★これは,以前書いたものの推敲版です。
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馬(マァ)とは、シンガポール以来の付き合いだ。
その馬が、友人から面白い店の話を聞いてきた。
ドンムアンからアユタヤ方面に向かって10kmくらい。
ナワナコンの少し手前あたりだったと思う。
タイ特有の高床式の家に、クリスマスの飾りつけでもしたかのようなキンキラキンの館があった。
キングコブラ料理専門店である。
数年前の洪水の時は2~3m位水をかぶったあたりなので、今あるかどうかは知らない。
怖いもの見たさで、先輩何人かと訪ねたことがある。
まずはビールだなと言うことで、氷を目いっぱい入れてシンハーで喉を潤す。
またボーイがやってくる。
ボーイと言っても、おそらく還暦近い。
雰囲気からして、コンケンあたりの人かもしれない。
ボーイがこう言った。
「選んでくれ」
?
皆が顔を合わせる。
どうもそれは、今日の食材選びと言うことらしかった.。
タイでは比較的よくあるパターンで、棚やら水槽に泳ぐ魚やエビを自分で選び、それを調理してもらうのだ。
どうもそれらしい。
馬を見ると、急に下を向いてしまっている。
先輩たちの目が、当然お前だなという視線をこっちに投げてくる。
しょうがない。
どうせキングコブラの品定めなどできっこないから、適当に指さしてくるか。
そんな軽い気分で、その老人についていった。
2m四方くらいの檻がいくつかあって、その中に茶色のうねったやつがうじゃうじゃいる。
もともと蛇は好きなタイプではないから、正直檻の中に入っていても気色の良いものではない。
と!
なんと、その爺さんが無造作に檻の扉を開けたではないか。
げぎえっ、とさえ声が出なかった。
腕より太そうな、まるで丸太を蛇に変えたようなそやつらが、のそりのそりと檻から出て来た。
4,5匹が足元の方にやってくる。
私は動けない。
いや、本能的に動いてはダメだと思った。
10円玉より大きそうな、茶色のうろこが光っている。
それよりも不気味だったのは、その目だ。
そやつらは、写真にあるような鎌首を持ち上げた姿ではない。
半分眠ったような切れ長の目で、 地べたを這うようにに近づいてくる。
この目は、いまだに忘れられない。
いまだに、トラウマになっているかも知れない。
爺さんが何か言っている。
私は固い笑みを浮かべ、少しだけ眉と顎を動かした。
品定めをしたのである。
クルンテープの夏。
夜でも30度はある。
しかし得体の知れない冷たさに、一瞬氷の冷たさを味わった。
知床やモンブランで、崖から滑り落ちそうになったことがある。
が、意外とその時は恐怖を感じなかった。
もしあの時あそこにつかむ木が無かったらと考えて、後日鳥肌の立つ思いはしたが。
また、トンネル内にあった水たまりで360度回転したり、少し飛ばしてカーブを曲がり切れず、断崖ではなく岩の壁に飛び込んだ時もあった。
その瞬間は1秒にも満たなかったかもしれないが、脳の中では記憶が極端に引き延ばされて、自分でも信じられない動きをして助かったりもした。
が、その時も恐怖を感じてはいなかった。
とにかく、命を守るために脳と体が全力で動いたと言ってもよい。
それで時間が間延びして感じられたのだろう。
それでも、恐怖を感じる余裕はなかった。
しかし、この時は違う。
わずか10秒程度であったろうが、十分過ぎるほど恐怖を認識できる時間があったからだ。
命に直結した経験ではない。
でも、これが一番恐怖を感じたことだったかもしれない。
爺さんは棒を使い、たむろしていた数匹を器用に檻に戻していった。
今思い出しても、あの目はどうも嫌である。
ちなみに、キングコブラの味はなかなかのものだった。
特に、ワニ肉と共に炒めたチャーハンは、私の人生では最もうまかったチャーハンである。
それは、先輩方も同様だったようだ。
とにかく一口入れて、皆が顔を見合わせた。
それはチャーハンのイメージを変える、まったく別の食べ物だった。
今考えると、あれは脂が違っていたのかもしれないなと思っている。
もう、30年も過ぎたというのに、その味はしっかり覚えている。
しかしながら、もう一度その店に行きたいとは思わない。