かんぴょう畑が広がっている。
“……、卒業写真のあの人は……”
“あっ!ユーミンだ”
普段は私より冷静沈着で、肋骨の2、3本折っても声を上げない次男が、1オクターブ高い声を出した。
ほう、ずいぶん古い歌を知っているなと思った。
もっとも最近はテレビコマーシャルに拓郎、陽水が流れる時代だから、次男がイルカや山崎ハコを知っていても不思議ではないが。
が、これは私の勘違いであった。
“止めて、止めて”
次男の切迫した声にブレーキをかける。
紙、紙!
うん?
腹の調子でも悪くなったか?しかし、ここで大はまずいなと思った。
マジック!うん、なければボールペンでいいや。
マジック?
ボールペン?
次男はドアを開け、脱兎の如く駆け出した。
しかし、向かった先は草むらの中ではなかった。
麦わら帽子のようなものをかぶった少女が歩いている。
それは私のような芸能音痴でも知っている、AKMB49のセンター大島優美、愛称ユーミンだ。
そういや、あの子の家はこのあたりだったな、と思い出した。
ユーミンのサイン!
ユーミンのサイン!
次男が至福の顔で戻ってくる。
少し走った。
と、前には数十台の黒塗りのドイツ車の列。
ひどくのんびりと走っている。ここは無理に追い抜くべきではあるまい。
たぶん、あの方の親戚筋で不幸でもあったのだろうと推測した。阪神大震災の時の救助活動は、ヨーロッパの有力紙も掲載した裏社会の大統領の姿を思い浮かべた。
前の黒いドイツ車の列が鳥居家の角を曲がった。
急に静かになっていた次男が、またはしゃいでいる。
と、また高い声が響く!
嘘だったんだぜー。
ずっと、嘘だったんだぜー。
ますますオヤジに似てきた少しギョロ目のシンガーが、野道を歩いていた。
オヤジにはお世話になりました。
そう声をかけようと思ったが止めた。
私は彼を映像でしか知らないし、彼は私の名前すら知らないだろうから。
★私が最も壮大な小説と思っている『妖星伝』は、今や日本を代表するアイドルとなったグループのセンターの家の近くにあるほこらから始まる。
それは全国的にも大きい部類の円墳の石室だ。
スターウォーズは世界を魅了した映画だが、おそらくこの原作者の中には、『妖星伝』があったに違いない。
ダースベーダーの正体は、外道皇帝そのものだろう。
この近くには、この頃節分には必須アイテムとなった恵方巻き発祥の地もある。
恵方巻きは、この地方特産のかんぴょうを広める、素晴らしい戦術であろう。
こうした戦術なら笑顔で見られるが、選挙に勝つためだけの嘘八百、絵に描いたモチは喰うに食えない。