館の主人が串を囲炉裏の灰の中に突き刺した。
しばらくすると、山椒の香りが漂ってきた。
今日は土用の丑の日だったな。
へえ。昔はこのあたりでも鰻が採れましたが、最近はさっぱりで。
主人が申し訳なさそうに頭を下げる。
いや、鰻よりこっちの方が精がつきそうだ。
へえ。若けえもんには食わせるなって言われてまさあ。これを2、3匹胃の腑に入れた日にゃあ、村の娘っ子らが次の日働けなくなっちまいやすんで。
旦那、こっちもいかがです。
おおっ。岩魚か、
この骨酒は美味いんだよな。
おかげさんで、岩魚はまだ滅法採れますわ。
主人は目に皺を寄せた。
五十里から線路が伸びたから心配していたが、ここは相変わらず日本だなあ。
へい。
最初の頃は物珍しさも手伝ってか、東京の方から若い娘っ子たちも来ていましたが、最近は昔に戻りました。それにアレ以後は、寂れる一方で。
旦那みたいに毎年来るお客様なんざ、片手にあまりますわ。
そうですか。
でも私は、六地蔵が廃棄ガスにむせることのない檜枝岐が好きですよ。
村のはずれには、有料岩風呂がある。
と言っても、受付があるわけでも、マッサージチェアーがあるわけでもない。
岩風呂に入る客が、小屋の柱に縛り付けられた木箱に、感謝の気持ちを入れるだけだ。
ここには、まだ日本が生きている。
美しい自然も。
美しい心も。
