自分自身の審美眼を磨くことが大切だ
昨日エントリーしたエイベックスの松浦社長が「エイベックスの常識は業界の非常識。業界の常識はエイベックスの非常識だ」と述べてるシーンが印象に残った。
30年以上前にこれと同じ発言を聞いたことがある。
発言した企業はCBSソニー(現在のソニー・ミュージックエンタテインメント)だ。
当時音楽業界に進出したソニーは業界の商習慣にことごとく逆らっていった。
当時の音楽業界は「日本レコード商組合」という小売店の組合組織が大きな発言力を持ち、メーカーが提供したレコードを「売ってやる」という姿勢だった。
どんなに素晴らしい作品を作っても小売店が仕入れなければ、消費者の手に届かない。
レンタルもネットもない時代だったから仕方ない。
尾崎豊。
今では誰も知らないほど有名なシンガー・ソングライターだが、彼のデビューアルバム「17歳の地図」を評価したレコード店は当時皆無に近かった。
その頃の私はレコード会社で販売促進の仕事をしていたが、知り合いのCBSソニーの営業マンが嘆いていたのを今でも鮮明に覚えている。
「こんなに素晴らしいアーティストなのに、全国のレコード店が出した初回オーダーが1,300(だったと思う)なんだ。どうかしているよ日本のレコード店は」
当時全国に数万のレコード店があった時代である。
1,300枚がいかに少ない数字か。
そのうち300枚以上を秋田にある小さなレコード店「Z秋田」1店が発注したことも、その営業マンから聞いた。
「Z秋田」の店長Fさんは「尾崎豊は素晴らしいアーティストだ。こういう人を地元の若者に伝えるのがうちの使命だと思う」
後日「Z秋田」を訪れた私にFさんはそう語ったのです。
結局「Z秋田」には地元だけでなく、秋田県の他の地域からも多くの高校生が訪れ、尾崎のデビューアルバムは同店で500枚以上売れたと思う。
私が訪店したとき、小さな店内の壁は「17歳の地図」を聴いた高校生の手書きコメントで埋め尽くされていた。
この事実を知ったCBSソニーは尾崎豊の1stツアーを秋田から始めた。
いい話だと思いませんか?
Fさんの話は、先の松浦社長の話に通じるものがあると思う。
当時、ズブの素人に近い尾崎豊のデビューアルバムに大量の初回オーダーを発注するなんて業界の常識ではなかったのだから。
人というのは、どうしても過去の前例や常識に捉われてしまう。
これは仕方のないことだとも思う。
しかし、そんな常識の中で胡坐をかき続けていると、いつの間にか消費者から取り残されてしまう。
当時CBSソニー社員の名刺には、ブルーの文字で「We say music」と書かれていた。
我々は「音楽のこと、それを創り出すアーティストのことを第一に考える会社だ」ということをアピールしていたのだろう。
この名刺が羨ましかった。
この名刺が眩しかった。
どこで過去と決別するのか?
このことこそ企業変革の最大のテーマだと思う。
そのためには、「心の審美眼」を磨く努力を決して諦めてはいけないと思う。
本当に美しいもの、本物を見極める眼力のないところからインベーションは生まれない。
「Z秋田」のF店長から学んだ意味は大きい。
後日、私が当時としては革新的なロックレーベルで販促の課長を担当したときにこの教訓が生きた。
そのレーベルに所属するアーティストは一癖も二癖もあるアーティストぞろいで、とてもじゃないが万人ウケは難しい。
それならば、彼らの音楽性を心から理解し、このロックレーベルを育てるパートナーとして手を挙げてくれるレコード店だけと組もう。
その数は、数万店あるレコード店の中で僅か100店。
100店で1万枚を売ることから始めたのだ。
その中からSIONが生まれ、やがてパーソンズのヒットにつながる。
BAIDISとはそういうロックレーベルだったのです。
他人の教訓から学ぶこともまた大事だと思う。
そして、その100店の当時の担当者の何人かとは今でも年賀状のやりとりをしている。
人との出会いもまた大事だ。