを楽しんでいる作者や読者の迷惑になる行為だけは止めてほしいものです。

恐らく、こういう類の輩は無視して放っておくのが一番だと思うのですが、一縷の望みをかけてその良心に訴えたいと思います。お願いだから、止めてください。
さてさて、完全に「寝正月」となってしまった今年の三が日もあっという間にすぎ、いよいよ今日から仕事始めです。ブログをご覧の皆さんも自分と同じく今日からお仕事という方も多いのではないでしょうか?2006年も動き始めたな、という実感がしてきますね。

会社に着くと、「明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします」。という声がそこらじゅうで飛び交っていました。今日だけで自分も同じセリフを何度言ったか分かりません。ま、なかには「アケオメ、コトヨロ」と、わけのわからない省略形で挨拶を交わしている輩も何人かいたようですが・・・。

しかしね、この時期は不思議なものです。中の良い人、親交の深い人には年賀状での挨拶に加えて実際に歳が明けてはじめてお会いする時にも丁寧に新年の挨拶を交わします。しかも、同じ会社の中であっても普段大して交流もなかったり、または一度も話したことすらない人ですらこの時ばかりは目を合わすと「明けまして、おめでとうございます」と挨拶せずにはいられないんですよね。

でもこういう習慣って、とても大事だと思います。やっぱり、人間関係の基本は「挨拶」じゃないですか。そこから全てが始まるわけですし。特に今の時代は人と人との関係自体が疎遠になってきていると言われていますよね。だからこそ、こういう基本的な挨拶のやり取りって本当に大切だなって思うんです。

正月だけでなく、普段から、少なくとも目が合った人とかには「こんにちわ」と気軽に挨拶ができるようになりたいものですね。挨拶したほうもされた方も、けっこう気持ちイイもんですよ♪
みなさん、新年明けましておめでとうございます☆

今年は「戌年」ですね。というわけで、干支にちなんでブログのデザインも変えてみました。カワイイですねぇー、これ♪自分は「犬派」の人間ですが、住んでいるマンションがペット禁止なので今まで一度も犬を飼ったことがありません(涙)。将来、金銭的に余裕があって広い一軒家とかに引越しすることができたなら、きっと犬を飼いたいです。

さて年初に当たり、やっぱり今年の目標を書かねばなりませんね。

もちろん、今年こそ、本ッ当に今年こそ素敵な彼女を作るんです!まだ好きな人もいないような状況ですが、なにしろ今年は今日から始まったばかり。まだまだ時間はたっぷりとありますし、ゆっくりじっくりあせらず素敵な女性を見つけて、恋をして、そしてきっと愛し合いされるような関係になって、他人も羨む素晴らしいカップルになるんです。

なんだかね、恋愛が上手くいけば、仕事も私生活もすべてが上手くいきそうな気がするんです。恋愛のパワーが、全てを良い方向へ運んでくれて、自分もいろんな意味で成長し、前へ進んで行ける・・・そんな気がします。良い恋をしたい!自分が強くそう思うのは、そんな理由からなんです。

今年もいろんな方向へアンテナを広げて、いろんな人と出会ってみたい。そしてその中で、「運命の女性」が見つかれば良いと思っています。

みなさん全てにとって、今年が素敵な一年になりますように。今年もよろしくお願いします!

今年もたくさんの映画を見て・・・と言いたいところですが、実は今年はそれほどたくさんは劇場へ足を運びませんでした。映画に興味がなくなってしまったというわけではなく、劇場へ行って、¥1800を払って、自分の貴重な2時間を費やすのに足りると思われる映画が今年は特に少なかったように思えます。

というわけで、今年「印象に残った」映画ベスト3です。

「スターウォーズ・エピソードⅢ」

「Mr.インクレディブル」

「ミリオンダラー・ベイビー」

こんなところでしょうか。

ちなみに、上に上げた3つの作品は全て今年の前半に公開されたものです。ということは、自分の中で夏以降はほとんどヒットと言えるヒットがなかったということ・・・これは寂しい限りですね。

最近、ハリウッドは本当にネタ切れ状態で危機的の状況にあるような気がしてなりません。無理やり製作したような続編だったり、古い映画のリメイクだったり、出演者のネームバリューに頼った名前負けの大作だったり・・・。本当に斬新で、アイディアに溢れ、ワクワクするような感動するような映画はもうここ何年か見ていないような気がします。ハリウッド映画ファンの自分としては、とても残念でなりません。

来年こそ、きっと心から「観て良かった」と思えるような作品と巡り会えるように祈ってやみません。皆さんは、今年どんな面白い映画を見ましたか?

