
「これ、権之介。こいつもてめえの仕業だろ」
私は、敢えて厳しい顔つきをした。
やつめは、また柱の陰に隠れてしまっている。
「これ。神妙に白状せよ。さすれば、今日の昼飯も与えとらすぞ」
……。
「うーむ。強情なやつめ。きっと白状させてみせようぞ」
が、やつはまだ柱の陰にいて、うんともすんとも言わない。
「ええい。なぜしゃべらぬ。待てよ、黙秘権か。されど、あらゆる証拠がてめえさんの仕業であることを物語っておる。早々に諦めて神妙に白状せい!」
「あら、ご隠居。誰と話しているんで」
「おう、世平太か。いやな、権之介の悪状をば取り調べておった」
「はあ?権之介?そんな野郎、この長屋にいましたっけ?」
「いや、男か女かは分からぬが、名前がないと何かと面倒なので、権之介とは儂が付けた名前だ」
「はあ。ご隠居大丈夫ですかい。男か女かも分からねえほど、ご隠居の目はモウロクしたんでげすか?」
「いや、儂には下の方を調べるような趣味はない」
「いや、だって、男と女の違えぐれえ分かるでやんしょ。着物の違えもあるし」
「いや、着物なぞ着ておらん。なんぞ首には赤紐をつけておったが」
「ご隠居、本当に大丈夫ですかい。いくら暑いつうても、すっぽんぽんの人間はいやせんよ。それにすっぽんぽんなら、下にぶら下がっているものがあるかどうかぐれえ、いくら目が悪くなっても分かるでやんしょ」
「いや、権之介は人ではない」
「げっ!幽霊の類いですけえ。止めてくだせえ。おらあ、なめくじと幽霊はどうにも苦手で……、くわばらくわばら」
「いや、幽霊などではない。猫じゃ。ここのところ毎日昼になるとやってきて、儂が台所に立つと南蛮水晶窓をガリガリやり餌をねだるのよ。一度庭に食い残しのアジの半切れを与えてから、毎日来るようになった。最初のうちは庭先の遠くの方から儂の手元に何があるか覗いているような素振りだったが、最近はさっき申したように、南蛮水晶窓をガリガリして昼飯をねだるようになっておる。でな、先ほど見たら蚊避け網がボロボロになっておった。これは権之介の仕業に相違あるまいと詰問しておったところじゃ。でさらにな、……」
「ご隠居、すまねえ。急用を思い出しちまって。ほんじゃ、ごめんなすって」
「あれま。世平太め、行っちまった。まあ、いい。さて、権之介めにもう一度、話してみよう……。待てよ、きゃつめは人の言葉が分からぬのや知れね。首に赤紐を付けているところを見れば、いずれ名のある屋敷の奉公人、いや奉公猫であろう。親兄弟を思い読み書きもできぬうちに奉公に出されたのやも知れぬ。いや、きっとそうだ。食い物をもらってもかたじけないの一言も発せねところをみるに、読み書きどころか、世の慣わしも親から教えられぬうちに他家に出されたのじゃ。哀れじゃのう。うむ、そうに違いあるまい。だから、煙にむせる芥川を無視してトンネルの中で汽車の窓を開けたのだ。???うむ。話が繋がらない。まあ、いいか。とにかく、儂が猫語を覚えるしかあるまいのう」
「しかし、悔しいのう。南蛮水晶窓をガリガリやっているから窓を開けると、とっさに柱に隠れる。で、ひょいと肉片を放り投げると脱兎の如く、いや、脱猫の如く肉片をばくわえこみ、柱に隠れる。儂は全く信用されていないようだわい」
★目で見る植物豆知識
コブシ→実が名前の如くコブシになる。




