【糞尿を投げる】半島の歴史解剖;ファンタジー歴史を暴く | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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公庁舎などに糞尿を投げつける、という話があった。

昨今はあまり聞かないが。


最初にこれを聞いた時には、なぜ公共物に糞尿なのかは理解できなかった。

その昔、彼女のパパが嘆いたように、かの国には誇れる歴史もなければ誇れる人もいなかった。

血で血を洗う、身内の虐殺と隷従の事実があるだけだ。


地位の高いものは、なにもしなかった。

いや、絶対的身分制度の中で人間扱いしない者を虐待し、また搾取した。


つまり泥棒であることに、大いなる誇りがあった。


うそをつき盗み、殺すことさえゲーム感覚であったのだ。


その歴史が、数百年か千数百年続く。



ところが、日本人はその誇らしい歴史にいちゃもんを付けた。


何と、人間ではないやつらさえ殺すなとしたばかりか、奴らを殺しただけで罪に問われた。





 連中が胸を張って街中を通ったなら、殴り殺して当然だ。

が日本は、それさえ禁止した。

なんと非人間的な輩だろうか。


気分が悪い時は、やつらをなぶり殺しにするのが我々の精神衛生上必須なことである。


日本人は、心理学を全く知らないやつららしい。








糞尿投げつけ事件に戻る。


かの国も、最近ほんの少し民度が発展してきたらしく、自国歴史のおぞましさを分かってきたらしい。



過去に誇れるものはない。


だから、ファンタジーで着飾るしかないのだ。


相手に糞尿を投げれば、相対的に自分が美しく見えると考えたわけだ。



外見だけで着飾っても、糞尿を投げるという行為自体が恥ずかしい行為だということには、まだまだ気づかない。