今日ふと立ち寄った本屋さんで、「名言セラピー」なる本を見つけてちょっと立ち読みしてみました。偉人が残した格言や名言などを集めて綴ったこの手の本はけっこうよく在りますね。そんな言葉の数々に共感したり、感動したり、時に勇気や癒しを貰ったり。自分もこういう本を実はよく読んでいるんです。

この本も、とても色んな人の名言や人生のヒントなどが綴られていてとても面白かったです。しかし、一番印象に残ったのは、巻末に書かれたこの言葉でした。

「今日という一日は、昨日亡くなった方々がどうしても生きたかった、なんとしても生きたかった、そんな一日かもしれません。そんな一日に、皆さんは生きているのです。そして、この本に出会ってくれたことに感謝します。」

なんだか、感動で胸が熱くなりました。

実は昨日、自分の親族の一人が亡くなりました。それほど親交も深くはなかった親戚でしたが、やはり親族の死というのは辛いものです。その翌日、この本を見てこの言葉に出会ったのも、もしかしたら何か見えない「縁」だったのかもしれません。

昨日亡くなった人が、どうしても、なんとしても生きたかったかも知れない今日という一日。自分は、そんな一日をどのように生きただろう?無駄に過ごしてはいなかったか、無意味に過ごしてはいなかったか・・・そんな自問自答に駆られます。

一日一日を大切に、精一杯生き切るということは、今日を生きる自分たちの義務なのかもしれません。一日たりとも、無駄に過ごしちゃいけない。そんな当たり前のようでなかなか気が付き難いことを、改めて胸に突きつけられたような本、言葉との出会いでした。
皆さんは、外に出掛けた時に思いがけない場所で意外な人と出会った・・・なんて経験、ありませんか?実は最近、自分はそんな偶然がなぜか怖いぐらい続いているんです。

事の始まりは先々週の土曜日だったでしょうか。年末ジャンボ宝くじを買いに行って、ついでなので銀座をブラブラしていたら自分が学生時代に初めて付き合った彼女と8年ぶりに偶然の再会。先週は、会社の社員研修で以前の部署で一緒に働いていた後輩と実に6年ぶりに偶然の再会。しかもしその後輩は先日結婚式を挙げた自分の別の友達の同僚でした・・・。そして今日、半年ほどご無沙汰していたお得意様と新宿でショッピング中に偶然の再会。いったい、何がどうなっているのでしょう・・・・?

どれもこれも本当に「奇跡」に近いような偶然から生まれた再会。その日、その時、そのタイミングでその場所にいなければ恐らく出会うことはなかったであろう二人が偶然に顔をあわせる。それはきっと天文学的に低い可能性で起こった出来事のはずですが、それがこうも連続して続くとは・・・。単なる偶然だとは思いますが、こうも続くとどうも何かあるんじゃない過渡期になって仕方ありません。

この勢いで、「運命の人に出会う!」なんて奇跡も起こってくれないでしょうかね。Sさんの話が幻と消えてしまった今となっては、今度はそんな素敵な偶然が起こることを祈るのみです。

tree


今夜はクリスマス・イヴ。皆さんはどんな聖夜をお過ごしでしょうか。

写真は自分の仕事場の近くにあるクリスマス・ツリー。毎年この時期になるとお目見えして、道行く人たちの視線を集める季節の風物詩となっています。

自分が今の職場に勤め始めてからもう7年弱。毎年年末になるといろんな気持ちでこのツリーを見上げてきました。ある時は幸せな気持ちで、ある時は寂しい気持ちで・・・。今年は、寂しさに堪えながらツリーを見ることになってしまいました。

不思議なことに、幸せなときに見上げたクリスマス・ツリーはあまり記憶に残っていないにもかかわらず、今年のような寂しい時に眺めたツリーはとても印象に残っているんです。

「来年こそは、きっと大好きな人と一緒にこのツリーを見るんだ」・・・。毎年のようにそう願い続けながらも、その思いが叶った年は残念ながら今までに一度だけでした。

今年も、やはり一人で見つめることになってしまったクリスマス・ツリー。そして今年も同じように思うことは、来年のこの時期こそは、きっと素敵な人と一緒に幸せな気分に酔いながらこのツリーを見つめよう・・・希望、そして願いにも似たこの思いを、物言わぬツリーは毎年のように静かに受け止めています。

来年のこの時期、自分はどんな気持ちでこのクリスマス・ツリーを眺めているのでしょう?そして過去、現在、未来の自分を、このツリーは果たして何を思い、どんな思いで見つめているのでしょうか。

皆さんにとって、素敵あ聖夜となりますように。メリー・クリスマス。