「チャンスを逃した!」と思ったあの一件以来、どうにもこうにも寝つきの悪い日々が続いていました。なんとか、ほんの少しでもあの日を「穴埋め」するような事はできないかと思い悩んだ末、自分はある行動に出ることにしました。
本当に休日だった今日、残務整理もあったのでいつもどおりに出社するとやはりYも同じく出社していました。自分は今まで通り、彼女に接する機会がある時にはできるだけ積極的にコミュニケーションを取ろうと心掛けました。挨拶し、話し、笑い、遠くにいる時にも自分の存在を意識してもらえるようにサインを送ったり・・・。コミュニケーションは順調で、自分とYの間にはもう初対面の時の緊張や異性間のわだかまりといったようなものは存在しなくなってきています。しかし、その「次の一歩」が、どうしても踏み出せません。携帯のアドレスを聞き、一緒にどこかに出かける。書いてしまうとこれほど簡単に思えることが、本当に高い壁に思えました。
結局、今日もYと接する機会を多くもてたものの、それ以上は踏み出せず終い。再び悶々とした気分に苛まれながら自分は一足先に家路につきました。
しかし、帰宅途中も家に着いてからもやはりYのことが、そして未だに肝心の一歩を踏み出せない自分の事ばかりが頭を駆け巡って、居ても立ってもいられません。そんな時、今日Yとの会話の中で彼女が8時頃に帰宅予定だと言っていたのを思い出しました。
帰宅予定だと入っても、予定はあくまで予定。残業があったり、逆に仕事が早く片付いたりして退社の時間が前後するようなことは日常茶飯事です。それに、Yが会社のどの出口から出てくるのかも分からなければ一人で退社するのか誰か一緒なのかどうかも分かりません。しかし、とにかく何か動かずにはいられなくなった自分は、一縷の望みをかけて再び会社へ向かったのです。
ちょっとストーカーじみてるように映るかもしれませんが、やましい気持ちはなく、純粋に、「会いたい」と思う気持ちが、知らず知らずのうちに自分の足を動かしていました。一日で、2回目の出社。Yが帰宅予定だと言っていた時間よりもやや早く現地に着いたので、ついでに残っていた仕事を片付けながらその時間を待ちました。そして、午後8時。
もうYは帰ってしまっているかもしれません。あるいは、残業でまだどこかに残っているかもしれません。または、他の出口から退社したかもしれない・・・。自分は、社員が一番よく使うはずの通用口で、ほんの少しの可能性にかけて彼女を待つことにしました。
今日も外は冷え込みが厳しく、夜の気温は5℃を少し上回ったくらいだったでしょうか。5分、10分・・・寒空の下、時間だけが過ぎていきます。そして20分程が過ぎ、「やっぱりダメだったか」と思い会社を後にしようと思ったその時!
「コツ、コツ、コツ」・・・・・明らかに女性の履くヒールが地面を打つ音が聞こえ、後ろを振り返ると・・・いました。Yがついにやって来たのです!
Y:「あれれ?Hさん(自分)じゃないですか?」
自分:「おう、Yじゃねーか。今帰りなの?お疲れ様。」
Y:「どうしたんですか?もうだいぶ前に帰りましたよね?」
自分:「いやいや、ちょっと忘れ物があって、ついでに仕事も残ってたから今まで会社に居たんだよ。」
Y:「え~、本当ですか?大変ですねぇー」
そんな他愛もない話を少しした後、駅まで一緒に帰ることにしました。
仕事が終わって人がまずする事の一つが、携帯のチェック。もちろんYも例外ではなく、駅へ歩を進めるとおもむろにバッグから携帯を取り出してチェックを始めました。これぞ千載一遇のチャンス!話も何の脈略もありませんでしたが、思い切って「あ、そういや携帯のメルアド教えてくれない?」と切り出しました。
最初はよく聞こえなかったのか、それとも警戒されたのか・・・自分の申し出にYは一度「えっ?」っと聞き返してきました。マズい!もしかしたら引かれたかも・・・と思いながらも、もうここまで来たら引き返せないと思った自分は改めてもう一度「あ、あのさ、よかったら携帯のアドレス教えてよ」と再び彼女にお願いしました。すると、Yは自らの携帯を差し出して「イイですよ。はい、どうぞ♪」とアドレスを見せてくれたのです。
その後さっそくメールを送り、Yからも返信が。そんなわけで、今日から彼女とメールの交換も可能になりました。たかがメルアドの交換に、なんだか大げさな話のように思えるかもしれませんが、自分にとっては改めて大きな一歩だと信じたいです。
Yに会えるという確信もないまま、それでも一縷の望みをかけて会社へ向かったこと。それを「努力」と言えるのかどうかは分かりません。しかし、あの行動を起こしていなければ、今も自分の頭の中はきっと後ろ向きな気持ちでいっぱいだったでしょう。そして、実際にYに会えたことは本当に幸運だったと思いますが、仮に合えなかったとしても、自分は後悔はしていなかっただろうと思うのです。
「結果」は「行動」によってのみ生まれる。まさに、それを体現したような出来事でした。