しかし、これから書くことは私自身が体験した事実です。
★人だかり
その国は、私にとって2番目の滞在国だった。
国の方針で、ある川から南は冬でも一般家庭での暖房は禁止されていた。その街は川のすぐ南にあったから、その国でもっとも寒い街とも言われていた。
だから、冬になると工員さんたちはズボンの下に、2枚も3枚も股引きのようなものを履いている。
そんな寒いある日。
街中に人だかりができていた。もともと東京より人口の多い街だから、大通りの真ん中でさえ人で溢れかえっていたが、その角はさらに人が群れていた。
なんだろう、と私もその中を覗き込む。
チン(マルチーズに似た子犬)が、いままさに煮立ったドラム缶の中に放りこまれるところだった。
まだ、異国文化というものの許容範囲が狭かった若き日の私には、許しがたい情景だった。

私はその国に足掛け1年いたが、最初にして最後の、つまり唯一その国で犬を見たのが、そんな光景だった。
★最高級の食べ物
やはり、同じ国だ。
かなり長く滞在したので、多少法律違反もするようになる。つまり、外国人侵入禁止区域やら個人の住宅やらへも訪れるようになる。
バレたらおとがめがあったはずだが、当時はあまり怖さを感じなかった。今はできない。
そんなある日。
特別料理が食えるという店に誘われた。
が、概要を聞いて、丁重にお断りした。
最高級特別料理とは、ネズミの赤子を丸飲みするものらしい。

★メインディッシュがお出迎え
一方こちらは、日本では最高級クラスにランクされる美食の国。
何度か住む町が変わったが、だいたいが日本でいえば北海道大雪山の麓のような町。とはいえ、人口は1万くらいの場所ばかりだったから、日本なら村である。
そこから、パリのイベントに行くことになった。
外注の社長は、燕尾服に蝶ネクタイ。冬はほとんど着たきり雀の工場長も、その日は新しいスリーピース姿だった。
その晩。
政界にも顔がきく外注社長の接待で、その国発祥の地にある門の脇にある、小さなレストランに入った。どうも国会議員クラスも招待したようだ。
その店のドアを開けると、純白の鳩がゲージに入れられ、客を迎える。
外注社長が、今日の主役と言った。
私は、この国独特のジョークだと思い、眉を上げて微笑んだ。
が、本当に、その平和の象徴が、この店の売り。
メインディッシュとなって出てきた。
★ルパンではなく、ラパン
初めての味だった。
昔のソーセージにも似てはいる。
が、一体何かは分からなかった。
ケスケセ?
ラパン!
相手は両手を耳にあて、指を伸ばした。
ラパン→ラビット。
今、月で動かなくなってしまった、どこかの探査車両にも似たやつだ。
この国では、伝統食である。